6月24日(木)

 今日は録画撮りがある。本舞台では、客席の真中に大きな木のやぐらが組まれていて、その上にテレビカメラが置かれている。両サイドにもテレビカメラ。中央のテーブルの上にはミキシングマシーンやモニターテレビなどの機材がいっぱい。スタッフの人達が忙しそうに動き回っているが、ああいう人達ってどうして日本でもどこでも「いわゆる業界風」なんだろう?なんだかものものしい雰囲気が支配している。予定では、12時から第一幕の通し稽古をし、7時から録画するという。 

 第一幕の冒頭のコラールは、合唱団員の動きがほとんどないので、指揮者のバレンボイムの指示に従って全員直接オーケストラピット内の指揮者を見る。我々合唱アシスタントは何もすることはないのだが、後々の為に照明塔の上から彼らを眺めている。照明塔は、プロセニアムアーチの両サイドにあって、本来は照明器具を取り付けてサイドから照明をあてる為の塔だ。ここにモニターテレビとヘッドフォンを持ち込んで、アシスタントが、合唱や舞台上のトランペットなどのフォローをペンライトでするのだ。僕はヘッドフォンを耳にあて、モニターテレビを見ながら一人でフォローの練習をしてみた。

 合唱団から選ばれた18人の徒弟達はみんな上手だ。徒弟達のシーンの音楽を、バラッチは実に歯切れがよく、リズム感に溢れたものに仕上げている。彼らも、その明快な発音と充実した響きでバラッチの要求によく応えて歌っている。ハーモニー感とフレーズ感は、オペラとは思えないほど緻密だ。しかも彼等自身がエンジョイしているのが伝わってくる。見ていると本当に楽しい。こういう優秀な人達と一緒に仕事するって幸せだよな。

 練習と録画の間に、「花の乙女達」の新人稽古があって、これをオッペンアイガーと僕の二人でやることになった。オッペンアイガーが、
 「僕にピアノを弾かせてくれ。バラッチに怒られて猛練習したからバッチリだよ。」
と自身ありげに言うので、僕が振ることにした。6人の新人の女性達の前でまず自己紹介をした。
 「こんにちは。日本から来た三澤だけど、ヒロって呼んでね。ヒーロー(英雄)だと思って覚えてね。」
と言ったらみんなクスクス笑ってる。練習に入って最初はいい感じでいっていたんだけれど、難しい個所にさしかかったらオッペンアイガーのピアノが全然要領を得ないのにだんだんいらいらしてきた。みんなが音がとれない所では、みんなより先にオッペンアイガーが弾けないんだもの、役に立たない。しまいに、
 「ダメだマルクス!(オッペンアイガーのこと)僕がピアノを弾くからお前振れよ。」
と彼をどかして自分からピアノの前に座った。自分がピアノを弾けば、必要な音をいつでもあげられる。こうしてオッペンアイガーに指揮をさせながら、その実イニシアチブは半ば僕がとって、だいぶ稽古がスムースになった。
 
 それにしても全体で合わせるとしっかり出来ているように見える合唱も、こうして新人だけひろってみると、全く音程すらとれていない者が居るから驚きだ。中間部の「おいでおいで!」と乙女達が歌う個所など、初見でも出来るだろうと思っていたら、結構嘘ばっかし歌っている。
練習がひと通り済んで、ピアノのフタを閉めようとしたら、僕の後ろに2,3人の女の子が並んでいた。
 「ん?」
 「あの〜う。ここの部分ちょっと弾いて!」
 「ああ、いいよ。じゃあ、ここからいくからね。」
伴奏すると全然違う音を平気で歌う。
 「あのね、前の部分のここから音を取ってね、こうやって歌い出すんだよ。」
 「ああ、そうかあ。分かったわ。じゃあもう一回やってね。」
こんな調子で10分ぐらい居残り稽古をした。終わって帰って来たらバラッチに会ったので、
 「新人の中に全然音が取れてないものも居ました。」
と言ったら、
 「しょうがねえな、まったく!」
と首を振っていた。
「マイスタージンガー」の録画後、再び「花の乙女達」を経験者もまじえてヴィーデブッシュが行う。伴奏は僕。さっきの初心者の女の子達ったら、みんな上手に経験者の陰に隠れてボロを出さない。こういうのをこざかしいというのでしょうか?まったく!こっちの劇場で長く合唱団員として働いていると、こんなテクニックばっかり覚えるんだなあ。

 ヴィーデブッシュは、ブレーメン歌劇場のコーラス・ディレクターをもう28年もやっているベテランだ。マリーに至っては、恐竜の居た時代からプラハ国立歌劇場に居る。みんなえらいんだなあ。そんなえらい人達だから、1年目の僕が稽古をつけてヴィーデブッシュやマリーが伴奏を弾いてくれる可能性はあんまりないなあ。オッペンアイガーのピアノだけはもう勘弁してもらいたいので、上手なピアニストを従えてカッコ良く指揮をするというのは、ここバイロイトではどうやら望めなそうだ。

 風邪がだいぶ治って、時差ボケもとれてきた。今晩は久しぶりに家でビールを飲んだ。サラダを作り、黒パンにハムとチーズを乗せて食べる。ゆでたウィンナソーセージもマスタードにつけてほうばる。量り売りのオリーブのオイル漬けは実が大きくてなんともいえない味わいがある。それと、いつものLサイズのピクルスは離せないんだなあ。ドイツの一人暮らしがだんだん快適になってきた。やはり体が資本。健康一番だ!それにしても、我ながらよく食べるわ。

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