オフ会に行ってきました!

 オフ会とは本来、掲示板なんかでガシガシカキコしている人達が、では一度集まって顔を合わせてみようじゃないのと、どこかに集合して、ああ、あのいつも シビアに書いていたのはあんただったの?文は過激だけど意外とイケメンなのね、とか思ったりする会のことだけど、MDRのオフ会は、全然雰囲気が違いまし た。まず全員僕から見たら知り合いでした。僕のホームページなので当たり前かもしれませんが、来た人達はお互い知り合いとは限らないので、こういう会は案 外必要なのかもと思いました。

 新宿野村ビル48階会議室の窓からは、大都会がパノラマのように広がっています。今日は秋晴れで見晴らしも良く、はるか国立の自宅の物干し竿にかかって いる靴下まで見えそうでした。僕は思わず「だーいとーかーい!」と歌いそうになりました。それにしても、なつかしのミスター・サンライズ飯泉さんの顔が見 えた時は嬉しかったねえ。
 講演は前もってお知らせした通り「ブラームスとワーグナーについて」という内容でしたが、それだけに限定せず、ブラームスの人となりをひとつひとつ説明 していく内に、皆さんがブラームスに対してしだいに親近感を持ってくるのが感じられました。
 ブラームスの最後の作品が、オルガンの為の11のコラール前奏曲Op.122であることは意外と知られていない事実です。特に絶筆となった第11曲目の 「おお世よ、われ汝を去らねばならず」の定旋律は、有名なハインリヒ・イザークの「インスブルックよ、さようなら」が原曲となったコラールで、バッハもマ タイ、ヨハネ両受難曲で使用しています。この曲の定旋律が終わった後の尾を引くような後奏を聴いていると、愛しのクララ・シューマンの亡き後、自らの死を ひそかに予感していた最晩年のブラームスの胸の内が感じられて深い感銘を覚えずにはいられません。MDから流れるブラームスの白鳥の歌に一同聴き惚れてい ました。
 会の終わり近くになって東響コーラスの荒木君が乱入してきました。彼は今日も仕事なのでやっと顔だけ見せに来たのです。二次会にも行かず、またそそくさ と仕事場にとんぼ返りしていきました。でも、ありがとう!顔だけでも見れて嬉しかったよ。

 二次会は野村ビルの地下のお蕎麦屋さん。いろいろおつまみ豊富で赤ワインもあり、おかげで結構酔っぱらいました。右隣には野田真弓さん。左隣にはお馴染 み岡田彩子さん。目の前にはこれまでほとんどお話ししたことのなかった横浜の本橋さんが座っていて、その他、佐々木ユカリちゃんや市場さんや平尾さんや井 島さんや小名さんや、勿論清木穂名美さんなどで両手両足に花花花って感じ!うわーい!楽しい語らいに時間の経つのを忘れました。
 いいなあ、オフ会。またやりたい。って、ゆーか、飲み会だけやったりして。ま、それじゃあまたつまんないんだよな。
 あ、いけねえ。男性もいたような気がする。清木さんのご主人を忘れてはいけませんよ。穂谷さんは僕がホームページでも書いた曾野綾子の「狂王ヘロデ」を じゃんけんでゲットしました。僕はこの本を2冊持っていたのです。何故かというと理由があります。僕は、モーツァルト200合唱団の練習に名古屋に行く前 の日、新国立劇場の楽屋にこの本を忘れてきてしまいました。でもどうしても行き帰りの新幹線の中でこの小説を読みたかったので、府中の本屋でまた買ったの です。時々僕はこうした馬鹿なことをやらかします。でも走り出したら止まらないのです。さて、せっかく穂谷さんにやっておきながら、こんなこと言うのもな んですが、この小説の結末は僕の期待した通りのものではありませんでした。ヘロデ王のキリスト生誕にまつわる有名な記述、すなわち東方の三人の博士の訪問 や、ベツレヘムの赤子の虐殺などはこの小説の中では全く表現されず、ただ遠回しにほんの少し匂わされただけでした。だからこの小説に宗教的なものや霊的な ものを期待して読んだ人は失望を味わうかも知れません。反対に、猜疑心から誰も信じられなくなっていくヘロデ王の心の闇を描くことにかけては大いに成功し ていると思います。それに当時の時代の雰囲気が鮮やかに表現されていて、歴史小説としての価値は非常に高いと思います。いずれにしても優れた小説であるこ とには変わりません。

