イタリア短期留学を終えて(ミラノ研修報告)

三澤洋史   

序論
 国立音楽大学声楽科に在籍していた時から、私はイタリア・オペラよりもむしろドイツ音楽に深く傾倒していた。その後指揮に転向し、ベルリン芸術大学指揮科に留学する。1999年から2003年までの5年間に渡るバイロイト祝祭劇場での合唱音楽スタッフの経験は、私とドイツ語オペラとの関係を決定的なものとした。私が現在ドイツ語のオペラを指導する時には、自分の中に少しの迷いもない。バイロイトで培ったひとつのメソードが確立されているからである。
 一方、イタリア・オペラに関しては、私はイタリア語を読むことは出来たし、歌詞を理解することも出来た。来日したイタリア人指揮者や歌手達と簡単な会話をかわすのに困難も感じない。しかしながら合唱指揮者としてイタリア・オペラを仕上げるという観点から見た場合、自分がドイツ語作品に対して持っている見識に至っていないことを痛感していた。
 そこで私はどうしてもイタリア・オペラ合唱指導の方法論を学びたいと強く思ったのである。それは日本にいては絶対に出来ない勉強である。しかも中途半端なレベルの劇場では、私が満足のいくような情報を提供してもらえないであろう。生意気なようであるが、イタリアに行くならミラノのスカラ座以外にないと思った。現在のスカラ座合唱団の合唱指揮者はブルーノ・カゾーニ氏。もしこの人の元で学べるならば、きっと充分な研修の成果が得られるであろうと確信していた。

 さて、結果はどうだったのであろうか?イタリア短期留学を終えた現在の時点で言えることは、イタリア・オペラの合唱指導は、思ったよりはるかに難しいということだ。やっかいな点は、ドイツ語歌唱やフランス語歌唱のように見るからに難しそうには見えないところにある。その難しさに気がつくためには、イタリア語という言語の持つ様々な特徴に精通することが求められる。そして、それを私はスカラ座合唱団の見学とほぼ同等くらい、ミラノ中心街にあるAccademia di Italianoという語学学校の授業から得た。
 いくら素晴らしいものを見ても、自分にそれを受け入れる素養がなければ、情報は自分の前を素通りしていってしまう。語学学校は私に期待以上の成果をもたらしてくれた。自分がイタリア語で進歩すればするだけ、スカラ座の練習から私が得ることの出来る情報量は増し、情報の質は高められていったのだ。研修という座標軸における成果とは、進歩してゆく自分という縦軸と、高い質の情報という横軸との交差する点にあると初めて気がついた。

 「イタリア・オペラの指導法の探求はこの80日間で全て学べた」などと思えるほど私は楽観主義者ではない。これはとても奥が深いものであり、私はまだ入り口に立ったばかりであることを実感している。私の研修は、当初から、自分が得た知識を日本に持ち帰って、日本人相手に合唱指導を行うという、いわば日本における研修成果の還元を想定して行われたものなので、この研修報告書もその点に留意している。すなわち、日本語との比較論や、日本人がイタリア語歌唱を行う時、どのような困難があるか、どのように乗り越えるべきか、あるいは乗り越えられるように指導するかといった事の記述が含まれているのである。


第一章 イタリア語とイタリア語的表現

母音
 私の今回の研修は微細なる事柄に関する研究に終始した。まずはイタリア語の発音の再確認である。語学書を作るわけではないので、この報告書でのイタリア語に関する記述は、全体を網羅するものではなく、ある意味断片的な情報となる点を許していただきたい。私自身にとって特に今回の短期留学で気がついたことを中心に述べていきたいと思っているからである。

 イタリア語の発音は簡単であると一般的に信じられている。アルファベットに書いてある母音は全て明瞭に発音され、ドイツ語やフランス語のように曖昧母音というものもなければ鼻母音もない。子音に関しても、ドイツ語のchのような日本人に馴染みのないものもない。しかし、私が今回現地で語学学校に通って一番驚いたことは、それぞれの外国人にとってそれぞれの方向から、イタリア語の発音は思いの外難しいということであった。
 たとえば、語学学校のクラスメートで最も発音が悪いのは英語圏の人達であった。彼等もAEIOUの母音をまっすぐに発音していると“思い込んでいる”が、Aは無意識の内にEIとなる傾向にあるし、アクセントのつかない母音は消える傾向にある。たとえばnazionaleをナツィオナーレと読んでいるつもりが、その実ネイツィオネイルと読んでいる。  
 このように、それぞれの母国語が持つ発音の傾向性は根強いので、みんなその影響を受けてしまうのだ。そしてそれは無意識の内に行われているので、なかなか直らないのである。

 では、日本人はどうなのであろうか。
「イタリア語は日本語のように発音すればいいのだ」
と単純に思われているが、とても楽観的な考え方である。日本語が元来持つ言語的傾向性は案外曲者である。その原因は日本語の母音にある。
 まず日本人は、母音を全て明瞭に発音していると思っているが、そこに誤りがある。イタリア人の話すのを聞いていると、しっかり口を開いてそれぞれの母音を描き分けているが、日本人の場合、まるで腹話術をしているのではないかと思うほど、口を開かず表情なく話す。従ってそれぞれの母音は限りなく曖昧母音のポジションに近いところで話される。

