フランス紀行 (旅行編)

モン・サン・ミッシェル
 やはり日本を脱出しただけのことはあった。身も心もとてもリフレッシュしている。自然から受ける「気」は素晴らしい!海は魚座の僕にとってエネルギーの元だ。

 あたりに何もないだだっ広い草原と、果てしない殺伐とした海と砂地の上にぽっかりと浮かぶ天空の城を見た時の感動をなんとたとえたらいいだろう。きれいとか素敵とかいう言葉とは最も遠いところにあるこの不気味とも言える要塞は、旅する者の襟を思わず正させる。海面から切り立つ岩山にさらに挑戦するかのように垂直にそそり立つ石の壁。天に向かってどこまでも伸びる塔。その先には、世界中の悪魔の動向を見張っているかのような勇壮ないでたちの聖ミカエル像。モン・サン・ミッシェルは、想像をはるかに超えて僕を威圧した。

 サン・ミッシェルは聖ミカエルのフランス語読み。僕はミカエルが好きだ。かつて自分の率いるアンサンブル集団にも「セント・ミカエル・クワイヤー」と名付けたほどだ。
神に仕える天使達の中にはそれぞれ役目がある。たとえばガブリエルは通信役。マリアに受胎告知をしたり、イエスの降誕を羊飼いに告げたりする。イスラム教の創始者マホメットのところにも現れている。
 それに対し、ミカエルは軍神とも言われ、悪魔に対して勇敢に戦いを挑む。ヨハネの黙示録には、世の終わりの日にミカエルとサタンの最後の戦いがあると記されている。ガブリエルが羊飼いに救い主の到来を告げている時、天にはおびただしい天使の群れが現れ、「いと高きところには神に栄光、地にはみこころにかなうものに平和あれ。」と歌ったのはあまりにも有名な話しだが、その時先頭にいて、天群の長として天使達を率いていたのは、他でもない、剣を持った聖ミカエルだったと言われている。
 僕の家にはピアノの横にミカエル像が置いてある。僕は若い頃から、自分の信仰や意志の弱さに向かい合った時、いつもミカエルに心を合わせ、ミカエルからエネルギーをもらっていた。ミュージカル「ナディーヌ」でピエールが最初にナディーヌと出逢うのもサン・ミッシェル界隈、すなわちシテ島の近くの聖ミカエル像のあたりなのだ。だから、ミカエルの地モン・サン・ミッシェルを訪れる事に、僕が特別な気持ちを持っていても不思議はない。むしろこの訪問は遅すぎるくらいだった。

 あたりは引き潮になっていたので、砂地を辿っていけばどこまででも歩いていけそうな気がする。しかし、ひとたび潮が満ちてくると波が駆け足でやってきて人々を飲み込んでいくというのだ。これまでにも何人の巡礼者が犠牲になったか分からないという。バスから降りてまだ城に入らないうちに、少しぬかるみに入ってみたけど、足を取られ、靴が沈み込んでいく。場所によってはずぶずぶと底なしに沈んでいくところもあると聞く。恐ろしいところだ。

 今回は、パリからモン・サン・ミッシェルまでの片道切符だけ持つ、行き当たりばったりの旅。モン・サン・ミッシェル到着後にどうするか、どこに泊まるのか何も決めていなかった。旅行ガイドでは、島の中は物価が高いし、土地がないので、島に泊まるよりも近くのポントルソンという町に泊まった方がいいように書いてあった。しかし僕は、ここに着いた瞬間、もうこの島の中で一泊する他は考えられなくなっていた。

