蝶々夫人6回公演と新町演奏会無事終了

「蝶々夫人」6回公演無事終了
 客席のライトが落ちると、どうして高校生達はあんな風に騒ぎ出すのかね。歓声、拍手、指笛。どの高校も、まるで示し合わせたようにだよ。映画館では何も騒がないのに。僕はオケがチューニングをする前にこっそりピットに入り、指揮台のところで座って隠れている。ライトが全て落ち切ると、ヌッと立ち上がり、気合いを入れて冒頭のフーガを振り始める。

 「蝶々夫人」冒頭のフーガはとても合いにくい。バッハのフーガのようには整然と書かれていないからね。でも逆に合わせようとするあまりに“勢い”がなくなってしまってはいけない。おととしの本公演で指揮者したパルンボは、この部分をこう言った。
「フーガとは西洋文明の象徴。それが日本文化と出遭うのがこの冒頭部分だ。」
僕はさらにこう思うな。このフーガをエネルギッシュに演奏しなければならない理由は、ペリーの来航以来、有無を言わせず怒濤のように我が国に押し寄せる西洋文明の洪水を音楽に乗せて表現しなければならないからなのだ。「蝶々夫人」というドラマも、ある意味では西洋文明、特にアメリカ文明に流された日本人の悲劇ともいえる。
 
 プッチーニは本当にドラマと音楽の関係に熟知している。彼のオペラでは、どの作品でも、冒頭から10分以内にこの作品の置かれているシチュエーションを説明し尽くす。どこが舞台となっていて、どんな雰囲気の元でドラマが始まるのか、見事に描写する。でもこの部分が少しでも停滞すると、聴衆は本当のドラマが始まる前にテンションが落ちてしまう。「ラ・ボエーム」などもそうであるが、ヒロインが登場するまではトントンと調子よく進んでいかなければならない。そしてヒロインの登場だ。蝶々夫人の登場は女声合唱に囲まれて本当に花のようにあでやかで美しい。

 この歳になってやっと、オペラを指揮するというのがどういうものなのか、少しずつ分かってきた気がするよ。特にプッチーニを指揮するには経験が必要だ。ちょっとのテンポの差、ニュアンスの差がドラマ全体に大きく影響を及ぼす。歌手の高音域に合わせたリタルダンドやフェルマータも、全然やらないと素っ気ないが、少しでもやり過ぎるとドラマが停滞し次に運んで行かなくなる。歌手に合わせてあげることも必要だが、合わせすぎてはいけない。最後のイニシアチブは指揮者が握っていなければいけない。
 オペラでは、演奏会と違って歌手達は譜面も見ずに舞台で演技しながら歌っている。ちょっとのテンポのずれ、アインザッツのずれは当たり前のように起こる。その時に歌手に合わせればいいと思うだろうが、そうもいかない。音楽が進んでいる時には、へたに歌手に合わせてオケをバラつかせてはいけないのだ。オケがピシッと合っていれば、仮にそこがずれても歌手は次の箇所で入ってこられるのだ。それ故、ずれていることが分かっていても、わざと見棄ててそのまま行き、次に賭けるという判断が必要だ。勿論歌手に合わせてあげなければいけない箇所もある。その辺の見極めが難しいのだ。
 指揮者が作り出すテンポ感やオケのサウンドは、舞台上の歌手にとっては、自分が役作りをするフィールドとなっている。これが基本的にグラグラしてはいけない。でも硬直していてもいけない。歌手がそれを空気のように気にならない存在として感じられるよう演奏してあげないといけない。指揮者は常に毅然としていて同時に柔軟でないといけない。

 アクシデントが起こるとパニックになってしまうような人はオペラ指揮者には向いていない。オペラに完璧主義は合わない。勿論何事もなくうまく事が運んだ方がいいには決まっている。でも、むしろアクシデントは起こるものと思って、何か起こると、
「来たな!」
とその対処を楽しむような、いわばゲーム感覚のような太い神経が必要なのだ。

 9日月曜日から14日土曜日まで毎日「蝶々夫人」公演を指揮するというというのは楽ではない。でもこんな風にひとつの作品を続けて6回も振れるなんてとても恵まれているとも思う。だから、これで何回終わったと思うと同時に、あと何回で終わってしまうとも思っていた。

 何度も指揮していく内に指揮の仕方も微妙に変わってくる。演奏の基本的コンセプトは変わらないし、スコアは全て頭に入っているので今更音符的に新しい発見があるわけでもないのだが、それでもどういう風に手を動かすと、オケがどのように反応するのか、その因果関係は振ってみないと分からない。
 最初はこちらの音楽的要求を夢中になって振っているだけなのだが、何度もやっている内に、自分の振った図形の軌跡からこういうサウンドが出ているのかということに気がついてくる。ほんのちょっとの手の動かし方の違いがバランスやサウンドに微妙に影響する。ではこう振ったら・・・・ああ、こうなるのか、ということで、いろいろ細かいところを修正しながら、自分の求めているサウンドにだんだん近づけていった。こうやって指揮者は、自分の“楽器”であるオーケストラというものをどのように扱うかということに精通してくるのだ。それには同じ作品を何度も振るという機会はとても貴重だ。結果的に言うと最終日の14日が一番僕の音楽が出来たかな。
 勿論初日が悪かったというわけではないよ。初日あたりは、自分の要求を棒に託して振るのでとても汗をかいた。オケと戦っている感じ。オケも緊張していて、結果的には集中力のある良い演奏だったと思う。でもだんだんオケが僕の音楽的方向に慣れてきて、あまり僕が大げさに振らなくても合うようになってきたのだ。
「お、楽になってきたぞ。」
オケと戦うというより一緒に音楽を奏でているという雰囲気になってきた。
 僕に肩の力が抜けてくると、オケも落ち着いて良い音を出すようになる。でもその反面、情熱的なところなどでは、やはり僕がエネルギーを出さないとテンションが上がらない。指揮者は、楽しようなんて決して思っては駄目だね。こんな風に一週間、結果的には毎日完全燃焼し続けた。

