新国立劇場オペラトーク「ドン・カルロ」原稿(24.Aug.最終版)

三澤洋史   

シラーの生きた時代

   Seid umschlungen, Millionen !

Diesen Kuß der ganzen Welt !

Brüder−überm Sternenzelt

Muß ein lieber Vater wohnen

幾百万の人々よ                                  
兄弟達よ
互いに抱き合おう
星空の彼方には
このくちづけを
愛する神がきっといるに違いない
全世界に



 これは、ベートーヴェンがあの有名な第九交響曲で用いた詩「歓喜に寄す」からの一節です。この詩を書いたのはドイツを代表する詩人ヨハン・クリストフ・フリードリヒ・フォン・シラーです。この詩の中には二つの際だった特徴があります。

 ひとつは、Seid umschlungen「互いに抱き合う」という言葉です。ここでは、より良い世界を作っていくのに、神の力や上からの権威に頼るのではなく、自分達の手で互いを“兄弟”と呼び交わし、力を合わせていこうとする“近代的な精神の目覚め”が表現されています。

 もうひとつは、muß ein lieber Vater wohnenのmußに注目してください。Mußは英語のmustですが、ここで神はいるに“違いない”と言った点が新しいのです。
これまでは、上から「神はいる」と押しつけられた世界観が支配していましたが、ここには我々民衆の視点に立って、「天は見ているに違いないのだから、みんなで頑張っていこうよ。」と励まし合う姿があるのです。

 シラーは1759年に生まれ1805年に没しています。この「歓喜に寄す」が書かれたのが1785年。フランス革命が勃発したのが1789年のバスチーユ牢獄襲撃ですから、まさに革命前夜とも言える時期なのです。ちなみに今日これから語る戯曲「ドン・カルロス」が完成したのは1787年です。この微妙な時期に生きたシラーの作品には至る所、フランス革命のモットーとなった自由、平等、友愛が溢れているのです。
 そうした近代的精神の旗手であったシラーは、詩人であると同時に劇作家でもありました。戯曲でも彼は、常に古い体制を打ち破って新しい世界を作っていこうとする主人公と、それをはばんでいこうとするものたちとの葛藤、相剋を描いています。しかし結末はいつも悲劇的で厭世的です。新しい体制が勝利するというハッピー・エンドを書けない雰囲気がまだ社会にはびこっていたのです。

 たとえば、
Alle Menschen werden Brüder     すべての人間は兄弟となる
この文句は、「歓喜に寄す」1785年の第一稿ではもっと直接的な表現となっていました。
Bettler werden Fürstenbrüder    乞食も貴族の兄弟となる
です。しかし検閲が入り1803年に出版された版では上のように当たり障りのない表現に書き替えられなければなりませんでした。
後で述べる「ドン・カルロ」の結末が、カルロ五世に連れられて墓に入っていくという不思議な終わり方をしているのも、それと関係あります。

シラーとヴェルディ
 一方、時代はずっと下りますが、オペラ作曲家のヴェルディも、ふたつの相反する価値観のぶつかり合いと、その中で翻弄されていく主人公達の葛藤を描くことに興味を持っていました。そうしたヴェルディがシラーの作品に興味を示さないはずがありません。当然のことのようにヴェルディは若い頃からシラーの作品を積極的に取り上げていました。
「群盗」「ジョバンナ・ダルコ」「ルイザ・ミラー」という初期の作品は、いずれもシラーが原作です。

 しかし残念ながらこれらの作品は成功したとは言えません。何故なら、どの作品もオペラ化するにあたって原作とはかけ離れた安っぽいメロドラマのようになってしまったからです。
 まだ決定的な成功を手にしていないヴェルディは、シラーの原作を取り上げながら、当時のオペラの慣習にならって男女の恋愛を前面に出し、それによってシラーの一番主張したい点を薄めてしまったのです。聖女ジャンヌ・ダルクと王様シャルルの恋愛劇など強調されたら、みんな抵抗感を持ってしまいます。そうした中途半端さが、シラーの良さもヴェルディの良さも出し切れない不完全燃焼に終わってしまった原因です。
 オペラで成功したいならば、いっそのこともっと二流のシンプルなラブストーリーを扱ったらよかったのかも知れません。それが出来ないのがヴェルディなのですが、ヴェルディがシラーと対峙するまでには、もうすこし彼の実が熟するための時間が必要だったのです。