 一月からはいよいよブラームスのドイツ・レクィエムのレクチャーを計画しています。真面目にドイツ・レクィエムについて様々な面からアプローチします。 東響コーラスの人達も歌うだけではなく知的な理解も必要なのでご参加下さい。で、その後二次会。また両手に花花花!うししし。何考えているのまったく!

 今週は「エレクトラ」と「椿姫」の合唱音楽練習が始まった。リヒャルト・シュトラウスっていうのは魔物だな。あんなストーリーをシュトラウスの音楽で聴 くと、いいかなと思ってしまうんだもの。エレクトラの復讐の成功に酔う狂気の陶酔が、音楽の美しさでもってすっかり惑わされて、思わず正当性を持って感じ られてしまうじゃないの。そこがこのホフマンスタールとシュトラウスのコンビネーションの思う壺なんだよ。「いけない」法悦への耽美的陶酔の極致だな。う うう、デカダンス!って、ゆーか、駄目だよ、こんな音楽ばっか聴いていちゃあ!マリファナと一緒じゃないの!でも仕事なんで仕方ありません。ちなみに僕は R・シュトラウスの音楽は好きだけど好きじゃなくて好きだけど好きじゃなくて好きです。

 夜中にパソコンで音作りしたりCDを聴いたりするのに家族に迷惑がかからないようにする為と、自分で作った音をじっくりモニターする為に、新しくヘッド フォンを購入した。その為に2日間かけて新国立劇場の練習の合間に新宿に出かけていって、ヨドバシカメラでありったけのタイプを試聴しまくった。最初は五 千円くらいのでも低音とかズンズン響いて結構良い音じゃないのと驚いた。でもすぐに、目立つ音は良いんだけど、全体のバランスとかに難があることが分かっ てきた。つまり超グラマーなんだけどバランスが悪くて落ち着かない美人のよう。それが一万円くらいのクラスになるとグンと締まってくるし、耳元でガンガン 鳴っている状態から、もっと空間が広がって疲れなくなってくる。でも気をつけないと今度は逆におとなし過ぎて物足りないタイプとかがある。本当にメーカー によって、値段によって様々だ。また店頭では派手なポップスばかりかかっているので、家でクラシックとか聴く時にはどうだろうか、という想像力も働かせな ければならない。
 二つのタイプの間で最後まで迷った。パイオニアとオーディオテクニカ。何回も何回も行ったり来たりして聴き比べしていたので、店員もきっと変な奴と思っ たに違いない。結局購入したのは、オーディオテクニカのATH-A500というゆったり耳にやさしい密閉型モニター・タイプ。値段は一万二百円。これはい いです。全てのジャンルをカバーします。家に帰ってきてじっくり聴いても疲れない。それでいて押し出しもある。お薦めです。
 もっと高いものもあったし、高ければ高いだけのことはあるよ。例えば五万円くらいのタイプはヘッドフォンとは思えないほど素晴らしい。全ての面において 安定性がある。でもたかがヘッドフォンで五万円はねえ・・・・。
 反対に五千円以下はみんな派手だけど長時間聴くと疲れるものばっかりだな。五千円から一万円までの間で言うと、値段の格差が即性能の格差につながってい ます。それが一万円くらいから大体ベーシックには安定してきて、そんなに決定的には変わらなくなるので、この辺が買いどころだと思う。
 パイオニア、ビクターは結構良い。パナソニックは音が薄っぺらくて好きではない。ソニーは悪くはないが、コストパフォーマンスが良いとは言えない。要す るに性能にしては少し高いし、丁度一万円くらいの良いタイプがない。
ヘッドフォンも奥が深いんだなと実感したショッピングでした。

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