「バッハとパロディ」講演会無事終了

 オペラ公演のようにブラボーの嵐が飛び交うというものでもないけれど、僕は心の中で礒山氏に大きなブラボーを送りたい。東京バロック・スコラーズにとっては、着実に第一歩を踏み出せたと思える晩だった。
 第一に、礒山雅(いそやま ただし)氏が、まさに僕が望んでいた通りの、いやそれよりもはるかに適切な講演を行ってくれた。礒山氏がバッハの研究者として第一人者であることは、この講演を聞きに来てくれた人誰しもが、専門的知識なくても分かることだ。

 まず礒山氏は、バッハが自分の作品にかつての自作をいかにしてパロディとしてあてがっていったか、懇切丁寧に説明した。この点に関しては、ほぼ僕の予想通りであったが、彼がバッハと小ミサ曲との関係について述べるにあたり、バッハのカトリック的世界への傾倒を語っていたのは衝撃的だった。僕はこれまでバッハが、カトリシズムの中にある一種の「普遍的であろうとする」方向性に賛同して小ミサやロ短調ミサ曲を創作したのかくらいにしか思っていなかったが、礒山氏の意見は違った。バッハは自分の作品をもって宗派の違いを超え、より普遍的であろうとしたのだという。この意見には青天の霹靂だった。
 
 続く「爆弾対談」では、いろいろ面白いやり取りがあったが、ベーレンライターの新バッハ全集の話や、リフキンの音楽理論とその実践に関してのやりとりも、聴衆には興味深かったのではないだろうか。爆弾は多少はカマしたが、それよりも「楽しくてためになる」という真の意味でのエンターテイメントはここに達成されたと思う。

 結論としては、バッハ演奏の理想は、ソリストもオケも合唱も、互いの垣根を超えて、よりよきバッハ演奏をめざすことしかないだろうということに落ち着いた。まあ、バッハだけじゃなくて、それこそが全て音楽に携わる者の原点だとは思うけれど。
 今は、打ち上げを終わってほろ酔い加減で家に着き、この原稿を書いている。明日は一日浜松バッハ研究会。もう寝なければなあ。

浜辺の歌
 6月20日(水)で「薔薇の騎士」が千秋楽を迎え、翌21日(木)で「ファルスタッフ」が終わった。20日は、ノヴォラツスキー芸術監督(以下ノヴォちゃんと呼ぶ)の任期における全ての新制作の終了。21日は、本公演の全ての終了を意味した。
 そのため、まず「薔薇の騎士」終了後、舞台上でセレモニーが行われた。カーテンコールではキャスト達の最後にノヴォちゃんが舞台に立った。観客達は怒濤のような「ブラボー!」と拍手を送った。それが終わると、カーテンの閉まった舞台上で彼に対し遠山敦子理事長の挨拶があり、花束贈呈が行われた。
 それから新国立劇場合唱団による「浜辺の歌」の演奏が行われた。何故「浜辺の歌」かというと、これには理由がある。

 ノヴォちゃんがかつてある会合に出席した時、そこに居合わせた人達みんなで「浜辺の歌」が歌われたそうで、それに感動した彼が、翌日早速僕のところに来て、
「昨晩とても感動した出来事があったんだ。みんなが心を一つにしてある曲を歌っていた。それはきっとお前達日本人にとってみると、心を共有出来る素晴らしい曲なんだろうな。」と言った。
「一体どんな曲?」
と訊くと、彼は僕に歌って聴かせたんだが、記憶が曖昧なのと、ちょっと音痴なのが手伝って、ちっとも分からない。それでも、もしかしてこれは「浜辺の歌」ではないかと気がついて、
「こんなメロディー?」
と歌ってみると、
「そうそう、それだ!」
と言う。

