のだめカンタービレ

 新国立劇場合唱団のメンバーで、昨年ミュージカル「ナディーヌ」で主役をやったソプラノの佐藤泰子さんが、当時彼女と共演した娘の志保が日本に帰っているのを知って、
「志保ちゃんに読んでもらいたいものがあるんだ。」
と言って「のだめカンタービレ」を僕に渡した。13冊もあったが志保はすぐ読んでしまい、
「パリの描写は結構きちんとしている。」
と言い残して再び渡仏していった。
 「のだめカンタービレ」とは、今音楽家達の間で大流行している二ノ宮知子の漫画だ。「のだめ」こと野田恵は音大ピアノ科に在籍している。楽譜は読めないがピアノはうまいという不思議な少女。しかも生活はずぼらで部屋の中はぐちゃぐちゃという。一方、ピアノ、ヴァイオリンと何をやっても天才的な千秋真一は指揮者をめざしている。この二人を中心に織りなす物語は結構面白い。
 志保がパリに戻っていった後、僕はすぐこの漫画を佐藤さんに返そうと思ったけれど、どれどれどんな内容かなと思って開いたのがいけない。ここのところ忙しくて通しでは読めないけれど、合間合間に読んで今8巻目を終わったところ。

 勿論、プロの音楽家から見ておかしいところはないわけではない。のだめのような、あそこまで譜面の読めない人というのは、アマチュアの世界ならともかく、音大生でいることは難しいだろうなと思う。むしろクラシックの人がジャズのミュージシャンを眺めた時に感じる「自分の感性だけを頼りに自由に音楽に向かっている」姿勢というのを、僕はのだめに感じるけどな。
また、「コシ・ファン・トゥッテ」でソプラノのフィオルディリージの役を歌った人がアルトのドラベラの役を歌う、などもあり得ない。パートが違うんだから。
でも、交響曲の内容の描写とか、千秋真一がオーケストラに出す指示などは結構的確で、「お、やるな。」
と思ってみたりもする。
 新国立劇場の稽古場でその話をしたら、ピアニストの小埜寺さんも指揮者の城谷君もみんなハマッてる。城谷君なんか、かなりオタッキーで、各場面よく覚えている。あらら、みんな暇な人達ではないのになんてこと!でも、この漫画、おもしれえや。

ボージョレ・ヌーボー解禁・・・しかし
 先週前半はパソコンのやり過ぎで、肩は張るし、目はしょぼしょぼ。その内風邪が忍び込んで来て体調がすぐれなかった。漢方の薬剤師さんに見てもらったら、
「慢性疲労に風邪が重なってますね。」
と言われて葛根湯をもらってきた。
 水曜日の夜、久し振りに六本木男声合唱団倶楽部の練習に行った。そしたら、ある団員さんが、
「先生、今夜練習後、一緒にボージョレ・ヌーボーを飲みに行きませんか?実は、解禁二時間前に密かに飲みましょうという会があるんです。」
しかし、僕は体調悪かったので泣く泣く断って帰ってきたのだ。
翌日11月17日、街中でボージョレの解禁騒ぎをしている。僕は「アンドレア・シェニエ」のゲネプロの帰り、家の近くのバス停まで来てから衝動的に、
「やっぱりボージョレを飲まなければ。」
と思い立って、ファミリー・マートで一本買った。ところで、何でファミマにあるんだい?「ファミマのなんかたいしたことないかも知れないな。まずかったら嫌だな。」
と思ったので、三本値段の違うのがある内の一番高い奴を買った。
 で、家に帰ってきて飲んだ。うーん・・・・、ファミマにしては意外に本格的でうまかったんだけど、はっきり言って僕はボージョレ・ヌーボーという奴があまり好きではないんだな。ボージョレは熟成してなくて若いのが売りだから、熟成型フルボディ好みの(女性の好みではないよ。熟女は嫌いではないけど・・・あ、おじさん発言!)僕としては、物足りないんだ。畜生!\2,700も出したら、かなりうまいボルドーが買えたぜ!

