Dona Nobis Pacem

平和は遠い
 21世紀になって随分経つのに、世界に平和は依然遠い。イスラエルは再びレバノンを攻撃している。どうして同じ人間同士が殺し合うのか。どうしてこうした動物的な蛮行が繰り返されるのか。

 振り返ってみると、我が国も揺れている。北朝鮮がミサイルを乱射した途端、様々な強硬論が飛び交う。結局、国連の安全保障理事会は、北朝鮮に対して国連憲章第七章を含まない決議案を採択した。そしてその直後、北朝鮮は、その決議を拒否する発言をした。あらら、全くコリない国だよ。
 日本はこれまで、今回のようにすぐ近くで脅威を覚える体験をしたことがなかったため、結果として最も強硬な立場を取ることとなり、中ソに拒否権をちらつかされて牽制される羽目になった。

日本人の平和ボケ
 日本人の平和ボケはあきれるほどだ。平和にボケているうちはいい。でもそれは裏を返すと自分達の足下が崩れると、ただちにどこまでもパニックになってしまうということである。かつて原油が高騰した時のトイレット・ペーパー騒ぎを思い出してもらえばいい。あそこまで取り乱してしまうのが日本人なのだ。

 もし北朝鮮のミサイルが日本海ではなく、たとえば新潟市の真ん中に落ちて、大量の死傷者が出たとしよう。そしてまだ二発目がやってくるかも知れない、次にはどこに落ちるかも分からない、東京がねらわれるかも分からないという事態になったとしよう。さあ、みんなどうする?
ただちに、
「やっつけちゃえ!はやく北朝鮮を叩いて!米軍や自衛隊はなにやっているの?」
という声で日本中が満ちるだろう。
 僕は、こんな時にこそ、これまで、
「防衛費を削りましょう。米軍の基地を日本から撤退させましょう。」
と主張していた政治家に登場してもらいたいのだ。

 あれ?冒頭に書いていた文章と矛盾があるぞ、と思われる読者がいるだろう。でも僕はこう書いたって戦争支持者ではない。そうではなくて、日頃偽善的に平和論者を装っている人ほど、一度予期せぬ事態が起こると、先ほどまで主張していたことなんかきれいに忘れて、誰よりも過激になってしまったりするので、それが一番怖いことだと言っているのだ。つまり、それが平和ボケだということだ。

 世界中みんな良い人ばかりになって、警察がいらない世の中になったらどんなにいいだろう。でも残念ながら、まだしばらくは世の中に警察は要るのだ。警察が鉄砲を持っているのは危ないが、ならずものが機関銃を持って街で暴れ出した場合、説得だけで全てが解決するとは限らないのだ。だから、軍隊はまだ世界には必要なのである。
 この議論を日本は戦後60年避け続けて今日に至っている。米国の庇護の元、平和を享受してこれまできた。

アメリカは日本を守ってくれるか?
 日本が受けたミサイル攻撃に米軍が反撃し北朝鮮に攻撃を仕掛けるとしよう。それはいわゆる「戦争」の始まりを意味する。今の日本の法律からいくと、日本の国土以外の具体的な攻撃は米軍にしか出来ないことになっている。
 でも、よく考えてごらんよ。米軍に攻撃させるということは、米軍が米軍の論理で米軍のやりたいように攻撃するということを意味するんだ。どんなに過激に攻撃されても、日本人はそれに対していちいち口出しできないのだ。
 その結果、やぶれかぶれになった北朝鮮が再び反撃を開始し、“日本国土が焦土と化した”としても、「アメリカ本土」にとっては痛くも痒くもないのだ。この日本本土とアメリカ本土の、北朝鮮からの距離差は頭に入れておかないといけない。アメリカは、日本を守ってくれるフリをしているだけで、攻撃は仕掛けても、決して結果的に“日本を守ってはくれない”のだよ。ここを分かっていないといけない。

 日本は、こうしたことが起こりうることを想定して、日米安保をどう考えるか?自衛隊をどう扱うか?憲法改正をどうするのか?考えておかなければいけなかったし、国民も、その場だけの甘い平和主義に酔っていないで、本当に平和を維持するためにはどうすればいいか?何を国民として「覚悟」しなければいけないか、考えておかなければいけなかったのだ。

僕たちのするべき覚悟
 僕の考えを言うと、相手国がミサイルの準備を進めて、それが明らかに東京をねらっていたとしても、その起こりうる被害は覚悟しないといけないと思う。つまり、それを100%先制攻撃で防げることが分かっていたとしても、それをしてはいけないと思う。
 永世中立国スイスの国民は、その覚悟をして中立国になったんだ。踏みにじられても耐える覚悟をしなければ本当の平和国家とは言えない。
 
 その上で僕は、本当は米軍に依存するのではなく、日本は日本人による日本人のための軍隊を持つべきであると考える。そしてその軍隊が、“日本の国土を守るため”に戦うべきなのだ。そしてその日本の軍隊が攻撃したことで生まれる二次被害に関しては、国民全体が「覚悟」しておくことが必要だと考える。

