くにたち「おにころ」開幕前夜

 8月8,9,10日の三日間は、10時から渋谷のエレクトーン・シティで「おにころ」のオケ合わせがあった。新国立劇場では合唱団の練習が午後から夜にかけて毎日つまっているため、午前中しか時間が取れなかったのだ。午前中から一日3コマは大変だった。夜帰ってくると、もうビールを飲んで寝るしかないし、目が覚めるとまた朝から練習だ。
 
 「おにころ」は5月に新町で公演したばかりだが、今回は編成もプレイヤーも違う。新町公演では、平子久江さんの奏するおびただしい打楽器群が新町文化ホールの演奏エリアを占領し、国立音楽大学時代からの親友田辺秀樹君をコンサートマスターとする弦楽器奏者達がいた。でもキャパシティー約250人のくにたち市民芸術小ホールでは、予算や演奏場所の確保などの条件ゆえに編成はずっと小さいのだ。
 おなじみ伊藤佳苗さんと塚瀬万起子さんの演奏するエレクトーン二台、東佳樹さんの演奏するシンセパーカッション、長女志保が弾くピアノ、次女杏奈が吹くクラリネットという編成である。

 朝三人で家を出る。女というやつはどうしてこう外出するまでに時間がかかるのだろう。まずシャワー争奪戦から始まり、朝食後テーブルには化粧品が並んで壁塗り合戦。これは見ていて壮観だ。それから今日の服装をあれこれ選ぶ。
「どう?この組み合わせ?」
勿論パパになんか聞きっこない。妻が意見を言う。たまに冗談っぽく僕が、
「ちょっと合わないね。」
というと、即座に、
「パパになんか聞いてましぇ〜ん!」
と二人から総攻撃。その通り、僕には全く分からない世界。黙っていよう。
 妻の車で僕たち三人は府中駅まで行く。タンタンも一緒。府中からは三人で京王線に乗る。こんな年頃の娘を二人も連れたおじさんは珍しいなあ。他の乗客がチラチラと見てるぜ。

 エレクトーン・シティは渋谷駅の南西に位置する。駅からは近いのだが、かなり急な坂を上り、しかも建物にはエレベーターがなくオフィスは3階なので、ちょっとした登山の気分。2年前の「ナディーヌ」の時もこの編成だったので、娘達にもこの坂はおなじみ。坂の下のドトールでアイスコーヒーをテイクアウトで買い、練習前にオフィスで飲むのがささやかな楽しみなんだ。
 ピアノはこの編成の場合、元来のピアノ譜だけでは音が足りないので、むしろヴォーカル譜を参考にしながらエレクトーンを聞いて、必要ない音をはぶいていった。クラリネットは、オリジナルのスコアだとフルートやオーボエの下で和音を支えることが多く地味なので、新しく譜面を作ってやった。すると、おなじ作品なのにタッチが変わって、これはこれで結構アリかもという音に仕上がってきた。
 このオケが劇場に入るのが17日の木曜日。午後からオケ練習をやって夜はオケ付きの通し稽古になる。

 一方、芸術小ホールではミュージカル・ワークショップの練習が進んでいる。かなり出来上がってきたが、新町歌劇団の人達と違うところは、国立ではどちらかというと踊りに意識が傾いてしまう傾向がある。つまりダンスは悪くないのだが、気がついてみると数人しか歌っていない。そんな時に頼りになるのが東響コーラス出身のソプラノのS・YちゃんやアルトのS・Hさんだ。芸大出身で今期から新国立劇場合唱団のメンバーになったアルトのNさんの大砲のような声も欠かせない。