 東フィルはさすがオペラに慣れているオケだ。随所にオペラを知っているオケにしか出来ないニュアンスがついている。たとえば、16分音符が4つつながっている音型があると、器楽的にしか演奏しないオケならば間違いなくイン・テンポか、少し前のめりに演奏してしまう。しかし歌手は、そうした音型でしばしばテヌート気味に歌うものだ。こういうところでズレが生じる。さらにオケがオペラを知らないと、逆に、
「歌手って何やってんの?」
という感じでオケ側から歩み寄ろうとしないのでますますズレる。
 東フィルは、驚くべき事に歌手のいないオケ練習の最初からもうテヌートで弾いているんだ。この差は大きいよ。僕は驚いてコンサートマスターの青木さんに、
「凄いね、よく知っているね。」
と思わず言ってしまった。東フィルは、間違いなく我が国で最高のオペラ・オーケストラであり、その首位の座は、この先も他のオーケストラに抜かれることは決してないであろうと僕は断言する。

新町へ
 14日の「蝶々夫人」最終公演の終了後、妻の車で僕は群馬に向かった。次の日の中村恵理さんの演奏会の練習に出るため。台風で雨も風も強まる中、道路も混んでいてなかなか着かなかった。僕は助手席を完全に倒して仮眠。夜の練習にエネルギーを蓄えた。

 19時45分やっと到着。新町文化ホールでは「カルメン」に出る新町少年少女合唱団の子供達が、僕が来るまで家に帰れなくて待っていた。着いてすぐ練習。子供達の練習を先にやって家に帰し、新町歌劇団を交えた第二部のプログラムの練習を9時半くらいまでやった。妻は、先日買ったプレゼンテーション・ソフトのAGREEを使って出す字幕と映像の処理を同時進行で行っていた。

中村恵理さんの演奏会無事終了
 7月15日、新町文化ホール、三澤洋史と世界の仲間達によるコンサートin新町パート\「わたしは夢に生きたい」が無事終了した。

 新町の聴衆は、僕の生まれた単なる田舎町なのに、本当に集中して中村恵理さんの歌に聴き入っていた。いわゆるオペラ歌手って感じのゴテゴテしたものが全くない代わりに、作品の真っ直中に切り込んでいく真摯な歌が聴衆を圧倒したのだ。
 初めて彼女の歌を聴いた時からこの子は良いものを持っていると思っていたが、この数年間の間にここまで成長するとは・・・・。でもそれにはノヴォラツスキー芸術監督の力が大きいな。彼が中村さんを発掘してシーズン開幕の「フィガロの結婚」で初舞台を踏ませたのだ。
 昨年5月、新町文化ホールで「おにころ」の桃花役を演じてから、このコンサートまでの間だけでも、新国立劇場では、「こうもり」のイーダ役、「イドメネオ」のイリア役、「フィデリオ」のマルツェリーネ役、「ファルスタッフ」のナンネッタ役と、4つもの大きな公演に出させてもらっている。歌手というものは舞台に立つことで成長するものだ。こうした機会を与えられて、さらにそれをひとつひとつものにしていった中村さんは、これからどんどん羽ばたいていくと思う。

 演奏会の最後を飾ったのは僕の新曲「アッシジの風」。この曲は、実は僕が生まれて初めて書いた演奏会用の作品なのだ。僕はこれまでドラマがないと創作意欲が湧かなかったし、僕の作品を聞いたお客様が、
「まあ、いいんじゃない。」
と言うくらいの軽く扱われてしまう作品というものを書く気が起きなかったのである。だから今回のように演奏会用作品でも、ただ音楽的に良い曲を作るというものだけでは飽きたらず、気がついたら朗読や映像を使った総合芸術のようなものに仕上がっていた。

愛されるよりも愛することを 聖フランシスコの故郷である中世そのままのアッシジの街ののどかさを出発点として、僕が訴えたかったのは「平和への祈り」だった。最終曲である「聖フランシスコの平和の祈り」では、アフリカなどの現状から最後は宇宙にまで意識が広がっていく。本当は映像では表現しきれないなあ。僕の意識はもっともっと広大に広がっていきたいのに・・・・。 でも聴衆には、なんとか僕の表現したいものは伝わってくれたようだった。今回使った映像の中で、僕が最も気に入っているものをひとつお見せしよう。知り合いのフランス人がアフリカにボランティア活動に行った時に自分で撮ったものだという。これを僕は「愛されるよりも愛することを」という歌詞のところで使用した。この写真、何度見てもいいなあ。

 さあ、今週は「スペース・トゥーランドット」を練習しまくる。長女の志保とほぼ行動を共にする。でも「蝶々夫人」と新町の演奏会が終わって忙しい夏の半分が成就。かなり気が楽になったぞ!

あっ!いっけねえ。ウィーン歌劇場の「ジークフリートの冒険」の編曲が全く止まっている。どうしよう。9月3日までに届けないと、罰金六千ユーロ。うわあ、大変だあ〜!

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