シュテークマン演出徹底解明

ももか!なにを言う!
 以前この欄で結婚式に行った記事として書いたが、新国立劇場合唱団の夫婦、バリトンの黒田諭君とソプラノの由美子(旧姓遠山由美子)さんとの間に無事女児が誕生した。陣痛が始まった日は、クロちゃんは(黒田君のこと)昼間「蝶々夫人」の合唱音楽稽古、そして夜は「運命の力」の稽古だった。
「今、40分おきに陣痛が来ているそうです。」
「もうクロちゃん、今日はいいから帰りなさい!合唱指揮者からの命令です。」
というので「蝶々夫人」の練習後、彼はそそくさと帰っていたのだが、生まれたのはなんとそれから10時間も経った次の日の午前一時過ぎだったそうだ。
 
 かなり難産だったらしい。出産に立ち会ったクロちゃん曰く、赤ちゃんはへその緒が自分の首にからまって4秒くらい心臓が止まったというし、由美子さんも一瞬意識がなくなったりしたそうだが、今では母子共に元気で順調に回復しているそうだ。こう語るクロちゃんも聞いている僕もなんとなくウルウルしてしまって、目に涙がたまってきてしまった。僕は最後にやっと、
「ねえ、クロちゃん!人間がひとり生まれるって大変なことなんだよ。」
と言うのが精一杯だった。

 でも我がことのように嬉しいな。最近知り合いが急逝したばかりで落ち込んでいたから。人がこの世を去り、そしてまた新たな命が誕生する。果てしのない連鎖。みんな誰しもが経験する当たり前のようなことだけど、よく考えてみると本当にこの世の神秘だ。
「名前が決まりました!」
何日か後の「オランダ人」の舞台稽古の時、クロちゃんは嬉しそうに僕のところに寄ってきた。
「百に花と書いてももかと読みます。」
「うわあ、ももかかあ。僕の『おにころ』というミュージカルの主人公の相手役の名前だよ。こっちは桃の花って書くんだけどね。」
「あ、そうですか。偶然だけどそれはいいですね。」
「もう、バッチシの名前だよ。」
するとそこに「おにころ」で庄屋役をやった大森一英さんが通りかかった。
「桃花!聞いていたのか?」
と、「おにころ」の一節を身振りを交えて披露する。
「あはははは!」

 おめでとう!クロちゃん!君たちだったら絶対温かい家庭が築けるね。でもこれからしばらくは寝不足の日々が続くだろうが、頑張ってね。

バルク品よ永遠なれ
 自作パソコン愛好者以外はこんな話しても面白くねえだろうな。二層式DVDまでの全てのタイプのCD、DVDが焼けるドライブが欲しいなと思っていたんだ。いや、二層式以外のものだったら実は持っていたんだけど、読み込み及び書き込み速度が低かったこともある。
 そこでお馴染みSOFMAPに行ってみたら、五千円以下でASUSの出たばっかりの光学ドライブのバルク品が売っていた。しかもインターフェイスは、ケーブルがごちゃごちゃにならない細身で高速のSirial ATA(SATA)。早速買ってきて、我が愛器WISH君に取り付けてみた。SATAのお陰でマザー・ボードの周りのコードがとてもスッキリ!うーん、やはり人生SATAに限るね。「地獄のSATAも金次第」なんちゃって!

 しかし、なんだねえ。自作愛好者というのはまるでトラブルが起こるのを期待しているみたいだし、トホホの神様もそういう人をねらって御降臨あそばすのだね。このドライブにはNEROというバーニング・ソフトがついていた。NEROは僕も持っていたのだが、ヴァージョンが新しいので、上書きインストールした。ところがこれでDVDを焼こうとすると必ず、
「\n TRFにアプローチ出来ません」という謎のエラーが出て何度やっても出来ない。
「ん?ぬあんじゃそりゃ?」
\n TRFなんてどこで調べても出ていない。
 って、ゆーか、こんな時、こういう単語を調べて分かったためしがない。仮に分かったとしても、それで何かが直ったためしがない。これはもう人を煙に巻くためだけに存在している宇宙人の言語なのではないか。ビビデ・バビデ・ブーと変わらない。

