9月25日

 万歳!名古屋モーツァルト200合唱団演奏会の為に編曲したクリスマスソング・メドレー全三部作堂々完成!
 でも本当は8月中に作って提出する約束だったのに大幅に遅れてしまった。「ナディーヌ」公演の後、気が抜けてボーッとしていたのと、編曲し始めたら今度 は凝りだしてしまって面白くなってしまって、予想をはるかに超える大作になってしまったのが原因だ。このホームページが更新する26日(日)は、新しく出来た第3番を携えて名古屋まで行って来ます。服装とかちょっと派手目だけど気だてが良くて楽しいピアニスト岡戸さんや、癒し系おねいさんオルガニスト花井さん達が手ぐすね引いて待ってます。って、ゆーか、いいかげん遅れに遅れたと思ったらこんな難しいの書いてきて弾けないわよ!という彼女達の視線が目に見えるようです。勿論合唱団員達も「今からじゃ間に合わないよう。」と暖かく迎えてくれそう・・・ううう!名古屋の皆さん、ご、ごめんなさい!!このホームページを読んで下さっている皆さんも締め切りは守りましょうね。
 またまた一部をMIDIでお聴かせしましょう。「しずけき(清しこの夜)」に入る前は、きれいなアダージョで、オルガンがやさしいメロディー を奏でます。これは僕の全くの創作。MIDIはここから始まって「しずけき」終わりまで。「しずけき」の第一コーラスは、カトリック聖歌集のままのハーモナイズだ けど、第二コーラス目はちょっと翔んでジャズっぽい和音をつけちゃった。きれいでしょう。

 「まきびとひつじを」では、なにせフレーズが似ているもんで、メサイアの一部やマタイ受難曲の「まことにこの人は神の子であった」をくにゅっと入れてしまいました。
やっぱりただおとなしく曲を並べていれば済むという性格じゃないんだなあ。三つのメドレーを一度にCDに焼いてみたら28分07秒かかったよ。でも自分でいうのもなんだけど、このメドレー集、結構素敵です。これからこの編曲を持ってあっちこっち営業に行こうかと思いましたが、残念な事にこのメドレーは一年の内のほんの限られた時期にしか使えないんだ。とにかく当面は12月23日に名古屋五反城教会で聴くしか方法がないので、皆さん来てね。

 さて、この編曲が終わったので、日曜日名古屋から帰ってきた後はいよいよオフ会講演の準備にかかる。ためになって、しかもあまり堅苦しくならない講演にしたいなと思っている。今考えている内容は、ワーグナーを評価するブラームスの視点を追いながら、逆にそれによってブラームスの本質を探ってみようという事だ。やっぱり、なんか言葉で言うと堅苦しくなってしまうけれど、楽しくするからね。ブラームスやワーグナーに関して別に何も下調べなんかする必要ないよ。気軽に足を運んでくれて結構。

 新国立劇場への行き帰りの電車では、曾野綾子の「狂王ヘロデ」(集英社文庫)を読んでいる。京王線ホームのキヨスクで何気なく見つけたものだ。これが結構面白い。

その朝のことを、私は切り取られた風景のように鮮明に覚えている。私は、きれいに手を入れられ、水を撒かれた花園の中を通って王宮に導かれた。私は花の香りの帯の中を歩き、糸杉の梢では鳥が囀っていたと思うのだが、実はその時、それらのものをはっきりと見確かめていたわけではない。それらの記憶は後から補強されたものだ。当時十五歳と言われた私の頭の中は、色を失うほどの目映いエリコのオアシスに降る光を感じていただけで、あたりのものを余裕を持って見回す心のゆとりなど全くなかったのだ。

 こうしたさわやかな書き出しは誰にでも出来るものではない。映画でもそうだけど冒頭はとても大事なんだよ。ヘロデ王に仕える口のきけない堅琴弾きが最初に王宮に呼ばれたところからこの物語は始まる。
 「切り取られた風景」という表現はいいなあ。たとえば僕は、建前の済んだばかりのまだ柱のむき出しになった家の土台に自分が腰掛けているのを「切り取られた風景」のように鮮明に覚えているが、母の話によると、それはどうやら群馬の実家を新築した時らしい。とすると僕は当時3歳、つまり人生における最初の記憶のようだ。いいなあ、この表現。これからいろんなところで使おう。
 それから「色を失うほどの目映いエリコのオアシスに降る光」というのもいいな。読んだだけで魂がふわっと広がる感じがする。「うわあ、すごいところに連れてこられたなあ!」とびっくりしている主人公の高揚感が伝わってくるね。
 やっぱり作家というのは文章におけるいろんな引き出しを持っている。ユダヤの物語なので外国文学のように登場人物の名前が覚えにくいので困るが、曾野綾子の文章は簡潔かつ率直で、読者にどんどん先を読んでいきたい気持ちを起こさせる。権力の中でつかのまのしあわせさえ得ることのない王族達の執権と苦悩を、堅琴弾きの冷めた目で鮮やかに描き出していく手法が見事。読書の秋になにか読んでみたいと迷っている人がいたらお薦めします。

