原稿堂々完成!

 日本ワーグナー協会が一年に一度だけ出している研究発表誌「年刊ワーグナー・フォーラム」に掲載する原稿をやっと仕上げて出版社に送った。初めて本格的な専門誌に載せてもらえるのはやっぱり嬉しい。この本、自分でも買って愛読していたからね。あの中に自分の文章が載るのかと思うと不思議な気がする。
 今年のテーマは「ワーグナーの響き」だ。実はこの依頼はもう昨年の7月から来ていた。「ナディーヌ」と「ジークフリートの冒険」の練習が佳境に入っていた頃だ。締め切りは2005年1月末。当時はまだまだ先のように思われた。僕には主として声楽的な見地から「響き」にアプローチして欲しいという協会からの希望であった。
 それ以来、ずっと何について書こうかと迷っていた。「ワーグナーの声楽の響き」について全般的に語ることも出来たとは思うが、何も僕が書かなくてもねえ・・・。それでも資料を調べるだけは調べた。ワーグナーの楽譜も書庫から引っ張り出してきて何度も見た。

 途中でいろんな発見があった。ワーグナーが、それまでのオペラティックな作風に別れを告げて、ライト・モティーフを多用した、いわゆる楽劇風の作風に変わった時に、ワーグナーの声楽の響きもガラリと変わったのだ。その鍵を握っているのは、彼の詩法の変化である。「ラインの黄金」を出発として、詩脚の揃った脚韻から頭韻を使った散文的なテキストへと変わったのだ。昨年ヴェルレーヌの「秋の歌」についてうんちくを述べていた頃は、丁度海外の詩をいろいろ調べていたんだ。
だがこの詩法研究はボツになった。その他にもいろいろボツになった研究が沢山ある。それらを集めてこのホーム・ページ上で紹介してもいいな。

 結局僕は、僕でなければ絶対に書けない事を書いた。僕をバイロイトに呼んでくれて、僕に合唱指揮者としての指針を与えてくれた張本人で、1972年から1999年まで28年間、バイロイト音楽祭で祝祭合唱団の指揮者をやっていたノルベルト・バラッチの業績について書いてみた。特に彼の男声合唱の響きに焦点を絞って、彼が男声合唱のサウンドをどう作っていくかという過程を詳しく描いた。彼の要求する発声法にも言及し、それがワーグナーの求める響きとどう関係してくるか解明した。
 タイトルは「バラッチと男声合唱団の響き」。みんな論文を書く時は、末尾に参考文献を延々と並べるだろう。あれとってもカッコいいんだけど、僕の場合は参考文献なし。全部自分の経験と自分流の分析から導き出したものだ。合唱をやる人にとっては多分涙を流して喜ぶような情報が入っているし、バイロイト・オタクにとってもたまらない内容だと思う。
うふふ、これ以上は言えません。詳しく知りたい人は「年刊ワーグナー・フォーラム」を買ってね。でも発刊は夏まで待たなければならない。う、う、う、待ち遠しい!それまでにおしゃべりの僕ったら周りの人みんなに教えてしまいそう。僕の関係している合唱団の皆さん!合唱の練習の時に、
「ワーグナー・フォーラムの原稿には何が書いてあるんですか?」
なんて決して聞かないで下さいね。

ということで、紅白歌合戦を横目で見ながらホーム・ページ更新を一週間お休みにして作っていた作業がひとつ完成しました。現在はドイツ・レクィエム・ゼミナールの準備に追われています。
 ブラームスとワーグナーという二人の作曲家は、作風も性格的にも正反対と言えるが、平行して研究していても不思議と違和感がない。そう言えばワーグナー研究の第一人者で、日本ワーグナー協会の中心人物でもある三宅幸夫氏も、ブラームスについて素晴らしい本を書いている。新潮文庫のカラー版作曲家の生涯「ブラームス」だ。文庫本なので安いし写真も豊富。内容も簡潔かつ詳しく、特に巻末の年譜は他の作曲家の動向と照らし合わせて分かりやすい。
 ファンタジーと構築性のバランスを常に考え、ロマンティシズムを内面に凝縮させていったシューマンやブラームスの方向性と、ファンタジーを限りなく広げていったリストやワーグナーの方向性とでは明らかに違いがあり、彼等自身も別に敵対していたわけではないものの、互いに肌が合わないのを感じていたようだ。だが同時に、彼等は皆ドイツ・ロマン派の真っ只中にあって同じ時代の空気を吸っていた。だから時代が過ぎ去り、現代の視点から振り返って見ると、相違点と同じくらい共通点も多いのかも知れない。

シュテファンだあ!

