復活祭おめでとう!

 この原稿を書いている土曜日の時点では、まだキリストは復活していない。明日は復活祭。新国立劇場では14:00から「アイーダ」公演だけれど、その前に復活祭くらいは教会に行かないと、いくらなんでも自分がインチキ信者のようで居心地が悪いため、明日午前中は立川教会に礼拝に行きます。だから原稿が書けないので、今日中に書き上げるのだ。実は、シチリアの赤ワインを飲んでほろ酔い気分です。すみません。皆様。

 毎年、聖週間から復活祭にかけては特別な想いを抱いている。春の息吹を感じながら、キリストの受難を痛み、復活を祝う。それは、キリスト教の教義にとっては降誕祭であるクリスマスよりももっと重要な行事なのだ。
 でもね、こんなこと言い訳しても仕方ないのだけれど、仕事が忙しくてなかなか教会に行けない。特に今年は聖金曜日と聖土曜日が二日とも新国立劇場合唱団の次期契約のための試聴会で、終わってから教会に駆けつけたいと思っていても、とても無理だった。

 木曜日は、「アイーダ」公演の後で、ガーデンプレイス・クワイヤーの練習に行った。曲目は「マタイ受難曲」なので、多少なりとも聖木曜日の気分に浸れたかな。その後で懇親会ということで「さくら水産」に行ったので、聖週間はどこかに飛んでしまったけれど・・・・。

 そういえば、読書中の「カラマーゾフの兄弟」が大詰めに近づいている。この本を読むのは行き帰りの京王線の中と決めているし、とても丁寧に読んでいるので、なかなか進まないが、はっきり言ってこの小説こそ人類の財産だと思う。
 昔、この小説を読んだ学生時代の頃、僕は教会に足繁く通っていたし、洗礼を受ける直前だった。キリスト教的理想に燃えていたんだ。そんな時、ある記事を見て愕然とした思い出がある。それは無神論者の意見だった。
 著者は、ドストエフスキーを虚無的な無神論者のパイオニアと崇めていた。僕は、それは全然違うだろうと怒ったが、確かに徹底的に懐疑的になって神の存在を疑うドストエフスキーをニヒリストの側に位置づける行為は、昔から流行っていた。そのギリギリの懐疑性の中から何かを見いだそうとする作者の本意は意図的に見ないのだ。

 しかしながら、今僕はこの歳になってあらためてはっきり言わしてもらう。ワーグナーの楽劇「トリスタンとイゾルデ」が、無調の扉を開いた作品だからといって、「トリスタン」が無調作品かと言われれば、それは違うだろうというのと同じなのだ。「トリスタン」は、とどのつまり究極的な調性作品であり、「カラマーゾフの兄弟」も、徹底的に神の存在を疑うことによって、最終的には燦然と輝く宗教的作品なのだと。
くわしくは、きっと最後まで読み終わってから語ると思うが、今の内ひとつだけ言わせてもらおう。「カラマーゾフの兄弟」は、その類い希なる心理劇によって、僕にひとつの結論を導き出している。それは・・・・。
  人間というものは、その本質において、そもそも神を信仰するように作られている。だから各自は、神を否定する分だけ、あるいは神を否定するような生き方をする分だけ、精神を自ら傷つけ、病むのだ。
ドストエフスキーの小説の中には、しばしば徹底的な無神論者が出てくるが、結末には自殺をする。つまり彼らは、無神論を貫くことによって、自らの存在を否定すること以外に選択肢がないという終焉に自分を追い込んでゆくのだ。
病んだ魂は、他人に癒しを求める。しかしそれぞれエゴイスティックな他人に癒しを求めても、けっして得られない。
究極的な癒しは、やはり超越的存在の中にのみある。人生とは、限りなく懐疑的な道程を経て、超越者への認識に至るはてしない旅である。
この言葉を、僕は復活祭に際し、読者のみなさんに送りたい。

