かけがえのない第九を・・・

三澤洋史   

 2001年はバイロイト音楽祭にとっては特別な年だった。ワーグナーが自分の楽劇の理想的上演をめざして、ドイツのフランケン地方ののどかな丘陵地バイロイトに劇場を建て、音楽祭を開催してから125周年、さらに第二次世界大戦後、ヒットラーやナチズムとの関係を取り沙汰され、長らく閉鎖に追い込まれていた戦後バイロイト音楽祭開催から50周年の記念すべき年なのだ。これを祝って音楽祭では、通常のワーグナー楽劇上演に加えて、ベートーヴェン作曲第九交響曲特別演奏会が開かれることとなった。
 ワーグナーの楽劇のみを上演するこの稀なる劇場の唯一の例外が第九だ。ワーグナーが最も尊敬していた作曲家ベートーヴェンの第九は、バイロイト音楽祭の節目ごとに上演されてきた。50年前の1951年の時も、ウィルヘルム・フルトヴェングラーの指揮の第九によって戦後バイロイト音楽祭の幕が開いたが、この録音こそ第九演奏における決定的な名盤として今日までその評価は揺るぎない。今回それに挑戦するのは、今をときめく指揮者クリスティアン・ティーレマンだ。

 祝祭合唱団の練習が始まった。合唱指揮者のエバハルト・フリードリヒが最初に団員に尋ねた。
「第九をやったことある人?」
驚いたことに手を挙げた団員は半数にも満たなかった。これが日本だったら、声楽科学生時代に必ず歌うので、未経験者がいたりしたらみんなに珍しがられるのに・・・。
「では、本日の全体練習に引き続いて、第九初心者達はこの曲のスペシャリストである三澤さんの指導を受けてください。」
エバハルトは当惑する僕の方を向いてウィンクしてみせた。後で彼は笑いながらこう言った。
「だってHIROの国では、毎年12月になると数え切れないくらい第九をやるっていうじゃないか。その国で合唱指揮者をやっている君が第九のスペシャリストでないわけがないだろう。」

 第九の練習はたしかに心得ていた。どこが歌いにくいか、どう指導していったらいいか全て把握していた。しかしながら、このバイロイト祝祭合唱団の指導をすることによって、自分が第九を「知っている」と思っていたことが、とんでもない思い上がりであることを僕は思い知らされることになる。
 第九初心者達の練習は最初大変だった。第九を音取りからするというのは最近していない。僕が関係しているどのアマチュア合唱団も、今やみんな経験者ばかりで、そこに初心者が混じる形で練習が行われるので楽なのである。ところが、バイロイト祝祭合唱団のメンバーは、みんな選りすぐりのプロのくせに、本当に第九を知らないのだ。
「うわあ、なんて下手なんだ!」
あきれながら僕は一音一音彼らに覚えさせていった。
 しかしある時点まで来た時だ。
「おや?」
いつの間にかみんながうまくなっているのに気がついた。要するに彼らは、音が体に入ってくるにつれて、今まで自分たちが歌っていた内容をしだいに“理解して”きたのである。さあ、そうなると母国語の強み。彼らはどんどん自分たちで感情移入をしていく。隣同士といえども全然違うところに気持ちを入れていくものだから、日本人のように単一色にならずにいわば玉虫色。タイミングもリズムも微妙にずれる。でもこれでいいのだ。
 その時点で彼らは指導している僕を確実に超えていた。これまで何度指導してきたか分からない“第九のスペシャリスト”であるこの僕を・・・・。悔しかったけれど、うれしかった。それでこそ祝祭合唱団だ!

 それからオケ合わせの時がきた。日本のオーケストラだったら、どの指揮者の元でもどこのオケでもだいたい似たような音になるものだ。ところが祝祭管弦楽団から出た音は想像を絶するものだった。いいとか悪いとかいう問題ではない。全く違う音なのだ。僕は驚いてスコアを見た。なるほど、ベートーヴェンのスコアの中には、こんな音も隠れていたのか。それも彼らが第九に慣れていないことが大きく作用している。彼らは全く何の先入観もなく素直に譜面を読み、感じたまま演奏しているのだ。
 さらに指揮者ティーレマンのアプローチも凄かった。練習の時の彼はとても実質的だった。問題のあるところを冷静に探り当て。反復練習をしたりして解決していく。それは、あたかも職人が揺るぎない手つきで工芸品をひとつひとつ丁寧に仕上げていくようだった。
 ところが本番になったら彼はその全てを忘れた。彼はインスピレーションに任せて自由奔放に振った。ところどころオケが崩壊した。しかしそれがどうしたと言わんばかりに、彼は気にもとめずに自分の音楽をやり続けた。50年前のフルトヴェングラーもきっとこんな風だったのだろう。いやあ、まいった!歯が立たない!

 この体験が僕の第九の“原体験”を上書きした。ここが僕の第九の新たな出発点となった。僕は、第九にルーティーン・ワークはあってはならないと思っている。第九という作品は「マタイ受難曲」やマーラーの「復活」などと同じでモニュメント的作品であり、そう軽々しく演奏してはいけないのだ。そしてそれらの曲を演奏するならば、必ずある種の意義を、聴衆にもそして演奏者自身にももたらすべきだと思うのである。
 志木第九の会では、第九の会と名乗っていながら久しぶりの第九だ。なかなか第九をやらないのもこの曲を大切に思っているから。でもやるからにはちょっとその辺にはない第九をやりたい。この曲の中には、まだまだ限りない可能性が眠っている。それを新たに掘り返し、新鮮で新しい発見に満ちた“かけがえのない演奏会”にしたいと、今から胸を熱くしている。

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