Bayreuth 2003

7月3日(木)
 今日は夕方に「ローエングリン」第二幕の舞台稽古があるので、午前中はその為の音楽稽古。トーマス・アイトラーがピアノを弾いた。フリードリヒの指導は か なりいい線いっているんだが、最後のところで詰めが甘い。音程が下がっているのに、「下がっていますね。」というだけで先に行ってしまったりする。もう一 回やればいいのにと思うのだが、彼自身満足してしまっているところがある。確かにこの合唱団が本気で声を出したら、それはそれはもの凄くて、酔いしれてし まうのは分からないでもないのだが、バラッチはそれでも容赦しなかったなあ。結局理想の高さが違うんだと思った。
 18時から舞台稽古。演出家のキース・ウォーナーは客席で見ているだけ。ほとんど演出助手のマティアス・フォン・シュテークマンが舞台を仕切っている。 ウォーナーはこの「ローエングリン」の演出を始めた時は(僕が初めてバイロイトで働いた1999年)まだ世界の檜舞台ではかけだしという感じだったけれ ど、ここ数年の間にみるみる力をつけてきて、今ではベテランという風格を備えてきた。僕は新国立劇場のトウキョー・リングでその過程を見ているのでよく分 かる。一方マティアスの成長もめざましい。こうしてバイロイトの舞台を一人でてきぱきとさばいていくんだからたいしたものだ。
 合唱は頑張っているんだけど、やはり朝の練習での詰めの甘さが祟ってか、いまひとつリズム、音程が決まらない。この分でいくとまた新聞批評でシビアに書 か れてしまうぞ。

7月7日(月)
 フリードリヒが本気になってきた。今朝の「さまよえるオランダ人」の立ち稽古で、
「今日からは、もういい加減に歌う事は許さないからな。踊りながらでも動きながらでも常にきちんと歌う事。」
と男声合唱団員達に向かって言った。途端に空気がピシッと締まって、みんなの歌が見違えるようになった。こんなに能力のある人達が集まっているんだもの。 あと必要なのはそれらの能力を最大限に引き出す緊張感なのだと思った。
合唱団員達にとってもこうした緊張感の中で仕事するのは気持ちよいらしかった。みんなの気持ちが集まっているから練習もはかどり、繰り返すごとにクォリ ティが上がっていくのを互いに確認し合うのはとても爽快である。

 そんなフリードリヒを見ていて僕も頑張ろうと思って、6時からの「糸紡ぎの場面」の女声合唱音楽稽古をビシビシつけた。
女声合唱は音程の怪しいところや、テンポの決まらないところが解決して良くなったはずなのに、終わった時の彼女たちの表情がノリノリという訳でもなかっ た。こんな時、男性だったら必ず、
「よかったじゃないか。」
とか、
「ありがとう。」
とか言ってくる人がいるのに、みんな終わったと同時に風のように帰っていった。8時までみっちりやったから無理もないか。ヒロだからきっと早く終わるだろうと勝手に思って予定を立てていた人達もいるだろうからな。でも僕だっていつもニコニコという訳にはいかないんだ。良くないものを放っておくわけにもいかない。ギリギリまでになったのは仕方がないさ。
出口のところで井垣さんがいたので聞いてみたら、新国立劇場合唱団員でもある彼女はこう答えた。
「なんだかみんなブーブー文句言っていたわ。本当にくたくたになるまでやらせられたから。でもあたし個人はあの練習は必要だったと思うし、みんなも見違えるように良くなったのは感じているはず。あたしは日本とドイツの両方を知っている立場として今回よくわかったけど、ドイツの女性は男性に褒められる事に慣れているでしょう。新国立劇場だと駄目駄目と言われ続けるとどんどん集中してくるけど、こちらの女性は、間で適当に褒めてあげないとだんだんナーバスになってくるの。ドイツ人女性は男性に甘やかされているし、日本人女性よりはるかにプライドが高いのよ。」
「そういえば一度も褒めなかったな。音程もリズムもなかなか直らなかったし、良くないものを素晴らしいと言うわけにもいかないじゃないか。でも考えてみると、フリードリヒは確かに女性にはよく褒めるな。」
「でしょう。でもさ、そんな事言ったらバラッチの時は練習が始まったら男性であろうが女性であろうが容赦なかったわね。ああなったらああなったで、また話は別なのよね。」
「僕もああいった緊張感を取り戻そうとしていたのさ。」
「どこかで一つ褒めたら雰囲気が全然違ったかもね。そんなことは新国立劇場では全く必要ないことだけど。」
そこに別の練習から帰ってきたフリードリヒが通りかかった。
「ヒロ、練習どうだった?」
僕の代わりに井垣さんが答える。
「三澤さんに8時ギリギリまでみっちり絞られてみんなブーブー言って帰りました。」
意外にもそれを聞いてフリードリヒは急に真顔になって僕の方を向き、
「で、良くなったのかい?」
と聞いてきた。僕は即座に、
「曖昧なところは全部解決したよ。明日から聞いてごらんよ、見違えるようになったと思うよ。」
と答えた。彼はとても喜んで、
「おう、こっちもビシッとやったぜ。やる時はお互いやるんだよな。ありがとう、また頼むよ。」
と言って去っていった。
 まあ、最初から嫌われようと思ってやる人はいないと思うけれど、指導者というのはみんなから好かれていればいいというものでもない。結果を出していく事によって最終的に信頼感を勝ち得る事を求められている。
そうしたことを肌で感じているフリードリヒも、丁度ここらで正念場に入ってきたところ。だから僕が女性達に媚びずにきちんと自分の職務を果たした事を、同じ立場から見て理解し評価してくれたようだ。

 それにしても井垣さんの言った事も心に留めておくべきだな。ドイツの女性は褒めないと駄目か。やっぱり日本人男性は基本的に女性にはあんまり気を遣ってないってことだな。女性が自分にかしずいてくるのを待ってるわけでもないけど、日本はそもそも女性の方が男性を立てて気を遣ってくれている社会かも知れない。
新国立劇場の女性団員は、きっと僕がお世辞や社交辞令で褒めてもちっとも喜ばないだろうし、基本的にもっともっと従順のような気がする。
そういう事を考えていくと、日本人男性がドイツ人女性を口説くというのは難しいんだろうな。仮に口説けたとしてもいろんなところで気を遣わなければならないので大変そうだな。やっぱり僕は、女性は日本人の方がいいな。あれ、何の話をしていたんだっけ?
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