 娘の志保と二人で入城。まずはホテルを探さなくちゃ。石の門を入るとまるで温泉街のような景色が飛び込んできた。土産物屋やレストラン、ホテルが所狭しと建ち並ぶ狭い坂道の路地が一本だけ上まで伸びている。入り口の近くに巨大オムレツで有名なラ・メール・プーラールというレストランがあった。また、ここの名物バタークッキーがあっちこっちで売られている。石畳の道は曲がりくねっていて独特の風情がある。でも建物は堅固な石造りでかなり暗い色調。
「思ったより楽しそうな所だね。」
と志保はうきうきしている。
 ホテルの看板を見ながら歩く。どこも高い。行ったり来たりしながらやっと手頃のホテルを見つけると、フロントに入っていった。
 しかし客室はフロントのある海側の建物ではなかった。ここはレストランだけのようだ。僕たちの部屋の鍵を持った案内人は店を出て、路地から左側すなわち山側に伸びる階段を上がり、高台にある別の棟の扉を開け入っていく。そこはまるで牢獄のようなところだった。インテリアも殺風景だしお世辞にも広いとはいえない。でも窓から海は見える。下を見るとさっきの路地がはるか真下に見える。部屋の下に切り立った壁の高さに驚いた。ここでは山の傾斜が急なので、建物の海側の壁はどこも高いのだ。
「明日の朝、フロントは閉まっています。今晩から誰もいなくなるので、鍵はドアに挿したまま帰って下さい。それではごゆっくり。」
なんだか見捨てられた感じ。この時ばかりは、さすがの僕も一人で来なくて良かったと思った。

 気を取り直して修道院に行ってみる。島の中央にそびえ立っている修道院の内部は暗く、姫路城とかに入っていく気分。かつて監獄として使用していたというのがうなずける。入り口付近の土産物屋さんの活気とは対照的に、ここでは現世の享楽から一切切り離された孤独と暗黒の世界。礼拝堂も華美なものはなにもない。少しの間礼拝で黙想した後、
「うーん・・・・」
と唸りながら僕は修道院を後にした。

 日が暮れると旅行者達は皆帰っていった。ここは日帰りコースなんだな。泊まる人はあまりいないのだ。特に今はシーズン・オフ。ホテルにも僕たちの他に人影は見えない。土産物屋はもとより、レストランも時間が遅くなるに従ってどんどん閉まっていく。今晩泊まるのはこの島全体で一体何人? ううう、素晴らしいシチュエーションだね。潮騒も聞こえないので、島は完全な静寂に閉ざされた。本当に物音一つしない。静寂そのもの。
 ところが不思議な事に、敏感なはずの僕も志保も怖くないのだ。ほぼ四方を海に囲まれた牢獄のようなところに閉じこめられているのに、逆に全てのものから守られている母の胎内にいるような安堵感が僕たちを支配している。島を取り巻く海で一体何人の巡礼者達が命を落としたか知れないのに、ここの「気」は決して悪くない。少なくも怨念のエネルギーはほとんど感じない。
 二人は珍しくぐっすり寝た。真夜中、窓に叩き付ける激しい雨の音で目覚めさせられたが、そんなシチュエーションの中でも僕の内面は平和に満たされていた。聖ミカエルが僕たち親子を包んでいてくれたのかも知れないと今では思っている。

カルナック
「ここ、カルナックですか?」
「そうだよ。」
バスの運転手に僕は思わず訪ねた。だって降ろされた所は何もない田舎の道のど真ん中。
「う、やられた。パパどうしよう。」
娘は早くもうろたえている。僕も内心穏やかではないが、父親の威厳を保たなければ・・・。カルナックは、謎の巨石群で知る人ぞ知る名所ではあるが、一般の旅行者がどんどん訪れるような場所ではない。モン・サン・ミッシェル行きのバスは日本人で溢れていたけれど、カルナック行きのバスは、土地の人がパラパラと乗っているだけで、僕たち親子はかなり浮き上がっていた。
 さて、注意を凝らしてあたりを見ると・・・・向こうにツーリスト・インフォメーションらしき建物が見える。とりあえず行くと、中でお姉さんが二人暇そうにしている。普段ほとんど誰も来ないんだろうなあ。
「この辺に貸し自転車の店はありますか?」
 お姉さんは早速電話をかけてくれた。貸し自転車屋も普段閉まっていてお姉さんの電話で開けてくれたようだ。自転車屋の主人もお姉さん・・・おばさんかな・・・?でも気づいたんだけど、ここの土地の人達、みんなとても親切で善良だ。荷物を置かせてもらって自転車を借りると、はやる気持ちを抑えながら一路目的地へ!