 ヴェルディは、キャリアを重ねていく毎に、しだいに恋物語を描くことのみに終始する他のオペラ作家達と一線を画していくようになります。そして誰も歩まなかった独自の道を進ようになります。
 ヴェルディの中期以降の作品については、どれも「運命の力」というタイトルをつけて差し支えないように思います。つまり拮抗するふたつの価値観、世界観。それが運命の力となって主人公達の行く手を阻んでいきますが、恋愛劇がメインになって叙情的なタッチになるのではなく、もっとスケールの大きい叙事的な人間ドラマの中に、恋愛も組み込まれていくということなのです。
 彼が最初に独創性を発揮した出世作「リゴレット」では、公爵とジルダとの恋愛よりも、リゴレットという特異な人物の描写や、ジルダとリゴレットの“美女と野獣的対比”の方が際だっています。さらにリゴレットが浴びせられた呪いの言葉がオペラを支配する「運命の力」となって、ジルダの死にまで導いていきます。ヴェルディでは対立と緊張がオペラの骨組みとなっているのです。

 こうして独自の道を歩み、ヴェルディは「トロヴァトーレ」「椿姫」「仮面舞踏会」「運命の力」といった傑作を次々と生み出していきます。その独創性故に“向かうところ敵なし”といった感じです。
 しだいに円熟を重ねてきたヴェルディに、いよいよ運命の時はやってきます。すなわち長年のブランクをはさんで彼が再びシラーの戯曲に取り組むチャンスです。

ドン・カルロ初演
 1865年、ヴェルディはパリを訪れます。彼は「運命の力」の上演を画策しましたが、結局希望した歌手が得られないなどの諸事情から実現しませんでした。その代わりオペラ座支配人は、1867年に開催される第二回万国博覧会のための新作オペラを彼に依頼しました。
 それがこの「ドン・カルロ」です。ヴェルディは早速パリを離れて作曲を開始します。

 しかし1867年3月11日のパリ初演は失敗に終わりました。原因は、臨席していたナポレオン三世の妻の皇后ウージェニーが熱心なカトリック信者だったため、プロテスタント勢力を弾圧するカトリック教会の物語に強い反感を持ったからだと言われています。
 しかしながら、同時にこのオペラの独創性や素晴らしさに讃辞を惜しまなかった文化人も少なくありませんでした。ヴェルディは初演の失敗に落胆し、ただちにイタリアに帰ってしまいますが、オペラ座ではこのシーズン中43回も上演されています。本当に人気がなかったならば、こうした上演回数はあり得ないので、一般聴衆には受け入れられていたということではあります。最も、その間に作曲者の了承も得ないで勝手にカットが成されていたという事実もあります。

現行版の成立過程
 「ドン・カルロ」初演版は5幕ものとして書かれ、歌詞もフランス語です。これは、その頃のフランスで流行していたマイヤベーアなどのグランド・オペラの形式に従っています。しかしパリでの初演が失敗に終わった時から、ヴェルディにはもうフランスに気を遣う理由がなくなります。彼は初演の日に早くも作品の改作を考え始め、さっさとイタリアに帰ってしまいます。
 先ほどパリでも勝手にカットが成されていたと言いましたが、この初演版はスケールの大きさと裏腹にやはり長かったのです。1875年、ヴェルディはウィーン宮廷歌劇場から縮小版上演の依頼を受けます。それをきっかけに試行錯誤を重ね、ついに決定版とも言える版が完成しました。これを使用してのミラノ・スカラ座における1884年1月10日の上演が大成功に終わったので、ヴェルディはその時、
「もうこれ以上付け加えるものは何もない。」
と言ったそうです。これが現在世界中で最も多く上演されている4幕イタリア語上演版(Ricordi 1883 edition)です。

ものがたりの背景とあらすじ
 フィリップ二世は、1556年、父親である神聖ローマ帝国皇帝カルロ五世から広大なスペインを譲り受け、スペイン王となります。彼は政治的理由からカトリック教会を擁護。その頃ヨーロッパ全土に広がっていたプロテスタントの波に対して容赦ない弾圧を加えていきました。
 フィリップ二世国王の最初の妻との間に生まれた王子が、このオペラの主人公ドン・カルロです。しかし国王は政治的な理由からイギリスと結ぶ必要を感じ、イングランドから二番目の妃を迎えます。さらにフランスのアンリー二世と関係を持ちたいと思い、まだ若きアンリー二世の王女エリーザベトを第三の妻に迎えます。

 ここまでが事実です。ここからはシラーの創作ですが、エリーザベト(これからオペラの呼び名に従ってエリザベッタと呼びます)は、王子ドン・カルロの婚約者であったのです。若い二人はフォンテヌブローの森で初めて出逢い、互いに愛の気持ちを燃え上がらせていましたが、そこで突然の知らせによってエリザベッタがフィリップ二世に嫁がなければならなくなったことを知ります。このフォンテヌブローの森の場面は5幕版の第一幕で表現されていますが、4幕版では前話となります。

