51歳の宣言

 またひとつ歳を取った。今日すなわち3月3日はお誕生日だったんだ。昨年はドイツ・レクィエムの演奏会を控えて自分の半世紀にわたる人生を振り返り、50歳にふさわしい演奏会にしなければというある種の緊張感をもってこの日を迎えた覚えがある。
 でも、大きなプロジェクトをかかえている時というのは、他のことをやり始める気にならないので、昨年は時間的には意外と暇だった。シーケンス・ソフトで使う音源機器を、勝手にお誕生日プレゼントだと言って買ってきて、いろいろ録音して遊んでいたんだ。

 今年はもっと忙しい。といっても今日は仕事はお休み。新国立劇場は一年に一度の休館日。昨晩は、帰る時にパソコンの電源をコンセントから引き抜かされて、「明日は劇場には来ないでね。」みたいに言われた。停電になるし全館点検するらしい。というわけで家にいるけれど、こまごまとした用が山積みになっているので、朝から自宅のパソコンに向かっていて、およそお誕生日らしからぬ過ごし方をしている。

 50歳は節目だし、「ああ、半世紀生きたか・・・。」と感慨深いものがあったけれど、51歳という数字はなんだかとっても間抜けだね。だからお誕生日も「ヌッ」という感じでやってきて「スルリ」と抜け出ていく。
 メール・ソフトを開けたら何人かの友人からグリーティング・カードやらおめでとうメールやら入っていた。お返事を書く時間がないので(更新原稿書く時間はあるのに)、この場を借りてお礼を言います。ありがとうございます。でも正直言って、「誕生日なので嬉しい」という感覚って、いつからかなくなったなあ。歳を取ることが、それだけ大人の仲間入りをすることを意味し、誇らしかった時代はとうの昔に過ぎ去っているからなあ。大人の仲間入りどころか、壮年期を通り過ぎてしまったからなあ。

 昨日はジャズ・ピアニストのハービー・ハンコックの最新CDを買ってきた。POSSIBILITIESというアルバムは、ある意味とてもユニークで、彼のアルバムでありながらメインは彼ではなくて、彼と共演する様々なアーティストとのコラボレーションなのだ。その中にはギタリストのサンタナや、ポール・サイモンなどもいる。ハービー・ハンコックは、むしろそれらのアーティストのサポートあるいはバッキングの側にまわっている。
 こんなアルバムが作れるのは、彼のミュージシャンとしての懐の深さや、人間的包容力の証明とも言えるが、僕はそれを聴きながら、彼の円熟と同時に・・・・彼の“老い”を感じた。

 かつては二十代そこそこでマイルス・ディビスのバンドに引き抜かれたハービー・ハンコック。ウェイン・ショーター(T.Sax)、ロン・カーター(Bass)、トニー・ウィリアムス(Drums)といった錚々たるメンバー達と共に信じられないプレーを繰り広げていた頃の、あのキラキラ輝く攻撃的な演奏は望むべくもないが、なんかちょっと“ぬるい”なあと思うのは僕だけであろうか。

 そういう僕だって人のことは言えないけどな。
「三澤さんの演奏は、若い時に比べてぬるいわね。」
と秘かに言われているかもしれない。
 でも変な弁解になるかも知れないけれど、僕の場合、多分若い時の方がぬるかったような気がするから、あまりそういう意見は出ないかも知れない。

 僕がベルリン芸術大学指揮科を卒業する時、ベルリン交響楽団を指揮したチャイコフスキーの交響曲第五番の演奏は、今考えてみると結構ぬるかったような気がする。それでも最優秀の一番を取れた決め手は、第二楽章の叙情性だってラーベンシュタイン教授から聞いた。止まりそうなくらい遅かったんだけどね。僕の心の中にはお花畑が広がっていて、僕は夢の世界を表現したかったんだ。当時から僕は、まわりの連中とは全く違うことを考え、全く違うアプローチをしていた。

