ふらんすへ行きたしと思えど・・・・

素晴らしい指揮者ファビオ・ルイージ
 現在新国立劇場で公演が続いている「カヴァレリア・ルスティカーナ」「道化師」の指揮者ファビオ・ルイージFabioLuisiは、おそらくこれまで新国立劇場に訪れた全ての指揮者の中でも群を抜いている。
 まず音楽の骨格がしっかりしており、その上で歌い手や周囲の状況に合わせてフレキシブルに対応できる。オペラを聴き終わってほとんど不満がないのだ。これは驚くべき事である。
 それに、初めて訪れたこの劇場で、こんなに早く劇場の音響機構に対応した指揮者は初めてだ。つまり、オケ・ピットでこのくらいの大きさやタイミングで聞こえるから、客席ではきっとこうであろうと推測する能力に優れているのである。長い間のオペラ経験の成せる業であろうが、何年やっても学習しない指揮者も多い中で、ここまで劇場の隅々まで把握している人は、僕の知っている限りでは一人もいない。

 なによりルイージ氏の音楽でドラマを構築する能力は他に追従を許さない。ヴェリズモ・オペラの悲劇性をざっくりとえぐり出していくので、聴衆はどこまでも舞台にのめり込んでいける。そうかと思うと、たとえば「カヴァレリア間奏曲」の深い叙情性!前後の血なまぐさい愛憎劇のただ中で、まるで台風の目のような静けさがただよう。さすがイタリア人!カンタービレが体の中に入っている。

 新国立劇場に来る聴衆もさすがだと思うのは、そうした素晴らしい指揮者に対しての即座の反応。2作目の「道化師」で指揮者登場の時に、もうかなりブラボーの叫びが聞こえるし、終演後は怒濤のようなブラボーの叫びが劇場中を包み込む。

 ルイージ氏は1959年ジェノヴァに生まれている。イタリア語、英語、ドイツ語なんでもござれで、普段は物静かで穏やかな人だ。ホームページを持っていて、スケジュールを見ると凄いよ。http://www.fabioluisi.com/
 ドレスデンのゼンパー歌劇場でサロメを振り、ウィーン国立歌劇場でトスカを振り、ウィーン交響楽団でメンデルスゾーンのオラトリオ「パウロ」を初めとしておびただしい数の演奏会を振り、ライプチヒでゲヴァントハウス管弦楽団演奏会を振った後ローマに飛んで、聖チェチリア管弦楽団で演奏会。その直後に東京に飛んだんだ。新国立劇場の公演の後は、ゼンパー歌劇場での「ニーベルングの指輪」全曲上演を初めとして、また沢山の公演が待っている。ううっ、同じ指揮者なのに、と、とても歯が立たないや。
 現在ウィーン交響楽団音楽監督。来年からはドレスデンのゼンパー歌劇場とシュターツカペレの音楽監督になることが決まっている。

 名前は聞いていたんだけどね。でも自分の耳で聞いてみなければ分からない。名前だおれというのもあるしな。こんなに素晴らしい人だと思わなかった。やっぱり日本にいると駄目だね。入ってくる情報が完全にフィルターにかけられている。CDとかの商業路線に乗らない人は、こんな素晴らしい人でも一般的には無名に近いんだ。

 「素晴らしい合唱だ。こんな合唱団は世界中探してもどこにもない。夢のようだよ。」と彼は新国立劇場合唱団を褒めてくれた。あながちお世辞でもなさそうだったので、僕は素直に喜んだ。ノヴォラツスキー芸術監督は、
「俺の言った通りだろう。」
とルイージ氏に得意になって言っている。一体誰のお陰で・・・・。

 でもそうやって褒めながら、マエストロの要求は容赦ない。一方、合唱団員達も音楽家の勘で即座に彼がただ者ではないことを読み取り、めちゃめちゃ盛り上がっている。マエストロが何を言っても即座に反応する。あ、僕の指示よりも反応いいよ。畜生、くやしいなあ。でも、いいなあ。久々の充実感!こんな時音楽家をやっていて本当に良かったと思う。

