6月19日(土)

 フランクフルト市内のホテルで一泊した僕は、昨年と同じようにインターシティでニュルンベルクまで来て乗り換え、正午前にバイロイト中央駅に着いた。6月のバイロイトの街はまだ人通りも少なく、音楽祭のにぎわいなど想像も出来ないほどだ。中央駅を出てすぐ左側にあるホテル・バイエルンホーフが、僕がこれから二ヶ月間住むことになるアパートの大家さんである。ホテルのフロントで鍵をもらい、タクシーでアパートまで行く。アパートはバイロイトの北東、祝祭劇場からは真東に歩いて5分の処に位置していた。道路をは さんで向かい側にパン屋さんと電気屋さんがあり、2〜3分歩けばスーパーマーケットとクリーニング屋さんがある。至極便利な所だ。

 建物への出入り口が2つあり、各々の出入り口に4世帯が住めるモダンな2階建て8世帯住宅の中は広々としていた。ベッドはもちろん、タンスもソファもテーブルも全て揃っている。キッチンに入るとナベやフライパンだけでなく調味料まで置いてある。寝室は通りに面していてややうるさそうだが、居間は逆に静かでゆったりと広い。1階の窓からは芝生の庭に白樺の木が風にそよいでいる。

 荷物をとくと僕はとるものもとりあえずアパートを後にし、祝祭劇場に行った。劇場スタッフの証明書をもらうためだ。事務所にはタウト女史とグラット女史がいて、僕を温かく迎えてくれた。いろいろ話をしているうちにタウト女史は急に真面目な顔になって、「明朝10時、合唱練習初日です。遅刻しないで下さいね。」といかにも事務局長らしい感じであらたまって言う。ドイツ人らしいなというか、タウトさんらしいなというか、僕は心の中でクスっと笑ってしまった。

 祝祭劇場の中は何処もかしこも昨年と全く変わっていなかった。本舞台の裏から階段を下りて地下道を通り、オーケストラピットの横を抜けて、歴代の指揮者達の写真がパネルになって両側の壁に飾ってある通路を通るとカンティーネにたどり着く。事務所のある西門と、カンティーネのある東門とでは1階分高さが違う。祝祭劇場自体が丘の上にあるのでこうなっているのだ。カンティーネで昼食をとっていたら後ろから「ハーイ!ヒロ。元気かい?」と声がした。振り返るとマティアス・フォン・シュテークマンだった。彼は昨年までは「ニーベルングの指輪」のチームで演出助手をしていたが、そのプロジェクトが昨年で終了したので、今年からは新演出の「ローエングリン」のチームに入っている。握手をしてちょっとだけ話をしたけれど、彼は僕の席に座ることなくそそくさと立ち去っていった。ソリスト達の稽古はもうとっくに始まっているのだ。バイロイトでは毎年、ソリストは6月15日から、合唱は6月20日から稽古を開始すると決まっている。でもマティアスは15日よりも大分前からここに来ているそうだ。もうほとんどフル稼働に入っているんだなあ、この劇場は。

 昨日は1日中飛行機の中にいたのでピアノにさわっていない。指がなまるといけないのでコレペティ練習室で少しピアノを練習した。その後街に出てみた。劇場前から6番のバスに乗ってマルクト広場に出る。ここは午前中にマルクト(市場)が出る旧市街の中心地だ。ここから始まるマキシミリアム通りを東にずっと行くと、ワーグナー博物館のヴァーンフリートへ辿り着く。バス停の目の前にデパートのヘルティーがある。今日は土曜日だ。明日になるとお店はみんな閉まってしまう。ヘルティーが4時に閉まると聞いて慌てて買い物をする。地下の食料品売り場で食べ物をカゴに入れていたら、向こうの方でおばさんがどなっている。もう閉めるから早くしろだって。わかってるわい!ああ、あれも買わなきゃ、これも買わなきゃ!

 再びアパートにもどってふうっと一息つく。ソファにどっかりと体を沈めながら部屋中を見回し、これからひと夏をここで暮らすんだなあとしみじみ思った。 明日から何がどのように始まるんだろうか?どんな毎日が僕を待っているんだろうか?どんな出会いがあるんだろうか?僕はなんだか、小学校に入学する前の日の子供のような気持ちで、白樺の向こうに広がっている青空と、その中をゆっくりと流れてゆく輝く白雲とを眺めていた。

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