母は強し

 実は今、長女の志保が日本にいる。次女杏奈がマルメゾン音楽院の入試に合格して、ビザ取得のために帰国している間に、一人パリに残っていた志保が病気になってしまった。驚いた我々両親は彼女を急遽帰国させたのである。

 昨年の夏、Conservatoire National de Region de Paris パリ地方高等音楽院(以下パリ音楽院と書く)のピアノ科を卒業した志保は、次のシーズンからそこの伴奏科の予科に在籍しながら、同時にベルサイユ音楽院伴奏科にも籍を置いていた。伴奏科の勉強というのは、ただ伴奏するだけではなくて、僕たち指揮者がするような、スコア・リーディング、移調、通奏低音、初見などがあり、しかも話を聞いてみるとかなり程度が高い。
「志保馬鹿だからね。ちっとも分かんないんだよ。パパ教えてよ。」
「最初の理屈は教えられるけど、後は本人が慣れるしかないよ。」

 この秋、妹の杏奈のマルメゾン音楽院の入試と同じ時期に、彼女はパリ音楽院伴奏科の本科試験を受けた。ベルサイユとパリの予科という二つの学校で同時進行してガンガン詰め込んだのが功を奏してなんとか合格し、いよいよ伴奏法を本格的に勉強することとなった。もうベルサイユに行かなくともよい。
 しかし彼女は、
「伴奏科だけにいるとピアノ・ソロの腕がなまる。」
と思って、今度はベルサイユ音楽院ピアノ科の入試を受けようとしていた。ピアノ科は、ベルサイユより程度の高いパリ音楽院の方ですでに一等賞で卒業しているので、単位的には全く必要ないのであるが、彼女は校風も環境も全く違う二つの学校の同時進行がかなり気に入っており、この方法でソロも続けようと思っていたのだ。

 ところがベルサイユの入試準備をしていた彼女を突然原因不明の下痢が襲った。なんとそれは二週間続き、終いには血便が止まらなくなった。入試当日も彼女はろくに練習もしていないまま必死で試験に行こうとしたが、ベットから立つのがやっとで、弾くのはおろか、とても電車に乗って会場までたどり着けそうもなく、とうとう断念してしまった。無念そうだった。医者にはかかったが、らちがあかない。

 ある晩のこと、僕が新国立劇場の練習から帰ってくると、妻がいない。杏奈に、
「ママいないの?」
と尋ねても、
「あれ、分からない。」
というだけ。不思議に思いながらお風呂に入るのに着替えを持ってこようと寝室に入った途端、ギクッとした。妻が電気を暗くした部屋の中に一人でいた。
 彼女は志保のために祈っていた。目には涙を一杯ためていた。
「志保が可哀想で・・・・・ひとりぽっちでいると思うと、いたたまれなくて・・・・。」
その表情を見た時、僕は思った。
「ああ、母親って凄いな。かなわないな。」
と。

 勿論、僕だって心配している。でも彼女を見ていると、彼女と自分が産んだ子供とは、未だに、いやこれからもおそらく一生、へその緒でつながっているんだと思った。それは理屈を超えたもの凄い結びつきなんだ。こんな場面に遭遇すると、男というものは何の役にもたたない粗大ゴミのようだなあ。

 そこで僕は、
「そんなに心配だったら、とにかく志保を日本に帰らせたら。」
と言った。
「お金がかかるわ。」
「構わないよ。仕方ないだろ。お金なんかどうでもなるさ。」
 その時僕は、志保がもしや何か重大な病気にでもなっていたら大変だと思っていた。もしそうだったら、言葉の不自由なフランスにいるより一刻も早く日本に帰して、日本で丁寧に治療に専念すればいいと思った。彼女が空港までたどり着けるかどうか分からなかったけど、こんな時の親というものは、とにかく自分の目の届くところに置いておきたいと考える。これも親のエゴの一種なのか。
 僕は、自分の子供を病気や事故で失った親の気持ちを考えた。考えながら、こう考えるのは自分がそういう思いをしたくないという利己的な気持ちから来ているなとも思った。でもそんな利己的な感情も親ならではのものではないか。
 世の中には子供に先立たれた親が少なからずいる。彼らの心中はいかばかりであろうか。たとえば、志保がなにか不治の病にかかり、彼女の死を見なければならないとしたら自分はそれに耐えられるであろうか?答えは否だ。それは親としては決して受け入れられないことだ。
 そこで考えた。世の中における最大の親不孝とは、子供がグレることでも犯罪を犯すことでもない。親より早く死ぬことだ。親というのは、子供が生きていてくれればそれでいいのだ。子供が、なにか立派なことをしてみんなに褒められるようになるかどうかなんていうのは二の次だ。元気でいてくれればいいのだ。突 き詰めていくと残るのはそれだけだ。
 彼女がパリで頑張っているのは親としては誇りだ。彼女が良い成績を取ったり、以前のようにコンクールで入賞したりすれば僕だって嬉しい。でもそれって、志保がそれで達成感を持ったり喜んでいるから親も嬉しいのであって、志保が「頑張るから」親として可愛いわけではない。
 もし彼女が辛くなってなにもかも捨てて親の元に帰ってくるというのなら、親としたら何も言わずに迎えてあげようと思う。何の言い訳もいらない。ただ彼女に帰ってくるところがあることだけ分かって欲しいのだ。
 親っていうものはそういうものだ。

 僕が志保を日本に帰してもいいと言った途端、妻は、あっという間に志保に連絡をとり、自分で航空券を手配して、数日後のパリからの直行便を予約してしまった。いやあ、凄い行動力だ。志保も、思いがけなく日本に帰れることが嬉しかったらしく、急に声が明るくなり、元気が出てきたようだった。

