人生で最も美しい歳

 大作曲家のワーグナーと自分を比べるなんておこがましいが、五十歳を過ぎたばかりに作曲された「マイスタージンガー」を聴いていると、ちょうど今の自分に近い心の声が随所に聞かれる。それはとりわけハンス・ザックスの人間像に感じられるのである。

 ワーグナーはザックスの中に、“人生における諦念”を表現した。これは、これまでずっと“攻撃的”に創作してきたワーグナーにとってみると画期的なことである。
 ザックスは靴屋職人として確かな腕を持ち、歌も上手、包容力とユーモアに富み、優しくみんなから愛されている。彼は自分が慕っている美しいエフェを得るために歌合戦に応募出来たはずである。しかし彼は若い騎士ヴァルターのために彼女を諦めようと決心する。 明るいハッピー・エンドのこの作品に始終翳りがつきまとうのは、このザックスのメランコリー故である。ドーシーミソーファーという“諦念の動機”がいつも讃歌や歓喜の絶頂の直後に忍び込み、この作品を喜び一色にしてしまうことを周到に避けている。

 今から15年以上も前に僕が作った「おにころ」の台本を読み返してみると、庄屋の持つ権力に怯え、“長いものに巻かれろ”的な考えになっていく村人たちの姿が「エゴイズム」という曲の中で容赦なく描かれている。
 「おにころ」は狭い自己愛と博愛との相克のドラマである。その自己愛の典型として(最後には改心するが)庄屋という存在がある。
 しかし今は僕自身庄屋の年齢になっている。かつてのように庄屋に下から否定的な視線を向けるだけでなく、庄屋の世代の人間の視点で世界を見ている自己を発見する。そこで今回新しく台本を作るに当たって、庄屋の部分を少し変えようかなと思っている。庄屋の心の中の分裂と苦悩をもっとリアルに掘り下げてみて、ドラマに深みと陰影を与えてみたいのである。

 ワーグナーも全く同じだ。彼の若い時の作品を見てみると、「ローエングリン」のハインリヒ王や、「タンホイザー」の領主ヘルマンなどには、特別な感情移入を何もしていないのが分かる。やはり当時のワーグナーは、若者の視点から世界を見ているのである。
 それが四十代後半に作曲された「トリスタンとイゾルデ」のマルケ王になるとガラッと変わる。マルケ王の嘆きを書くためには、やはりその年齢にならねばならなかったのだ。そしてその後に「マイスタージンガー」のザックスが来て、それから中断していた「ニーベルングの指輪」を再開し、鼻っぱしが強いジークフリートとの剣の一騎打ちに負けて、若者を内心喜びながら送り出す老いたヴォータンを、五十代後半に描くのである。
 これを“ワーグナーの円熟”という言葉で表現することも出来るだろうが、僕はあえて年齢による“視点の変化”という言葉を使いたい。

 秋空に映える木々の紅葉の美しさは、やがて迎える荒涼たる冬を人々がイメージする故に美しい。ザックスはまだ本当に老いてはいない。しかし彼はやがてくる老いを自らの中に感じている。
 彼は諦念の人であるかも知れないが人生の傍観者ではない。愛し合う若い二人が駆け落ちしようとするのを自らの歌で阻止し、ヴァルターが優勝するように、ベックメッサーを陥れる術を知っている“策略の人”でもある。つまり、まだ彼の中には若さのエネルギーが残っている。

 自分がそうだから言うわけではないが、僕は五十歳という歳は“人生で最も美しい歳”だと思っている。その美しいという意味は、自分の肉体がだんだん“足ることを知る”ようになり、自分自身よりも“自分を通した他人の幸せ”により目を向けるようになれるという意味においてである。
 ザックスがヴァルターにエフェを譲るのも、自分が彼女を得たいと思う気持ちを一歩引いたところで客観的に眺めて、やはり“若者は若者同士で結ばれるのが自然”という分別に辿り着いたからである。それはメランコリーを伴うかも知れないが、同時に別の自分がそうした結末を、そうした自己犠牲を、魂の奥で喜んでいるのである。
 そのような“もうひとつの目”が、五十歳になると与えられるようになる。もし五十歳になっても与えられなかったら、その人はこれまでそんな人生しか送ってこなかったということですな。今からでも遅くない。五十歳になったら人は“もうひとつの目”を持てるように努力しなさい。それが五十歳の人の生きる道です。あの超自己チューのワーグナーでさえそれに気づいたんだからね。

