6月25日(金)

 今日、ドイツテレコムの人が9時から13時の間に来るというので、朝からそわそわしていた。やっと電話がつながる。もし早く来たら、11時半からのヴィーデブッシュの「花の乙女達」の練習にピアノを弾いてあげたいと思っていた。しかし待てども待てども誰も来ない。最初は居間で家族に送るFAXを書いてたりしたが、だんだん不安になってきて、しまいには窓辺に出て数えきれない車が通り過ぎるのをぼんやり眺めるだけになってしまった。

 とうとう1時になっても来ない。もう頭に来た。近くの公衆電話に抗議の電話をしに行く。ところがドイツテレコムときたら、ひとがこんなに待ちくたびれているというのに、担当の者が今食事に出ているので30分したらまたかけてください、などとのんきなことを言っている。おなかもへってきたので、近くの居酒屋でランチメニューのハンガリーグラーシュを食べた。公衆電話に戻る前にちょっと家のほうが気になったので向かって行くと、ありゃ、ドイツテレコムの白いミニカーがアパートの前に止まっている。けれど車の中にもあたりにも誰も居ない。車のまわりをうろうろしていたら、向かいのパン屋から僕に向かって手を振っている人がいる。車とおんなじデザインの白いドイツテレコムのつなぎを着た若いおにいさんだ。どうやら遅く来たら僕が居なかったので、パン屋で軽食をとっているようだ。

 5分くらい部屋で待っていたら、彼は鼻歌を歌いながら入ってきた。
 「ずっと午前中待ってたんだよ。」と言っても、「ごめんごめん!」と言って全然悪びれた様子もない。
作業しながら「ここで何やってんの?」と聞くから、「祝祭劇場で合唱アシスタントをやってるよ。」と答えた。すると突然「うわあ、すごいね!僕もマイスタージンガーの券持ってるから行くからね。」と言う。
ええ?こんなあんちゃんが何気なく持ってるもんなのかい、バイロイト劇場のチケットって?
彼は仕事をしながら劇場の中の事を根掘り葉掘り尋ねて、上機嫌で帰って行った。僕はしかし後で思った。ドイツ人にとっての「マイスタージンガー」とは、こんなあんちゃんが見て楽しいと思うようなものなのかもしれない。

 今日はそういう訳で午後から出勤。
まさにその「マイスタージンガー」の第三幕歌合戦の本舞台での練習。フュールトからやって来た乙女達の踊り。徒弟達のきびきびとした動き。民衆の無骨なダンス。いつ見てもここバイロイトの「マイスタージンガー」はワクワクするほど楽しい。ドイツテレコムのあんちゃん、見に来てね!

 顔合わせの時だけ来ていたフリードリヒが、ベルリンから戻って来ていた。なんかべらべらとよくしゃべる宇宙人みたいな奴だ。そいつが、僕が初心者だっていうもんで、
 「塔の上からのペンライトフォローはね、いいかい、こういうふうにやるもんなんだ。」
と偉そうに教えようとする。分かってるよ、と言いたいが、初対面なのでおとなしく「はいはい。」と答えておいた。悪い人ではなさそうだが変わった奴。


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