 昨晩の練習では、久し振りにドクター・タンタン、あっ!違った、伝平の役の初谷敬史君がイタリアから戻ってきた。彼は六本木男声合唱団倶楽部に同行して、三枝成彰さんの歌劇「ジュニア・バタフライ」イタリア公演に行ってきたのだ。
「どうだった?」
「それがですねえ、ロクダンの合唱が大評判なのですよ。」
「ウソ、あり得ねえ。」
「そう思うでしょう。でも本番はかなり良かったんです。で、新聞の批評にも最高の讃辞が載せられてるんです。」
「やっぱりあの団体はなんかあるね。普段の練習に行くと、こんなんで本当にイタリアなんか行けるのかよ、企画倒れだこりゃあ、なんて思うんだけどね。」
「ですよね。」
「あの本番の馬鹿力はなんなんだろね。」
「やっぱり、普通の人達ではないんですよ。集中力はもの凄いです。それに普通の人が疲れ始める時期にノリ始めるんです。バイタリティーが違います。」
「さて、次はカワトワだね。」
「あ、ヤバイっす。マジ、ヤバイっす!もうみんなイタリアの成功に酔っている間に記憶の彼方に飛んでしまってます。」

 カワトワとは、三枝氏の合唱曲「川よとわに美しく」のこと。9月17日に僕はこの曲を指揮しにロクダンと一緒に広島に行くのだ。変拍子も多く結構難しい曲なので心配だ。 とにかくロクダンは、人が陥り易い過ちに全て陥る合唱団だからね。ここは音が下がりやすいなと思うと必ず下がるし、ここのリズムは難しいなと思うと、必ずグチャグチャになる。
その不注意さときたら、
「ほら予想した通りになったあ!あったりー!」
と自虐的な歓びにこちらが浸ってしまうほどだし、
その下手さときたら、
「なんて可愛いのかしら!」
と思うほどだ。だから今回も、成功に酔っていないで次のことを考えて気を引き締めようよ、なんていう奇特なお方は団内には一人もいないだろう。我々が、
「ほれ、ほれ!次があるよ。」
とけしかけるまで、彼らは成功に酔い続けるに違いない。
ロクダンの諸君よ!また魔の三澤シゴキが始まるよ。覚悟しといてね。ま、それは「おにころ」の後の話だけど。

 新町の庄屋役は、初演以来ずっと追分基(おいわけ もとい)君が演じてくれたけれど、追分君が東京オペラシンガーズでサイトウ・キネンに行ってしまっているので、初めて大森一英(おおもり かずひで)君に頼んだ。大森さんは毎回のワークショップに足繁く通い、他のソリストの分も歌ってくれたりとても熱心だ。それに主人公おにころの敵役とも言える庄屋を素晴らしく演じてもいる。

 週が明けると、いよいよ新町でも演じてくれたメインキャスト達が入り、舞台練習が佳境に入ってくる。次のホームページ更新の時にはもう公演が終わっているんだね。

 偉大な作曲家達の作品を演奏するのは勿論素晴らしい。でも自分の作品の演奏というのはあらゆる意味で特別だ。どんな巨匠の作品でも、それを作ったのが自分ではないので、ここはよく分からないな、何を考えて作ったのだろう、と思う箇所が必ずある。でも自作ではそれが全くないのだ。どんなささいな音に至るまで、全部自分の感性を通り、自分の息がかかっている。それにその作品を生み出した過程の自分の苦しみや、その作品に託した自分の想いなどがある。オーバーに言うと、自分の人生を自分でその瞬間その瞬間音に紡ぎ出している感じなのだ。
 しかし作っている本人も、もっと大きなもの、この地上的でないものに突き動かされ、それに奉仕しているのだ。アイデアが浮かんでくる時、それが自分の小さい脳などからではないことは、なにかを創造している者ならみんな分かっていることだ。
 自分の人生と、自分がつながっているであろう本来的世界。このふたつが自作を演奏している瞬間に火花を散らすように交信する。こんな体験をしてしまうと、もう病みつきになるね。しかも、それでお客さんが感動してくれたりなんかしたら、ますます深みにはまる。何はさておいてもやらなければと思うよ。

 こんなことをし続けて気がついたらいい歳になってしまった。「おにころ」初演した頃は長女志保は小学校に上がったばかり、次女杏奈はまだ幼稚園児。その後、小学生を対象にした「おにころ教室」という催し物をしたが、そこに彼女達は参加して、僕の指導の元に他の児童に混じって「愛をとりもどせ」などを歌って踊っている。それが今回は二人とも演奏で参加だって。うーん、感慨深いものがあるなあ。