 ノヴォちゃんは、本当は合唱団が集まる最後の音楽稽古の時に練習場に現れて、みんなにじっくりお礼の挨拶がしたいと言っていた。そして彼は僕にリクエストしていた。
「合唱団に挨拶に行く時、ひとつだけお願いがあるんだ。それはね、新国立劇場合唱団の演奏で、一度でいいから『浜辺の歌』が聴きたい。僕のために演奏してくれないかな?」「おやすいご用さ。」
 でも「薔薇の騎士」と「ファルスタッフ」の立ち稽古が同時進行しているため、最後の音楽稽古は、そのずっと前にさかのぼっていた。そんな以前にやっても気分が出ない。だからその願いは「薔薇の騎士」千秋楽まで引き延ばされてしまったのである。

 「浜辺の歌」は、通常は美しいピアノのアルペジオに乗せて歌われるが、舞台上でカーテンコール直後に行われるため、ピアノはない。そこで僕は合唱団がアカペラで演奏出来るように、新たに編曲し直した。ついでに二番の歌詞も替え歌にして、ノヴォちゃんを送り出す内容にした。合唱団には千秋楽当日に配り、ほとんど初見の状態で歌ってもらった。

あなたと過ごした四年の歳月に
いろんなことがありました
でも素晴らしい時間でした
心から感謝を捧げます

と替え歌を歌った後、コーダで、

ありがとう、Danke schön !
いつまでも、Forever !


と締めくくった。
 編曲は、なるべく簡単にしたかったのだが、ちょっと凝った方が素敵なので、部分的には7声に分かれたやや複雑なハーモニーとなった。でもさすが新国立劇場合唱団!みんなきちんと演奏するだけではなく、とても気持ちをこめて温かく良い演奏をしてくれた。聴いていた人達誰もがウルッとなっていた。
 その後、ノヴォちゃんの挨拶になった。いつもノヴォちゃんの通訳をしていた秘書のM嬢ったら、泣いてしまって通訳が中断してしまった。でも感動的な美しい瞬間だった。
帰りがけに、ノヴォちゃんは僕に向かって、
「フランツったら、やってくれるじゃないの!」
と肩を叩きながら言った。

 次の日の「ファルスタッフ」千秋楽では、オーケストラが素晴らしいプレゼントをしてくれた。出演者達のカーテンコールの最後に、昨晩に引き続いてノヴォちゃんが舞台に出ると、指揮者のダン・エッティンガーの合図で、東フィルがラデッキー行進曲を演奏し始めたのだ。ラデッキー行進曲といえば、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団のニューイヤー・コンサートの最後を飾る名曲で、彼が勤めていたウィーンの薫り高い曲だ。満員の聴衆も手拍子で答えてくれた。
 その後、ホワイエで送別パーティーとなった。その日は、実は僕達合唱団は、4時45分くらいに終了した「ファルスタッフ」と、六時から始まるメシアンの練習との間にはさまれた休憩時間中だったので大変だったが、その割には沢山の合唱団員が参加してくれた。 ノヴォちゃんの挨拶時に続く乾杯の時に、椿姫の「乾杯の歌」を演奏する為なのだ。ソプラノ安藤芙美子さん及びテノール羽山晃生さんによるソロと、蒲谷昌子さんによるピアノ。それに東フィルから勇士達による弦楽アンサンブル。それに新国立劇場合唱団という顔ぶれで行った。指揮は僕がぶっつけ本番で行った。

 パーティーが始まる時、東フィルの楽員達が楽器を持っているので、ノヴォちゃんは、
「フランツ、またなんかやるの?」
と訊くから、
「Die schöne Musi をちょっとね。」
と言った。
 Die schöne Musi とは、薔薇の騎士の第三幕でオックス男爵をからかおうと女装したオクタヴィアンが、別室から聞こえてくる楽士達の音楽を聴いてなまめかしく、
「なんてきれいな音楽だべ!」
とウィーン訛りまる出しで言うセリフ。

 こうしてノヴォちゃんの仕事は終わった。僕は彼の親友として、彼がこの劇場を去ることを誰よりも寂しく思っている者のひとりであるが、同時に、彼がこの劇場にもたらしたものの大きさを誰よりも理解している者として、それを受け継ぎ、守っていくべき責任を感じている。

