Mr.ビーン・カンヌで大迷惑?!を観てきました

貴重な休日
1月25日(金)
 お正月休み以来、初めての休日。カレンダーを恐る恐る見ると・・・・、この次の休日は、新国立劇場の立ち稽古が、何かの理由で急にトリになったりしない限り、6月20日までない。ひぇぇぇぇぇぇーっ!大変だあ!
 
 僕の場合、新国立劇場のスケジュールだけでもかなり年間拘束されている上に、残りのスケジュールは自分で管理しているので、お人好しに、
「はい、はい。」
といろいろな団体の練習を入れてしまうと、気がつくとこんな風になってしまうのだ。どうも貧乏根性が抜けなくて、“声が掛かっている内が華”と思って断れないんだな。
 ともあれ、休日はとても貴重。どんな風に過ごそうかなあと数日前から楽しみにしていた。

Mr.ビーン カンヌで大迷惑?!
 結局、こんな風に過ごした。午前中は、いつものようにメールに返事を書いたり、勉強したり、フランスの銀行に送る書類を英語で書いたりして(フランス語で書こうと頑張ったのだが、公的文書はおっかないので結局断念)過ごした。
 お昼を食べてから、ひとりで映画を見に行った。妻はというと、オイリュトミー(ルドルフ・シュタイナーが始めた舞踏芸術)のレッスン。せっかくの僕の休日なのに、自分が用事があるので残念そうだった。
 映画館は、今回は南大沢ではなくて府中のTOHOシネマズ。何を見ようか数日前から迷ったあげく、やはり休日らしくと言うべきか、「Mr.ビーン カンヌで大迷惑?!」というギャグ満載の楽しい映画にした。妻が仮に空いていても来なかっただろうな。逆に、彼女が空いていたら「アース」とか観に行ったのだろうな。TOHOシネマズ府中も音響は良かった。ただ南大沢の方が座席の座り心地は断然良い。やはり、ちょっと遠くても次は南大沢に行こうかな。

 僕は、自分の生涯の中でマイルス・ディビスと同じくらいチャーリー・チャップリンを尊敬しているが、チャップリンの次に挙げるギャグの天才として、ローワン・アトキンソン演ずるところの ミスター・ビーンの名を挙げる。ただミスター・ビーンには、チャップリンのようなペーソスや人生の悲哀といったものはなくて、もっと笑いそのものに徹している。そこが物足りないといえばその通りだが、単純な笑いだって明日への活力を養ってくれるという意味では価値のあるものだ。

 そのミスター・ビーンが10年間のブランクの後、再び帰ってきた。今回の映画は、彼がフランスでいろいろ騒動を巻き起こすという、まさにフランスかぶれの僕にとってはもってこいの題材。

 ロンドンの教会のくじ引きで、ミスター・ビーンは一等賞を当てた。賞品はカンヌで過ごす一週間の旅。しかもビデオ・カメラ付き。彼は、ビデオ・カメラであらゆるものを撮りながら、あこがれのユーロスターでパリに向かう。

 パリは市内に長距離列車が発着する駅を置かない。市内の移動は地下鉄のみで、長距離用の駅はそれぞれ郊外にある。ロンドン方面は北駅から。ドイツ方面は東駅から。ノルマンジー方面はサン・ラザール駅から。ブルターニュ方面はモン・パルナス駅から。そしてプロヴァンス方面へはリヨン駅から、という風に。そしてお互いの駅はとても離れている。もしあなたがロンドンからカンヌまで行く場合。一度北駅で降りて、リヨン駅まで移動しなければならない。なんと面倒くさいことか。かつて僕も一度失敗して間に合わず、リヨン駅で、乗ろうと思った列車に目の前で乗り遅れたことがある。

 さて、北駅に降り立った我らがビーン氏も、タクシーでリヨン駅に向かうが、手違いで全く方向の違うデフォンスに着いてしまう。
 しかし、こんなことでめげるミスター・ビーンではない。彼は磁石を使ってリヨン駅への方向を定め、まっすぐに進み始めた。途中何があっても方向を曲げない。恋人達のベンチに割り込み、レストランの真ん中を突き抜け、道路の真ん中を平然と歩く。

 やっとのことでリヨン駅にたどり着き、TGV(フランスの新幹線)に乗ったはいいけれど、いろいろアクシデント続きで、なかなかカンヌに着かない。気がついてみると、カバンもパスポートも財布もなくして、見知らぬド田舎のきれいなお花畑のだあれも来ない道で、指を立ててヒッチハイクの仕草をして待っている。うわあ、気が遠くなるなあ。カンヌなんて果てしないよなあ。でも、フランスの田舎って、本当にこんな風だよなあ。のどかだよなあ。

 1時間半ほどの上映時間は、あっという間に過ぎ去ってしまった。何度かひとりなのに、
「あははははは!」
と声を出して笑ってしまった。ビーン氏が海老を食べるシーンなどは、笑いが止まらなくて涙が出てきた。
 エマ・ドゥ・コーヌの扮する新人女優サビーヌがとても可愛らしかったし、カンヌの風景は、昨年行ったモナコやニースにかなり似ているので、とてもなつかしかった。 
 ラスト・シーンでは、カンヌの紺碧の海岸をバックに、一同がシャンソンのラ・メール(海)を大合唱する。なんとも時代錯誤でキッチュな趣向だが、こんなコメディーの中でなら許される。本編が終わって、音楽をバックに流れるテロップの一番最後の最後に、ビデオ・カメラのバッテリー切れのサインが点滅し、まさにバッテリー切れよろしく、突然の真っ暗なカットアウトで全てが終了したのも楽しかった。

