オフ会、ハチャメチャの内に無事?終了
 

「さまよえるオランダ人」とマティアスのこと
 1月24日。いよいよ「さまよえるオランダ人」の立ち稽古が始まった。演出するのは、我らが新進気鋭マティアス・フォン・シュテークマン。僕とは、ノヴォラツスキー芸術監督が強力に立ち上げ推し進めた新国立劇場子供オペラ「ジークフリートの冒険」でコンビを組んで、これを作り上げた経験を持つ。

 マティアスの母親、夏江フォン・シュテークマン(花田夏江)さんは、若い時にバイロイト祝祭劇場合唱団のメンバーとなり、タンホイザーなどの合唱ソリストに選ばれたほど優秀なソプラノだった。バイロイト音楽祭総監督ヴォルフガング・ワーグナー氏の奥さんグートルーネ・ワーグナーさんと大の親友で、今でもバイロイトでは顔パスだ。
 そんな境遇に育ったマティアスは、当然のことのように子供の時からワーグナー漬け。ワーグナーのことなら本当に隅から隅まで知り尽くしている。またここ15年間くらいは、バイロイトでキルヒナー演出の「ニーベルングの指輪」やキース・ウォーナー演出の「ローエングリン」の演出助手を務めていた。

 そんな彼とだから「ジークフリートの冒険」を作り上げた時は楽しかった。「ジークフリートの冒険」は、僕が音楽を担当し、彼が台本を作りという風にチラシやプログラムではなっているけれど、そんな状態ではああいう作品は決して出来ないんだ。ストーリーの展開や台本作りに、自作ミュージカルを作っている僕が口を出すのは勿論のこと、マティアスも、
「あの曲を使ったらどうかな?」
と、膨大な全リングの中から自由自在に曲を選んでくる。つまり二人でテリトリーを決めずに率直に意見を交換し、時には大議論となって作り上げたんだ。僕たちは、ちょうど「トーキョー・リング」を作り上げているところだったから、僕もリングは全て頭の中に入っていた。素晴らしい体験だった。

 自慢してしまうが、あのリングを一時間にまとめた「ジークフリートの冒険」のような作品を作れる人材は、世界広しと言えどもそういるものではないぜ。それが証拠に、もう新国立劇場からもお許しが出たから言ってしまうが、ウィーン国立歌劇場がこの作品に興味を示し、今年の11月にウィーン国立歌劇場子供オペラ公演として「ジークフリートの冒険」を上演することが正式に決まった。
 ただし、演奏するのは国立歌劇場のスタッフなので、僕は編曲家としての参加。エレクトーンとかを使うことは出来ないので、ピアノが入った新バージョンのスコアを夏までにウィーンに提出しなければならない。
 WISH(僕の新パソコン)を新たに自作した背景にもそういう理由があったのさ。あの頃、この話が進行中だった。だからこそWISHという命名はぴったりだったのだ。このWISHで作った楽譜が世界を駆けめぐるのが僕のWISH。

 ちょっとマティアスから話が離れてしまったが、そのマティアスが新国立劇場で初めて本公演の演出をするんだ。楽しみでないわけがない。で、その立ち稽古が開始したわけだ。

 マティアスは、あの才人ウォーナーから良いところを全て学んだ。まず稽古を進めていくテンポ感が素晴らしい。それと、ここが一番大切なポイントだが、マティアスは、演出コンセプトは明快でありながら、全てを頭の中だけですでに決めてしまっていないで、何パーセントかファジーなところを残した状態で稽古に臨む。そして団員達の顔や演技、雰囲気などを見ながら、時には即興的に動きをつけていく。
 指揮者がオケや合唱団に練習をつけていくやり方もそうだが、この方法が一番良いものが出来る。相手が能力のないアマチュアだったなら、コンセプトのみを押しつける方法も効果的だろう。でもプロを相手にした場合、自分が予想していない能力を相手が持っていることがあり得るのだ。その時、自分のコンセプトにばかり酔っていると、相手の潜在的能力を見失い、相手から最大限のものを引き出すことが出来ないのだ。

 企業秘密もあるので、今の段階であまりいろいろなことは言えないが、ひとつだけ面白いなと思うポイントを挙げておこう。第一幕でオランダ船の先についている舵の輪と、第二幕の糸紡ぎの器械の輪がわざとそっくりに作ってある。
 マティアスはこう考えている。第一幕の水夫の女性版が糸紡ぎの女性達なのだ。それは音楽的にも顕著で、水夫のかけ声のソーラ・ソーラ・ソーラ・ソーラという音型が糸紡ぎの女声合唱でもそのまま使われているのだ。こんな風にマティアスは、音楽と遊離したところで勝手にドラマの読み替えをするタイプと違って、あくまで音楽をよく読み込み、音楽の語るメッセージを演出プランの出発点としている。その点では、ウォーナーよりも良い意味で保守的とも言える。

 マティアスは、新国立劇場合唱団の「水夫の合唱」を聴いて驚き、
「おお、ヒロ!バイロイトよりいいじゃない!」
と言った。お世辞を言う奴じゃないので、僕は悪い気はしなかったな。
 オランダ人の初日は一ヶ月後の2月25日。また経過報告するけど、これは楽しみにしていい公演になること請け合い。

バッハのミクロコスモス「マグニフィカート」
 マグニフィカートは、まるでショパンの前奏曲のように、一曲一曲が断片のように短いが、それぞれの曲が強烈な個性を放っており、しかもお互いが内的に分かち難くつながっている。バッハの求心力を表現するミクロコスモス(小宇宙)の世界。
 この曲はトランペット、ティンパニーを伴うバッハとしては大編成でありながら、演奏時間が短い故に、演奏会のどこにどのように入れるか悩む中途半端な曲なので、なかなか上演される機会少ないのが残念だ。

