皆既日食を求めて 後半

 翌朝。目がさめてすぐに窓辺に行く。陽が出ていた。朝食を取りに下に降りていくと婦人がニコニコ笑って、
「ほうら、心がけがいいから晴れたじゃない。」
と言っている。
シンプルだが心のこもった朝食を食べながら、婦人と昨夜僕が読んだ本の話や音楽の話に花を咲かせていると、イギリス野郎が降りてきた。9時半の電車でミュンヘンに向かうと言う。
「電車?車はどうするの?」
と聞くと、
「昨日の様子じゃ車は多分ミュンヘン市内に入り込む事も難しそうだから、アウグスブルクに置いていくよ。日食を見たらまた戻ってくるさ。」
「だったらここで日食見れば?」
「いやいや、やっぱりどうしてもミュンヘンで見たいんだよ。仲間もみんなそう言っているし。」
変な奴ら。まあ勝手にすればいいさ。
 イギリス野郎は朝食を済ませるとそそくさと出て行った。婦人はもっともっと僕と話していたかったようだったが、僕もなんだか気がそわそわしていたので、少したってから丁寧にお礼を言い、約束の50マルクを渡して婦人の家を後にした。日本円に直すと朝食付で約3500円であんな素敵な家に泊めてもらったなんて超ラッキー。

 バスに乗ってゆうべの市庁舎前の広場に出ると、人がワサワサと集まっている。テントやスピーカーが置かれ、まるでイベント広場だ。どこで見ようかな。郊外に出て一人で味わおうかな。それともみんながいる所の方がいいかな。街中うろうろ歩き回った末、結局また市庁舎前に戻ってきてしまった。うわあ、また人が増えてる。お祭り気分もさっきより盛り上がっている。
 僕は白い買い物用のビニール袋を敷いてその上にあぐらをかいた。娘の小学校の時の運動会を思い出した。でも今日はみんな上を向いている。駅で買ったエヴィアンの小ビンを出して飲む。さてそろそろ時間だ。しかし雲が厚く覆っている。これでは全然見えないではないか。このまま皆既日食の時間中この状態だったら悲しいなやっぱり。まわりのみんなも何となく沈んでいる。
日食は、アウグスブルクでは11時15分26秒に太陽が欠け始め、約1時間20分かかってゆっくり進行し、12時35分53秒に月がすっぽり太陽を覆う100%の皆既日食となる。これが2分17秒続き、再び太陽が顔を出すのが12時38分10秒だ。そしてまた1時間近くかかって元の丸い太陽に戻るのが13時37分2秒というわけだ。科学者にとっては当たり前の事なのかも知れないが、「どうしてそこまで分かるの?」と素朴な疑問が湧いてくる。人類って凄いな。
あっ!雲間から太陽が顔を出した。
「おおー!」
歓声が上がる。拍手が起こる。僕は急いで知人から借りた太陽観測用の黒いガラスを目にあてて太陽を見た。おお、予定通りだ。右上がわずかに欠けているではないか。しかしこれ、まだ全部隠れるまで1時間以上あるんだよね。結構退屈かも・・・。おしっこしたくなっちゃった。
 一度立ち上がって市庁舎の中のトイレに行った。トイレの窓に光が差し込んで来たので、持っていた紙辺にシャープペンの先で穴を開け、太陽にかざしてみた。影の中に開いた穴の形がまんまるではなく欠けていた。

 広場に戻って来てみると人がまた増えている。もううじゃうじゃいる感じだ。さっき僕が居た所はもう誰かに取られていた。別の所を探して座った。雲が時々通り過ぎて太陽を遮っていたが、その時が近づいてくるとあたりから雲が消えた。やったあ、これでまぎれもなく100%の皆既日食が見られるぞ。僕は興奮してきた。みんなも浮き足立っている。
 辺りを見回すと光が変だ。ちょうど高速道路のトンネル内の明かりのようになっている。色彩感が薄れたモノトーンのこの感じ、どこかで見たことがあるぞ。そうだ、これはアンティークなセピア色の写真だ。それを写真ではなくて現実の世界で見るととても不思議な気がする。
 太陽光線は偉大だ。最後の最後までたとえ豆粒ほどの光になっても、我々に肉眼で直視する事を許さない。それがふいにふっと隠れたかと思うと、まぶしさの去った僕の瞳に飛び込んできたのは、とても信じられない光景だった。
 今まで歓声を上げたり、拍手したりしていた広場のおびただしい人の群れは、その瞬間、
「おおー!」
といううめきのような低い声を発したきり皆沈黙してしまった。