またまた終戦記念日
 61年目の終戦記念日がやってくる。テレビや雑誌などでは決まり切ったように様々な特集や対談が組まれている。小泉首相の靖国神社参拝に対しても世論調査をしたりしてその是非が問われている。
 いろんな人がいろんな意見を言っているので、今更僕が何かを言ったところで仕方がないのであるが、ひとつだけ言っておきたいことがある。

 日本があの大戦に突き進んでいったのは間違いではないかという意見に対しては、これを戦争犯罪とか善悪で捉えても仕方がないように思われる。そもそも国力から言っても日本がアメリカと戦争して勝てるわけがないのは一目瞭然だ。それでも開戦に踏み切ったのは、善悪論ではなくて、賢いか愚かかという話だろう。
 
 一方、アメリカの立場に立ってものを考えると、こういう面が見えてくる。日本との戦争を初めとして、ベトナム戦争、イラク戦争など、アメリカはこれまで明らかに自国の方が勝っているという条件の中で「正義をかざして」戦争を始めている。そこには優越感と余裕が見られる。
 しかし、アメリカは常に予想に反して苦戦している。日本との戦争には3年半もかかったのだ。そして予想に反して多数の犠牲者も出している。正義をかざす代償はアメリカにとって常に大き過ぎたのである。だからアメリカはいらだち、必要以上の攻撃をしかけた。原爆、東京空襲などはその現れのように思える。
 それが証拠に、アメリカ人の中には、今でも「なかなか降伏しない」日本人を降伏させるために、広島、長崎の原爆は必要だったと考える人が少なくないのだ。つまり、むちゃな戦争に突入したのは日本人が愚かだったからであり(そこまでは正しい)、だから日本人はどんなにやられてもいい。でもその割にしぶといのでアッタマに来たのだ。アメリカらしい論理ではないか。
 ベトナム戦争で枯れ葉剤など化学兵器を用いたのも同じ理由である。アメリカは日本に対しても、ベトナム人やイラク人に対しても民族的優越感を抱いている。彼らはそれを意識していないかも知れないが・・・・。

 そんなわけでアメリカとの間には問題は少ないのだ。何故なら、戦後日本人はアメリカ人から見てもほれぼれするほどアメリカに追従し、アメリカを賛美し、アメリカのいいなりになることによって、アメリカに刃向かって戦ったことへの反省を態度で示したから。だから、まあ、日本人は、戦前も戦後も愚かだったということで、アメリカは日本人を馬鹿にしていることには変わりはないのだ。日本人はナメられているんだ。だから東京空襲に対しても原爆に対してもごめんなさいがないのは当然だよ。このままでは永久にナメられ続けるだけだ。ま、日本人が別に気にしていないのならいいんだけど。

 でも、その日本とアメリカとの関係に似ているケースがあるんだ。それが日本と中国との関係なのだ。日本がアジアに進出したことも愚かという意味では同じなのだが、立場はアメリカと逆だ。
 日中戦争における日本人は中国をナメていたのだが、意外としぶとかったのでいらだち、南京、そして重慶と必要以上の攻撃をしかけていったのだ。そして日本人はアメリカ人にナメられていることをさほど気にもしていないが、中国人は日本人にナメられていたことをとても気にしているのだ。あるいは現在でもナメられているのではないかという猜疑心を持っているのだ。この点が日本人と中国人との違いである。ここをはっきりさせないといけないのである。
 日本人は戦後も中国をナメていたから、はっきりとした罪の意識も感じなかった。重慶の絨毯爆撃だって、アメリカが東京空襲に対して感じる気持ちと同じだ。第一、大半の日本人は知ってさえいないだろう。日本が南京で何をしたか、あるいは重慶で何をしたか。

 それにしても大量破壊兵器があると信じて、イラクに向かって誤った先制攻撃に踏み切ったアメリカ首脳部に対し、東京裁判のようなものをどこかがやってくれないかね。そうなったらブッシュ大統領はA級戦犯だね。イスラエルとレバノンもそうだけど、第二次世界大戦後の大きな戦争にはみんなアメリカがからんでいるじゃないか。
なんて偽善的な国なんだ!

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