トーマス君の見果てぬ夢
 トーマス・ノヴォラツスキー元新国立劇場芸術監督が来日して、16日、日曜日の「アイーダ」公演を見に来た。彼が事前に日本に来るという情報は入っていたし、彼からは、すでに数日前からメールが来ていた。
「今、なんと東京からメールを書いているぜ。これから京都に行くけど、俺が日本にいる間に会っていろいろお話ししようね。」
 でも僕はなかなか忙しくて、やっと取れたアポは、彼が日本を発つ前の日の17日、月曜日の11時からヒルトン・ホテルでの約束だった。

 だから16日の時点ではまだ会っていなかったので、僕は「アイーダ」第一幕が終わると彼を捜しに行った。最初見つけられなくてホワイエの反対側まで行ってしまった。それから戻ってくると、いたいた、
  牛久のはての
はるかのはての山なみの
その山なみからいちだん高く
黒富士
大いなる
はるか
黒富士
という感じで、客席から吐き出されてホワイエいっぱいに溢れている黒山の群衆のはるかのはてに、ひときわ高く例の巨体がそびえ立っていた。トーマスだ。でかいなあ。
 見ると副指揮者の城谷君とプロンプターの飯坂さん相手に話している。僕は後ろからそっと近づいていって、両手で彼の脇腹を突っついた。
「わっ!」
「うわっ!な、なんだい!あっ、これはこれは合唱指揮者殿ではないか。おー、久しぶりだなあ。」
「元気そうだね。昔の芸術監督!」
二人でわざと慇懃無礼な挨拶をしながら、僕たちは互いにハグハグし合った。
 僕たちが話していると、オペラ・ファン達が次から次へと集まってきた。みんななつかしそうにしているが、話すきっかけがつかめないので、僕がみんなに通訳してあげたり、一緒に写真を撮らせてあげた。

 僕はトーマスに言う。
「後ろ向いても赤いペンライトは見えないからね。」
「フリッツァだもの、分かっているさ。」
「でも凱旋行進の場面は舞台裏の照明用ポータルから振っているからね。これを勝ち得るのさえ大変だったのだ。」
そうしたらトーマスは意外なことを言った。
「大変だなあ、お前。孤軍奮闘だね。マクベスの時、お前には言わなかったけどさ、お前が後ろでペンライトを振っているのを許さないとフリッツァがいきまいているのを聞きつけて、俺はあいつのところに行ってこう言ってやったのさ。『三澤は、俺にとってもこの劇場にとっても大切な合唱指揮者だ。その合唱指揮者がペンライトが必要だと言うのだったら、それは必要なのだ。お前がこれ以上三澤に妙な真似をするつもりならば、即、荷物まとめて成田から国へ帰れ!』とね。そしたら、あいつはシャンパンを二本も持ってヒルトンの俺の部屋にあやまりに来たんだよ。」
 僕はその言葉を聞いてジーンときてしまった。そうだったのか。たしかに当時、突然フリッツァがおとなしくなった時があったし、「だるまさんがころんだ」を見つかった時も、彼は僕に悪態をつくどころか目も合わせないで別れてしまった。成る程、当時は僕に怒りたくても怒れなかったのだな。