第一幕
 4幕版第一幕は、絶望するカルロのところに、彼の友人ポーザ侯爵ロドリーゴがやってくるところから始まります。ロドリーゴはカルロから、今は王妃、すなわち義理の母となっているエリザベッタへの許されない想いを聞かされて驚きますが、それならば彼女を忘れるためにも、新教の地であり圧政に苦しむフランドルに渡り、そこの王となって民を救うようにカルロをうながします。
カルロはロドリーゴのはからいで王妃エリザベッタと二人きりになります。彼は、
「私をフランドルにやるように王にはからってください。」
と頼みますが、しだいに自分の感情を抑えきれなくなり王妃を抱こうとして拒否されてしまいます。
 一方、国王フィリップ二世は、様子のおかしい王妃に疑いの気持ちを抱くようになり、ロドリーゴにカルロと王妃との間を監視するよう命じます。

第二幕、第一場
 王妃付きの女官エボリ姫は、ひそかにカルロを慕っています。王宮の庭園でヴェールをかぶったままたたずんでいると、カルロがやって来ます。カルロはヴェールのせいで、そこにいるのを逢い引きの約束をしたエリザベッタと勘違いし、自分の切ない想いを打ち明けてしまいます。
 実はエボリ姫はエリザベッタの筆跡を真似て手紙をカルロにしたため、彼をおびき寄せたのです。エボリ姫は、
「すべて国王に言います。」
と言って去っていきます。

第二幕、第二場
 オペラ「ドン・カルロ」の中で最もスペクタクルな場面です。フィリップ二世は、プロテスタントに寝返った信徒を異端者として片っ端から捕らえ、火刑台に送り込みます。教会前の広場では群衆が詰めかけ、その様子を見守っています。
 そこへドン・カルロに連れられてプロテスタントの勢力の強いフランドルからの使者がやってきます。6人の使者はフランドルへの圧政をやめるよう国王に嘆願しますが、国王は冷たくはねつけます。カルロは国王の前に進み出て、
「どうかフランドルとブラバントを私に下さい。」
と願います。しかし国王がかたくなに拒否するので、逆上したカルロは国王の前で剣を抜いてしまいます。
 そのカルロの手から剣を奪い、国王に返したのは、なんとカルロの親友ロドリーゴでした。国王はロドリーゴの手柄を讃え、一方カルロはロドリーゴが自分を裏切ったのだと思い、失望します。そうした中、残酷な火あぶりの刑が執行され始めます。

第三幕、第一場
 国王の部屋。フィリップ二世は、王妃が自分のことを決して愛してくれないのを嘆いています。これが有名な「ひとり寂しく眠ろう」のアリアです。
 そこへ宗教裁判長が現れ、ドン・カルロとその親友のロドリーゴを異端の罪で共に刑場に送るよう強要します。実の息子を処罰することに国王は反対しますが、宗教裁判長の剣幕に押され、ついに従う約束をしてしまいます。ここの二重唱の緊張感は圧巻です。
「王さえ祭壇の前には無力だ。」
と、フィリップ二世は去っていく宗教裁判長の後ろ姿を見ながら嘆きます。

 エボリ姫は王妃を陥れようと、王妃の持っているドン・カルロの肖像が入った宝石箱を国王の部屋に密かに置いておきます。そのことによって国王は王妃の気持ちを知ってしまいます。

第三幕、第二場
 暗い地下牢の中。ひとりで物思いに沈んでいるドン・カルロのところにロドリーゴが死を決意してやって来ます。ロドリーゴはドン・カルロの誤解を解き、カルロにフランドルの希望の星になるよう懇願しますが、その時、銃声が轟き、ロドリーゴは撃たれます。
 ここの銃声をはさんだロドリーゴの二つのアリアは感動的です。このロゴリーゴの死の場面は、しばしば単独で演奏されます。
 突然反乱した群衆が嵐のようになだれ込んできます。彼らは国王にドン・カルロの釈放を要求しますが、宗教裁判長の威圧的な命令を受けて国王の前にひざまずいてしまいます。

第四幕
 王妃エリザベッタが有名なアリア「世のむなしさを知る神」で、過ぎ去った幸せな日々、現在の酷い運命と世の無常を歌います。そこにカルロが現れます。エリザベッタはカルロに、ロドリーゴの遺言を守ってフランドルへ渡り、そこでフランドルの救済にあたるように言います。
「天上で結ばれましょう。さようなら。」
と二人が別れを告げていると、国王フィリップ二世と宗教裁判長が現れ、カルロを再び捕らえ処刑しようとします。するとその時、突然墓が開いてカルロ五世の亡霊が現れます。一同が恐れひれ伏す内に、カルロはその亡霊と共に墓の中に入っていきます。

オペラ「ドン・カルロ」についての所見
 「カルメン」などで有名なビゼーは初演の時にこんな酷評を下しています。
「ヴェルディはもはやイタリア人ではない。彼はワーグナーを真似ている。彼のよく知られた欠点はもう見られないが、彼の様々な才能の唯一のものも、もうない。」