 今度「ルル」を指揮するので来日したシュテファン・アントン・レックは、なんとベルリン芸術大学で同じラーベンシュタイン教授の下で勉強した僕の後輩だった。彼は確か僕の在籍している最後の年に入学してきたと記憶している。名前を見て、以前から「もしかしたらあのシュテファンかな?」とは思っていたのだが、ドイツではシュテファンなんて正夫とか弘みたいなどこにでもいる名前だし(正夫さん弘さん失礼!)、ファミリーネームもよく覚えていなかった。
 新国立劇場でお互い目が合って、
「お・・・・おおおっ・・・お前まさか・・・・。」
という僕に、
「おおおおお!」
と動物的な雄叫びを上げるシュテファン。
次の瞬間には抱き合って背中をポンポン叩き合っていた。周りにいた歌手達はみなあっけに取られていた。

 シュテファンとは過去にもう一度こんな風にして遭っている。実は、あろうことかフランスのルルドでなのだ。僕は1994年夏、家族を連れてヨーロッパ旅行をした。まだ二人の娘は小学生だった。行き先はベルリンとパリ。
 パリでは、このホーム・ページでも紹介した事のある河野周平さん宅に泊めてもらった。その時、聖マリアの出現と病気の不思議な癒しで有名な聖地ルルドを訪れたのである。
 沢山の巡礼者でごったがえす中、シュテファンは突然まるで神が用意してくれたようにスーッと僕たち家族の前に現れたのだ。
「もしかしてシュテファン?」
「おおおおおお!」(おがひとつ多いのは今より若かったから)
あの時もまさにこんな風だった。
「俺たちルルドでも会ったよな。あれはまさに奇跡だった。あんな沢山の群衆の中で出逢うなんて!仮に同じ時に来ていたって普通会わないよな。」
「で、お前はルルドでなくて、今回はルルを振りに来たってわけかい?」
「あははははは!」
「あははははは!」

 うーん、やっぱり奇跡は存在するのだ。シュテファンはベルリン芸術大学を卒業した後、長い間イタリアに渡り、そこで活動していたそうだ。
「変だね。普通イタリア人でも、ドイツの方が仕事があるのでドイツに来たがるのに、お前はドイツ人のくせにイタリアで仕事していたのか?」
「うん。最近は逆にドイツへ客演で呼ばれる事が多い。」
 それにしても偉くなったね。シュテファン。僕は今「マクベス」再演にかかりっきりなので、合唱のない「ルル」の練習にはたまに覗きにいくことくらいしか出来ないけれど、彼は歌手達にはとても評判が良いようで安心した。
 新国立劇場では、9月に次のシーズンの開幕「マイスタージンガー」があり、これも彼が指揮をする。「マイスタージンガー」では合唱が大活躍するので絶妙のチームワークで出来るかも。確信を持って言うけれど、僕の人生でこんな出逢い方をする人とは、必ず何か一緒にやり遂げる使命があるんだ。人生では至る所にかけがえのない出逢いがある。これが僕の人生哲学。

波瀾万丈「マクベス」
 「マクベス」のリッカルド・フリッツァは、とてもエネルギッシュで良い指揮者だと思う。しかし彼は必要以上に自分を誇示しようとするので、周りの反発を買う。常に自分が頂点にいなければ気が済まないのだ。それに自分の気分で指揮の振り数やテンポも変わったりするので、相手をする東京交響楽団も大変だ。

 昨日のピアノ舞台稽古での事だ。彼は指揮をしながら時々振り返る。合唱団員が、客席後ろで振っている僕のペンライトを見て歌っているのがどうも気にくわないらしい。でも、なんだか僕には直接言いづらいらしくて、プロンプターの横山さんにブツブツこぼしている。僕はそれを聞きつけて、マエストロのところに行って、
「何か問題ありますか?」
と聞くと、
「いえ、別になにもないよ。」
と言う。
 第二幕の“殺し屋の合唱”では棒を止めてしまった。ピアニストも困ったが、僕も合唱団員も困った。僕はとりあえずピアノに合わせて振るし、みんなも僕についてくるしかないので歌い続けた。すると今度は「俺なんかいなくともいいのか」とすねている。

