曼珠沙華(まんじゅしゃげ)

 朝タンタンのお散歩に行くと、緑の中に鮮やかに浮かび上がる一群の花が目に飛び込んでくる。曼珠沙華だ。今年は9月に入ってもずっと残暑が厳しく、世界は季節の変わり目を忘れたのではないかと思っていたが、そんなことには全く頓着していないように、今年もお彼岸めざして彼岸花が咲いた。花達は一体どうやって季節を知るのだろう?
 僕の印象だと曼珠沙華は一気に咲く。今年も毎朝の散歩道で、昨日までは何も気づかなかったのに、ある日場違いな赤が突然現れてびっくりする。

「法華経」の序品の中にこういうくだりがある。

  是の時に、天より曼陀羅華(まんだらけ)、摩訶曼陀羅華(まかまんだらけ)、
曼珠沙華、摩訶曼珠沙華を雨(ふ)らして、仏の上、及び諸(もろもろ)の大衆に散じ、普仏世界六種に振動す。
曼珠沙華は、釈迦が説教している時に天から降り注いだという有り難い花のひとつだ。でもその朱色がかった赤は、高貴な雰囲気よりもむしろ血の色を連想させ、彼岸に咲くことからも「死の花」のイメージがある。花言葉は「悲しい思い出」だそうである。

冨倉さんのこと
 「志木第九の会」の会長の冨倉さんが今朝亡くなった。散歩中、曼珠沙華を見ながらぼんやり冨倉さんの事を思っていた矢先だった。「新町歌劇団」の団長福田さんといい、どうしてこう立て続けに僕の合唱団を支えてきた人達が亡くなるのだろうか?
 冨倉さんと福田さんとは共通点がふたつある。ひとつは二人とも心がとてもきれいで、僕が合唱団の活動を通して訴えようとしているメッセージを誰よりもしっかり受け止めてくれていたという点。もうひとつは二人とも癌で亡くなったことだ。

 冨倉さんは、もうとっくに退官されていたが、大学教授で宗教学を専門にされていた方だ。その冨倉さんが、僕が合唱の練習の合間に話す宗教的な話にとても共感され、いつも休憩時間にニコニコ笑いながら僕の方に寄って来られて、
「いやあ、先生。いろんな話をもっともっとしてください。宗教学を専門にしている私にとっても、先生の話は目からうろこが落ちる思いですなあ。」
と言われるので、かえって恐縮した。
 大学教授とかいう人達は浮世離れした人が多いけれど、冨倉さんが笑うと、まるで子供のような表情になる。
「ああ、この人は本当に自分の道一筋に生きてきたんだなあ。」
といつも感心していた。

 その冨倉さんが練習に顔を出さなくなったのに僕は気づいていた。その頃、新町歌劇団では福田さんの癌のことが気になっており、僕は密かに、
「もしや第九の会の冨倉さんも・・・・?」
という考えが脳裏によぎったが、必死でその考えを自分で否定した。第九の会の練習に行っても、なんだか怖くて聞く気になれなかった。

 だから第九の会事務局長の岡嶋さんからあらためて冨倉さんの病状を聞いたときは、別段驚きもしなかった。先週の21日水曜日、僕は岡嶋さんと病院を訪ねた。冨倉さんは、僕が来たのは分かったものの、意識も半分くらい昏睡状態で、なにかを話しているのだが聞き取れなかった。奥様は、
「突然、演奏会のプログラムの挨拶文を書かなければ。なんて言うんですよ。こんな状態なのにね。」
と言う。福田さんの時と同じだ!いまわの際まで合唱団が心の中を占めている。音楽って凄いな!それほどまでに彼らの人生の中に入り込んでいるんだ、と思うと、深い感動が僕を包み込むと同時に、自分のこれまでの活動も無意味でなかったのかと思う。そしてまた身を引き締めて自分の活動を続けていこうと決心し た。彼らの“生き様”そして“死に様”が僕をどんなにか勇気づけてくれたことか。

 帰り際、冨倉さんの手を握った。すると、それまで半分眠っていた彼が、驚くような強い力で僕の手を握り返してきた。驚いた僕はもう一度彼の手を強く握った。彼もまた目を大きく開いて僕をしっかり見つめながら、もう一度全ての力を振り絞って僕の手を握り返した。それが彼との最後だった。
冨倉さん!ありがとう御座いました。安らかにお眠り下さい。

かけがえのないマタイ
 「ああ、この人死ぬんだな。」
と、冨倉さんに会った時も思ったが、演奏会の最中に初めてこう思ったのは、浜松バッハ研究会の“マタイ受難曲演奏会”でだった。
 それはイエスに対してだった。マタイ受難曲というのは不思議な曲だ。いつもやる度にどこかで泣ける箇所があるし、その都度感じることが違う。今回は、自分でチェンバロを弾いたことで、イエスの受難の物語を自分で紡ぎ出していった感があるが、それだけ、イエスに対して近い感じを持っていた。彼の死が近づいていくにつれ、
「ああ、イエスは、人々を救済しようと思って世に来たのに、自分の目の前で救世主を殺すという罪を犯す人々を見なければならないんだ。彼らを見棄ててもうすぐ自分は死ぬんだと思ったイエスは、さぞや無念だったろうな。」
と思うと胸がつぶれる思いがした。

 今回のマタイは中央に大きな字幕が出て、聴衆は物語の中にかなり入り込んでくれていたようだった。
アルトの永島陽子さんとヴァイオリンの北川靖子さんの奏でる有名な「哀れみ給え」のアリアが圧巻で、聴衆の多くは泣いていた。
 マタイ受難曲という史上最高の山に挑んで、無傷で帰ってくることなど考えられないが、少なくともこの作品のひとつの真実の姿は指し示すことが出来たのではないか、と、一日経った今、密かに思っている。それにしても名曲だなあ。僕の生涯の中であと何回演奏できるかなあ?

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