CD発売!

 とうとうCDの発売まで漕ぎ着けた。5月1日、サントリーホールで指揮したドイツ・レクィエムのライブ録音である。制作の途中で音のサンプルや表紙の版下などが送られてきていたので、どういうものになるのか予想はついていたが、こうして製品を手に取ってみるとやはり嬉しい。
 このCDは僕の指揮者としての公のCDとしては初めてのものである。制作に当たっては、いろいろ我が儘を言って自分の納得のいくように作ったので、なんともいえない愛着がある。

 表紙の写真にこだわったことや、音質のことなどについては、すでにこのホームページでも書いた。作っている内に、CDに付属する小冊子の内容も、自分の思うようにやってみたいと思ってきた。そこで、歌手達のプロフィールをまとめることに始まって、曲目解説や新共同訳聖書による歌詞の対訳など、全て僕が自分で原稿を書いて先方に渡した。曲目解説では「ドイツ・レクィエム・ゼミナールより」として、アナリーゼも取り入れながら、通常の解説とはひと味違うものを作ってみた。

 イエスが、「悲しむ人たちは幸いである」と説教したと言われる、ガリラヤの丘の空の青さがとてもきれいに出ていた。この説教の場面は、僕のミュージカル「愛はてしなく」にも出てくるんだよ。だからどうしてもこの写真が欲しかったんだ。僕はこのCDを聴く人達の注意を、僕や東響やソリストといった演奏者や作曲家のブラームスに対してだけではなく、聖書的世界にまで向けたかったのである。
 すなわち、ブラームスが意図した「癒しのレクィエム」の源泉が聖書にあることを分かってもらいたかったのだ。そのシンボルとして、「山上の説教」の丘が不可欠だったわけである。

 イエスが画期的だったのは、愛と慰めの救世主だったところだ。彼は、弱き者、虐げられた者を愛した。愛される資格のある者を愛するのではなく、最も小さき者を、最も低き者を愛した。そのイエスの行動の出発点が、このガリラヤの丘での説教だったのだ。マタイによる福音書の第五章から始まるこの「山上の説教」を読んでみるといい。

  あなたがたも聞いているとおり、「目には目を、歯には歯を」と命じられている。
しかし、わたしは言っておく。だれかがあなたの右の頬を打つなら、左の頬をも向けなさい。
あなたがたも聞いているとおり、「隣人を愛し、敵を憎め」と命じられている。
しかし、わたしは言っておく。敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい。
見てもらおうとして、人の前で善行をしないように注意しなさい。
自分の命のことで何を食べようか何を飲もうかと、また自分の体のことで何を着ようかと思い悩むな。
空の鳥をよく見なさい。種も蒔かず、刈り入れもせず、倉に納めもしない。だが、あなたがたの天の父は鳥を養ってくださる。
だから明日のことまで思い悩むな。明日のことは明日自らが思い悩む。その日の苦労は、その日だけで十分である。
求めなさい。そうすれば、与えられる。探しなさい。そうすれば、見つかる。門をたたきなさい。そうすれば、開かれる。
 今、僕が半世紀に渡る自分の人生を振り返ってみても、あるいは、洗礼を受けた二十歳の頃からの三十年の信仰生活を振り返ってみても、「山上の説教」の言葉は重い。本当にその通りだったなあと思うことばかりである。
 こうした説教が第五章から第七章の終わりまで延々と続く。この箇所だけでも、僕は、イエスの思想の大部分がすでに言い尽くされていると言い切ってしまってもいいように思えるのだ。
 CDを手に取ったみなさん!ジャケットの写真を見ながら、マタイによる福音書の第五章を是非開いてみてください。このCDの、あるいはドイツ・レクィエムの全ての源泉がここにあります。この演奏が良かったとしたら、そのエネルギーは全てここから流れ出てきているのだということです。

「インヴェンションは楽しい」無事終了
 「僕の紹介の後、登場する時にこれを流して下さいね。僕が話し始めたらボリュームを絞って。でも曲の最後までは小さく流し続けて下さいね。最後に僕が終了の挨拶をして退場する時には、この曲を流して下さい。お客が退場する間ずっと消さないで下さい。」
講演会をするのに、音楽に乗って登場を演出する人なんて、ヤマハも見たことないだろうな。でも実際、これは大変な効果があったらしい。

「今流れている曲は、何ですか?」
終わってから数人の聴講者が僕に尋ねてきた。
「これはお店では買えません。シンフォニアの第六番ホ長調を僕が勝手にシンセ・ストリング用にアレンジしたものです。素敵でしょう。」
「え?買えないんですかあ?残念ですう。」

 ヤマハの担当者が後で送ってきたメールによると、アンケートの評判もとても良く、あっという間の二時間だったということだった。曲のアナリーゼも、みんなが退屈しないかなとちょっと心配だったけれど、どうしてどうして、若い女性ピアノ教師ばっかりだったが、とても集中して聞いていた。途中の休憩時間にも質問が殺到した。みんなせっぱ詰まっていると見えて、驚くほど真剣だった。
「インヴェンションをただ与えて、生徒達にいきなりピアノに向かわせることはやめて、新しい曲に入る前に、先生が簡単なアナリーゼをしてあげて下さい。それによって、先生の所に持ってくる前の生徒の一週間の練習がどんなに楽しくなることか。」
こう説明したら、みんな大きくうなずいていた。

