静かな誕生日

 僕の誕生日である3月3日は、本当は新国立劇場で「コシ・ファン・トゥッテ」の合唱立ち稽古が入っていたのだが、急にソリストの立ち稽古に変更になって休みになった。
 僕は朝からゆったり家で過ごした。実は誕生日プレゼントで遊んでいた。50歳になった記念すべき誕生日プレゼントとは何かというと・・・・・。

 手に入れたのはEDIROLのstudio Canvas SD-90という外付け音源だ。プレゼントと言っても、僕が勝手に自分で「買うよ。」と言って買ってきちゃったんだけど。あらあ・・・・確か一度「音楽は生に敵うものはない。」といってデジタル機器から離れたはずでは・・・・。
 SD-90は前から欲しかったもので、十万円でちょっとおつりがくるだけの高い器械。これを買ったことでヨドバシのポイントが一万円になったので、定価一万円のオーディオ・テクニカ製のヴォーカル・マイクも手に入れた。出ました!最近気に入っているオーディオ・テクニカの商品。これも期待を裏切らなかったよ。
 SD-90とか外付け音源とか聞いても、果たして何をするものだか分からないでしょう。実は僕も最近まで分からなかった。つまりはシンセサイザーなんだ。でも鍵盤はついていなくて、パソコンのシーケンス・ソフトにつないで音を出すもの。音源は、普通パソコンの中にソフトとしてみんなついている。だからMIDIファイルの音を鳴らせるんだけど、もっと良い音をと欲が出ると、不満になって僕みたいに外付け音源を買うんだ。
 SD-90は本当に優秀!サックスや木管楽器は、びっくりするくらいリアルで奥行きのある音。一方、コスミックなシンセ・サウンドはまるで夢の世界。
 それだけではない。SD-90はね、オーディオ・ミキサーとしての機能も備えているんだ。だからヴォーカル・マイクをつないで歌えば、シンセ音源とミックスして録音することも出来る。
 そこで僕は、以前から一度やってみたかったことを実行した。それは・・・、自分ひとりによるアカペラ・コーラス多重録音だ。曲は「G線上のアリア」。

 まず、自分で歌える音域を考えながらアレンジ譜を譜面ソフトFinaleで作る。それを印刷して自分用の譜面とする。同時にそれをMIDIファイルに落とし、ガイドとしてシーケンス・ソフトで鳴らしながら一声ずつ録音していくのである。
 ヘッドフォンから流れているガイドのシンセ音はマイクに入らないから、最終的にアカペラ・コーラスだけがマルチ・チャンネルで録音されるいうわけだ。それをトラックダウンしてCDに焼いて出来上がり。ドラムスもベースも声でやるんだよ。ドゥッ、ツゥ、パーッ、ツト、ツトツッ、パーッ、って感じでね。
 リバーブが効果的に入って、なかなか良い感じ。コーラスと言っても全員が自分の声だから楽しい。いつかホームページにもアップして紹介しようと思っているけれど、よく聴いてみると、人に聴かせるにはまだ音程が悪いところがあるから、また時間を見つけて、丁寧に録音し直してみる。

 先日、六本木男性合唱団倶楽部の録音でコロンビア・スタジオに行った。ミキサーのアシスタントの女の子がマックのパソコンを使ってハード・ディスク録音していたので、録音の合間にいろいろ教えてもらった。プロでも僕と同じようなソフトを使っている。操作方法もほとんど同じ。ということはね、僕がこうして自宅でやっていることと本質的にはほとんど変わらないのだ。驚きだね。
 昔は録音するといったら、スタジオを借りてミキサーを雇ってと、少なくとも数十万持ってなければ何も始まらなかったけれど、今は違う。自宅にパソコンさえ持っていれば、かなりのことまでは出来る。これは革命的な事だ!

 そういえば先日テレビに生出演していたライブドアの堀江貴文社長も同じようなことを言っていたなあ。
「あなた達はテレビ番組を作るといったら、こうしてスタジオで高い機材に囲まれないと出来ないと思っているだろうけれど、そうした常識が変わるんだ。これからは普通の人が自分のビデオカメラで撮って持ち込んでくる時代なんだよ。内容が良ければそれで充分なのだよ。」
 うーん、さすがホリエモン。はるか先を見ている。僕も同じ事を考えていた。ITの時代になってあらゆる常識がどんどん壊れていきつつある。世の中はどんどん変わる。商品の流通の仕方も、利益のあげかたも・・・・・。
 音楽の享受の仕方もそうだ。インターネットで配信している音楽ファイルをゲットしてi-podで聴くなんてこと、僕たちの若い頃には考えもしなかったな。
 まあ、だからといってお店に行って商品を手に取ってお金を払って、というシステムがすぐなくなるとも思えないし、ホリエモンの言うような、「テレビからコマーシャルが消える」という日が明日にでも来るとは思えないけどね。それでも社会の流れに置いていかれないようによく見ていなければならない。