桜随想いろいろ
 桜ももう終わりだなあ。でも早く咲き始めた割には、思ったより長かったような気がする。その間に雨が降り、強い風が吹いたけれど、今年の桜はしぶとい。もしかしたら先週の「今日この頃」で、僕が「たったの三、四日」と強調していたのを桜に聞かれたかな。それで、
「そうはいくか!」
とやせ我慢をして頑張ったか。

 ソーセージ専門店ノイ・フランクで売っている、北海道から取り寄せているという「さくらチーズ」はおいしかった。スイスのチーズ・コンテストで見事優勝したという逸品。僕はカマンベールのようなものを想像していたが、食べてみるともっと素朴なナチュラル・チーズ。酸っぱくって塩辛い中にほのかに桜の花の匂いがする。

 最初口にした時は、
「あれ、別にたいしたことのない味だな。」
と思ったが、食べていくにつれて不思議とえもいわれぬ複雑な味が感じられてくる。まず牛乳のクォリティがとても高いのだろう。それから熟成の技術の高さなのだろうか。

 おいしい味には二種類ある。ひとくち食べて、
「ん、うまい!」
と思う味と、最初はちょっと物足りないくらいだが、食べていく内にしだいに味わいが広がってくる味だ。これは後者の方。期間限定販売だというので桜の終わりと共に「さくら」チーズ」も終わってしまうのだろうか。だとすると急いで買いにいこうかな。

 今、この原稿を群馬宅で書いている。4月8日土曜日は、午前中に東京バロック・スコラーズの練習。その後幹事達と昼食をとって湘南新宿ラインに乗り、群馬にやってきて新町歌劇団と共にミュージカル「おにころ」の練習をした。
 高崎線の途中で深谷駅を通った。深谷市は、駅のすぐ近くに八坂神社があり、その近辺の川に沿って二列に並んだ見事な桜並木がある。
 深谷の桜というと子供時代の思い出がある。よくこの時期になると親に連れられて桜を見に行ったのだ。というか、お祭りに出掛けたと言った方がいい。八坂神社のまわりには屋台の店が並び、沢山の人で賑わっていた。その雑踏の中にひときわ目立つテントのような建物があった。それは不気味な見せ物小屋であった。
「親の因果が子に報い〜。」
と怪しげな音楽と共におじさんが叫んでいる。
 入ってみると、蛇を生のまま食べる女や、幕の前で首がどんどん伸びていく「ろくろ首女」などが次々と現れた。女達は口紅などで、まるで口が耳まで裂けているような化粧をしている。もうそれは筆舌に尽くしがたいほど気持ち悪くて、僕は家に帰ってきて夢にうなされたほどだ。
 今でも電車から八坂神社や見事な桜並木を見ると、あの頃の不気味さが心によみがえってくる。数日前、朝日新聞に桜の木の持つ妖気に関する記事が出ていたが、僕には妖艶な桜とあの日の見せ物小屋とが妙に重なる。

 秋でもないのに花びらがはらはらと散る。ものみな萌え出すこの時期に、没落と死が淡いピンクの花吹雪となって舞い踊る。つい数日前まで夢幻的な美しさを誇っていた国立桜通りの並木は、すでに顎の褐色をみにくくさらしている。若葉が花びらに混じってぐんぐん伸びてくると、そこにはまた別の美しさが生まれるのだが、それまでのわずかな間、桜はやりきれなくなるほど無惨な姿を露わにするのだ。それは思春期に入った少年や少女が、本当に成熟する時期が来るまでに時折見せるある種の不潔さとみにくさに似ている。

こうやって今年もまた桜の時期が終わった。

航空券が来ない!
 来週の月曜日にヨーロッパに向けて出発だというのに、まだ手元に航空券がない!
三澤家は、娘達を中心に年間の航空運賃が馬鹿にならないので、JALのファミリー会員になっている。そのメイン会員は、これまで一番渡航回数の多かった長女の志保だ。だからチケットはパリのJALから志保の元に届く。そのパリから書留で僕の家に送ったのが三週間以上も前なのに、まだ着いていないのだ。