 ここでもパワー・ポイントは大きな役割を果たした。僕は原稿に沿って講義を進めながら、ピアノでモチーフを弾き、ホワイトボードに要点を書き、CDを流し、パワー・ポイントのボタンを押し、ふーっ!やることいっぱいあるぞ。でも、僕の原稿には、CDの頭出しを赤で、パワー・ポイントのきっかけを青で示してある。全てこの原稿通りにやれば間違いなし。だからいろんな資料を集めて、この原稿にまとめるのが一番時間がかかるんだ。

 娘の志保が僕の準備を横から見ていて、
「たかだか二時間の講演会のためにここまでやるの?」
と言っていた。
「普通の人はここまではやらないんだよ。だけどここまでやれば、誰がやったって良い講演会になるさ。」

 時間があれば、講義のレジメをまとめて、TIFFファイルのアナリーゼ譜面とMP3ファイルのインヴェンション・オン・シンセと共にこのホームページに掲載しようとも思っている。本当は今週末間に合わせようとしたんだけれど、忙しくて出来なかったんだ。暇を見つけてトライしてみます。

再び静かな生活
 二人の娘は無事パリに帰っていった。実は次女の杏奈のビザがピンチだったのだ。杏奈は試験に合格するやいなや、学校から出してもらう在学証明書をもらわないで帰国してしまった。妹の常でお姉ちゃん任せ。つまりお姉ちゃんの志保が取りに行くことになっていたんだ。 
 しかしその後想定外の事態が起こった。志保が病気になってしまって、学校に取りに行くどころの騒ぎではなくなってしまった。だから杏奈も、その間は在日フランス大使館にも申請に行けなくて宙ぶらりんの時期が続いた。
 志保の帰国が決まって、少し元気になったのを見計らって、帰国直前に杏奈の学校に取りに行ってもらった。しかしフランスって国は全く呑気な国だよ。担当の人がバカンスに入ってしまい、取れなかった。
 我々はあせりまくった。大ピンチ!杏奈は何のために日本に来たのか分からなくなってしまう。授業だってもう出ないと行けないし・・・。
 結局、志保の友人に志保が帰国してから取りに行ってもらい、その友人が丁度11月1日に帰国するので手渡しで入手。次の日に大使館に行って正式申請。11月10日に無事ビザが降りて、12日に渡仏した。フーッ!ぎりぎり!!!
 外国に住むって大変なんだよ。ビザを得るためには、杏奈がいつでもお金をおろせる金融機関の口座に日本円にして最低百万円置いておかなければならない。志保の口座と一緒で良いのかと安易に思っていたが、認められなかった。おっとっと、あせった。この金欠病の時になんというこった!
 このビザで終わりではない。これを持って杏奈はさらにフランスに行って今度はフランス国内に住む外国人の滞在許可証carte de sejourの申請をしなければならない。

 11月8日に帰った志保は、9日に滞在許可証受領のアポイントメントを取っていたので、先日無事取れた。本当のことを言うと、志保はパリ音楽院の伴奏科に合格するまでの間、ノービザだった。そして次の滞在許可証が降りるまで拠り所のない身であったのだ。アポは取っていたので、フランス国内に居るなら問題はなかったのだが、例の病気のために急遽帰国する時パスポート・コントロールでひっかかる恐れがあったんだ。今回再び渡仏する時も、9日に受領しますという証明書をインターネット経由で入手し、プリントアウトして持って行った。

 なかなか大変でしょう。親も大変だよ。そのためにハラハラドキドキするんだからね。
三澤家は再び夫婦二人とタンタンの2,5人暮らし。正直言うとちょっと淋しいな。志保が今回は静かに家に居たからね。妻は、
「こんなに志保とべったり暮らしたのは、志保が赤ちゃんの時以来。」
だって。まあ、それは少しオーバーだけれど、子供というのは、ある時期から興味が親なんかよりどんどん外に向いていくからね。だから確かにこんなに志保の意識が内に向いていたことは思春期以来なかったかも知れない。親っていうのはなんか淋しいね。でも子供が旅立っていくのを見送るのも親の大切な役目だと思う。

 杏奈が渡仏を12日に決めたのは、オレンジレンジのコンサートが10日にあったからなんだ。それを人に言うと、
「え、三澤先生のお嬢様でもそんなのが好きなんですかあ?」
と笑われる。まあ、今時の若者さ。オレンジレンジも好きだし、クラリネットも吹くのさ。

アンドレア・シェニエとフランス革命
 アンドレア・シェニエのオケ付き舞台稽古が進んでいる。アルローの演出にはさすがフランス人と思わせるところがある。たとえば革命直後の第二幕、有名な革命歌サ・イラの音楽が管弦楽で流れる中、目隠しをして両手を縛られた数人の貴族達を前にして民衆達が激しく踊っている。舞台はどの幕も殺戮の場面で終わる。舞台上から降りてくる巨大なギロチンが幕の代わりを務める。とにかく強烈だ!このオペラについては多分初日を迎える来週号でもっと詳しく書こうと思う。

【事務局注】 アナリーゼ楽譜と音源は三澤洋史予稿集「インヴェンションは楽しい」にまとめました。なお掲載のアナリーゼ楽譜、音資料は、個人で楽しむに限定してください。
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