ああ疲れが・・・・。

 やっぱり歳だな。疲れが後から来る。「蝶々夫人」を毎日指揮している時はあんなに元気だったのに、その後「僕はただ僕の愛について語りたい」の演奏会をやり、モーツァルト200合唱団の練習に行って、「ジークフリートの冒険」の立ち稽古に付き合っている内にジワジワと体調が悪くなった。
 初めは夏風邪のような症状だった。原因はないわけではない。暑い日が続いたのでクーラーをつけっぱなしで寝たら明け方体が冷えたのである。でもそれだけじゃない。なんだか体が「仕事したくない!」と訴えている。やっぱり、本番の後は休日をとらないと駄目なんだよな。本当は。もう若くないんだし・・・・。
 で、そのうち肩が張って目がしょぼしょぼしてきた。体調が悪いと、仕事をこなしていくだけが精一杯で、他のことをしようとする気が起きなくなる。それに発想が消極的になって後ろ向きになる。

 こんな状態では駄目だ!危機感を持った僕は、「ジークフリートの冒険」の立ち稽古のお昼休みにオペラシティに行って、掲示板で盛り上がっている「うなぎ」を食べてみたり、叙々苑のランチ焼き肉を食べたり、「さぼてん」のトンカツを食べたり、必死でスタミナをつけて回復を図ろうとした。でも人目には、
「三澤さん、お昼に贅沢三昧ね。」
と言われ兼ねない。
 言い訳っぽいけど、僕は必死なんだってば!でも叙々苑の焼き肉ランチは千五百円でかなりうまいぜ。オペラシティ二階の鰻屋の千五百円のランチは、味は悪くないけど、小さい。それに肝吸いがついていない!まあ、千五百円だからね。ちゃんとしたものを食べたければ二千円以上するちゃんとした鰻重を頼まなければだめだね。

 ところで話しは横道にそれるけど、浜松駅前「八百徳」は普通の蒲焼きもめちゃおいしい!先日浜松に行った時、たまには正攻法でいこうと思い、メニューを見た。すると「鰻丼」と「鰻重」が同じ値段だったので、
「これって、どこが違うんですかあ?」
と聞いたら、
「そりゃあ、丼か重の違いですわね。」
という返事が返ってきた。
「いや、そういうことじゃなくて、普通、鰻丼の方が安かったりするじゃないですか。」
「うちはそういうことありません。」
いや、別にとがめているわけではないんだけどね。
「どうしよう・・・・・。」
困っていると、助け船を出してくれた。
「丼の方が食べやすいと思いますけどね。」
それで鰻丼を頼んだというわけだけど、未だに釈然としない。

 僕の考えでは、鰻丼が安いのは、丼の方がご飯を下に深く盛れるから、鰻が小さくても格好がつくからではないか。重はご飯を横に敷いて大きい鰻を入れないと格好がつかないじゃない。だから高いんだよ。ちなみに八百徳の鰻丼のどんぶりはかなりお皿に近い広くて浅い丼だった。それにでっかい鰻が乗っていた。これは鰻丼としては邪道ではないか。よく分かんないけど・・・・。まあ、どっちでもいいや。

 ええと、なんの話ししていたっけ?あ、そうそう、体調悪いので必死で栄養つけていました。けっして、
「贅沢三昧やりたい放題、贅沢三昧やりたい放題さ、チャンチャン!」
という生活をしていたわけではありません(この歌詞を覚えている人はナディーヌの通です)。
で、やっと回復してきました。

 

今年の「ジークフリートの冒険」は凄いぞ!
 基本的にはマイナー・チェンジだ。ストリー展開も音楽も、基本的には大きな変化はない。でも再演だからって手を抜いたり、前回と同じレベルのものが出来た時点で満足しない、真の意味での芸術家魂がそこにある。はっきり言って、今年の「ジークフリートの冒険」は、信じられないほど進化している。

「ここの歌詞を言う時、こう感じながら歌うのが自然なんじゃないの?」
「そうだとすると、次のリアクションはこうならないとおかしいね。」
こうやってそれぞれの場面の心理を掘り下げていきながら、丁寧にドラマを作っていく。その結果、ひとつの歌詞さえも無駄にならず、ひとつの音符さえ無意識に発せられずに、全てにモチベーションと必然性が生まれ、ドラマがつながってくる。そうして驚くべき緻密な舞台が出来上がりつつある。