 さあ、そんな時、メーカー品だったらサポート・センターに電話かけて、
「ちょっと、これどーなってるんだよう。なんとかしてくれえ!」
と苦情を言うことが出来るんだが、自作ではもとよりそんなサービスは受けられない。全部自分で解決しなければならないのだよ。全く恐ろしいね。大変だね。 冗談じゃないね。え?何だって?とかなんとか言いながらなんだか楽しそうだって?
 ピンポーン!どうやら僕は悩むために自作をやっているのではないかと思うことがしばしばある。
「もしかしたらこれは不良品かも知れないなあ。返品しようかなあ。」
と最初は思っていたが、いろいろ可能性を絞り込んでいく内にハードには問題がないということが判り、ではソフトらしいと思うようになった。
そこでNEROのホーム・ページを明けるとNERO6のいくつかのアップ・デート・ファイルが出ている。これを全てダウンロードしたら何事もなかったかのようにつながった。ここまで三日くらいかかった。

 原因はきっとこうだ。ASUSの光学ドライブが新しい過ぎて、ソフトが対応しきれていなかったのだ。だったらそのまま使えないようなソフトのCD-ROMを付属するなっちゅーの!
あるいはせめて、
「残りはホームページからアップ・デートしてください。」
と一言書いておいてよ。

 バルク品って、普通の人は怖くて買えないよな。善良な市民はバルク品という耳慣れない言葉を聞いただけで、なにやら怪しそうな響きがするだろう。なんだか大都会の暗い街角ですれ違いざまに無理矢理持たされ、それをくれた男は次の瞬間にゴルゴ13にピストルで撃たれて死ぬ、そんな雰囲気の製品だよな。でも別に見つかったら警察につかまるようなものではないのだよ。ただリテール品と呼ばれている正規品のようにきれいな箱に入ってたりはしないし、メーカーの保証がないので安いんだ。その代わりSOFMAPが保証してくれる。
 DVDドライブだって、よく暇な時にプチッ、プチッと丸いところをつぶすあのビニールのような入れ物に本体とCD-ROMが入っているだけで、表紙もなければ何のガイドも説明書もついていないんだ。
 サウンド・カードに直接音信号を送るアナログあるいはデジタル・ケーブルのコネクター・ピンだって、ものすごく変な風についているけど、それについての何のコメントもない。これも丸一日くらい悩みに悩んだ。いろいろ実験した結果、どうやらこのドライブにおいては何も接続しなくても、パソコン内部に音源を取り込んで出すのでそのままでいいんだという結論に落ち着いた。
 後で自作者達がカキコしている掲示板に辿り着いたらこの型について書いている人がいて、このピンはほとんど必要ないんだって。だったら、最初から着けるなっちゅーに。もう!
 
 こんな風に取り付けから設定まで何もかも試行錯誤と間違いの宝庫だ。でもね、みんなには分からないだろうけど、だからいいのさ!
そう、その通りなのだ。悩むために自作をやっているような僕にはぴったりなのだ。また、普通の善良なる一般市民にはこんな悩み分からないだろうなあ、と思いながら人知れず孤独に悩むのが、ある種の優越感というかオタッキー美学の追究みたいでいいのさ。もうこうなるとほとんど病気だね。

万歳、バルク品!
バルク品は永遠です。
バルク品は自作のホームラン王です。

シュテークマン演出徹底解明!
 マティアス・フォン・シュテークマン演出の「さまよえるオランダ人」に、バイロイト音楽祭で1999年までやっていたプロダクションの演出家ディー ター・ ドルンの影響を見ることはたやすいだろう。オランダ船の帆の赤い色や、舞台上の三角の板など外面的効果だけでなく、人物の動かし方など細部にわたって、ドルンの無駄のないプロフェッショナルな舞台芸術へのアプローチが生きている。
 第三幕で合唱が沈黙するオランダ船に向かって「おおい船員達、目覚めろ!」と呼びかける場面では、合唱団は最初真後ろに向かって歌い、それから振り返って客席に向かって歌う。それによって一回目は当然曇った響きになってしまうが、二回目の目の覚めるような音響効果は素晴らしい。これもドルンのアイデアをパクッた。

 でも出来上がったものはまぎれもなくマティアスのものだからね。幼い時からバイロイト合唱団員だった母親に連れられて育ったマティアスは、ずっと一流のものに当たり前のように触れていた。現在バイロイトで上演されているクラウス・グート演出のものも含めて、オランダ人だけでも沢山のプロダクションを経験しているだろう。そのなかでおそらくドルンの演出が最も秀逸だったので影響も受けただろうが、元々マティアスの中にはおびただしい数の引き出しがあるんだ。その中から必要に応じて選び取っていくのはマティアス自身の感性。実際に僕がこうして指摘しなかったら、バイロイトでドルン演出の「オランダ人」を観た人でも、その影響に気づかない人は少なくないと思う。