 さらに困難な現象が日本語にある。ひとつの例を挙げよう。「福井」という言葉をイタリア人に発音させてみると、彼等は一生懸命ローマ字のfukuiの通りに発音しようとして「フークイ」や「フクーイ」と読む。
 ところがこの「福井」という言葉を、日本人は誰もfukuiと発音していない。最初の“ふ”は母音が発音されていない。ローマ字で書くとfkuiあるいはhkwiなのである。しかもUもIもとても短く発音されてしまうので、アクセントの所在もはっきりしない。それにもかかわらず日本人はこれをfukuiと発音していると“思い込んでいる”。
 このような「母音の無声化」が、日本語ではしばしば起こっている。我々日本人は無意識の内に、ある法則に従っていくつかの母音を欠落させてしまうのだ。「あした」はashitaではなくashtaと発音されている。「押します」はoshimasuではなくoshmasである。
 母音の無声化はUの母音で起こることが多いが、これには外来語のカタカナ日本表記の問題もからんでくる。たとえばフランスという表記である。フランス人が、日本に行ったらfuransuとしゃべらなければいけないと思って一生懸命練習してきたら、なんのことはない、日本人はみんなfransとフランス人のように発音していたという笑い話がある。厳密に言うとUは完全に消え去ってしまっているわけではないのだが、ほぼ無声化しているのは事実だ。nの発音も、日本人のnは、舌の先が口蓋につかないフランス語の鼻母音のようなので、フランス人は拍子抜けするらしい。

 そのくらい無意識に母音の無声化を行っている日本人は、イタリア語を話したり歌ったりする時にも無声化を行ってしまう。buon giornoは、ブオン・ジョルノではなくボン・ジョルノと発音されてしまうし、葬儀という意味のfuneraleフネラーレの最初のUも無声化されてfneraleのようになってしまう。
 これで、母音をクリアに発音することが、日本人にとって思ったより困難であることが分かっていただけたかと思う。逆に言えば、街角で聞いていても、イタリア人の発音するそれぞれの母音は惚れ惚れするほどクリアだ。曖昧な母音はひとつもない。だから、日本人がイタリア語歌唱を行う時、「母音は日本語のように」と思うのは間違いだ。むしろ、日本語的に言ったらおかしいほどに、ひとつひとつの母音を明確に発音するよう心がけるべきである。

開口母音と閉口母音
 厳密に言うと、日本語の5つの母音に対して、イタリア語の母音は7つある。アクセントのあるシラブルのEとOに、それぞれ開口と閉口とがあるからである。ただOに関して言うと、スカラ座合唱団を中心としてソリストなどの発音も含めて現地での調査の結果、違いはほとんど感じられないことが分かった。イタリア人自身もこの単語が開口なのか閉口なのか良く分かっていないことが多い。
 日本人相手に単語中のOの母音を指導する場合は、自由に歌わせて、開口が閉じすぎないように、反対に閉口が開きすぎないように注意するレベルで事足りるのではないかと、私は思っている。ただし指導者は、単語毎に開口か閉口か調べておく必要がある。

 ところがEに関して言うと、たとえば、「そして」という意味のeと、英語で言うbe動詞の三人称単数形のeとでは、かなり意識的に口の開け方が変えられている。eは唇が両側に引っ張られてIの響きに随分近くなっている。日本語では両方「エ」であるけれども、イタリア人はこの瞬間に「そして」なのか「彼は」なのかを聞き分けるのであるから。
 また、イタリア語では、アクセントのあるシラブル以外のEは全て閉口となる。ということは、基本的にIの響きに近いEがとても多いということになる。日本語のEは開口が基本であるから、日本人にとってイタリア語のEの響きは違和感のあるものかも知れない。
 ドイツ語ではUにも開口と閉口の2種類あるが、イタリア語ではない。イタリア語はドイツ語よりも口を開け気味で歌われると勘違いしている人も少なくないが、Uに関して言うと閉口のUのみで、しかもドイツ語の最も深い母音であるUと同じポジションで発音される。イタリア人がpiùと言う時、話す場合も歌う場合もその母音の色の深さに驚くことがよくあった。

アクセント
 母音がクリアに発音されると、その連なりである単語の中で、どこかにアクセントを置きたくなってくるものだ。先ほどの「福井」の例でもそうであるが、イタリア人は、「フクイ」という、どこにもアクセントが感じられない状態には耐えられない。「フークイ」か「フクーイ」か「フクイー」か、要するにどこでもいいからアクセントを置かないと落ち着かないのである。それがイタリア語の爽快感を作りだしているといえるのだ。
 イタリア語の単語の場合は、通常後ろから2番目のシラブルにアクセントが置かれることが多いが、さらにその前の、後ろから3つ目のシラブルに置かれる単語も少なくない。アクセントのある母音は、他の母音よりも際立つように発音されるべきだが、気をつけなければならないことがある。それはドイツ語と違ってストレスを与えすぎないことだ。特に歌う時は、決して母音がつぶれてしまってはいけない。むしろ柔らかく豊かな息を送って母音が丸くふくらむようにし、充分に美しく鳴るように心がけること。

語尾
 ドイツ語はたいていの場合語頭にアクセントがあり、後はしだいに消すように発音していけばよいのだが、イタリア語のアクセントはもっと語尾の近くにあるので、語尾を消しすぎるのは望ましくない。イタリア語の語尾の母音は、それぞれの単語の性や単数複数を現しているので、文法的に重要である。例えば赤いという意味のrossoは、女性名詞につくとrossa、男性名詞複数ではrossi、女性名詞複数ではrosseとなる。また、ドイツ語のBlumeなどの語尾のeは、発音的にも曖昧母音となりボカし易いが、イタリア語の語尾のeは閉口なので、ボカすことは許されない。  
 以上のことから、イタリア語の語尾は、アクセントはなくても意識から消してしまわないこと。ひとつの価値のあるシラブルとして、正しい母音を響かせるよう心がけたい。

 私の反省点としては、これまでイタリア語の語尾をドイツ語風に処理し過ぎていたことである。例えば8分音符が二つあってbeneという歌詞がつけられていたら、二番目の8分音符のneを消し過ぎていたかも知れない。これは恐らく、私だけでなく、イタリア語に熟知していない全ての合唱指揮者の犯し易い過ちであろう。