 空には黒い太陽が架かっていた。気温が急に下がり始めた。鳥肌が立った。僕の中に太古の昔から眠っていた動物的感覚が目覚めた。体が震え、涙が溢れてきた。
大自然への畏敬。こう言葉で言ってしまうともう安っぽくなってしまう。人はこんな時自らのちっぽけさを悟り、宇宙を貫いて存在する創造主を全身で感じるのだ。ああ、素晴らしきかな大自然!大地よ、大空よ!
黒い太陽のまわりにはコロナが広がっている。斜め左下を見ると一つだけあたりと不似合いに明るく光っている星がある。金星だ。空は真っ黒なわけではない。美しい濃紺といったところか。だが地上は暗い。
あ、そうだ。知人の忠告をふいに思い出した。あまりに想像を絶した光景に接してしばらくボンヤリしていたのだ。急いでオペラグラスを取り出す。知人は、太陽が完全に隠れている2分17秒間だけは双眼鏡を使って太陽を直視しても良いと言っていた。ただし一瞬でも太陽光線を見たが最後、失明するからね、と強く念を押されてもいたのだ。隠れてからもうどのくらい時間がたってしまったかな?ああ、もったいない。
オペラグラスで見ると、黒い輪郭の外側に広がっているコロナはとても形容する言葉がないほど美しい。あっ!もしかしたらあれがプロミネンスか?太陽から明るいオレンジ色の光が立ち上がっている。こんな景色、もう一生見ることは出来ないだろう。
もっともっと見ていたかったが、まだ失明はしたくないので1分くらいでやめる。やがて太陽が再び顔を出した。その瞬間またもや思いがけない事が起こった。月のクレーターの間からほんのちょっとだけ太陽光線が漏れる、いわゆるダイヤモンド・リングだ。だがこれはほんの一瞬だけ。次の瞬間には私が支配者よと威張りくさって、強烈な光が瞳に飛び込んでくる。うわあ、まぶしい!もうこうなると月の影も金星もなにもかもおしまい。あたりは何事もなかったかのように当然の装いで真昼間の光の中にあり、気温も真夏の正午の暑さに戻っている。
ここで僕は再び知人の忠告を思い出す。みんなが上を向いているのに一人で逆らって地面を見る。おお、これが例のシャドウバンドか?地面を物凄いスピードで光のしまが走っている。これは皆既日食の直前、直後に起こるのだそうだ。実はこれを見るために僕はわざわざ大きな白い買い物袋を持ってきたのだ。面白いように光がドンドン駆け抜けて行く。まわりの人に教えてやったらみんなビックリしている。
「なんだなんだ、これは、一体?」
と驚きの波紋があたりに広がっていった。僕のおかげだよ。ちょっといい気分。

 さて、と。もう光ももう戻っちゃったから、みんなが押し寄せる前に帰ろうかな。今から駅に行けば、予定より1時間も前のインターシティに乗れる。そう思ってゆっくり歩き出した。
 ショーウィンドウを眺めながらぶらぶらと駅前通りを歩いていると、あたりが真っ暗になってきた。「また日食が戻ってきたのかい?」と思って空を見ると、真っ黒な雨雲に覆われている。風がサーッと通りを走り抜ける。まずい、と思って急ぎ足になった。駅に辿り着き、売店でサンドイッチと飲み物を買ってプラットホームに出ると、バケツの水をぶちまけたような物凄い勢いの雨が降っている。カミナリも鳴り始めた。まるで天が太陽を隠した事で激しく怒っているかのようだ。
 土砂降りの中、インターシティがホームに入ってきた。扉の中に乗り込む瞬間だけ雨にぬれなければならない。でもその一瞬の間にずぶぬれになってしまった。客車に入ったら乗って来た人達みんなで笑い合っている。僕も見ず知らずの人と濡れた荷物や体を見せ合って、「とんでもないね。」と笑った。
 列車は豪雨の中を弾丸のように走ってゆく。僕はソファにゆったりと体を沈め、満足と心地よい疲れから襲ってくるまどろみに身を委ねていた。

 後から聞いた話だと、ヨーロッパは全体に厚い雲に覆われていて、この日皆既日食を見ることが出来たのはごく限られた地域だけだったそうだ。例のイギリス野郎の行ったミュンヘンはダメだったらしい。馬鹿だなあ、あいつら。わざわざ車を置いて見える所から見えない所へ行ったんだぜ。まあこれも日頃の心がけの問題っちゅう事で・・・。
 だから僕は本当にラッキーだった。知人が言っていたけれど、皆既日食を見た者の中には、やみつきになって世界中の皆既日食を見に行く「追っかけ」になってしまう人が少なくないそうだ。でもその気持ち、よお〜く分かる。これは見た者じゃないと分からないなあ。オーバーに言うと神と出会ったという感じ。荘厳で神聖なかけがえのない体験だった。

1999年8月 
  三澤洋史
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