 本公演は終わったが、厳密にはこの後まだシーズン終わりまで、高校生のための鑑賞教室「蝶々夫人」と子供オペラ「スペース・トゥーランドット」がある。両方とも僕が指揮する公演だ。ノヴォちゃんも7月終わりまでは、まだ劇場にいる。だから僕達はまだしばらく顔を合わせるのだ。それも全て終わって、彼がいよいよ日本を去った時点で、一度落ち着いて僕は彼の人となり、あるいは彼との日々を書き残しておきたいと思う。

今週の演奏会
 今週は大切な演奏会が二つある。ひとつは、6月28日(木)19:00に池袋芸術劇場で開かれる読売日本交響楽団の定期演奏会。もうひとつは、6月30日(土)14:00に第一生命ホールで行われる東大アカデミカ・コールの演奏会だ。

 読売日響は、若杉弘氏の指揮するメシアン作曲「我らが主イエス・キリストの変容」の日本初演を行う。大編成のオーケストラに百人の合唱団。考えただけでも壮観だが、10人ずつ10声部に分かれた合唱部分は、パワフルさよりもむしろ繊細さが求められている。 この曲は、シェーンベルクのように全く最初から最後まで無調というわけではなく、特に後半はホ長調などを基本に調性への接近、回帰が見られるが、それでも部分的には10声部全部違う音の容赦ない無調が歌われるので、音取りは困難を極めた。
 でも三分の二ほど進んだ頃から、団員の顔つきがだんだん明るくなってきた。
「結構いい曲じゃん!」
「なんとなく意味分かってきた。」
という声があちらこちらから聞こえてきて、響きもだいぶまとまってきた。
 月曜日から三日間かけてオケ合わせ。オケの音を聞いただけで、あてにしている音の聞こえ方が全然違うから、またふり出しに戻ってしまうのではないかと心配しているが、慣れてくるとかえってモノトーンのピアノよりは分かり易いのではとも思う。

 メシアンというのは不思議な作曲家だ。カトリシズムの権威のように言われている一方で、シェーンベルクの後継者として、ピエール・ブーレーズと並んでトータル・セリエル音楽を極限まで推し進めたかと思うと、根底にはフォーレのようなフランス音楽のエスプリを秘めていたりもする。
 一方で、鳥の鳴き声に興味を示し、軽井沢にまでやってきてこれを採譜し、この歌声だけで曲を作ってみたりもする。この「キリストの変容」でも、ピアノ独奏部分では、世界各国の鳥の鳴き声が取り入れられていて、「これは何処の国のなんという鳥」というようにスコアに書き込まれている。こういうところはかなりオタッキー。
 
 でも全体を通して聴いてみると、カトリックの奥義と通ずる美しくて神秘的な音の世界がそこに展開されていて、現代音楽という冷たい響きとはかなり違った印象を受けるのだ。これからはマエストロに手渡してしまうので、僕のメインの仕事はほぼ終わり。あとは引率の先生って感じで、オケ合わせの合間に細かい注意をみんなに与えるだけ。ちょっと無責任になった分だけ、公演が楽しみになってきた。

 東大アカデミカ・コールは、京都大学グリー・クラブOB会と東北大学男声OB合唱団と一緒に三団体合同演奏会だ。この演奏会のプログラムは、僕のワールドの原点である三つの点を結ぶトライアングルを意味する。
 すなわち、プーランク作曲「聖フランシスコの四つの小さな祈り」では、僕の宗教観を。
「ドイツ・ロマン派の夜」では、僕のドイツ音楽への傾倒とドイツ語的表現の可能性を。
そして三団体合同演奏の多田武彦男声合唱曲のステージでは、高崎高校グリー・クラブからずっと続いている僕の合唱人生の生き様を。
 それ故、この演奏会は僕にとって実に意味深いものになるであろう。みなさん!この演奏会に来れば、男というものは何故男声合唱にハマるのか、理解出来るようになると思います。あの男声合唱特有のゴーッという響きに僕も魅せられて道を誤り?今日に至っているのさ。
六本木男声合唱団倶楽部を連れてモナコにまで行っちゃったし・・・・。

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