摩滅されたラテン語
 イタリア語はラテン語から派生した俗語がしだいに市民権を得、あらためて体系化された言語である。ラテン語が俗化されていく過程で、いくつかの特徴的な変化が起きている。その中で歌唱に密接に関係しているある特徴を挙げてみたい。
 言葉は、言いにくいものが摩滅される傾向にある。日本語の「見れる」などの“ら”抜き言葉などもそうである。イタリア語の場合には、ある方向に向かって徹底的な摩滅が進んでいる。それは、母音をより響かせるために障害物を除去するという方向である。

 例えばexactusエクサクトゥス「正確な」というラテン語は、英語にもなっている言葉だが、これがイタリア語になるとesattoエザットとなる。ここにおいて二つのKという発音が摩滅された。その結果、母音が妨げられることなくなめらかに発音出来るのである。 
 このような単語はとても多い。ほぼ全てのXを持つ単語が摩滅化している。expressusはespressoエスプレッソとなり、エキスパートの意味のexpertusはespertoエスペルトとなる。xerxesクセルクセスというペルシャの王の名前などは、なんとserseセルセとなってしまう。
 Xを使わなくても、Kを伴う発音の言葉はほぼ例外なく摩滅化している。accentは、英語の場合アクセント、フランス語でアクサンと読まれるが、ほぼ同じ綴りのaccentoは、アクチェントではなくアッチェントである。「アクセルを踏む」という意味のaccelerareも、アッチェレラーレと読まれ、音楽用語accelerandoアチェレランド「だんだん速く」の語源となっている。
 歌唱することを想定してKを含む発音と、摩滅された発音とを言い比べて見れば一目瞭然であるが、母音の流れを妨げないという意図は徹底している。

二重、三重母音
 イタリア語の二重、三重母音は、1シラブルとして発音される。これを発音したり歌唱したりする時に、気をつけなければならない事は、言葉によって最初の母音を長く発音する場合と後の母音を長く発音する場合とがあることだ。
 たとえば、fioreは、フィョーレとIよりもOが長く、アクセントもOの上にある。Duomoはドゥォーモであり、Uは一瞬でOが長い。これらの二重母音を歌唱する時は、fioreなら、拍の頭にOが鳴るタイミングで歌われなければならない。つまり、ほんの少しであるがfiは拍の前に出されるのである。
 それに対してseiは逆にEの方が長くセーイと発音される。歌唱の場合はその音価の最後の瞬間に短く最後の母音を発音する。
 三重母音のmieiやpuoiは、それぞれミエーイ、プオーイと発音され、fioreとseiを組み合わせたように処理される。すなわちmieiなら、Eが拍の頭に来るように発音され、さらに音符の最後にIを短く発音する。
 何故そうまでしてひとつの音符の中に入れなければならないのかは謎である。実際、これらの二重母音や三重母音を揃えるのは、大勢の合唱などの場合簡単ではない。seiのIのタイミングなどは、合唱指揮者が適切に判断し、ゆっくりな音楽の時には音符で決めることもある。スカラ座のカゾーニ氏も時々このくらいの長さと決めている。ただこれは二重母音なので、長さはあくまで目安のもの。2つの母音として認識されてしまわないよう、移行はなるべくなめらかに自然に行われなければならない。

母音の重なり
 イタリア語の記譜法はとても変わっている。二重、三重母音だけでなく、異なった単語間の2つ以上の母音をまとめて1シラブルとして1つの音符の上に歌わせることが頻繁に起こっているのである。

 次に挙げるのは、ヴェルディ作曲「椿姫」の合唱曲の一節である。
Che è ciò ?
という歌詞において、cheとeは1つの音符の中で歌われる。会話でもケ・エとは発音されず、英語で言うbe動詞である2番目のeは、最初のエに飲み込まれる形になる。ドイツ語のsie istでは、母音が続いても必ず2つ音符が与えられ、ズィー・イストと言い換えなければならないが、イタリア語歌唱では、1つの音符としてche èは処理されるのである。
 ちなみに次のciòは二重母音なので、一気にチォと発音してしまう。歌う側の意識としてはむしろ後のオが拍の頭で決まるように発音する。厳密に言うと日本語のチョとは違う!チもオもはっきり聞こえなければならない。

Oh il gentil pensier?!
 この歌詞で、Ohという感嘆詞とilという冠詞がひとつの音符の中で歌われる。先ほどのche èの場合は、同じeであったから音符の中で母音を変えなくて済んだが、ここではひとつの音符の中でoとiを発音しなければならない。当然oという母音とiという母音は分けることなく移行的に発音される。

Tutti accettiamo.
Che avete ?
ではtuttiの語尾のiとaccettiamoの語頭のaが同じ音符を共有している。またCheのeとaveteのaもひとつの音符の中に収められている。

 イタリア滞在中に私がわざと、
「どうしてこうやって1つの音符に入れるのですか?」
と複数のイタリア人に訊いたが、彼等はみんな、
「だって1つだから」
と答えた。
「1つじゃないでしょう。別の単語だし、別の母音でしょう」
と訊いても、
「いや、我々はこれを1つだと認識しているのだ」
と言うばかりで、話は平行線を辿り、らちがあかなかった。

二重子音
 イタリア語では子音が好んで二つ重ねられる。英語のhaveの意味を持つavereは、「我々は持つ」という活用になるとabbiamoとbに変化し、さらに二つ重ねられてアッビアーモとなる。さようならの意味のaddioアッディーオも、元来はa dio「神と共にありますように」の意味でdはひとつである。ア・ディーオとアッディーオを両方発音してみると分かるが、瞬間的に母音の流れは妨げられるかも知れないけれど、その分次のiの母音がしっかりと響き、iの上にアクセントをはっきり落としやすくなることが分かる。
 また、意外と知る人は少ないが、文字で二つ子音が書かれていなくても、会話の中で子音が重ねられて促音風に発音されることがしばしば起きるのもイタリア語の特徴である。たとえば、
Vado a casa.
を、イタリア人は、ヴァード・ア・カーサではなく、ヴァード・アッカーサと発音する。
E poi.
は、エ・ポイではなくエッポイと言うのだ。これは歌う時でも同じであり、前を詰めることによって逆に次の母音を響き易くしているのである。

