Bayreuth 2003

6月21日(土)
「さまよえるオランダ人」の初心者稽古が始まった。今年の合唱アシスタントは、昨年と同じケルン歌劇場のオリバー・シュターペルに、新しくブレーメン歌劇場合唱指揮者トーマス・アイトラーが加わった。昨年まで来ていたシュテッフェン・シューベルトは、以前から音楽と平行して今をときめく生化学を勉強していたが、いよいよそちらの方でドクターを取得するために、今年は夏休みを研究と論文に費やすそうだ。シューベルトの彼女は、ハンス・ゾーティンの娘のタチアナ・ゾーティンだが、タチアナは今年も合唱団員として来ているので、シューベルトも途中では顔を出すそうだ。科学と音楽を両立させるなんて変わった奴だけど、こちらではよくドクターの称号を持っている指揮者とかいるもんな。シノポリも精神科学をやっていたっていうし、カール・ベームも確か法律のドクターを持っていたと聞いている。そういうところがヨーロッパの懐の広さというものか。
午前中の練習は、誰もピアノを弾きたがらないので僕が弾いた。その後男声、女声の二手に分かれた。僕はアイトラーにピアノを弾かせて、男声の幽霊船の場面の稽古をつけた。まだドイツ語に慣れていないので、変な言い回しをしたりしているが、とりあえずみんなには通じているようなので練習に支障はない。音楽というのはそういうところは楽だ。やってることは日本であれドイツであれ同じだしな。
午前中の練習が終わると、僕は急いで引っ越しをした。也恵さんの家からスーツ・ケースなどの荷物と、今日が土曜日で明日はお店がみんな閉まってしまうので、朝の内にいろいろ買い物をした袋とを車で運んでもらって、バラの花咲くお庭のある快適な住処にやって来た。一階に住んでいる大家さんは今年87,8歳になるおじいさんだ。荷物を運び入れて、也恵さん夫婦ともさよならをして2階にある自分の部屋に入ると、懐かしさがこみ上げてきた。昨年もまるまる2ヶ月半ここで過ごしたのだ。ベットもキッチンも居間も何もかも昨年のままだ。
ベットに横になっていると、下からドイツ人同士の会話が聞こえてきた。声から察するに一人は大家さんだ。
「この自転車は一体どうしたの?」
「これは今日からここに住む日本人のものだ。」
「何だって?日本から乗ってきたのかい?」
んなわけねえだろ、と僕は心の中で笑いながらその会話を聞いていた。
大家のおじいさんは、
「いやいや、こっちで買ったんだそうだよ。」
と真面目に答えていたのがかえって可笑しかった。
おっと、3時からまた初心者稽古だ。オリバー・シュターペル(通称オリー)と一緒だ。オリーはおとなしい奴で、ピアノはよく弾くが練習はつけたがらない。だからまた僕がつけるんだろうな。

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