 

演出家アルロー
 2002年6月。僕は20日から始まるバイロイト祝祭合唱団の練習の為に渡欧した。しかし行く先は真っ直ぐバイロイトではなくて、まずパリだった。留学している娘の志保のところに寄って少しパリの空気を吸ってからバイロイト入りしようと思っていたのである。
ところが18日の夜、テレビを見ていた志保が叫んだ。
「パパ、大変だよ。明日飛行機は飛ばないと思うよ。」
「なんだって?」

 6月19日。パリの空港はストライキに突入した。悪名高きフランスのストである。これは日本のストなんかと違って、やると言ったら必ずやるし、動かないと言ったら決して動かない。僕は19日朝、パリからニュルンベルクに飛び、お昼にはバイロイト入りして20日からの練習に落ち着いて備えようと思っていただけにショックは大きかった。急いでバイロイト祝祭劇場に電話し、初日に遅刻する旨を告げた。
 初日に遅刻なんて最低だ。こんな事は僕の人生において決してなかった。その日の夕暮れ時、一人モンマルトルの丘に登り、落胆しながら道行く恋人達を眺めていた。その時、ミュージカル「ナディーヌ」の最初の構想が生まれたことは、このホームページでも書いた。

 6月20日、朝。とうとうニュルンベルク行きの飛行機が飛んだ。その中にひときわ目立つスキンヘッドの男がいた。側には美人のフランス女性がいる。気になるのでちらちら見ていると、向こうもこちらをちらちら見ていて、時折その女性に話しかけてはまた僕の方を見る。
 ニュルンベルク空港に着いてみたら、事務局のトーマス・バイラー氏が迎えに出ていた。
「三澤さん!タンホイザーの演出家アルロー氏を迎えに出たのですが、座席に空きがあるのでどうか一緒に乗っていって下さい。」
「演出家?」
するとさっきのスキンヘッドがにこにこ笑ってこちらにやって来た。
「いやあ、ご苦労さん!全くストライキなんだからいやんなっちゃうね。君もバイロイトに行くんだろうなあって、さっきから演出助手と話していたんだ。」
なんだ、こいつも僕と同じ運命で一日遅れたのか。それにしても調子の良さそうな奴だなあ。隣の演出助手、可愛いなあ。彼女かなあ。

 僕はアルローと車の中で隣り合わせになった。
「フィリップって呼んでね。ところで君、どこから来たの?」
「東京です。」
「え?ヨーロッパに住んでいるとかじゃなくて、東京から直接来たの?」
「はい。娘がパリに住んでいるので、ちょっと寄って来ましたけどね。」
「へえ?トレ・ビアンだね。僕も今度東京に行くよ。」
「本当ですか?」
「うん。ホフマン物語とアンドレア・シェニエを演出するんだ。」
 この時点でノヴォラツスキー芸術監督は、もうアルローにアンドレア・シェニエまで頼んでいたんだ。

 これが、今回新国立劇場の「アンドレア・シェニエ」を演出するフィリップ・アルローとの出逢い。アルローはアイデアは豊富なんだが、何も細部を詰めないで演出プランも衣裳や道具も適当に決めるものだから、周りが大変だ。何にも考えないで稽古場に来て、だんだん辻褄が合わなくなってきて、本人もばつが悪くなると突然大きな声で笑い出し、ごまかそうとする。
 衣裳担当の大柄のドイツ人女性、ウーマンさんと良いコンビで、彼女は全く冷徹かつシビア。アルローが高笑いしても顔色一つ変えずに、
「だからあたしが言った通りじゃないの。あんたはね、根本的に間違っているのよ。」
なんて言う。
「おお、そこまで言うか!」
と僕なんかはハラハラする。先日も二人で怒鳴り合い、ののしり合っていたかと思うと、次の時にはとても仲良くなっていたりする。変な二人。
 娘の志保は、バイロイトですでにアルローと知り合っているが、先日「アンドレア・シェニエ」の練習を見に行った時、
「うわあ、このアバウトさといい、調子の良さといい、典型的なフランス人だね。こんな奴がパリにはうようよいるんだよ。」
と言って笑っていた。
 しかし、しかしね、そんないい加減な奴なんだけど、いざ舞台が出来上がってみると、アルローの舞台というのは結構面白いのだ。しかも行き当たりばったりのようでいながら、つながってみたら意外と考え抜かれているのが分かる。全く不思議な奴。

そんなアルローのアンドレア・シェニエがいよいよ今日、初日の幕が開く。今日は別原稿で、これについて詳しく書きます。

【事務局注】 別原稿は「アンドレア・シェニエとフランス革命」へどうぞ。

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