QUとGLについて
 quで始まる言葉の発音は日本人には難しい。questはクエストと読んでしまいがちであるが、Uの口を前に突き出すようにし、そこからEに向かって突き出した唇をはじくように戻す。つまりクとエの間にWを入れるような感覚で発音する。日本語であえて書くとクウェストとなる。quiやqualeも、クイやクアーレではなく、クウィやクワーレのように発音する。
 またglの発音は、フランス語のllに似て、日本語にはない子音だ。figlioはフィーリオではない。フィを発音した後、Lを発音しながら、舌の両側から息をわざと漏れさせながら、フィッリョとやや促音風に発音するのだ。歌う時には、会話よりも厳密なので気をつけること。

レガート
 legareという単語は「つながる」という意味である。この過去分詞がlegatoレガートである。レガートは、音楽においては音符間をつないでなめらかに演奏することを意味し、歌唱においても楽器演奏においても、演奏における基本要素となっている。イタリア音楽、とりわけベルカント唱法においては、このレガートは最重要な要素とされていて、レガート唱法が出来なければベルカントは不可能とまで言われている。
 イタリアの街角にたたずんでいたり電車やバスに乗っていると、人々の声がとても良く響いているのを感じる。これは、ひとつには先ほど述べたようにイタリア語がそもそも母音の流れを妨げないように、あるいは子音の重なりなどによって母音が良く響くような言語だということもあるが、もうひとつの原因は、イタリア語の単語間におけるレガートにあると言える。
 それを説明する前に、その対極にあるドイツ語について話してみたい。ドイツ語は、全ての単語を決してつなげない言語である。たとえば、guten Abendを発音する場合、絶対にグーテナーベントと言ってはいけない。どんなに速くてもグーテン・アーベントとgutenのnと次のAbendのaを切らなければならない。この瞬間に喉には「流れを止める」というひとつの操作が要求される。
 それに反してイタリア語は、異なる単語間でもどんどんつなげてしまって構わないことになっている。例えばun albergo(あるホテル)はウン・アルベルゴではなくウナルベルゴと発音される。また、non ho(私は持っていない)のように間にhがあっても、ノン・オではなくノノと発音される。
 その結果、イタリア語では、一度声を出し始めたら、ほぼその文章全体に渡って、喉に何らかの操作を加えることなく美しく母音を響かせながら発音し切ることが出来るのである。

ベルカントとは?
 分かり易い言葉で言うと、オペラで使われている発声法がベルカントである。ところが、ベルカントとは何であるか?という問いに答えることは簡単ではない。たとえばベルカント・オペラと呼ばれているベッリーニやドニゼッティで求められる声と、ヴェルディの後期やヴェリズモ・オペラで求められる声は明らかに違う。より軽くてコロラトゥーラの完璧さを要求される「ルチア」や「愛の妙薬」と、よりドラマチックで声量や重量感を期待される「ドン・カルロ」や「オテッロ」のどちらがよりベルカントなのだと聞かれても、恐らく答えられない。しかし、そうした事と全く別の側面から、私は今回ベルカントというものの神髄を捉えることが出来た。

 ベルカントがイタリアから生まれたのは偶然ではない。いや、私ははっきりと、ベルカントはイタリア語を話す国民以外から生まれようがなかったと断言したい。先ほどのラテン語の摩滅から始まって、母音と子音の間や母音同士のレガートなど、イタリア語は徹底的に母音がよく響くように発達してきた言語である。シラブルを一つにまとめる考え方も、そこから来ている。一般のイタリア人同士の会話においても、他の国民と明らかに母音の響きが違う。イタリア語は喉に良く、イタリア人の声は良く響くのである。
 ベルカントも、その基本は美しい母音にある。美しい母音とは、声帯で作り出された響きが頭部において美しい共鳴をし、あごや口が作り出すそれぞれの母音において理想的な響きとなることである。ベルカントとは、イタリア人の会話における母音を洗練させた末に生まれた母音唱法であるとも言える。

 私がミラノにおいて接触した沢山のイタリア人の中で、元ソリストで現在はスカラ座合唱団員であるバリトン歌手の言葉は、私にベルカント唱法の行き着くべき目的地に関するひとつの回答を与えてくれた。
「ベルカントとは、声帯をふさわしく緊張させ、まっすぐ息を送り、そして・・・『言葉を歌う』ことなのだ。母音だけ出そうとするから、言葉が分からなくなる。言葉を歌うという意識を持って初めてベルカントは完成されるのだ」
 名言だと思った。つまり言葉が伝わって初めてベルカント唱法はその目的を果たすということなのである。だとすると、正しいイタリア語を話すということと、正しいベルカントで歌唱するということは、最終的につながるのである。ベルカント唱法は母音唱法が基本であるが、言葉を歌うという考え方において、母音と子音との関わり方、子音を含むところの総合的な響きに留意しなければならない。

 私が現在日本にいて考えていることはこうである。日本人を相手に合唱団の練習をする場合、通常行われているように、最初に音取りをしてから音に言葉をあてはめさせるのは最善の策ではないかも知れない。逆に、まず正しい発音でテキストを発音させてみたらいいのではないか。その時に、母音の色や単語のアクセント、文章の中でのクライマックスの作り方、表情のニュアンスを徹底的に指導するのだ。それから歌唱に向かい、さらにその中で発音と発声との接点を見出しながら表現に向かうといったアプローチがとても有効な気がしている。
 言葉の発音は発声法に含まれ、発声法は正しい発音を成し遂げることによって初めて意味内容を正しく聴衆に伝えることが出来る。そうした正しい表現は、聴く人達の心を打ち、感動を与えてゆく。ベルカント唱法がその存在の価値を誇ることが出来るのは、それが感動にまで到達した時点である。まさにヨハネによる福音書の「はじめに言葉ありき」なのである。