 「ドン・カルロ」にワーグナーの影響が見られるということは、このように初演の時から言われていました。その原因は、私には「長い」「重い」「暗い」という三点が、イタリア的でないということだったと思われます。
 ヴェルディはワーグナーに抵抗感を示しながらもかなり関心を持っていました。「ドン・カルロ」の依頼を受けた時のパリでは、演奏会で「タンホイザー」序曲を聴き、
「ワーグナーの音楽は狂気の沙汰だ!」
と言っています。この言葉を反対からとれば、かなり強烈な印象を持ったということでしょう。ですからワーグナーからの影響は否定できないと思います。

 ワーグナーのライト・モチーフとの関連に関して言うと、確かにカルロ五世と結びついた「世の無常のモチーフ」や、カルロとロドリーゴの「友情のモチーフ」、あるいは過ぎ去った愛の想い出「フォンテヌブローのモチーフ」などがたびたび繰り返されます。モチーフは繰り返されると、ある登場人物やシーンと回想的に結びつくので、その意味ではライト・モチーフ的と言えなくもありません。
 しかし使い方は、ワーグナー的というにはあまりにシンプルです。むしろ意図的にこのくらいに限定したといってもいいでしょう。それが証拠に、これ以後の後期の作品でもこの域を決して出ません。ヴェルディの全作品中最もひとつのモチーフを繰り返し効果的に使ったのは、この作品よりもむしろ前作の「運命の力」です。

 初期の作品に見られるあの竹を割ったような表現、すなわち単純な和声、メロディーと伴奏との単純な関係に代わって、「ドン・カルロ」では、陰影に富んだ複雑な曲想が支配しており、それを支えるべく管弦楽法にもかなり変化が見られています。その語法のヒントを、ヴェルディは確かにワーグナーからもらったのかも知れません。
 しかしこうした表現方法の変化は、作曲者の内面からやってきたのです。この作品では、深い諦念や無常観が全体的に漂っています。こうした表現は若い時のヴェルディには決してありませんでした。その表現方法を模索していた時に、ヴェルディはワーグナーと出遭ったのかも知れません。
 しかしそうして出来上がった作風はまぎれもなくヴェルディの感性を通ったものです。ヴェルディは、「ドン・カルロ」で初めて後期の傑作に通じる“新しいヴェルディの世界”を構築し得たのだと思います。

 カルロとロドリーゴの男の友情。自由への希求。古い体制を打ち破って新しい世の中を作っていこうとする若い情熱。ヴェルディの得意とする対立の構造も、その対立を作り出す要素自体が、人間存在の深みにまで踏み込んでいます。その業績は勿論原作者のシラーに帰するのでしょう。
 人間を善人と悪人とに分けてしまうことは簡単ですが、ここではどの登場人物もそれぞれの幸福や理想を追い求めながら、誰もその思いを遂げられないのです。政治的な理由から旧教を弾圧し、政略結婚をするフィリップ二世も、王妃に決して愛されない苦悩を「ひとりさみしく眠ろう」というアリアで歌うことによって、聴衆からの共感を得る人物として描かれています。
 このように「ドン・カルロ」では、どの登場人物もそれぞれが苦悩と悲しみを伴いながら対立しています。だからこの作品では、どの登場人物のアリアも感動的なのです。

 ここにシラーとヴェルディとの真の合作が成し得たわけですが、オペラ「ドン・カルロ」の深さは、ある意味シラーよりも遠くに進んでいったとも言えます。
 それは、作曲家ヴェルディのみならず、53年に渡る人間ヴェルディの円熟が成し得た業であると私は信じています。

 最後に、マレッリ氏の今回の演出の新しさについて一点だけ触れておきたいと思います。
第二幕第二場火刑台の場面で、通常は群衆が処刑を見に出てきて歌うだけですが、マレッリ氏は最初からドン・カルロを登場させ、群衆が彼に希望を託して彼を賛美する場面に仕立て上げています。
「国王、万歳!」
という歓呼は、通常フィリップ二世に向けて歌われるのですが、それをマレッリ氏は民衆が希望を託す未来の国王としてドン・カルロに向かって歌わせています。それによってシラーの自由へのあこがれの表現がもっと直接的になりました。

 この後オペラトークでは、演出家自身からいろいろなコンセプトや考えが聞けると思います。私自身、今回の公演の幕が開くのを最も楽しみにしているひとりであることを強調して、お話を終わりたいと思います。

     Cafe MDR HOME


当ホ−ムペ−ジに掲載された記事、写真、電子ファイル、 イラスト等の無断転載を禁じます。
Copyright © HIROFUMI MISAWA  2005-2006 All rights reserved.