第一幕、欽ちゃんの仮装大賞?
 どの演出家がやっても頭を悩ますのは、第一幕で船が舞台上に二隻も登場するのをどうやってさばくかだ。しかも後で登場するオランダ船は、あのように堂々たる音楽に乗って現れるので、その姿も威圧的でなければならない。そのため下手をすると舞台がごちゃごちゃになってしまうのである。
 ドルンは、オランダ船を強調するために、一方のノルウェー船をまるでボートのような小さい船にしてしまった。あれはかなり笑えた。で、マティアスはどうしたかというと、舞台前方向かって左側からスライド式に登場するトラッキング・ワゴンをノルウェー船上の甲板に見立て、それと垂直に交わるように後ろから三角形のオランダ船の船首を奈落からセリで登場させた。この処理は見事だ。これで舞台上はスッキリとしている。よく考えたな。

 舵手の高橋淳がダーラントから見張りを頼まれながらしだいに眠りこけてしまうまでの動きは全て音楽とシンクロしている。
甲板に突然何かがヒョイッと現れる。
「何だ?オランダ船か?」
なんのことはない。掃除用のモップだ。ダーラントが舵手に「これで掃除でもしておけ!」と命ずるために持ってきたのだ。こういうのを音楽に合わせてやらせるのは出来そうで出来ないことだ。マティアスは本当に「オランダ人」の音楽を愛し、音楽の力を信じている。

 第一幕最後では、ノルウェー船のマドロス達が一列に並ぶと、全員の衣裳の模様が組み合わさって一隻の船が現れる。これはマティアスが最初から言っていたアイデア。そのため、昨年12月に一度男性団員を全員集めて並ばせ、その場で衣裳スケッチを行ったのだ。 最初なかなか船に見えなくて大変だった。団員達は、
「これで欽ちゃんの仮装大賞に出れるかな。」
「いやあ、明かりが下から三つくらいついておしまいでしょう。」
「う、残念!」
などと話し合っていたが、ゲネプロでは結構受けていた。

第二幕、可愛らしい糸紡ぎの女性達
 第一幕のマドロス達の女性版が第二幕糸紡ぎの女達だとマティアスは解釈する。だからワゴンに乗ってわざと同じような登場の仕方をする。さっき男性が退場した時は、船長のダーラントが一番右側にいたが、その位置には今度はマリーが立っている。それは音楽的にも整合性があって、ソーラ、ソーラという音型がマドロス達にも糸紡ぎの女性達にも与えられている。
 この糸紡ぎの女性達の衣裳がかわいらしい。衣裳は「ジークフリートの冒険」や「スペース・トゥーランドット」でも大活躍したひびのこずえさんのデザイン。あのぶっ飛んだ子供オペラの衣裳から比べると、ひびのさんにしてはずっとおとなしいけど、この第二幕前半の色調は全体的に統一が取れていてとてもいいと思う。

 以前この「今日この頃」でも書いたが、オランダ船の船首についている舵と糸車の形はわざと同じように作ってある。それともうひとつ、糸車の部屋の後ろ側に三角形のスペースがあってその先端にやはり同じような舵がついている。その三角形のスペースとは、いわゆるゼンタの夢想の世界をあらわすマイ・スペースなのだ。
 みんなが忙しそうに働いている時も、ゼンタはそのマイ・スペースで遊んでいる。それをマリーや他の女性達がとがめる。だんだん追いつめられてゼンタは哀れなオランダ人の物語を歌い出す。しだいに引き込まれていく女性達は、いつしかゼンタのマイ・スペースに入っている。
「あたしこそが彼を助け出すその人なの!」
とゼンタが叫び出すと、他の女性達はハッと我に返り、元の場所にあわてて戻る。こうした舞台処理は無駄がないなあ。

 その直後、女性達は船が帰ってきたことを聞き、自分たちの彼氏に会うために大急ぎで退場するのだが、この速い合唱はこの作品中最大の難曲だ。速度指示を見るとprestissimo possibile(可能な限り速く)と書いてあって、ドイツ語がしゃべりきれないくらい速い。毎回、「うまくいくかなあ」と心配な場所だが、まあ、最大ずれた時でもバイロイトよりは合っているので大丈夫でしょう。