文章のアクセントからイタリア語的表現へ
 母音や単語の響かせ方が分かってきたら、その次に重要な事柄がある。それは“文章のアクセント”である。複数の単語が集まってひとつの文章が作られる時、その文章全体で一番強調したい箇所に文章のアクセントが置かれる。文章のクライマックスという言葉で言ってもいいかも知れない。これは単語のように辞書を見ても分からないので、歌詞をよく読んで内容的にどこを強調するべきか判断する必要がある。
 音楽作品の場合には、作曲家が一番訴えたい箇所を音楽的に強調している可能性もある。そこを読み取ることが出来ないと、歌唱は平面的になり、単語の発音は正しくても内容が結果的に聴衆にうまく伝わらない。
 日本人のこれまでの興味は、個々の単語の発音に留まっていたきらいがあった。ここから出発して、イタリア語的にどのようにフレーズの流れを形成し、どのような強調の仕方で時にはうねりを伴って文章全体を盛り上げていくかというところまで辿り着かなければ、歌唱における適切なイタリア語的表現は成し得ないのである。

 ただこれは、本来は合唱指揮者が指示や指導することではないのかも知れない。事実、スカラ座においてカゾーニ氏はその事に関して一切触れていない。合唱団員はみんな当然のこととしてイタリア語に精通しているので、自分でドラマの流れを汲んで感じ、表現している。当たり前のことであるが、そのイタリア語的表現は見事の一言に尽きる。これを経験しただけでも、私の今回の研修の成果はあったと断言できる。
 しかるに、これを日本においても同じように実現しようとしたら、それはある意味パンドラの箱を開けるに等しい。単語の正しい発音はすぐに指導できるが、正しいイタリア語的表現ということになると、感性の問題も入ってくるから、私が感じたものをそのまま伝えたものが果たして絶対かという問題が起こってくるのである。
 日本人は、みんなで合わせることにかけてはとても秀でているので、例えば私が青と言えば真っ青になってしまう可能性がある。これが不自然なのだ。バイロイト音楽祭合唱団におけるドイツ語的表現も、スカラ座合唱団におけるイタリア語的表現も、それぞれ個々の団員の強調したい箇所が微妙にズレていることが集合した、いわゆる玉虫色の表現となっている。これこそが最も自然でしかも成熟した表現なのだろう。

 ところが、この自然な表現に一足飛びに到達することは、日本の合唱団には困難だ。
「みなさん、ただ感じたままを自由に表現しましょう!」
と私が提案したとて、一体どのように具体的なイタリア語的表現をしていいか分からない。どこでも好きなところを強調していいと言っても、やはり大事な単語とそうでない単語は存在する。みんなでバラバラになって消し合ってしまっては、適切な表現からますます遠のいてしまう。
 一番確実は方法としては、
「たとえばこう・・・・他にこういう方法もある」
と私が表現の例をいくつか具体的に示しながら、合唱団員の感性の自由さも与えつつ、ネイティヴの合唱団が表現しているような自然なものにもっていくのが望ましい形なのだろう。それはとても時間がかかる作業であるが、その作業をやったからといってスカラ座合唱団のようになるかどうかは、保証の限りではない。いや、それどころか、日本人が日本人である限り、ネイティヴのリアリティを持つことは永久に出来ないのかも知れない。その道はなかなか茨の道である。

ポルタメント~決定的な発見
 ポルタメントportamentoとは、隣接する音をズリ上げたり下げたりすることである。日本のクラシック音楽の教育では、ポルタメントをかけて演奏することは、特殊な場合を除いて下品で悪趣味であるとされている。特にドイツ音楽に傾倒していた私は、イタリア・オペラを専門に歌っている歌手達のズリ下げるポルタメントに我慢がならなかった。彼等はどこでも好きなところで好きなようにポルタメントをかけているように私には感じられた。イタリア人の歌手達もかけるところはかけるが、日本人のように節操なくかけているようには見えなかった。それにしても何故イタリア・オペラではポルタメントをかけて演奏されるのか?その点は、私にとってずっと謎であった。

 ところが今回の研修でその謎があっさり解けた。私は、語学学校に通ったお陰で、かなり自由にイタリア語でコミュニケーションがとれるようになった。最初は躊躇していた合唱団員達も、私の語学力が上達していくにつれて、私に積極的に話しかけてきてくれるようになった。滞在後半では親しい友達も何人か出来た。そうして自分自身がイタリア語を話す生活にどっぷり漬かっていた。
 ある日、街角で何気なくCaro mio benという曲を口ずさんでいた。その時、自分の歌が以前と違っていることにふと気が付いた。一体何処が違うのだ?私はCaroと歌う時、カからロに移る前にポルタメントをかけていた。何故だろうか?そこで私は重大なことに気がついたのである。
 他の言語と同じように、イタリア語においても、アクセントのあるシラブルは、高いイントネーションで発音され、それ以外のシラブルは低いイントネーションで発音される。だが、他の言語のように、アクセントのあるシラブルが終わるまで同じ高さを保ち、次のシラブルの前についている子音から突然低くされるのではなく、イタリア語の場合は、すでにアクセントのある母音の最後の方で下方にズリ下げられ、次のシラブルのイントネーションになってから子音が始まるのである。
 つまりCaroでは、caの間に音が下がり、roはすでに次の低い音の上で発音されている。私は無意識の内に、その発音の特徴をもってCaro mio benを歌っていたのである。

 私は自分の発見に愕然とした。そして街角や劇場内で夢中になってイタリア人達が話す言葉に耳を傾けた。
「今日は!Buon giorno!」
と声を掛ける。するとgiornoという単語がほぼ全員からポルタメントを伴って返ってくる。giornoはgiorという音節にアクセントがあるので、こちらが高く、noという音節は低く発音されるが、イタリア人は、100パーセントoの間にイントネーションをずらして、noの高さになっておいてからrnoを発音する。
 この現象は、程度の差はあるが、イタリア語のほとんど全ての単語において起こっていた!ただし、dubbioなどやletteraのようにアクセントのある音節の後に二重子音がある場合は例外である。

