静かな老夫婦の師走

 「カルメン」のプロジェクトが終わって、志保は再びパリに戻っていった。と言っても学校はすでに卒業しているので旅行者として行く。今年の年末は再び老夫婦とタンタンだけの生活。うーん、二人だけって結構静かだね。

 志保が以前住んでいた、凱旋門にもエッフェル塔にも近い16区の二部屋あるアパルトマンはすでに引き払っている。あそこはいろんな想い出があるのでなつかしいのだけどな。今は、杏奈が一人で住むために12区リヨン駅のすぐそばに借りた一部屋のアパルトマンがあるだけ。そこに、
「お邪魔します。」
と志保は小さくなって居候。

 本当は僕が年末年始に行くことになっていた。パリの杏奈も楽しみにしていた。そして杏奈と二人で12月30日か1月1日の「ジークフリートの冒険」ウィーン国立歌劇場公演を観に行こうと計画を立てていた。マイレージがたまっていたので、それを使って行こうとしたんだけど、調べてみたら年末年始のマイレージ用の席なんて、人が集中していてとてもとても無理だった。
 それなら自分でお金出せば、まだ一般の空席はあったのだが、年末年始は最も高い時期だろう。それに今年は、新国立劇場のニューイヤーがあるので休みは一週間しかないから、行き帰りと休養を取る日を考えると、どっちみち何日も滞在出来ないのだ。マイレージだったらタダだからいいんだけど、自分でお金払うのだったら、やっぱりもっと落ち着いた日程で元を取った気になりたい。
 いろいろ考えて、いいやたまにはのんびり過ごそうとヨーロッパ行きはあきらめた。思い出してみると、今年の年始はノロ・ウィルスにかかって、のんびりどころじゃなかったからね。
 すると志保が横からすかさず、
「あまっているなら、あたしにそれで行かせて!もうパリがなつかしくて死にそう!」
と言うので、取られてしもうた。12月半ば出発だったらマイレージ分の席も空いていた。あーあ、残念。約五万マイル・・・・。
 
「ピアノは、コンセルヴァトワールの守衛さんと顔なじみなので、学校で練習するんだよ。」と志保は言って、楽譜を携えて行った。パリには一月いっぱいまで滞在。帰ってくると、僕の内弟子になってオペラのレパートリーを次から次へと仕上げていく約束だ。オペラのコレペティトールやピアノ伴奏者をめざす志保には、まだまだ勉強しなければならないことが山ほどあるのだ。

コレペティトールの授業
 昔、ベルリン芸術大学指揮科にいた時、コレペティ法の授業があった。そこではオペラのヴォーカル・スコアのピアノを弾く。先生が横で声楽パートをどんどん歌っていく。アリアなどで弾くのが易しいところでは、自分で歌いながら弾く。なるべく歌いながら弾くのが理想。その代わり、弾きにくいところは適当に音を省いたりしてよい。雑でも良い。なるべく沢山の所を練習してレッスンに持って行き、一度で仕上げてどんどん進む。
 こうしてかつての僕は、6週間、つまり6回のレッスンで「フィガロの結婚」を仕上げ、5回のレッスンで「ラ・ボエーム」を仕上げた。ちなみにベルリン芸術大学指揮科では、この他に週2回の指揮法レッスンと、スコア・リーディングとピアノの授業があったので、もの凄く忙しかったのだ。

志保は、コンセルヴァトワール伴奏科にいた時は、むしろ器楽や声楽のリサイタルの伴奏法を勉強していたので、僕がやったような方法でオペラ・コレペティ法を正式に習ったわけではなかった。つまり彼女が全曲持っているレパートリーは、「カルメン」一曲。だから今の彼女に最も必要なのは、こうしたコレペティ法の授業。
 考えてみたら、ピアノ科と伴奏科を卒業した今となっては、彼女に最もふさわしい教師と言ったら、フランスどころか、なんとここにいるやんけ。かつてベルリンで教わった通りに僕が教えればいいのだ。しかも長い間オペラの世界にいるから、気がついてみると僕は随分レパートリーを持っている。モーツァルト、ワーグナー、ヴェルディ、プッチーニの主要オペラはみんな頭に入っているのだ。
 おお、僕ってオペラ指揮者だったのね!変な話、オペラって生活のためにやるんだ、本当はバッハや宗教音楽が本業ってずっと思ってきたんだけど、そうでもなかったのだね。

 夏までに10くらいの有名オペラのレパートリーを作ってあげる予定。でも僕にとっては残念なことに、この多忙な僕が骨身を削って相当労力を注ぐ割には、レッスン代が入ってこないんだ。まあ、彼女が外の先生にレッスンを受けにいって、そのレッスン代を払うと思えば、逆に得すると言えるのかも知れないが、少なくとも儲かっている実感はないだろうなあ。
 あ、こうしよう!つまり志保に公にレッスン代を払わせるのだ。そうすれば、やる気が出てくるじゃないか。その分自分のおこずかいになるんだぜ。でも、その出所といったら、とどのつまりは僕が稼いだお金から出るわけだね。それなら、あまり無駄遣いはするもんじゃない。レッスン代の話はなしだ。あれ?つまんねえな!