「ニュルンベルクのマイスタージンガー」の公演では、合唱団は毎回ブラボーを浴びている。なかなか気持ちの良いものですぜ、一度浴びたら忘れられませんぜ。ブラボーの味!

秋祭り
 夜、新国立劇場の練習を終わって帰ってくると、家の前の公会堂で祭りの太鼓の練習をしている。
「いいなあ、日本の祭りは情緒があるね。」
なんて呑気に思っていたら、ある時、家内が困った顔で言う。
「自治会の役員をしているんだけど、お祭りの時期になると祭礼委員も兼ねて欲しいと言われたの。9月24,25日のお祭りに備えていろいろ準備があるから、浜松の本番は当然行けないわ。」
「ふうん・・・。」
「9月に入ってから日曜日毎に準備があったんだけど、あたしは日曜日には教会に行っているから行けないでしょう。今週も行けませんと言ったら、変な顔された。」
「クリスチャンなので日曜日には教会に行ってるって言った?」
「言ってないわよ。でも、これって宗教行事よね。変だわ。自治会と宗教行事がごっちゃになっているのよ。」
「うーん。確かにそうだね。でも群馬の親父の家もそうだったけど、親父は大工だろ。地鎮祭や建てまいには神主さんが来てお祓いし、おもちとかお金とか投げたじゃない。昔の日本社会というのは、あまりにも生活と宗教が深く結びついていたから、どこまでが宗教的行事なんていうことも考えなかったんだろうなあ。今住んでいる谷保は昔の農家とか多いから、タンタンの散歩していると、お盆の頃とかには茄子やキュウリに足をつけたものが家の庭の入り口に置いてあるよ。あれってみんなどういう気持ちでやっているんだろう。あれだって立派な宗教的行為だよね。そうでなかったら何の意味もないナンセンスな行為じゃない。」
「あたしは教会でやることがあるのに、それを休んでお祭りの準備をやったら信者としては変でしょう。」
「そうだね。」
「どうしよう?」
「そうだね。」
「ねえ!」

 妻は僕よりずっと「真面目な」クリスチャンなのだ。キリスト教は突き詰めていくと、イエスを通さずには救いはあり得ないという独善的な面が前面に出てきてしまう。これがキリスト教の他宗教との様々な軋轢を生んできた。その性格故に、他宗教から容赦ない迫害を受けたし、反対に他宗教を容赦なく駆逐していったのである。
 一方、僕の宗教観というのはきわめてフレキシブルなので、僕の中では祭りも別にOK。僕がキリスト教に何故傾倒しているかというと、それがきわめて高い教えだからだ。神道のように祭事と直結しているだけで、それ以上にさしたる“教え”や“教義”というものを持たない宗教は、所詮民俗宗教の枠組みを超えられないのである。宗教は、教えが高ければ高いほど普遍性を獲得し、民族を超え、言語や国を超えて世界宗教へとなっていくのである。
 そうして二千年もの時を経て、遠い日本にまで伝わったユダヤのキリスト教の教えを胸に持っている者であったなら、今更土着宗教に目くじら立てる必要もないであろう。クラシック音楽の高みを知っている人が、わざわざポップスや民族音楽に目くじらを立てる必要がないように。

 太鼓や笛の音は、こうしてパソコンをやっている家の中にまで響いてくる。普段夜ピアノ弾くのもあんなに気をつけているのになあ。街中に響いているなあ。でも誰も文句言わないなあ。僕も文句言わないなあ。だって僕もクリスチャンなのに祭りの太鼓は大好きだからね。魂の奥底にまでズズンと響いてきます。ああコリャコリャ。

「で、どうしたらいいのよ?あたしは?」

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