 とにかくそんなことして遊んでいる内に誕生日は静かに過ぎていった。午後になって一度国立の街に出た。本屋で立ち読みし、妻の工房をのぞいたら、工房のすぐ奥の喫茶店のコーヒーがおいしいと言うので入って飲んだ。
 “ぶん”というその店のコーヒー、おいしいなんてもんじゃないぞ。まず水が良いんだろうな。舌に嫌味な味が全く残らない。勿論豆も焙煎の仕方も良い。香り、酸味、苦みのバランスが絶妙。見るとネルのドリップで煎れている。かなりのこだわりの店と見た。でも残念ながら場所が奥まっているため、あまりお客が入っていない。
 多摩方面の皆様、あるいは国立方面に用事がある皆様、“工房グノーム”の展示は終わってあとは通信販売になりますが、喫茶店“ぶん”には行ってあげてください。国立南口、旭通りを20メートルくらい行った右側。別に僕は知り合いでもないし、広告料ももらっていませんが、なんとなく宣伝したくなりました。

“工房グノーム”にはいろんな人が来てくれた。浜松バッハ研のHさんは東京に出てきたついでに立ち寄ってくれたし、東響コーラスのNさんは「ゲロンティアスの夢」のオケ合わせの前に来てくれた。おかげで展示会は大盛況のうちに終わりを迎えました。みなさん、ありがとうございました。

 さて、その後紀伊国屋に寄ってすきやきの材料を買って帰った。晩はすきやきでささやかなお誕生会。僕が最近好きなのは、エビス・ビールにエビス黒ビールを混ぜてハーフアンドハーフで飲むこと。そうするとちょっとドイツのブラウン・ビールっぽくなるんだ。

ゲロンティアスの夢
 エルガーの「ゲロンティアスの夢」は実に不思議な作品だ。まるでレイモンド・A・ムーディ・Jr.の「かいまみた死後の世界」を読んでいるようだ。つまりこれは臨死体験が題材なのだ。こうした作品が生まれる背景には、この時代の特異性があるのかも知れない。 世紀の変わり目、世の中がどんどん即物的で無神論になっていこうとする時、その反動で僕が一時期とても傾倒したルドルフ・シュタイナーやエドガー・ケーシーなどスピリチュアルな人達も沢山出てきた。その先駆者にはリヒャルト・ワーグナーがいる。「ゲロンティアスの夢」もワーグナーの「パルジファル」の影響を受けたと言われている。

 興味深いのはこの台本を書いたのがカトリックの枢機卿であったということだ。プログラムの吉井亜彦氏の解説によると、枢機卿ジョン・ヘンリー・ニューマンはイギリスのカトリック教会における重要人物だという。
 たとえば、レクィエムの典礼文を読んでみると分かる通り、もっと以前の教会においては、人は死ぬとみな眠りにつき、最後の審判まで目覚めないことになっている。ところがここで語られているのはちょっと違う。死に行く魂は自らの守護霊と対話し、悪魔達や天使達の存在を見せられ、自らの人生を振り返る。そして裁きは最後の審判を待たずして個々の死の時にやってくる。
 カトリック教会の死に対する見解の相違が、いつどのような変遷を経て現在に至っているのか調べてみないと分からないが、少なくとも言えることは、このテキストは、一般的なカトリック教義からとても自由だということだ。それだけに、この曲の内容を本当に掘り下げていって表現をしようとすると、演奏者はかなり悩むはずだし、悩まなければいけないと思う。もの凄いテーマを扱っているのだから。

 東響コーラスの「ゲロンティアスの夢」を聴いて、久し振りにすがすがしい気持ちで会場を後に出来たのは、合唱団のみんなの表現にそうした悩みの跡が見えたことである。すなわち、ひとりひとりがこの内容に向かい合おうとしている強い姿勢が感じられ、それが感動を誘ったのだ。
 それに合唱団は表現力が大幅に拡大した。悪魔の合唱はドラマチックで素晴らしかった。反対に天上の合唱はとても清らかだった。そしてそれは「美しいけれど何もない」というものではなくて「表現としての美しさ」を持っていた。セミ・コーラスはかなり子供っぽい発声だったけれど、稚拙という感じはしなかったし、無垢で清澄な感じがした。イギリスの作品だということを考えた時、むしろ指導者がねらった効果なのかと思った。だとすると辻裕久さん、なかなかやるね。
 僕は嬉しくなった。「ゲロンティアスの夢」は、曲を覚えるのも歌うのも大変だったろうけれど、こうしたステップを経て、ひとつ成長して「ドイツ・レクィエム」にみんなが向かってくれるならば、かなり僕の意図しているドラマチックな表現が出来そうな気がしてきた。東響コーラスのみなさん、お疲れ様。さあ、これから本番まで一緒に突っ走ろう!

第3回ゼミナール
 僕は今週末、第三回目のレクチャーがある。前回無理して4曲やってしまったのは、次回で時間を使って丁寧にやりたいことがあったからだ。
 まず、第6曲目を中心にいよいよ「合い言葉はFAB」の神髄が明かされる。それに第3曲目との共通点ももっと掘り下げる。
 前回、めまぐるしくて追いついていけなかったので、もう来るのやめようかなあと思っている人がいたら、ごめんなさいね。全て次回の為だったので、是非あきらめないで来てください。きっと、また新たな発見があると思います。

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