癒し系CD

 「大地の歌」演奏会が終わって気が抜けた。僕のi-Podからはワーグナーとマーラーは消え去ったが、すぐにバッハを入れてガシガシ暗譜してという気合いがなかなか入らない。そこで、今週いっぱいはあきらめて、全く関係ない癒し系の曲を聴こうと思って、早速週の初めに新宿のタワー・レコードに行った。
 現在僕のi-Podに入っているのはその時買ったCDだ。一般的に言われる癒し系とは全く違う音楽だけどね。このお陰で僕は社会復帰が出来たんだよ。

 ひとつはカラヤンが指揮するブルックナーの交響曲第七番。家にレコードを持っていたベルリン・フィルハーモニーの古い録音ではなくて、カラヤン最晩年、すなわち1989年のウィーン・フィルハーモニーの演奏だ。マーラーにどっぷり漬かった後で、僕は何故か無性にブルックナーが聴きたくなったのだ。
 ブルックナーの音楽は、マーラーのように神経質ではなく、聴き手に極度の緊張を強いることもない。曲の作りはかなり雑で、ソナタ形式と言ってもベートーヴェンのような凝縮力は望むべくもなく、すきま風が至る所に吹いている。シューベルトのように好きなフレーズを繰り返し、飽きたら別の曲を始めるんだ。
 発展はあるけれど、いわゆる本道のドイツ音楽が持っている展開というものがなくて、音楽が盛り上がってくるとパタッと止んで総休止。また違う楽想が始まる。これって作曲家とするとインチキだよな。クレッシェンドするのは簡単なのだ。でも作曲家がその力量を発揮するのは、むしろクライマックスの後どう展開して次の楽想に移行していくかなのだ。それを放棄しているんだから楽なもんだ。
 オーケストレーションや和声には魔法のような色彩感がある。これに身を任せているのは心地よい。ところが、このオーケストレーションと和声はワーグナーからちょっと盗んだものだ。つまり、ワーグナーのおいしいところだけいただきって感じだ。いい気なもんだね。まあ、それが癒し系を醸し出すんだけどね。まるでお花畑に遊んでいるようだ。
 でもね、第一楽章の主題はちょっと違う。これはブルックナーが夢の中で聴いたというもので、ワーグナーから少し離れてオリジナリティーがあり、のびのびとして少し悲しく、きわめて美しい。
 ウィーン・フィルハーモニーの演奏は、分厚くて艶っぽい音のベルリン・フィルよりも清冽で、バイタリティよりものどかさが勝っていて、今の僕にはぴったり。カラヤンはもうほとんど何もしない感じで、音楽が流れるままに任せている。それでこんな名演が生まれるんだから、やっぱり凄いオケなんだな。とにかく素敵な演奏だ。聴いてご覧よ!
(Deutsche Grammophon UCCG-3561)

 もうひとつは、ドイツが誇る金管アンサンブル、ジャーマン・ブラスのバッハ。トランペット、トロンボーン、ホルン、チューバでイタリア協奏曲からブランデンブルグ協奏曲第三番から管弦楽組曲第二番のバディネリまで見事にやってのける。もう笑っちゃうくらいバカテクだぜ!こういうのはいいね。おお、やるね!と驚きながら全くお気楽に聴ける。これはお薦めCDです。でもトッカータとフーガのフーガの途中でカットがあるのだけはいただけない。ここまでやるんだったらノーカットでバシッと最後まで決めて欲しかったよ。
(BACH in BRASS  Kreuz Verlag K2415)

 

「イドメネオ」公演間近
 「イドメネオ」の練習が進んでいる。演出家アサガロフの立ち稽古は、段取りが良くて、とてもスムースに行われている。舞台を見ると、ギリシャというよりは中国のような雰囲気が漂うのだが、当時のギリシャの装飾というものは、実は我々が考える以上にアジア的なのだそうだ。