 このポルタメントが、イタリア語をイタリア語らしくしていたのである!みんな無意識に自然に発音しているので、これまで誰もそれに言及する人はいなかったのだ。辞書の発音記号でも表すことは出来ないし、どの語学書にも書かれていない。
 会話だけではなく、歌唱においても、会話でポルタメントがかかるところには、かけて歌われていた。ただし、アクセントがある音節と次の音節とが同じ音高である時にはかけられていない。多くの場合、かけられるのはアクセントのある音節の次の音節が音型的に下げられている場合、それもゆっくりめの音楽においてである。
 一方日本人歌手は、この法則に気がつかないで何となく“ポルタメントをつけるとイタリア・オペラらしくなる”と安易な信じ込みをして、本来言葉がポルタメントをかけていないところまでポルタメントをかけて歌唱していた。それが、イタリア音楽の品位を損ねていたわけであり、私の抵抗感の原因でもあったのだ。
 ひとつ例を挙げる。たとえば、有名なプッチーニ作曲「トスカ」のアリア「歌に生き愛に生き」において、
Vissi d’arte
Vissi d’amore
という歌詞のvissiとd’areteの間やvissi とd’amoreの間にポルタメントをかけることは許されない。かけるならばd’aでかけてrteを下の音で歌い、d’amoでかけてreを下の音で歌うべきである。

 さてポルタメントは、ソロでは分かるとしても、大勢で歌う合唱においてはどうなのであろうか?スカラ座では「トゥーランドット」やヴェルディの「アッティラ」の合唱練習が行われていた。合唱の場合はソリストよりはかなり控えめではあったが、やはり会話でアクセントがおかれているシラブルには、歌唱にもポルタメントが“ほんの少しだけれど”かかっていた。それは、あまりに自然なので気がつかないほどであった。

 このポルタメントをつけさえすればイタリア・オペラの歌唱がもっと本場に近くなると思いたいところであるが、日本で同じように実現しようとすると、かなりの困難が予想される。日本の合唱団に安易にポルタメントを要求したら、恐らくやり過ぎてしまってとても不自然なものになってしまうことは必至だ。そうなるとフレージングも壊してしまうだろうし、音楽的には何も良いことがない。こういうものは、イタリア人でも無意識にやっていて、聞く方も聞き逃してしまうほどの些細な変化だからニュアンスというのだ。それに、“意識的に行う”ことがすでにニュアンスの精神からはずれているのかも知れない。
 こうしたジレンマに、私はこれから悩まなければならない。しかし、自分の耳を頼りに試行錯誤を繰り返しながら、イタリア人が行っているのと同じくらいのニュアンスをもって出来るように努力してみたい。もし上手く出来たら、我が国のイタリア・オペラ合唱の歴史を塗り替えるものが出来上がるに違いない。幸い私の脳裏には、スカラ座合唱団の響きが焼き付いているので、大事なポイントにおいてブレることはないと信じている。


第二章 伝統と日本人の道

響き
 私は、バイロイト祝祭合唱団とスカラ座合唱団という二つの世界的なオペラ合唱団の響きを身近に体験したわけであるが、この二つの合唱団にはどのような違いがあるのであろうか?

 バイロイト祝祭合唱団の響きは暗い。私が最も尊敬する合唱指揮者ノルベルト・バラッチが折ある毎に、
「もっと暗い響きで」
と要求していたこともあるが、元来ドイツ人の母音の響きが暗いのである。もし日本人がこれと同じ音色を出そうと思ったら、恐らく骨格を変える他はないであろう。この響きでワーグナーの楽劇を上演するから、あのように深遠なる音楽となるのである。それを知っているので、私も日本人の合唱団でドイツ音楽を演奏する時は、団員に出来る限り深く暗い音色を要求する。

 それに反して、スカラ座合唱団の音色はイタリアらしく明るい。ただし決して響きが浅くはない。つまり明るく深い。今回面白かったことは、イタリアに3月31日に着いて、次の日の4月1日にスカラ座に行き、モーツァルトの「魔笛」の公演を舞台袖から見学したが、その響きの明るさに驚いた。ドイツ音楽だから無意識の内に響きのイメージを持っていたのだが、それとは全く違った響きが耳に飛び込んできたのである。
 こうしたイタリアンなモーツァルトの合唱も興味深いとは思ったが、オーセンティックなものとはいえない。やはりスカラ座合唱団の音色は、ヴェルディやプッチーニに最もマッチするものなのである。

 その後、スカラ座合唱団で複数の演目の練習や公演を聴いていく内に、日本人合唱団の音色は、基本的にスカラ座合唱団に近いと思った。というより、全体に日本人の発声がイタリアに近いのだ。歌を勉強する人達が、ドイツよりもイタリアに留学することが多い事や、発声法に関して真っ直ぐにイタリアのベルカントを目指している人が多数を占めている事が理由であろう。イタリア人は、見かけもドイツ人よりは日本人に近いので、恐らく骨格も似ているのかも知れない。
 とにかく、日本人がイタリア・オペラを歌う時に、ドイツ音楽に対するように何か音色を意図的に操作するとかという必要性はなさそうなので、その点ではとても安心した。

 スカラ座も通常の劇場のように、様々な時代の様々な国のオペラを公演する。日本に来て公演する時には、日本人が期待するように、イタリア・オペラの殿堂であるスカラ座としてヴェルディやプッチーニなどのレパートリーが並ぶが、ミラノにおける日常的な公演レパートリーとしては、ワーグナーの楽劇も演奏すれば、各国のオペラもやり、現代音楽も公演する。私の留学中にも、ドイツ語の「魔笛」、ルカ・フランチェスコーニ作曲「クァルテット」という英語の新作オペラと、グノー作曲「ロメオとジュリエット」のフランス語上演を行っていた。