「何はさておいても、是非見るべき映画です!」
と胸を張って言う感じでもないし、忙しい最中に時間を割いてまでも観に行くに値するかと問われれば微妙だが、暇なら見てもいい映画であることは確か。特に笑いのない日常を送っている人には是非お奨めしたい。思いっきり笑うと心から毒が取り除かれるよ。

府中の温泉
 映画の後は、府中駅前の“縄文の湯”に行った。もう休日を満喫しまくり。ここは、府中に天然温泉が出るというふれこみで、最近オープンしたスパ的温泉施設。前から目を付けていた。インターネットで調べてみたら、クーポン券があったので、プリントアウトして持って行った。2300円の入館料が、なんと半額の1150円になった。
 お風呂の湯は真っ黒で、なんかとても効きそうな気がする。ちょうど11階の風呂からは、沈みゆく夕日が美しく見えていた。サウナが低温でちょっと物足りなかった他は、リフレッシュしてあったまって、基本的にはかなり満足。

鴨鍋のしあわせ
 それから伊勢丹の地下食料品売り場に行った。先日鴨鍋をひとりでしたらおいしかったので、今日は妻に鴨鍋を食べさせようと僕が買い物をする。先日の京王ストアより一段格が上がって、伊勢丹で、高いけどおいしい鴨肉を仕入れた。こういうちょっと高い買い物は、主婦だとなかなか思い切れないので、男の僕が、
「ええい!」
と買うべきなんだ。それときりたんぽも買った。妻はオイリュトミーのレッスンの帰りに「アヒルの家」という自然食の店で、下仁田ネギを買ってきた。まさにカモネギ。

 群馬だから贔屓(ひいき)するわけではないけれど、脂肪の多い鴨肉に下仁田ネギほど合うものはない。下仁田ネギは大きくて、生ではとてもゴワゴワして食べられないけれど、煮たり焼いたりすると甘みが出て実においしい。その他に椎茸、ゴボウ、しめじ、人参、春菊を入れた。汁は昆布だしにお酒とカエシを混ぜたもの。

 いやあ!おいしい鴨を使った鴨鍋ほど、生きてて良かったと思えるものもない!仕上げはおじやでもうどんでもなくて、きりたんぽ。
映画、温泉、鴨鍋の三点セットで、貴重な休日は満足の内に終わった。体重と血糖値がかなり増えている気がしないでもないが・・・。

 

ラ・ボエームの斬新さ
 「ラ・ボエーム」の第二幕終わり近く。ムゼッタとマルチェロが抱き合って、みんなで大団円・・・・と、その時、向こうから鼓笛隊の太鼓が聞こえてくる。この音楽はとても斬新だ。何が斬新かというと、ホ長調三拍子の中に、いきなりホ長調から最も遠い調性の変ロ長調二拍子の音楽が割り込んでくる。いかにも何の脈絡もないかのように。
 こういうのが演出家の粟國淳君も言っていたように“映画的手法”と言うのかも知れない。この音楽的断絶によって急にハッピーエンドの気分をそがれた一同に、ギャルソンが冷たく勘定書を持ってくる。
「ゲッ、高!」
なんとか逃げる方法はないかなと考えたあげく、間抜けなパトロンのアルチンドロに全てを押しつけようとする。
「あの紳士が払うことになってるから。」

 こうしたドラマと密着した音楽的処理がとても新鮮なので、プッチーニ以後もっといろんな作曲家がこの手法を多用するかなと思ったが、そうでもない。どうしてかなと考えて、
「そうか。」
と思った。
 1858年に生まれ、1924年まで生きたプッチーニは、結構新しい作曲家で、彼の周りでは、もう無調の時代に突入しかけていたのだ。だからこうした調性感のアンバランスを逆手に使うような手法は、調性がないと使えないのだ。「ラ・ボエーム」は比較的初期の作品(1896年初演)だが、その後彼自身も、こうした手法は使っていない。新しい感覚にいち早く飛びつき、そして案外飽きっぽいプッチーニの性格のあらわれかも知れない。

駆けめぐった土曜日
 1月26日、土曜日は、午前中に東京バロック・スコラーズの練習。昼に「ラ・ボエーム」の千秋楽。そして夜は志木第九の会の練習と三カ所飛び回った。
 志木第九の会には、さっきまで「ラ・ボエーム」にアルチンドロ役で出ていた初鹿野剛(はつかの たけし)君が遊びに来た。発声練習をやっている美人ソプラノFは、朝の東京バロック・スコラーズの練習でも発声練習をやってくれたので、なんだか一日中それらの仲間とずっと過ごしたような気がする。さらにもう一人の指導者である初谷敬(はつがい たかし)君も、自分の担当する練習に生かそうと僕の指導を見学に来たので、わいわいがやがや大賑わい。休み時間に話に花が咲き、休憩後の練習するのを忘れそうになった。
 特に初鹿野君とFと僕が揃うと、すぐに冗談満載のアホアホ・モードになってしまう。そのアホアホの発端は、2000年末から2001年にかけての浜松バッハ研究会のドイツ演奏旅行にさかのぼる。
 志木第九の会は9月にドヴォルザーク作曲「スターバト・マーテル」をやる。土曜日はその終曲をやった。良い曲だ。アーメンの開放感は、ブラームス作曲「ドイツ・レクィエム」第6曲目フーガに似ているな。両方とも死の厳粛さを突き抜けて、天国への希望へと飛翔していく感動的な音楽だ。

今日(27日、日曜日)から、山田耕筰作曲「黒船−夜明け」の立ち稽古が始まる。ひとつが終わって次のが果てしなく続いていく。さあ、また頑張ろう!

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