 でも僕はこの曲が大好き。今回の志木第九の会演奏会では、マグニフィカートは第九の前曲なので、カラヤンばりの大編成でダイナミックに演奏する。古楽演奏者は眉をひそめるだろうが、僕は時にはこんなバッハを演奏したい気持ちになるんだ。
 バッハの中には理知的なだけでなく、大きな感情のうねりも眠っている。バロックやバッハ専門の演奏家は、一般的にそうしたパッションを表現することにためらいを覚えており、パッションは曲の中に内在させているだけで満足なようだ。僕も通常はそうした節度ある演奏を好むのだが、たまにはそれを曲の外へ解き放ってあげたいとも思っている。そうすると確かにブラームスやワーグナーのように内容的に重くなってしまうきらいがあるけれどね。
でもプレイバッハなどジャズ化することさえ可能なバッハの音楽というものは、どう料理したって壊れないのだ。バッハほど様々な演奏方法を受け入れる包容力を持つ音楽はない。

 志木第九の会の演奏会は2月4日日曜日。詳しくは演奏会のコーナーを見てね。

娘達が帰ってきた
 娘達がやってきて、我が家はまた急に狭くなった。1月28日のエクセレント・アーティスト・コンサートに出演するためである。国際芸術連盟主催のコンクール入賞者披露演奏会だが、今回は入賞者の次女杏奈だけでなく、長女志保もピアノ伴奏で一緒に来日した。 とにかく来日してすぐに演奏会なので、僕が自分の部屋でクラビノーヴァを使って第九やマグニフィカートの勉強をしていると、隣の部屋では次女の杏奈がクラリネットをさらっているし、階下では長女志保がピアノを練習している。うわあ、なんてうるさい家なんだ!

おいしい蕎麦 彼女たちが着いた次の日の朝、僕はお正月の名誉挽回の意味も込めて蕎麦を打った。なにせ、僕の蕎麦打ち第一号はノロウィルスのため誰の胃袋の中にもまともに入っていってくれなかったのだから。
 今回蕎麦打ち用の包丁も買って備えたので、前回ほど太さがバラバラにならずにかなり良く出来ました。太さがバラバラになった方が手打ち風で一見うまそうなのだが、実際には茹でるときに硬さ、あるいは感触にばらつきが出てうまくないのだ。娘達は僕の作った蕎麦がおいしいのでびっくりしていたよ。
「パパ、やるじゃん!」
だって。やったあ!

 成功の秘訣は、酒井さんが調達してくれた蕎麦粉にもあるな。蕎麦粉8割、うどん粉2割というように蕎麦粉の割合が多いのにベタッと重たい感じがせず爽やかに仕上がる。それでいて蕎麦の旨みは十分にあるんだ。まあ、試してみたい方は「蕎麦さかい」で蕎麦だけ頼んでみたらいいよ。

 演奏会曲目の合わせについては、聴いていて幾つかアドヴァイスはしたが、基本的には二人でこうしようああしようと決めながらやっているのに任せていた。親馬鹿だけれど、二人ともだんだん言うことが一丁前になってきている。

エクセレント・アーティスト・コンサート
 で、演奏会当日が来た。まあ、今の時点ではよくやっていたと思う。それにしても親の立場になるととても心臓に悪いなあ。杏奈が冒頭でリード・ミスをした。もう生きた心地がしなかったよ。最初あがっていたんだ。でも途中から取り戻してきたからまあ少し安心したけどね。
 新しい楽器になってまだ一ヶ月あまり。まだ慣れていないので、バランスを崩すところもあったが、音は確実に前に伸びているし、ダイナミックレンジが広がって表現に幅が出てきた。ちょっと高音がきつい気がするが、フランスではこうしたアプローチの仕方が主流なのだろうから、最終的にどういう音楽表現や音の出し方を選び取っていくかということは後に任せて、今はこの方向で行くのが本人にとっても大切なのだろうな。
 それより志保が安定した伴奏をしていたのが嬉しかった。それでいて音にイマジネーションがあり、全体の音楽を支えていた。伴奏者って大事なんだよ。

 

オフ会、ハチャメチャの内に無事?終了
 演奏会の後は国立のノイ・フランクでオフ会だった。キャンセルが出て定員割れしていたが、直前で先日軽井沢で結婚式を挙げた僕の姪の貴子夫婦が加わり、総勢18人でかなり楽しい会になった。オフ会
 娘達もその中で演奏したが、オペラシティ・リサイタル・ホールでの演奏よりもリラックスしていて良かった。それよりも傑作だったのはTさん夫妻の隠し芸。え?何をしたかって?それは内緒。でも、仲の良いところを見せつけられたことは確か。

 ノイ・フランクは、ソーセージだけではなく、ドイツ、ベルギーなどの様々な種類のビールが飲めるのが楽しみなんだ。今回も僕は小麦のビールや、文豪ゲーテがこよなく愛したという黒ビール、あるいは「禁断の果実」などいろいろ味わってまたまたかなり酔っぱらってしまったが、以前のように前後不覚になったりはせずに、こうして更新原稿を書いている。

 たまにはこうして気を許せる人たちと飲んだり話したりするのは清涼剤として必要だね。そうして僕はまた明日から新たに活動を開始するよ。志木第九の会の本番も近いからね。頑張らなくっちゃ!
 
 演奏会、及びオフ会に出席してくださった皆様。今日は本当にありがとうございました。三澤家一同、明日からまた精進してまいります。どうぞよろしくお願いいたします。

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