 新町の「おにころ」で桃花の役をやってくれた中村恵理さんの奮闘ぶりには目を見張るものがある。彼女のイリアという役は、このオペラでは準主役。冒頭から大きなアリアがある。
 ここのところ彼女の舞台姿に自信というか、独特の存在感が出てきたので、合唱のマネージャーのTさんが彼女に向かって、
「すごく舞台姿が安定してきたね。」
と言う。側にいた僕は、
「それはやっぱり僕の作品で桃花という大きな役をやったせいだよ。」
と冗談めいて言ったが、手前味噌かも知れないけれど、桃花のあの体当たりの演技がここでも影響を与えているのは間違いない。
 その中村さんが、イダマンテ役の藤村実穂子さんと互角にやりあっている。藤村さんといえば、バイロイト音楽祭を中心として、今ヨーロッパで最も活躍しているメゾ・ソプラノ歌手だ。日本に来る直前にもパリでマーラーの交響曲第二番「復活」のソリストを務めていて、志保が見に行っているのだ。これから中村さんの時代が来るね。とにかくこの二人の二重唱は圧巻だよ。

 実は僕は、今新町歌劇団が来年に計画している演奏会のために、新曲を書いている。それは中村恵理さんと合唱団の為の曲なのだ。内容は、この前の四月にイタリアに行った時に考えついたもので、タイトルはまだ決まっていないけれど、組曲「イタリア・ラプソディー」のような感じになる。目下の所は「聖フランシスコの平和の祈り」に作曲している。これが最初の曲になるのか終曲になるのかすら不明。歌詞はイタリア語。曲調はイタリアンというよりは、ややスパニッシュ系。宗教曲っぽくするのは嫌なんだ。中村さんを念頭に置いて、こんなこともやらせよう、あんなこともやらせようと楽しみながら書いている。あ、話がちょっとそれてしまった!

 バイロイトの「マイスタージンガー」でエヴァ役を歌い、ベルリン国立歌劇場のスター歌手でもあるエミリー・マギーのエレットラもいい。また、まだ若手のイスラエル出身の指揮者、ダン・エッティンガーは、「ファルスタッフ」「コジ・ファン・トゥッテ」につぐ三度目の新国立劇場登場。今回は「イドメネオ」というオペラ・セリアをベートーヴェン寄りに捉えていて、独特な解釈を施している。
 今日14日(土曜日)には、イスラエルのテレビ局がダンを取材にわざわざ本国からやってきた。いろんな場面を録った挙げ句に、僕にもインタビューを求めてきた。僕は英語で質問され、日本語で答えた。後で字幕が入るという。
最後に、
「イスラエルをあなたは訪れたいと思いますか?」
と聞かれたので、
「僕はクリスチャンですので、是非是非行ってみたいと思っています。」
と答えたんだけど、良かったんかいな。考えてみると、みんなユダヤ教なんだよね。

 「イドメネオ」は10月20日(金)が初日。自分で言うのもなんだけど、合唱は楽しみにしていいよ。今シーズンに入って少しサウンドが変わったんだ。何人かの人が気付いて僕に言ってくる。

TBS〜熱いロ短調ミサ曲
 さあ、もう「大地の歌」演奏会も終わったし、あとは東京バロック・スコラーズ(略してTBS)のロ短調ミサ曲に全面集中するぞ!というわけで、久し振りにTBSの練習に行った。来週は合宿で、11月12日の演奏会までいよいよ一ヶ月を切った。
 僕は、とにかく志だけは高くて、将来的にはどこにもない世界最高のバッハ集団をめざしている。その最初の演奏会が、どのくらいのクォリティーで出来るかが勝負なのだ。
 今日の練習の感じだと演奏会のレベルまではいま一歩だね。でも泣く子も黙る僕の魔のラスト・スパートにかかれば、たいていのことはクリアー出来る。さあ、みんな合宿のしぼりを覚悟しろよ!
 
 曲目はロ短調ミサ曲なのだが、僕のテーマは「ミサにおけるカリスマ性の復帰」だ。ミサというものは、確かにある意味形式的だが、同時に長い間かかって形成されてきたものだけあって、こう言うとおこがましいが、やはりよく出来ているのだ。
 僕は、そうしたミサというものの中に潜む「熱狂」を取り戻したい。ミサで唱えられている内容にひとつひとつ命を吹き込みたい。ミサの文句には、吟味すると本当は様々なドラマがあり、それを表現する者にも、様々な可能性が残されているのである。
 僕はこの演奏を、日本の非カトリック信者に向かってだけではなく、普段何気なく参加していて、ミサってこんなものと思いこんで油断しているカトリック信者に向かって届けたい。そしてカトリックか何派か、あるいは何教かなんていうみみっちい見解から完全に解き放たれた、大きな大きな宇宙の音楽を目指したい。
 とにかく、こんな情熱的なミサ曲、聴いたことがないと言われたら成功です。みなさん、火傷しないように!

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