 挑戦的なことが嫌いな僕は、それでもその年(1984年)にコンクールを生まれて初めて二つほど受けた。ジュネーヴ国際指揮コンクールでは25人の中に残り、カラヤン・コンクールではファイナリストの8人の中に残った。
 カラヤン・コンクール本選の時には、他の候補者達を見渡しても、「これはいける!」と思った。世界の頂はまさに手の届くところにあった。が、決定的な選曲ミスをした。僕は自分の叙情性を過信していた。その自信があだとなった。
 僕が本選に選んだ曲は、ドビュッシーの「牧神の午後への前奏曲」。僕はその曲でセンシティブでデリケートな演奏をアッピールしようとしたんだ。しかし結果はなんとなくパットしない出来になってしまい、指揮している本人からして「だめだコリャア!」という感じ。当然のごとくに入賞をのがした。それ以来もうコンクールはやめた。戦いは苦手なんだ。

 家に帰ってきて、まだ赤ちゃんだった志保を抱っこしながら、
「パパだめだったよ。残念でした。」
と言った時の志保の重さと抱いた感触をまだ覚えている。
 オランダのコンクールがもうひとつ控えていたが、その為に取っておいたお金を使ってマジョルカ島に遊びに行った。コンクールのことは早く忘れたかった。 9月のマジョルカ島の海はどこまでも青かったが、僕の心は晴れなかった。ショパンがジョルジュ・サンドと逃避行していたヴァルデモーサに行った。「雨だれ前奏曲」に表現されたショパンの失意に、何故かとても共感を覚えた。

 僕は、それ以後も、バッハを振っても何を振っても、「暖かさ」とか「やさしさ」とかいうのを大事にしていて、他の若手指揮者達のように「カッコ良く激しく挑戦的に」演奏することを好まなかった。僕の求める「暖かさ」は、僕が若ければ若いほどなかなか聴衆には伝わらなかった。聴衆をうまく説得出来なかったのは、僕の若さだけではなかった。そうした「より困難な道」を選ぶ者には、もっと違ったテクニックが必要だったのだ。そのテクニックを習得する為に、その後の僕の演奏人生が費やされたともいえる。

 それがひとつの形に結集したのが、昨年5月のドイツ・レクィエムだ。僕が最近気がついたことはこうだ。「暖かさ」を最大限に聴衆に届けるためには、その前後の強さ、激しさが不可欠なんだ。つまり「暖かさ」を生かす為の構成力やバランス感覚。だから最近の僕の演奏は、多分若い時より激しいと思う。究極目的は「暖かさ」なんだけどね。うー、おじさんにはしんどいや。

 ダメダメ。音楽は基本的に若さの産物だよ。ミュージックの語源になっているMUSE(ミューズ)は、美と若さの女神だ。美と若さのみが音楽を音楽たらしめるのだ。だから年取ってきてもしんどいなんて言ってはいけない。激しさは必ずしもなくてもいい。でもエネルギーと色気は必要最低限ないと駄目だよ。
 たとえば誰がどう言おうと、僕は、晩年のカール・ベームのあのすきま風がスースー通り過ぎていくようなたるんだ演奏は認めない。巨匠なんて言われたってあれじゃいけない。“枯れた”と言ったら格好良いけど、ただの枯渇だ。それだったら、響きの垂れ流しとも言えるカラヤン晩年の毒々しい芳醇さの方を僕はとる。カラヤンは最後の最後でベルリン・フィルと仲違いして、“人格”とか“悟り”とかいうものとは遠かったなあ。でもそのくらいの方が音楽家としては好ましい。

 残酷なようだが、老いの中には老い以外の何ものも存在しないんだ。老いが、それだけで“円熟”という“付加価値”を生むと考えるのは幻想だ!むしろ老いは音楽家にとってハンディだ。老いてるというだけで、エネルギーに溢れる若者に負けているのだ。
 ただ老いた者が若者に勝てる方法はないわけではない。それは年輪を重ねる過程で培ったものの蓄積が、若者の持つ才能やファイトだけでは到達できない境地に辿り着いている場合だ。それが年齢ゆえの“付加価値”といわれるものだ。年寄りは甘ったれていてはいけない。