 休憩時間になった。フリッツァはマネージャーの松延女史を呼び止め、
「芸術監督を呼んでこい。」
と息巻いている。
それを聞きつけた僕は、
「何言ってるの?」
と松延女史に聞くと、
「合唱指揮者が勝手に後ろで指揮するのが嫌なんだって。」
と言う。
僕は、彼女を制し、
「僕が話をつけるから。」
と言って、マエストロの部屋のドアをノックした。
入って二人だけで話すと、決して悪い奴ではない。でもプライドがあるんだよね。指揮者は俺一人なんだという言葉を連発している。僕は彼に言った。
「自分はあなたをサポートしようとしてやっているだけですよ。合唱団員の何割かには、あなたの棒もモニターも何も見えない人がいるんです。それに演技をしながらオケピットの高さのあなたを全員が見れるとは限らない。そういう人の為に僕は振っているのです。」
「お願いだから、振らないで明日のオケ付き舞台稽古までやらせてくれないか?」
「マクベス」は再演なので、オケ付き舞台稽古はたったの一回だけ、それがゲネプロ(総稽古)の代わりとなって、その次はもう本番だ。本当はそこで本番の通りにやらないといけないのだが、そこはグッとこらえた。
「分かりました。でももしうまくいかなかったら、また話しましょうね。」

 そして今日を迎えた。合唱団は僕のペンライト・フォローなしでもよく頑張った。でもどうしても合わない箇所は合わないし、テンポを引きずっているところは指揮者自身にとっても辛そうだ。彼は合唱団の箇所が来る度に腕を最大限に上げて大きく振らないとずれてくるので、だんだん疲れてきたようだ。
休憩に入ったところで、すかさず僕は彼に聞いた。
「Are you happy ? 」
彼は僕に部屋に入るように合図した。
「合唱団の声があんまり出ていないような気がするんだけど・・・・。」
と尋ねる彼の声には、昨日の威張っている調子は微塵にもなかった。むしろ彼の瞳には純朴そうな色さえ見える。
「当然だよ。オケになったらピアノのように音の立ち上がりははっきりとしない。そこへもってきて棒も見えないんじゃ誰も怖くて思い切って声が出せないんだよ。今日はいつもの半分くらいしか声は出ていませんよ。言っておくけど、僕の合唱団は常にピタッと合っている事で有名なんだ。もし公演でいつもの通りに合っていないような事態が起こったら、聴衆は間違いなく指揮者が悪いんだと思うだろうな。僕はあなたの名誉のためにそれは避けた方が良いと思っている。」
「分かった。公演では後ろで振ってくれるかい?」
「勿論だとも。あなたをサポートするために僕は全力をつくしますよ。」
練習終了後、フリッツァは合唱団を呼び止めてこう言った。
「これまでいろんな劇場に行ったけれど、みなさんのように素晴らしい合唱団は初めてです。練習中にはいろいろ厳しい事も言ったので嫌な思いをした人もいると思うけれど、一生懸命ゆえの事だったので許して下さい。本番ではまた合唱指揮者に後ろからサポートしてもらって頑張りますので、よろしくお願いします。」
なんとなく感動的な場面になったよ。合唱団員達は、さっきまで彼の事ボロクソに言っていたけれど、こうあらたまって挨拶されると、
「結構良い奴じゃん!」
という感じでたちまち良い雰囲気が漂ってきた。僕は家に帰ってきて、密かに自分の勝利に酔っている。

 彼の名誉を守るためにくれぐれも言っておくけれど、彼はただのワガママ指揮者ではない。まだ若いので気負いの方が勝っているところもあるけれど、内にはなにか光るものを持っているんだ。
 若い才能をつぶすのは簡単だ。でも良いものが隠れている時には、多少の欠点には目をつむってでも、その人から最大限に良いものを出してあげようとするのが我々経験者の勤めだと思う。
 波瀾万丈の一週間だったけれど、月曜日には初日の幕が開く。僕は、フリッツァが必ず素晴らしいものを出してくれると信じている。

ワーグナー協会講演とバイロイト会
 明日の日曜日は浜松バッハ研究会に行くのだけれど、早めに終わらせて、夜には遅れで日本ワーグナー協会のワーグナー・ゼミナールに入る。明日の議題は「シュタイングレーバー家とワーグナー」。バイロイトでピアノ工房を経営しているシュタイングレーバー氏が、当家とワーグナー、リストとの交友などについて話をする。
 実は、このシュタイングレーバー氏は、本名ウド・シュミットと言って僕の親しいお友達なんだ。僕がバイロイトに住んでた時は、毎年ここからレンタル・ピアノを借りていたしね。
 折しもバイロイトで親しくしているWinter和子さんから電話がかかってきた。彼女は今丁度日本にいるという。さらに、僕ととても気が合うバイロイト大学教授のディーター・クラインも来日していて、二人で講演に来るというのだ。そうなると講演後はなつかしいバイロイト会になるしかないな。

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