 

大事な下ごしらえ
 今週は「黒船」「ラ・ボエーム」「軍人たち」「第九」「ニューイヤー・オペラパレスガラ」の練習に明け暮れた。「カルメン」が終わって、劇場的には今年の演目はもう終わり。一番早い「ラ・ボエーム」の立ち稽古も年明けからだ。
 でも全部の演目に関わっている合唱は、ひとつのプロジェクトが始まってしまうとその演目のみにかかりっきりになって、他の練習が出来なくなるから、こうして公演と公演の合間に下ごしらえのように音楽練習を取るのだ。「カルメン」の練習だって8月にもうやっていたんだからね。
 
 実は合唱指揮者にとっては、自分で手がけるこの音楽練習こそが、合唱指揮者として真価を問われる最も厳しい戦場なのだ。だから、これだけ複数の演目の練習が同時進行すると、かなりクタクタになる。

 特に大変なのは、ツィンマーマン作曲「軍人たち」だ。本番はまだまだ先の5月。これからもっと寒くなって、暖かくなって、桜が咲いて、桜が散って、つつじが咲き始める季節だよ。でも、あまりの難曲なのでもう10月から練習しているのだ。
 「軍人たち」で歌う18人の男声は、厳密に言うと合唱ではない。楽譜では「机」Ta、Ua、Va、Tb、Ub、Vbと名付けられているパート。
「俺たち、机という名前かよ。」
という感じだ。
 各グループが3人ずついるので18人の兵士達の男性アンサンブル。音程はなく全てリズムによる語りで、歌詞はドイツ語とフランス語のチャンポン。彼等は同時にパーカッション要員でもある。たとえばTaのグループは、コーヒーカップをコーヒースプーンで叩く。Ubグループは、机の表面を指の第二関節かコブシか手のひらで叩く。Vbグループは、金属製のお盆を食器のナイフで叩く、と言う風にいろんなものをいろんなもので叩く。
 これが変拍子の中にさらに3連符や5連符の混じり合った超複雑怪奇な楽譜だ。練習を始めた10月の時には、
「これがイン・テンポで演奏出来る日がいつか来るのかなあ?」
とみんな言っていたが、今はほぼイン・テンポで練習出来るまでにこぎ着けた。
「お、もしかしたらひょっとしたら出来るかも知れないぞ!」
と、普段とは違うテンションで一同妙な盛り上がりを見せている。
 僕も、こういう曲だから集中度を要求される。一生懸命に譜面と向かい合っていると目がショボショボになってくる。

MIDIファイル制作
 その「軍人たち」で、一カ所膨大な声楽アンサンブルを録音することになっている。17人のソリストと、5人の合唱団員からのソリスト。それに例の18人の「机達」による総勢40人の大録音。
 オーケストラはライブ演奏を行い、マエストロは録音に合わせてオケを指揮する。この録音が通常の方法ではとても歯が立たない。歌手達のそれぞれのパートは、超絶技巧でしかも変拍子続きなので、全員を集めて一回で録音なんてとうてい考えられない。それにガイドの音がないと最初の音も取れないが、録音の時にピアノで弾いたら録音に入ってしまう。

 そこで音楽スタッフはひとつの結論に達した。つまりこうだ。

  まず、変拍子に従ったクリックと歌手のメロディー入りのMIDIファイルを作る。それをガイドにしてヘッドフォンから流しながら一人ずつ録音していくのである。
新国立劇場の音響さんも、今やパソコンのシーケンス・ソフトが動かせるので、マルチ・チャンネルのMIDIファイルから、それぞれの歌手に合わせてのメロディーとクリック音のみを歌手のヘッドフォンに送って歌わせる。
こうするとガイド音は外には漏れないから、理論上はかなり確実に録音が出来るはずである。
 で、誰がMIDIファイルを作るかということになったが、新国立劇場内では、最初からどう考えても僕以外にいないのは分かりきっていたことだ。というより、MIDIを使うのを提案したのがそもそも僕自身なのだから。
 ああ、自分で仕事を増やしてしまった。昨年の今頃に「ジークフリートの冒険」ウィーン国立歌劇場用編曲を見込んで、コア2デュオのCPUを中心に、かなり高性能にヴァージョンアップした自作パソコンWISH君の事をみんなに自慢していた事や、夏に編曲が大変だとみんなに言いふらしていた事や、そのWISH君で作った編曲がウィーンでブレイクしている事を得意になって自慢していたことが裏目に出てしまった。
 仕方がないので(本当は喜んでやっているんでしょ)、譜面作成ソフトFINALEで、まずMIDIの元になるファイルを作成し始めた。同じ動きをするパートをまとめて作り始めたが、なんと26ものチャンネルになった。本当にこれ歌えるのかいな?

