アア、クララ!

 第一回目のブラームス・ゼミナールが終わった。70名も来てくれたので、土屋ビルのスタジオは一杯って感じだった。まずまずの出だしだ。その内容に関しては、後でレジメを発表する。

 ゼミナールの日の午前中、資料の最終チェックをする。シューマン未亡人、すなわち当代一の女流ピアニストであり、ブラームスとの仲もいろいろ取り沙汰されているクララ・シューマンが、ドイツ・レクィエムのブレーメン初演の後に書いている日記を読み、胸にこみ上げてくるものを感ずる。

レクィエムは私を圧倒した。ヨハネスは素晴らしい指揮者ぶりを示した。
私は、ヨハネスが指揮棒を手にして、指揮している姿を見ながら、かつて私のロベルトが言った、「一度彼に魔法の杖を握らせ、オーケストラと合唱の指揮をさせたら・・・・」という言葉を思い出さずにはいられなかった。今日、その予言が成就したのだ。指揮棒は本当に魔法の杖になり、あらゆる人々を支配した。
演奏会後、市庁舎地下のレストランで夕食会があり、みんなでお祝いをした。まるで音楽祭のようににぎやかで楽しかった。

その市庁舎レストランでの指揮者ラインターラーの祝辞
我々の巨匠ロベルト・シューマンが永遠の憩いに旅立って以来、我々は悲哀と不安に満ちた時期を過ごしてきました。しかし今日、彼ヨハネスのレクィエムの演奏の後に、我々は巨匠シューマンの後ろに続く者が、彼の開いた道を必ずや完成できることを確信出来るのです。

 このラインターラーの言葉を聞いたクララは、人前もはばからずに大泣きしたという。でもそれを読んだ僕もひとりで泣いてしまった。さらにゼミナールでも、この事についての僕の話にジーンとなった人が少なくなかったという。まさに感動の連鎖というやつだ。実際僕は、今日のゼミナールの焦点をここに合わせていたのかも知れない。
 クララという女性、調べれば調べるほどいいなあ。こんな人いたら僕も惚れてしまうかも知れない。ゼミナールでは、あくまでブラームスとの関係の中でしか触れていないが、今日は少しだけクララについて書いてみたい。

 クララの父親は、フリードリヒ・ヴィークといって当時とても有名なピアノ教師だった。クララはヴィークの薫陶を受け、その才能を開花させていった。彼女は、かつてのモーツァルトのように父親と一緒にヨーロッパ中を演奏旅行して回る。華やかなパリでは、ショパン、リストなどと知り合い、親交を深める。
 ロベルト・シューマンもヴィークの弟子としてクララの家に出入りするようになった。やがてロベルトとクララの間に愛が芽生えると、ヴィークは、シューマンの性格の中になにか危ういものを見て、二人の結婚に反対する。
 よくヴィークの事をなにか悪者のように書く人がいるけれど、後にシューマンが精神を病み早死にすることを考えれば、そうした兆候を見抜いたヴィークの父親としての判断は、ある意味正しかったのかも知れない。自分の娘が、みすみす不幸の中に入っていこうとする時、どこの親がそれを放っておくだろう。
 しかしクララはどうしてもシューマンと一緒になりたかった。小さい時からずっとおりこうさんにしてきた愛娘が、かけがえのない人との愛を貫くために初めて父親に反抗した。父親は、驚き、あきれ、失望し、激怒し、これを阻止しようと裁判まで起こした。気持ちは分かるが、僕はそこまではしないな。クララも胸がつぶれてしまうほど辛かったに違いない。
 そうして手に入れた幸福は、しかし長くは続かない。新進作曲家と当代一の女流ピアニストの二人は、誰が見てもお似合いのおしどり夫婦。だが繊細なシューマンはしだいに精神を病んでいく。彼は狂気の中、ライン河に投身自殺を図るが未遂に終わる。

 その少し前、危機の忍び寄る二人のもとへ一人の若者が現れる。20歳になったばかりのブラームスだ。シューマンはブラームスを一目見るなり、自分と同じ魂の色を感じ、二人は意気投合した。その時シューマンはすでに43歳。クララも34歳だ。つまりクララはブラームスよりも14歳もお姉さんなのだ。
 シューマンが自殺未遂を計り、そのまま精神病院に入ると、ブラームスはただちにデュッセルドルフへ急行。全てを投げ打ってクララを支える。ここからシューマンの死までの約2年半の間は、ブラームスのクララへの愛が最高に燃え上がった時期だ。ブラームスにとっては20歳から23歳までの最も血気盛んな時代である。
 クララが、一家を支えるためにヨーロッパ各地で再び精力的な演奏活動を再開すると、留守宅を守っているブラームスは、旅先のクララにこんな手紙を送る。
「どうか永遠に僕のそばにやさしい天使のようにいてください。愛するクララ、あなたのおたよりの来るあいだが、どんなにまち遠しく思えることでしょう。日ごとにあなたを思いこがれ、今日こそはくるものと信じ、こないとみじめな気持ちになります。僕はただ僕の愛について語りたい。」
ふぅー!もう読んでるだけで顔がほてってきますわ。よう書くわ。

 クララは、自分の演奏会でまだ無名のブラームスの作品を積極的に取り上げるが、聴衆の反応はいまひとつだ。でもクララは信じている。ブラームスの才能を。ブラームスは間違いなく自分の夫シューマンの後に続く者であり、彼の作品がいつの日にか必ず人々に理解され認められることを。
 だからドイツ・レクィエムのブレーメン初演の大成功は、クララにとっても最高の日だったんだ。ずっとずっと心の中にしまい込み耐えてきた思い。それが初演後のパーティーで一気に出たんだろうな。辛かったんだろうな。そして、それだけに嬉しかったんだろうな、クララ。泣きなさい。思いっきり泣きなさい。今夜だけは・・・・。ううう・・・、あ、また自分一人で感動の世界に入ってしまいました。
 なんかクララの事を考えると、もうブラームスなんかどうでもよくなってしまうよ。でもブラームスやヴァイオリニストのヨアヒムなど、生涯に渡って本当に親身になって彼女を守り包んでくれる暖かい人達に囲まれていたのも彼女の人徳だな。

 ちなみにクララという名前は、アシジの聖フランシスコ(僕の洗礼名)に惹かれてクララ会という修道会を作った聖女だ。これも素晴らしい女性。イタリアのアシジに行くと、サンタ・キアーラ(聖クララ)教会にはクララの遺骸が安置してあり、誰でも見ることが出来る。遺骸は黒ずんではいるが腐敗、分解はしておらず、原型をとどめているんだ。一方、聖フランシスコの方は腐敗してしまった。やっぱり男の方が罪深いってことかなあ。

 新国立劇場の方ではいろいろ起こっているんだけど、もう少し様子をみてから話す時がきたら話しますね。まあ、僕の直接管轄する「マクベス」なんかは順調にいっているんだけど。
 今日は昨日のゼミナールの事で頭が一杯なので、もうこれでおしまい。

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