 これらの外国語オペラにおける合唱団の練習や公演が私にはとても興味深かった。何故なら、どの演目をやっても結局はスカラ座合唱団のサウンドになってしまうからである。分かり易く言えば、明るくイタリアンな「魔笛」であり、なかなかフランス語のエスプリや陰影ニュアンスが出て来ない、やや重厚な「ロメオとジュリエット」であった。
 こんなことを自慢しても仕方がないのであるが、イタリア・オペラ以外のレパートリーに関して言うと、例えば新国立劇場合唱団の方があらゆる面から見ても優れていると思う。ドイツ音楽をドイツらしく、フランス音楽をフランスらしく演奏する能力は、スカラ座よりも新国立劇場合唱団の方がはるかに高い。
 だがこれは自慢出来るものでもない。スカラ座は、だからこそイタリア・オペラをあのサウンドで、そしてあの美学で演奏出来るのだろうから。それがオーセンティックなものを持っている劇場の決定的な強みなのだから。

イミテーション
 日本は、ヨーロッパのどの国からも遠い。明治以降、西洋音楽を外来文化として取り入れ、真似から始まり一生懸命吸収してきた歴史がある。その中で、どこまで本物に肉薄出来るかということに勢力を注いできた。そして現在、仮にドイツ歌劇場よりも優れたイタリア・オペラを演奏出来、パリ・オペラ座よりも優れたドイツ・オペラを上演出来、スカラ座よりも素晴らしいフランス・オペラを上演出来たとしても、一方で、ワーグナーはバイロイト祝祭合唱団に決して敵わず、グノーはパリのオペラ座に負け、ヴェルディはスカラ座に負けるしかないとすれば、日本人の手にしているものとは一体何なのであるか?
 先に述べたポルタメントの話のように、ネイティヴの人達が無意識にやっているものを意識化し、必至でオーセンティックなものに追いつこうとしても、すでに無意識のものを意識化した時点で異なったものとなってしまっているとしたら、我々日本人は永久に本物を手にすることは出来ないのであろうか?イミテーションは所詮イミテーションでしかないのか?

到達不可能な本当の伝統
 と、あきらめてしまうのはまだ早い。何故なら、生意気なようであるが、イタリア・オペラを上演する場合、スカラ座がやっているものが全て完璧で、我々はスカラ座を手本にしさえすればいいというわけではないからだ。

 我々が本場のものに触れて、これはとても敵わないと思った時は、総合的な印象が自分を捉えている。私も最初はそうだった。スカラ座の内部で起こっている事は何もかも犯しがたく、燦然と輝く“伝統”の中で近寄ることも許されないような雰囲気が漂っていた。  
 だが80日間もいると、しだいに冷静になって様々なものが見えてくる。当然ながらスカラ座合唱団にも、長所があるのと同じくらい短所があるのだ。そうして私の目の前で、スカラ座合唱団は少しずつ本当の姿を現してきた。私は努めて客観的になろうと務めた。一体どの点が、我々が逆立ちしても敵わないようなネイティヴだけが持つアンタッチャブルな領域であり、どの点は到達可能な領域なのか。

 その中で最も到達不可能と思われるポイントは、やはり声と響きの問題であった。スカラ座合唱団の声の素材に関しては、これがイタリア・オペラあるいはベルカントという見地から見た場合、世界一であることには疑いがない。スカラ座に出入りしているソリスト達の声を見ても、さすがベルカントの殿堂だけのことはあって、声の水準は厳しい目で保たれている。
 これらの人達の声を日本人の声と比べて見た場合、ひとつの事が分かった。日本人の発声は、今や決して悪くはない。テクニックの点では、けっして欧米人にひけはとっていない。響きもイタリア人と似てはいる。ただ、微妙な違いはある。日本人の喉はやさしい。レッジェーロな(軽い)声、リリックな(叙情的な)声は得意だが、強く激しいドラマチックな声を求められると、これに答えることは簡単ではないのだ。人材も少ない。それが集合すると、たとえば合唱団の音色にも影響してくるであろう。
 結局、突き詰めていくと、違いはこうした点に集約されてくる。そして、それはまさに努力してもどうしようもない点なのだ。

見せかけの伝統
 笑い話のようであるが、イタリアに留学して帰ってきた若い音楽家が、時間やいろんなことにルーズになって困るという話を良く聞く。一緒に演奏しても、
「そんなにきっちり合わせなくてもいいんじゃない」
という態度で一緒に演奏する者達を困らせたりもする。
 あるいは、わざわざミラノに行ってスカラ座の公演を見てきた音楽ファンが、日本人の演奏するオペラ公演を観て、
「音楽が合い過ぎています」
と苦情を言う場合があるとも聞く。
 これらは全て、現地ではこうなのだから、日本でもこうあるべきという誤った認識であると思う。本場の存在感というのはそれほど強いのである。

 先ほど述べたように、発声を中心として、到達不可能な真の伝統に気付くと共に、そうでない要素にも私はしだいに気付いていった。こうして一度神話の仮面がはがれてしまうと、厳しい言い方をすれば、伝統にあぐらをかいているのではと思うポイントが次々に感じられてきたのである。これらは、見せかけの伝統として簡単に到達可能なだけでなく、他のウィーン国立歌劇場やニューヨーク・メトロポリタン歌劇場など一流歌劇場と比べても、むしろ劣っている点となっているのである。