 つまり、日本人は、本当の平和を見つめつつ、もっと大人にならないといけないんだ。何か起こってから、
「怖いよう!」
なんて言っていては世界中に笑われてしまう。実際、今回のことで過剰に反応したことでもう笑われているし、韓国、中国、ロシアからは完全に睨まれている。

神の失敗作?
 それにしても、神様はどうして人間を、こんなに馬鹿でエゴイスティックで不完全なものとして作ったんだろう。ここまで愚かな人間を何故まだ地上に存在させているのだろうか?人間が神の失敗作だったら、もう抹殺すればいいのに。もう、やめよ!神様あ!
だって、どう考えてもこの先、軍隊や警察が不要になる世界なんて来そうにないもの。

   Dona Nobis Pacem

この言葉は単なる絵空事なのか・・・・。だとしたら宗教なんて無力だ!

ジダンのこと
 サッカー・ワールドカップ決勝戦で、フランス選手ジダンの頭突きによる退場によって、彼は英雄の名誉を剥奪された。僕は、それについてこう考える。

 我々が人に罪を問うとき、具体的な行為によってのみそれが問われる。でも、内面的に言うと、たとえばAがBに対してひどい裏切りや中傷をし、それに対してBがAに手を挙げた場合、Bだけが「悪い人」かというと、むしろその原因を作ったのはAだ。
 ジダンの頭突きがスポーツマン・シップにふさわしくないというのなら、ではマテラッツィの中傷はスポーツマン・シップにふさわしいのか?

 もちろん、ジダンの行為が許されてしまうのなら、選手達がぶつかり合う激しいサッカーというスポーツの試合中の意図的な暴力も許されることになってしまい、収拾がつかなくなってしまう。
 しかし、僕は思う。試合中の罵詈雑言が人間としてふさわしくないという常識は、そもそもサッカーにはないのか?それに対しての懲罰うんぬんという話ではなくて、そもそもみんなもっと正々堂々と紳士的に戦うことをモットーとすることは出来ないのだろうか?
 だって考えてもみなさいよ。試合中でなかったら名誉毀損で訴えることの出来るような内容だろう。それが試合中だということで許されて良いのか?

 僕は、ジダンの行為自体は、試合中の選手としてはふさわしくないとは思うが、彼には同情する。むしろ、周りがジダンに冷たすぎるし、マテラッツィには甘すぎると思う。だって試合中に民族差別的な発言や家族に対する中傷するなんて、試合には関係ないし、ひどすぎるだろう。みんな、そう思わないかい?

またまた「スペース・トゥーランドット」のこと
 スペース・トゥーランドットの立ち稽古が進んでいる。昨日15日(土)の夜の練習で、無理矢理の通し稽古をした。まだ細部に関してはいろいろあるが、とりあえず最後までシーンがついたよ。

 笑いっぱなしで、驚いたりハラハラしたり。最後には確実に泣けるよ。田尾下哲(たおした てつ)君が、動きと緊張感に満ちた素晴らしい演出をしてくれたお陰で、楽しさてんこ盛りの愛と夢と冒険のファンタジーに仕上がった。CG(コンピュータ・グラフィックス)も素晴らしい。 
 これは大ヒット間違いなしだね。今年は早くからチケット完売なので、来年はロング・ランなんてなったらいいな。NHKの芸術劇場も取材に来るらしい。 やったあ!あの番組にはチビッとでも出たかったんだ。
 
 「ナディーヌ」や「おにころ」でも一緒に仕事している佐藤ひろみさんの振り付けもとてもいいよ。彼女は沢山のダンス・スクールを持っているのに、その間を縫って新国立劇場に通ってきてくれる。新国に行かない時は「おにころ」で会っていたりするから、この夏はひろみさんとずっと一緒だ。

 帰りはいつも娘の志保と一緒。妻も、僕の時は車で迎えに来てと言っても、
「自分で帰ってきてね。」
なんて言っているくせに、志保と一緒だと何も言わなくても嬉しそうに府中の駅で待っている。
 志保は一日3コマ(10:00から21:00)の練習を毎日こなしている。午後の練習で「カヴァレリア・ルスティカーナ」公演中は、僕も城谷君もそっちにかかりっきりなので、彼女が指揮者なしで一人で稽古ピアノを弾いていた。
 公演が終わって僕と城谷君が帰ってくると、今度は城谷君にピアノを弾かせて、彼女を練習室に送り込み、オーケストラ・パート譜の練習をさせた。彼女は、本番でもピットでオケ中のピアノを弾くのだが、なにせ随所にピアノ・コンチェルトなみにピアノが活躍するオーケストレーションがなされているので、練習させないといけない。
 つまり志保は全然休みなしに働いている。でも若さっていいね。まあ、今は彼氏もいないみたいだから、ぶらぶらしているよりも音楽で充実した夏を過ごす方がいいのだろう。
 帰りの京王線で、
「あそこの高橋淳の演技、最高だね!あそこは、こうした方がいいかな。」
なんて言いながら帰ってくるのは楽しい。

 今週の週末にはオケ練が始まる。いよいよ僕のアレンジした音が鳴る。きっと良い感じに響き渡ると思うよ。楽しみ、楽しみ!

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