 事の発端は、次女の杏奈が超ドジぶっこいた事にある。
「大事な航空券だから、もし何かあったら大変だから、普通郵便でなくて書留で送ってね。」
と妻は杏奈に言った。杏奈は書留を送るのには書留用の封筒を買わなければならないと教えられ、50ユーロ(約7千円)も出してそれを買った。
「うわっ、めっちゃ高いね。航空券が安くても、そんなところで損するね。」
と僕は電話で言った。
「そんなに高ければすぐ着くね。」
しかし何日経っても着かない。妻が早くもやきもきし出して、
「杏奈、ちゃんと送ったんでしょうね。」
と言うと、杏奈は、
「うん、送ったよ。ちゃんと住所を書いてポストに入れたよ。」
「ちょ、ちょっと待って。杏奈、今なんて言った?」
「だからちゃんとポストに・・・。」
「えーっ?ポストに入れたのお?駄目じゃない、あんた!郵便局に行って窓口から出さなければ、証明書もらえないじゃない。それじゃ書留の意味ないじゃない!馬鹿ねえ!何やってんのお!」
「・・・・・。」

 すると何日か経ってから、今度は妙な手紙がパリ邸に届いた。伴奏科にいて沢山の伴奏をかかえている志保は多忙なので、杏奈にFAXで送らせて僕が仏和辞典片手に訳してみると、こう書いてある。
「三澤志保様。あなたの郵便物を手元に預かっています。その郵便物は中に航空券が入っているのが問題なのです。以下の電話番号に連絡してください。郵便局」
 ああよかった。とにかく向こうから手がかりを提示してくれたのだから、少なくとも郵便物が迷宮入りして紛失してしまうことだけは避けられたようだ。しかしなんで航空券を入れて送ったらいけないんだ?どうすればいいのさ、一体?おっとと、こうしてはいられない。
 そこであわてて多忙な志保をけしかけて郵便局に電話させた。すると応対した人は、中身が航空券だということは一切気にしていないようで、
「現在、その郵便物がどこにあるかは突き止められませんでしたが、おそらくそれはすでに日本の近く(こういう言い方する時のフランス人というのは絶対信用しては駄目)にあるものと思われます。落ち着いてあと数日待ってください。」
と言ったそうだ。そこでまた数日待つ。しかし来ない。

 僕達はもう一度志保に連絡させた。
「まごまごしていると間に合わなくなるぞ!」
「分かった。また聞いてみる。」
次の日、志保は興奮して電話かけてきた。
「あったあった。郵便局と話したら、ありかが突きとめられたって!」
「ナヌ?で、どこにあるのさ?日本?」
「まだフランスだって。」
「ゲッ、最低!」
「これからすぐ送ると言ってたよ。今度の人は信用できるような気がする。」
「どうだか。もうフランス人何も信用できないよ。」
で、現在のところまだ着いていないのだ。

 おいおい、冗談じゃねえ。一週間前だっていうのによ、まだ航空券がどこの空の上だか知らねえが、ほっつき回っているんだぜ!普通に出せば何の問題もなくとっくに着いている郵便が、一度変なところにハマリこんでしまったら、もうどうやったって永久に着かないような気がしてくるよ。決して僕の家にだけは着かないんじゃないか、そんな強迫観念に支配されてるよ。出来ればその航空券を取りに一度パリまで行ってきたいよ。
 しかし本当に最悪の事態、すなわちとうとう出発の日まで着かなかった時のことを考えていないといけない。週末はパリのJALの事務所は休みなので、週明けの明日にでも電話かけて、もしもの場合には空港でなんとかしてもらうよう取りはからってもらうつもり。お金は払っているし発券の証明書もあるから、全く無効になってしまうことはないだろう。
 でもそれで、
「はい、分かりました。」
って快く返事されて、空港に行ってみたら、
「そんな話、聞いてません。あなたはこの飛行機には乗れません。」
と言われたらどうしよう。考えれば考えるほど、全てが悪い方悪い方にばっかり行くような気がしてくるよ。

 来週の更新原稿を書く頃は出発直前。航空券の行く末をみなさんにお話しましょう。でも、その次の更新原稿を日本で書いていたらどうしよう。
ああ、今の僕には、ふらんすへ行きたしと思えど、ふらんすは果てしなく遠い・・・・。

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