 51歳になった僕は、逆に今だから挑戦的になりたい。おとなしくない、可愛くない年寄りになるんだ。だって、若い指揮者達がオペラを振っているのを見たって、
「駄目だなあ。何やってるんだろうね。」
と思うし、
「ほら、こうやるんだ。」
と若者達に示すことの出来るものは、まだまだ沢山持っているつもりだからね。ベテランだからってただニコニコ笑って彼等のやることを端からながめて、
「良くやっているよ。」
なんていうのは、芸術家としては敗北以外の何ものでもない。

挑戦。この言葉が51歳の誕生日を迎えた僕の宣言。

 でもハービー・ハンコックに老いを感じたからって、彼を責めるつもりは毛頭ないよ。それどころか、肩の力が抜けて全ての気負いがなくなって純粋に遊びに徹して“伴奏”している彼は本当に楽しそうだ。彼にとっては若い時に挑戦し尽くして登りつめてしまったから、今更挑戦もないのさ。第一、ジャズという分野そのものが絶滅して久しいし、ジャズという言葉だって死語となって久しいからね。あ、一番シビアなことを言ってしまった。

ファイヤー・ウォール
 Windows XP Service Pack 2 (以下SP2)というヤツは本当に頭に来るぜ。事の発端は、ノート・パソコンのアンチ・ウィルス・ソフトが期限切れになったので、これをアンインストールし、イチキュッパ(\1,980)のSourcenextウィルス・セキュリティを買ってきてインストールしたことから始まる。
 一方、自作のデスクトップでシーケンス・ソフトを使って録音をしていた僕は、録音中にわずかではあるがテンポの歪みを感じた。
「ゲッ、やり直しだ。」
そういえば、このソフトはいつも起動する時に、「アンチ・ウィルス・ソフトなどを終了してから起動しないと、正常に作動しないことがあります。」と出ていた。そこでNorton Internet Securityをとりあえず終了した。

 これだけのことである。しかしこれが問題を引き起こしたのだ。何が起こったかというと、ノート・パソコンで作ったファイルをデスクトップで使いたいと思ったが、いきなり家庭内LANがつながらなくなってしまったのだ。LANがつながらなくてもUSBメモリーとかいろいろ手はあるかも知れないけれど、パソコン同士でデータのやりとりをするのにLANほど便利なものはない。
 そこでいろいろ調べた結果、最後にはつながったんだけど・・・・・いやあ、時間がかかったよ。なにせ何重にもガードがかかってしまったんだから。なかなか原因を特定できなかったんだが、主な原因はSP2の仕業だった。

 アンチ・ウィルス・ソフトを終了あるいはアンインストールすると、SP2の場合、ウィンドウズ・セキュリティ・センターがただちにこれを監視し、ウィンドウズ・ファイヤー・ウォールを勝手に立ち上げ、LANをブロックしてしまうのである。な、なんておせっかいな! 
 今回の場合は双方のパソコンからウィンドウズのファイヤー・ウォールが立ち上がってしまった。しかも双方のパソコンのアンチ・ウィルス・ソフトをインストールあるいは再びオンにすると、当然ソフトのファイヤー・ウォールも立ち上がるから、二重にブロックする。風邪をガードするのにマスクの上にさらに防毒マスクをしているようで、もうそのままでは絶体につながらない状態になる。
 さらに面倒なのは、アンチ・ウィルス・ソフトのファイヤー・ウォールの場合、デフォルトのセキュリティ・レベル“中”では、インターネットへのアクセスは認めても、家庭内LANへのアクセスは認めない設定になっていることが多い。NortonもSourcenextもそうだった。マスクの上に防毒マスクをしてさらに無菌室に入っているようだ。風邪は確かに移らないけれど、これでは何も出来ない。
 このセキュリティ・レベルを“低”レベルにして初めてLANが双方向からつながる状態になるんだが、自分で“中”を“低”にするのって、ちょっと抵抗ある。せっかく良いソフトを買っても性能が生かせてないような気がするよ。それより、ひとりで設定を開いてここまでたどり着くのは初心者では絶体に無理だな。

 もう一回整理して言うよ。LANを再びつなぐために、僕は、デスクトップのコントロール・パネルを開いてウィンドウズ・ファイヤー・ウォールをOFFにし、ノートのウィンドウズ・ファイヤー・ウォールをOFFにし、デスクトップのNortonのファイヤー・ウォール設定を開いて“低”であることを確かめ、それからノートのSourcenextのファイヤー・ウォール設定を開いて、“中”になっているレベルを“低”に直したんだ。ふうっ!