スカラ座合唱団の演技力
 たとえば、スカラ座合唱団の演技能力に関しては、残念ながらかなり低いと言わざるを得ない。私は、演出家が立ち稽古の間に、決心して行おうと試みたことの半分も出来ないであきらめていく過程を、「ロメオとジュリエット」においても「アッティラ」においても見ていた。
 その結果として、どのオペラのどの場面でも、合唱団は両側から登場し、舞台後方の壁際に並んで歌い、そして退場していくだけになってしまっている。演出家は、演技らしい演技を合唱団に要求することはあきらめて、全てソリスト及び助演やダンサーにさせていた。
 こうした処置に対して、誰もこれをつまらないとは感じないし、ましてや屈辱的な処置だなどと文句を言う人もいない。むしろ合唱団員達は、面倒くさい事をさせられなくてやれやれ良かったと思っている。また、そういうものがイタリア・オペラであると信じ切っているようでもある。

合唱団の音楽表現
 舞台でただ立っているだけの合唱団の前に、ソリストや助演、ダンサーが演技をするためにいるということは、奥で歌う合唱団の声が届きにくいという事である。また、前の人達にさえぎられてオーケストラ・ピットで指揮をしている指揮者がよく見えないという事でもある。オケ・ピットは低いところにあるので、合唱団後方に立っている人には、指揮者は全くといって見えないに違いない。
 ドイツの歌劇場や日本(二期会、藤原歌劇団、新国立劇場など)では、合唱指揮者やアシスタントが、赤いビニールテープを巻いたペンライトで、モニター・テレビに合わせて、客席後方や舞台袖など合唱団員からよく見えるところで指揮しているが、スカラ座では特にそのような処置も行っていない。だからよくタイミングやテンポがズレるし、気の弱い団員達は恐くて歌い出せないので、公演中でも練習場で音楽練習をした時の音量の70パーセントくらいしか声が出ていない。それに音楽は大味でフレージングもしまりのないものになってしまっている。指揮者はそのことでしばしば不機嫌になっているが、合唱指揮者のブルーノ・カゾーニ氏は、特にピリピリしている様子もない。
 恐らく、この状態を積極的に改善しようという気は誰も持っていない。もともとイタリア人は、アンサンブルの精密さという事にかけては、かなり鷹揚である。音楽がズレてもあまり気にしないのである。私には気持ち悪くて仕方がないが、みんな平気な顔をしている。

日本人のとるべき道
 こうした状態を目の当たりに見せられると、私は、まだまだ日本人が出来る可能性が残されているなと感じるのである。たとえばヴェルディは、自分の作品がズレたままであったり、誤ったバランスや音程で演奏されるのを望んでいるはずはないであろう。どんなにニュアンスに富んでいたとしても、それとタイミングが合う合わないという事は、全く別の要素のはずだし、ましてや「合わない方が良い」ということは、音楽の中ではあり得ないことだ。
 これまで日本人の演奏が批判にさらされてきたとすれば、それはタイミングを合わせる事のみに神経を使い、音楽的表現がおろそかにされてきたきらいがあるからだ。だからといって、すでに手にしている長所を自ら手放す必要はあるまい。
 むしろ日本人のアンサンブル能力は長所であり武器でもある。それにプラスして正しく指導がなされれば、声を自在にコントロールして、ふさわしいフレージングや音色で、様々な表情に満ちた精密な音楽を構築することが可能だと思う。

 また、劇と音楽との融合であるオペラという芸術の表現には、演劇的な意味でも、まだまだ無限の可能性が秘められている。合唱団の扱い方に関しても、もっと柔軟な演出はいくらでも可能なのである。ドイツのバイロイト祝祭合唱団では、舞台の両袖から赤いペンライトでフォロー出来るため、完全に横向きになって群衆を歌わせる事も、激しく渦を巻いて走りながら歌うことも可能である。それでいてズレることなく音楽的な歌唱を聴くことが出来る。
 イタリア・オペラでそれをやっても勿論いいわけである。しかしながら、少しでもダンスに近いようなことをやらせようとすると“追加料金を要求する”という現在のスカラ座合唱団の雰囲気では、とても難しいように思われる。

 イタリアも財政難で、オペラを現在のような状態で存続させていく事はかなり困難なはずなので、オペラに関わっているひとりひとりが、オペラが未来に生き残っていくための智恵を絞らないといけないと思うのだが、誰もそれを真剣には考えていない。それよりも彼等は、現在の状態の中で権利を主張することだけに意識を集中させているように感じられる。こういう態度が、私に、伝統の上にあぐらをかいていると感じさせるのである。
 彼等がストライキをしたり、ボイコットしたりしている間に、我々は、外堀から出来るところを攻めて、内堀に進み、ネイティヴでなければ出来ないという領域をどんどん狭めていくことが可能だ。そうして最後に、彼等の側には何が残るのか?我々はどこまでネイティヴに迫り、単なる真似で終わる事なく、真似の中から真実を育て、自分達のものとして表現できるのか。これは勝負する価値のあることだと思う。

留学を終えて今感じること
 日本人にはとても大切な美徳がある。それは日本人の持つenthusiasm「熱狂性」というものである。enthusiasmは、自分たちの国に伝統がないという引け目と表裏一体となっているものだとは思うが、日本人の西洋文化に対する情熱と畏敬の念には、西洋人が決してあなどれないものがある。

 本場で学んできた私は、今や本場のものを知っている。ネイティヴの自然さと凄さをも肌で感じてきている。スカラ座合唱団の響きはいつも頭の中にあるので、それを頼りに、我が国の合唱団において真にベルカントな響きを構築しようという意欲にも燃えている。
 このように、限りなくオーセンティックなものに近づけていく作業は基本だ。ベルカントという技法は万人に開かれているし、ヴェルディの音楽はイタリア人だけのものではない。それは世界中の聴衆の心を打ち、今日まで生き残っているものであるからだ。

 一方で、日本人にしかない美徳を最大限に生かして、日本の合唱団としての長所、特色を積極的に打ち出していく事も必要だと思っている。その点に関しては、何も気後れする必要はない。日本人の能力は世界に対し、決してひけを取らないのだから。  
 私はいつの日か、ヴェルディの音楽の神髄は、日本において完全な形で成就しているという評価が与えられる日を夢見ている。そして、それは、そう遠からぬ日に実現することを確信している。


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