「本当に死ぬかと思った。でもこんなところで死ねないなとも思ったよ。トイレに通いっぱなしだったので、壁の模様やタイルの数まで覚えたよ。」
と志保は今だから笑い話で語る。
 日本に帰ってきてまず医者に連れて行ったが、診断は細菌性急性胃腸炎。ああ、よかった。子供に先立たれた親の心配までしてしまったけど、深刻な病気でなくてなによりだった。彼女は医者にもらった薬を飲み、ヘルシーな日本食を食べている内に体調はみるみる回復し、すっかり元気になってきた。

 妻は、志保を成田まで迎えに行き、医者に連れて行き、まるで志保が子供時代に戻ったかのようにかいがいしく面倒を見ている。こんな時の妻は、端で見ていてもうらやましいくらい生き生きして輝いている。
 母親だなあ。かなわないなあ。特に次女の杏奈も交えて化粧品の話や下着の話なんかしている時には、僕なんか全く中に入っていけない。そんな時は、愛犬タンタンと男同士淋しく語り合うのさ。でもこいつしゃべれないからなあ。

バレエとのコラボレーション
 新国立劇場のバレエ団がこんなに凄いとは思わなかった。昨晩(10月29日土曜日)新国立劇場バレエ部門のシーズン開幕「カルミナ・ブラーナ」公演の初日が開いた。牧阿佐美舞踊芸術監督とノヴォラツスキー・オペラ芸術監督の両者の協力により特別な企画として実現したこの公演が、新国立劇場の新たな可能性の扉を開いたと言える。

 デヴィッド・ビントレー振り付け「カルミナ・ブラーナ」は、バーミンガム・ロイヤル・バレエで1995年に初演され、その後各地で上演されている素晴らしいプロダクションである。演出の内容にきわどい表現があることから、初演の時は成人指定になったといういわくつきの作品だが、その後青少年の鑑賞教室プログラムとしても上演されているというから、イギリスという国は良く分かりません。
 カルミナ・ブラーナは、冒頭と終曲の「運命の女神」の音楽にはさまれて、全体が「春」「居酒屋にて」「求愛」の三つのパートから成り立っている。これを ビントレーは「ダンスホール」「ナイトクラブ」「売春宿」に置き換え、それぞれが「愛」「欲望」「性愛」を表現するようにした。これを超一流の振り付けで作り上げ、バレエというよりダンスと呼ぶのがふさわしいタッチで仕上げたのである。

 初日終演後のパーティーでは、ビントレー自身が、
「世界中でこの作品を上演してきたけれど、ここの劇場はお世辞抜きで世界のトップクラスだ。」
と語っていたけれど、僕もそう思った。
 新国立劇場のバレエ団のレベルというのは信じられないくらい高い。一人一人の実力もそうであるが、群舞になった時には隅々まできれいに揃っていて、なんともエレガントである。
元気になってゲネプロを見に来ていた志保は、
「まるでマーチングのように気持ちよく揃っているね。」
などと馬鹿な事言っている。

 「カルミナ・ブラーナ」の前には、グラズノフ作曲「ライモンダ」から第一幕夢の場が踊られたが、これはきれいなチュチュをつけていかにもバレエという感じ。でもその踊りたるや、なんとも美しい。
「凄いね。重力を感じないね。フワーッだね。」
と志保。オペラには決してない優雅な世界だね。
 でもバレエって、下手な人達がやるといかにも大変そうでこんな風には決してならないんだ。こうした優雅さを観客に感じさせるために彼らがどれだけ努力しているかということを考えると、全く頭が下がる思いだ。

 合唱団はオケピットの奥に押し込まれて窮屈そうだ。オケも弦楽器の人数など、ぎりぎりのところまで減らされて、合唱団も60人。Coro GrandeもCoro Piccoloもあるわけない。全部全員でやる。少年合唱もいないのでソプラノがやる。
「天井が低くて自分達の声がワンワン響きまくって、何にも聞こえませーん!」
と団員が言うと、僕は答える。
「だからどうしろって言うんだよ。天井上げろってか?出来ねえんだよ。悪いけど。」
オケのメンバーがゲラゲラ笑っている。
「暑い!息が出来ない!座らせて!」
で、一度みんな着席して歌わせたら、ただでさえわずか60人の合唱が、オケと溶け合って、「あら、合唱居たの?」
という感じにしか聞こえない。
「悪いんだけど、せっかく一所懸命歌っているみんなの声が客席に全く聞こえないのを残念に思う気持ちがあるのなら、立って歌ってね。他にやりようがないんだから我慢してね。」
もう、僕だって分かっているんだから、なんとか千秋楽まで我慢して歌ってね。お願いだから。

 「カルミナ・ブラーナ」は数年前、シャルル・デュトワ指揮NHK交響楽団との共演で、新国立劇場合唱団のメンバーもかなり加わった二期会合唱団160人でやったばかりだから、それより100人も少ない今回の公演では、お客に満足してもらえるかかなり心配だった。でもみんなさすがプロだね。本番になったら頑張っているよ。
 バレエを見に来ていた聴衆は、合唱も入ったこんな音響は期待していなかったに違いない。最初の合唱が「O, Fortuna」と歌い出した途端、「おおーっ!」って感じで聴衆の中に驚きの波が広がるのが肌で感じられたよ。今日二回目の本番の後は、11月3,4,5, 6日と今週後半から四回公演ある。来た人は必ず満足します。

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