 【事務局注】 軍人たち楽譜1 軍人たち楽譜2

NHK音楽祭
 ワレリー・ゲルギエフはギョッとするほど異様ないでたちだ。指揮する姿もお世辞にもスマートとは言えない。でもはっきり言って指揮は素晴らしい!同業者の僕が言っているのだから間違いない。テクニックもあるし、何と言ってももの凄い緊張感が漂っている。
 ストラヴィンスキー作曲「春の祭典」は、かなりテンポが速くて、ストラヴィンスキーが表現したかった呪術的な雰囲気が感じられないのが残念だが、数年前パリで聴いたピエール・ブーレーズの都会的でスマートな演奏とは正反対の、暴力的とも言える原始的なエネルギーに溢れていた。
 マリインスキー劇場管弦楽団のオケは、みんな若いなあ。トランペットがブリキのような音を出していたけれど、パワフルで好感が持てた。でもロシアのオケって、華麗という言葉から遠いんだよね。

 ファビオ・ルイージは、新国立劇場で「カヴァレリア・ルスティカーナ」と「道化師」を振った時の印象が忘れられない。あの間奏曲をあんな風に歌わせることの出来る指揮者はそう多くない。全然イタリア人的でなく、物静かで控えめな人柄だが、舞台上ではかなりはじけて、大胆な音楽を聴かせる。でもこの原稿を書いている時点では、NHK音楽祭の演奏はまだ聴いていない。先日N響でチャイコフスキー作曲「悲愴交響曲」をやっているのをテレビで観た。やはり素晴らしい演奏だった。
 このゲルギエフとルイージは、クライバー、アバード、ムーティ、メータの後、大物が出ないと言われていたが、どうしてどうして、間違いなく巨匠になれる器だ。ルイージは、あの人柄故にきっと今まで出世が下手だったに違いない。

 その二人に比べると、エッシェンバッハは、やはり僕はピアニストとしての方が評価する。あのガラス細工のようなモーツァルトのピアノ・ソナタやピアノ協奏曲は、独自の世界を持っているけれど、指揮者としては、それほどの個性を発揮しているとは言い難いなあ。
 それでも今回はかなり良い音楽を聴かせてくれた。2000年にバイロイト音楽祭で「パルジファル」を振った時には、バイロイトの劇場機構に慣れていないことも手伝って内外両面から散々な評価だったが、今回はパリ管の魅力が彼の長所を引き立てているのかも知れない。相性も良いらしい。

 ラベル作曲「マ・メール・ロア」をテレビで観ていたら、横に志保が来て、
「うわあ、あたしの学校の先生達がいっぱい出ている。」
と言う。
「パリ管の演奏会に行くとね、帰りに先生達がよく行く飲み屋に連れて行っておごってくれるんだよ。」
だって。
 パリ管の木管楽器は音が明るくて、特にソロを取った時は惚れ惚れする。クラリネットもドイツとは全く違って良く通って芯があり明るい。ホルンもうまい。逆に弦楽器はちょっと頼りない。
「これでもまだ良い方だよ。いつもはもっとバラバラだからね。」
アインザッツが微妙にずれるのもちょっと気持ち悪い。でもやっぱりラベルなどをやるとフランスのオケでないと出ない雰囲気があるなあ。

 そしてやっぱり巨匠だと思うのは、我らがネッロ・サンティだね。本番の時に客席で聴いたドビュッシー作曲交響詩「海」は、ちょっと大雑把に感じられて、
「もっと繊細な指揮者で聴きたい。」
と思ったものだが、後でテレビで聴いてみると、大きな流れを持って音楽が出来上がっているのに驚いた。細かいアインザッツのズレも気にならない。バランスはもっと悪かったはずだが、NHKって撮るの上手だね。っていうか、編集ってしているのだろうか?
 
 反対に、新国立劇場合唱団の演奏は、冷静に録音で聴くと、音程の甘いところとか、もっと音色に変化をつけたかったなとか、いろいろ感じてしまう。録音というのはそんなものだね。家のステレオにつないで良い音で聴いていたので余計にアラばかり聞こえてしまった。本番は臨場感もあったし、ボリューム感もたっぷりあったので、手前味噌だけどかなり好印象だったのだ。

 演奏終了後、サンティ氏は僕を舞台に出してくれたが、帰る時に僕の手をずっと握りっぱなしだったので恥ずかしかったよ。その次に登場した時は、僕を前に連れて行って、コンサート・マスターの篠崎さんと僕の手を自分の両側につないで挨拶してくれた。嬉しかった。
 普段は衣裳を着けて演技しながら歌う新国立劇場合唱団員達は、「トゥーランドット」や「オテロ」など、ただ立って歌うのが窮屈そうだった。でもたまにはこうやってコンサートという場で音楽だけに集中して聴衆に是非を問うことも必要だ。彼等は、今まで劇場の外にほとんど出たことないのだから、これからどんどん良い意味でコンサート慣れしていって欲しい。

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