 23日(木)の「カヴァパリ」最終公演後は忙しかった。ジャコミーニをねぎらう意味も込めた軽い打ち上げがあったのだが、失礼してカーテンコール終了後ただちに音楽ヘッドコーチの岡本君、メゾソプラノの加納悦子さんと共にタクシーに乗り込み、渋谷近くのレストランに急いだ。実はその晩は、現在新国立劇場合唱団員のソプラノ井垣朋子さんの結婚披露宴だったのだ。井垣さんは長らくケルン歌劇場の合唱団員として活躍しながら、バイロイト音楽祭にも出演していた。僕とはバイロイトで知り合ったが、とても面倒見の良い人で、最初の頃いろいろお世話になった。その結婚式でなにか余興をやろうという話になった。僕には名案があった。昨年バイロイト音楽祭の合唱団パーティーの余興で僕が編曲した出し物が大受けしたのだが、そのメンバーの中に朋ちゃん(井垣さん)も乗っていたのだ。この出し物を日本語にしてやろうと僕は強引にみんなを説得した。披露宴に列席する新国立劇場合唱団員達に加えて岡本君も伴奏者として引き入れて(岡本君は井垣さんと芸大で同級生、岡本夫人は声楽科のまさに同窓生)、練習は秘密裏に進められた。
 出し物は「タンホイザー」をもじったものだ。僕のナレーションで始まる。ローマに向かう巡礼者達のところにいきなりヴェーヌス達が誘惑にやってきて、
 「巡礼なんかやめてヴェーヌスベルクに行って、みんなでいいことして遊びましょう!」
と、彼らをメロメロにしてしまうというストーリーだ。男声合唱は真面目に巡礼の合唱を歌うけれど、誘惑する女性達はラグタイム風な「ジェリコの戦い」を色っぽく踊りながら歌う。最後には巡礼者達は「もう我慢出来ない!」と叫んで女性達の腕の中に倒れ込んでしまう。
 「結婚式にふさわしくないんじゃないの?」
という声があっちこっちから聞こえたけれど、僕が直後のスピーチでフォローするから大丈夫と言いくるめて練習を積んだ。
 本番では予想した通り会場は爆笑の渦になりバッチシ決まった。僕は、
「癒し系の朋ちゃんを妻に迎えて、村田家はヴェーヌスベルクとなります。でもいいヴェーヌスベルクです。仕事で疲れたご主人はヴェーヌスベルクで癒され、また明日への活力を養うのです。」
というわけの分からないフォローを行った。こんなんでフォローになるのかい?と自分で思ったけど、誰も内容をとがめている様子はないのでホッとした。それよりお客様は合唱団員達の声に圧倒されていたようだ。
 朋ちゃんのご主人は高校の英語教師で、アマチュア吹奏楽団でオーボエを吹いている音楽好きの人だ。彼を紹介したのはメゾソプラノ歌手の小山由美さんで、彼女は昔彼と知り合った頃は、なんと吹奏楽を指揮していたんだそうだ。昨年末の東響第九演奏会で由美さんがアルトソロを歌った時、初めて二人は由美さんの引き合わせで演奏会場で出逢ったんだって。そういえばあの時、朋ちゃんが来てたわ。思い出した。でも隣にいた男性は記憶にありませんなあ。なにせ男性にはあまり興味がないもんで。
乾杯の時はソプラノの天羽明恵さん(彼女も芸大同級生)が素晴らしいソロを歌った。楽しいパーティーで料理もとてもおいしかったのだけれど、実は、今年の夏あまりに忙しくてスタミナつけなければとカロリー採りすぎて血糖値がヤバイので、横で家内がずっとにらんでいた。ああ、あのステーキもう一切れ食べたかったなあ。イチゴショートだけでなくチーズケーキも食べたかったなあ、と実は今でも悔しがっています。

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