 せめてウィンドウズは、
「ウィルス・ソフトがOFFになりました。危ないですから、これからウィンドウズの方のファイヤー・ウォールを立ち上げたいと思いますが、よろしいでしょうか?それともご迷惑でしょうか?」
と三つ指突いてきちんと断ってくれないかな。
 それと、新しいアンチ・ウィルス・ソフトをインストールした時や、終了したソフトを再びONにした時には、ソフトのファイヤー・ウォールに敬意を表し、自分で終了して欲しい。出来れば次のような置き手紙を残しておいてくれるといいなあ。
「ごめんなさい。あなたのことを心配して勝手に立ち上がりましたが、ソフトの方でもファイヤー・ウォールが立ち上がったため、あたしはあなたにとってもう必要ないどころか、これ以上あたしがいるとガードしなくてもいいものまでガードしてしまうので、あなたにご迷惑がかかります。あたしは人知れず去ります。 お願いですからもうあたしを探さないでください。では新しいファイヤー・ウォールといつまでもおしあわせに。さようなら。(ウィンドウズ・ファイヤー・ウォールより)」
とでも書いてくれれば、その温かい心遣いに思わず涙がチョチョグリ出て、愛が芽生えてしまうに違いない。

 それで彼女を追って主人公は旅に出る(誰だ、主人公って一体?)。
「そこまで僕の事を思ってくれていたのか・・・。それにしても人知れず去るなんて、なんて馬鹿なことを。僕はもうあいつがいないと生きられないのに・・・・。」
トンネルを抜けるとそこは雪国だった。
「そうだ、あの街・・・。」
二人が初めて結ばれた雪国のひなびた温泉街。思い出の場所。やっぱりここだ!主人公は、彼女を探し当てると、つかつかつかと走っていってギュッと抱きしめる。はい、カメラさんアップ。
「どうして僕から逃げたんだ!」
「だって、だって、あたし・・・。」
「もう君を決して離さない。いいね。」
ここで音楽。ストリングだよ。ニ短調だな。
 ああ、美しい物語だ!このウィンドウズ・ファイヤー・ウォールって和服を着た高島礼子みたいだったらいいな。熱燗の似合う女性。おっと、名前がよくねえや。長すぎるし、それにカタカナなんてね。そうだ、駒子。これからはウインドウズ・ファイヤー・ウォールのことは駒子と呼んでね・・・・え〜と・・・一体なんの話をしていたんだっけ?あ、し、失礼!どうものめり込み易い性格だもんで・・・。

 僕が思うに、このSP2ってヤツは、あまりに多いハッカーの攻撃からウィンドウズを守るために作られたと言われているけれど、守っているのは、ウィンドウズを使っているユーザーではなくて、実は苦情が来ると困るマイクロソフトなんだ。お客のことなんか考えてはいないさ。だってその証拠に、アンチ・ウィルス・ソフトをアンインストールした途端に、自分のファイヤー・ウォールを勝手に立ち上げたことは言わないくせに、「危険ですから市販のアンチ・ウィルス・ソフトを買ってください。」みたいな警告だけは出るんだぜ。みんなグルになっているとしか思えないよな。

 ファイヤー・ウォールという言葉で思い出すのは、なんといってもブリュンヒルデだ。ヴォータンによって眠りにつかされたブリュンヒルデのまわりには、炎の壁が立ちはだかる。それを超えることが出来る者は、ただ恐れを知らぬ若者のみだ。
 心理学的に言うと、この炎の壁はブリュンヒルデの処女性を表す。炎の壁の中に入り込んできた人間の男のものになることによって、ブリュンヒルデは女としての誇り、神性を失い、ひとりの“愚かな女”となる。それと引き替えに男に愛されて生きるという地上的な幸福を手にするのである。うふふ、炎の壁ってなんだかエッチ・・・・。
 また新しい物語が始まってしまった。英語の辞書を引くとfire wallとは別にブリュンヒルデとか処女性とかには関係なくて、単なる“防火壁”らしい。なあんだ、つまらん。

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