 演出家マティアス・フォン・シュテークマンのこのやり方は、トーキョー・リングのキース・ウォーナーから受け継いだものだ。トーキョー・リングの演出に関しては、いろいろな人がいろいろなことを言うが、ウォーナーの仕事を間近で見た僕は断言するけど、ウォーナーほど才能ある演出家を僕は知らない。テキスト、あるいは音楽から心理の流れ(それも無意識の領域まで)を読み込んでいき、舞台上で具現化していく力には他に追従を許さないものがある。
 そのウォーナーが今世界中で誰よりも信頼しているのがマティアスだ。マティアスは1999年にプリミエを迎えたバイロイト祝祭劇場の「ローエングリン」の時からウォーナーのアシスタントをしている。ウォーナーは現在ロンドンでの新しいリングに取り組んでいて、そこでもマティアスを片腕として使っている。
 マティアスは昨年より一皮も二皮もむけて帰ってきた。練習中新しいアイディアが泉のように湧いてくる。
 歌手達も、昨年の土台があるから芝居がどんどん煮詰まってくる。新しいキャストも感性の豊かな人達ばっかりだから、自然にみんなに溶け込んで全然ひけをとらない。
 
 マティアスの演出方法で特筆すべきは、なんといっても舞台におけるハンドメイドだ。布を巻いた棒に下から風を送り、赤い照明をあてて炎に見立てたかと思うと、その布を使って筏の帆を作り、それで世界一周旅行に出掛けるというアイデアの転換が凄い。ジェット機でもUFOでもなく、筏で世界一周旅行だよ。そのローテクさが、また笑ってしまう。
 今年の最大のバージョン・アップは、ローゲ(火の神)の登場だ。ヴォータンが、
「ローゲよ!火の神!」
と呼ぶと、全身炎のような衣裳をまとったダンサーがくねくねと踊りながら現れるのが楽しい。
 その他、ライン川に遊ぶ乙女達がシンクロナイズ・スイミングのポーズをとったり、ジークフリートのホルンが思わぬところから手に入ったり、まあ、よく考えつくわ。

 しかし、しかしだよ。日本の聴衆ってやっぱり飽きっぽいんだな。昨年は、もう今頃はとっくにチケットが売り切れていたのに、今年はまだ残券がある。
「もう昨年見たから、いいわよね。」
って思わないで欲しいな、お母さん達!今年のもまた見てよ!

ハッピーたいむに圧倒された東大OBのおじさんたち
 23日のアカデミカコール演奏会「夏に歌う!」は、賛助出演の女性合唱団「ハッピーたいむ」に完全に圧倒された状態で終わった。男声合唱東大コールアカデミーのOB合唱団、アカデミカコールの単独ステージは、シューベルトのドイツ・ミサと、多田武彦がこの合唱団の為に書いた組曲「東京景物詩」だったが、その間にハッピーたいむの鈴木輝昭編曲「モーツァルトの百面相」を中心としたステージが挟み込まれた。
 ところがハッピーたいむの衣裳ときたらドヒャーッとするほど凄くて、しかも指揮者の辻秀幸さんまでもが背中に天使の羽をつけ、あたまには光輪までつけて指揮したのである。
アカデミカコールの真面目なおじさま達は、カルチャー・ショックに開いた口がふさがらなかったが、お客さんは全く対照的な二つの合唱団の「違い」を楽しんでいたようで、「一粒で二度美味しい」演奏会になった。
 合同演奏では、僕のお気に入りのエレクトーン奏者、伊藤佳苗さんと塚瀬万起子さんが百人を超す混声の大合唱を盛り上げてくれた。この二人は「ジークフリートの冒険」にも出演する。
 それにしても打ち上げのあの盛り上がりようは、またまた異常だったなあ。おじさまと主婦達の怪しい合コンって感じだったが、尻尾が丸まっていたのは、むしろ真面目でうぶな東大のおじさまの方だった。でもなんだかみんな嬉しそうでしたよ。

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