 それらは何も特別な事はなさそうに当然のごとく存在していた。僕たちも写真で見たりして知っていた。しかし、これだけの巨石群が整然と列を作って並んでいるとやはり、
「何故?」
という問いを発せずにはいられない。
 紀元前4600年から2000年にかけて作られたと言われるこれらの遺跡は太陽信仰の宗教儀式の為という説が有力なようだが、真相はいまだ謎である。あたりは草原と森。ほとんどの遺跡はフェンスがしつらえてあり近寄る事は出来ないが、ある場所だけは空いていて、石に近寄り、さわったりその上に立ったり出来た。石に触れると太古の世界から何かが僕に語りかけてくるようだった。僕たちは石の「気」を相当もらった。

 天候が不安定だった。この季節のブルターニュの特徴らしい。突然風が吹き荒れたかと思うと雨がさーっと通り過ぎてゆく。雷もかすかに鳴っている。向こうの方に青空やお日様さえ見ながら、こちらでは雨に打たれていることも少なくない。巨石群の謎と天候のこのコンビネーションはムード満点で素敵だったが、なにせこちらは自転車。雨には弱い。
 遺跡は広範囲に渡っていて全てを見るのはほとんど不可能だし、まとまってある中心部の他は、同じような石がまばらに点在しているだけだ。主なところはだいたい見たし、雨がこれ以上降ってきたら隠れるところがないので、僕たちは適当に引き上げる事にした。
 自転車屋に戻ると閉まっていた。呼び鈴を鳴らしたら隣の家からお姉さんが出てきた。ここが自宅か、呑気な商売しているな。僕たちが思ったより早く帰ってきたので驚いていた。二人で14ユーロ(\2,000くらい)。安かった。こんなんで商売になるのかいな、とこっちが心配するほどだ。

 このままカルナックに泊まってもいいのだけれど、あまりに何もない田舎町なので食事も期待出来ないだろう。この辺一帯はみな海辺の町なので、それならばいっそのこと半島の先のキブロンという町に行けば、ここよりは良さそうなのでバスで行く事にした。
 先程の観光案内所に戻ってお姉さんにキブロン行きのバスを聞く。ちょっと離れたところにあるバス停に5分後に来るという。急げ!僕たちは走った。
 しかしバスは来なかった。考えてみると先程この町に着いた時バスは定刻よりも随分早かった。あの時はラッキーと喜んでいたのだが、もしかしてこのバスも、もう定刻前に行っちゃってる可能性がある。時刻表を見ると次のバスは約一時間半後。
娘が、
「もうきっと行っちゃったから、次のに乗る事にして海辺に行こう。」
と言うので、
「それもそうだな。どうせ暇なんだし、今日中にキブロンに着けばいいや。」
 本当に行き当たりばったりの旅。すぐ近くに海辺があるらしい。行ってみると、うわあーっ!凄いぞう!広い砂浜がずっと続いている。海で洗われた丸い石や貝殻が沢山ある。僕は水際まで行き、志保は貝殻を集めている。その内雨が止んで陽が出てきた。何気なく振り返った僕の目に飛び込んできたのは、虹!しかも二重になって完全な半円になっている。虹は何回も見ているけれど、こんな完璧で美しい虹は初めてだ。僕たち親子は二人で言葉を失い、虹に見入っていた。カルナックを訪れた事に対する神様からのご褒美かなと楽天的にも僕はすぐ思ってしまうんだな。
 用心してバス停に定刻よりも20分も前に戻り、ずーっと待ってたけれど、またバスが来ない。二人で冗談言いながら待っているけど、来ない。定刻になっても来ない・・・・。
二人とも内心かなり不安。本当にこのバス停でいいんかいな?別のバス停を探しに行ってみようかと言ってた矢先、向こうからヌッと現れた。10分遅れ。ヤッター!バスの出現をこんなに感動的に味わうのも、行き当たりばったりの旅の成せる業。

 そしてキブロンの港町に着いて、小さいけれどこざっぱりして可愛い内装の二つ星ホテルに一泊した。朝食付き二人で一万円弱。海からのエネルギーを沢山もらって、またまたぐっすりと深く眠った。パリに着いた時、普通なら旅から帰ってきてぐったり疲れるのに、二人とも体の奥底からエネルギーが溢れていて、元気溌剌だった。こんな旅は初めてだ。

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