二重唱、音楽に委ねる勇気
 その後、ゼンタが初めてオランダ人と逢い、二重唱になる。この場面は美しいけれど、ともすると退屈してしまいがちな箇所だ。しかし今回のアニヤ・カンペとユハ・ウーシタロの二人の歌唱があまりに素晴らしいため、緊張感が一瞬もとぎれることなく最後まで聞かせてしまう。
 駆け出しの演出家だったら、こういう場所では聴衆が退屈してしまうのではないかと先回りして(というか自分が退屈してしまうので)、二重唱と同時進行していろいろ舞台上を細工し、結果としてドラマを台無しにしてしまう危険性も孕む場所だ。しかしマティアスはここでも音楽の力を信じているし、二人の歌唱力を見てから決めたのだと思うが、あえて音楽を邪魔するような特別なことは何もしない。
大抵若手演出家というのはアイデアを出来るだけ舞台に投入しようとするものだから、やり過ぎてしまうのが一般的だ。でも彼は、必要なことは必要なだけやり、引き際も心得ている。
 とにかく彼の演出では、キース・ウォーナーを始めとして現代演出家みんながやっている「深読み」「読み替え」の類は一切ない。聴衆は物語の核心から離れて悩んだり考えたりすることなく物語りそのものの中に集中していけるので、かえってワーグナーの世界を堪能できるのだ。なにせワーグナーの本質はストーリー・テリングだからね。

第三幕、男声合唱パワー炸裂!
 そしてあの第三幕がやってくる。新国立劇場男声合唱団のパワー炸裂だ!しかしよく聴いてくださいね。僕は決して彼等に歌いっぱなしにはさせないからね。 かなり丁寧に練習したんだ。その男声合唱にからむ女声合唱も、響きのあり方を最初から作った。ドイツ語の曲は子音が難しいとみんな思っているが、最終的には母音の色合いなのだ。それと発声法。
 僕の頭の中には、ノルベルト・バラッチの作り上げたあのバイロイト・サウンドが鳴り響いていた。そして、どうやったら日本人でも同じようなサウンドが出来るのか、考えに考えて出した結果がこの舞台に集約されているのだ。
 はっきり言ってこれが日本人に出来る限界だ。もしこれ以上を望むならば、もうマテリアルを換えるしかない。つまりもう日本人では無理。バイロイトのように二メートルを超えるようなバス歌手を多数集めるとかいうことだ。

 ゲネプロの次の日、あるワグネリアンの人から電話がかかってきた。
「バイロイトの合唱の響きは日本人では体格が違うから絶対に出せないと思っていました。ところが昨晩聴いたのはバイロイトと寸分変わらない響きでした。どうやったのですか?」
と言ってくれた。
「いやあ、テクニックです。」
と答えておいたが、正直言ってかなり嬉しかった。

幽霊船と終幕
 例の五十人の男声合唱で録音した幽霊船の場面はかなりうまくいっている。指揮者のミヒャエル・ボーダーは最初録音に合わせて指揮するの大変だったが、やっと慣れてきた。結局クリックなしで指揮者のテンポで録音して、ミキサーさんに後から音楽に合わせてクリックを当てずっぽうで入れてもらった。大変な作業だったに違いない。ボーダーはヘッド・フォンをするのではなく、クリックを光に換えてもらって、点滅するランプに合わせて指揮している。
 でもこの場面は、視覚的には圧巻!マティアスは「ジークフリートの冒険」で使用した大きな一枚布を今回も使って、照明とあいまって不気味な幽霊船の様子を見事に描き出している。舞台はお金をかけたら良いものが出来るというわけではない。これはアイデア賞。

 終幕。バイロイトのクラウス・グートの演出では、この物語全体がゼンタの妄想であるというシチュエーションに置き換えられていて、ゼンタはオランダ人を救済したつもりだったのが、実はそうでなかったという結末になっていた。そのため、救済のモチーフがなくて和音できっぱりと終わってしまう初演版を使用していた。でもそうすると、ワーグナーがこの作品に賭けた想いが伝わらない。やはりここではゼンタの想いを遂げてあげたいよ。
 マティアスの演出は、ここでも基本的にはオーソドックス路線だが、ちょっと変わっている点がひとつだけある。ゼンタはオランダ人の代わりにオランダ船に乗る。するとオランダ船が海の中に沈んでいく。肝心のオランダ人は陸に残ったまま。真上からのスポット・ライトを浴びたまま息絶える。ゼンタの霊とオランダ人の霊とは天国で結ばれるのだろうけど、少なくとも舞台上では、視覚的には二人別のところでバラバラに死ぬ。心情的にはなんとか一緒にさせてあげたいなとも思うが、息絶えたオランダ人の上に救済のモチーフが響く時、ハッと思った。こうした方がイマジネーションをかき立てるんだ。舞台上で二人が結ばれるところを全部見せてしまったらそれで思考停止だもの。さすがマティアス!

「さまよえるオランダ人」は、今日2月25日が初日。3月10日までの間に五回公演。

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