 次の17日、月曜日の11時、僕はヒルトン・ホテルに行った。よもやま話は2時間以上にも及び、話題はつきなかった。トーマスは今中国の北京にいて音楽とは全く関係ない仕事をしている。現在の彼の趣味はもっぱら自家用飛行機の操縦だ。
「中国の飛行機なんて大丈夫なの?」
「大丈夫さ、餃子より安全だよ。ただね、一度は飛行中に暖房機が故障してね、ガチガチになって全身凍傷寸前の状態で帰ってきた。先週なんか飛行中にエンジンが完全に止まって、グライダー状態になってあわや墜落という事態に陥った。お客さんを乗せていたんだが、ボンッて着陸した瞬間、お客さんは気を失っていたよ。ひっひっひ。」
「ちっとも大丈夫じゃないじゃないか。」
「今度新しいマシーンを買うのだ。雲や霧の中でも運転できるコンピュータ制御の自動操縦機がついてる。お前が北京に遊びに来たら乗せてやるよ。」
「絶対に嫌だ!まだ人生でやり残していることが多少あるのでね。死ぬわけにはいかない。」「やり残していることと言えば・・・おい、また子供オペラ作ろうよ。」
「なに言ってんだよ。劇場もないくせに。」
「一緒に作っておいてな、いろんなところに売りにいくんだよ。どうだ、一緒に一儲けしよう。」
「儲からないよ。馬鹿だなあ。どれだけ労力がかかると思ってるんだ。『ジークフリートの冒険』だって『スペース・トゥーランドット』だって、準備にまるまる一年かかっている。お前は出来上がったものを扱えばいいだけだろうけどさ、こっちはビジネスとしては全く採算なんか合わないのさ。逆に言えば、それだけ吟味して試行錯誤して推敲して作ったからこそ、『ジークフリートの冒険』はウィーンであんなに成功したし、もう言ってもいい時期だから言うけど、今度チューリッヒ歌劇場でも取り上げてくれることになったんだ。」
「こういうの、どう?」
と言って、彼は反対する僕にお構いなしに自分の構想をどんどん語る。その瞳は以前と同じに子供のようにキラキラ輝いていたし、話の中には確かに興味深いネタもあった。相変わらずだなあ。
 でもトーマス君よ、どうしたんだい?君はまだ音楽の世界に未練タラタラじゃないか。きっとまたいつか音楽畑に戻ってくるのだろう。いや、そうしないではいられないんだろう。ねえ、トーマス君!

試聴会
 今週は、僕にとっても合唱団員にとっても、一年の内で最も緊張する時期だった。つまり次のシーズンの契約を結ぶか否かを決める試聴会があったのだ。まず18日(火曜日)、19日(水曜日)の2日間で外部からのオーディション。それから20日(木曜日)のアイーダ公演をはさんで、21日(金曜日)、22日(土曜日)の2日間で、現合唱団員全員の試聴会だ。
 外部からのオーディションでは、受験者にオペラ・アリア一曲と新曲を歌ってもらう。この新曲試唱のための曲は、毎年僕が自分で作曲する。2曲あってわずか8小節くらいなのだが、今年はちょっと難しいのを書いてしまった。両方とも途中で属調に転調し、何カ所か跳躍や臨時記号で罠の部分を作っておいた。するとみんな罠の部分で面白いようにひっかかって、気がついてみたら誰も完璧に歌ってくれない。それはそれで悲しいものがある。
 ただ、この新曲はあくまで参考。全然楽譜が読めなければ困るが、そこそこ読めていれば、あとは合否の境目にいる人を吟味する時に材料として持ち出すくらいなのだ。とはいえ、声楽家の読譜力もなかなか進歩しないのは寂しい。
 
 声楽というと、器楽と違って、なにか受験者は持ち声とか気分で歌って、評価する方も好みとかで点数をつけるなどと思っている人がいるかも知れないが、全く誤った考えだ。声楽も、たとえばフィギュア・スケートとか体操競技のように、純粋な技術点をつけることが出来る。
 技術に関しては、girare(息を回すこと)という縦糸とappoggiare(支えること)という横糸のコンビネーションで判断する。縦糸であるgirareは、音域によってどのような声を出すかというテクニックだ。胸声や頭声の変わり目のチェンジ区域を、どうなめらかにつないで音色のギャップを感じさせないで歌うかということもこれに含まれる。
 一方横糸であるappoggiareは、声をどのように安定させて歌いきるかというテクニック。喉だけでなく体を使って安定した息でフレーズを完成させるのを目的とする。この縦糸と横糸の交わるところに声楽的なベルカントの響きが存在する。それぞれの音域でのフォルテとピアノの響きのコントロール。さらには言葉の発音とそれぞれの母音を歌うための喉から口にかけての筋肉の制御など、細かいことはいろいろある。
 それからフレージングだとか、解釈とか、芸術的な問題点が出発するわけだ。ただ僕は、技術点と芸術点とを分けて採点して、あとで総合点を出して判断するというやり方は好きではないし、やるべきではないと思っている。何故かというと、やはり最終的には、すべてを総合したところでの“印象”というのが決め手になるからだ。それが一番適切な判断になると信じている。

 ともあれ、新人はともかく、現行メンバーに関しては、普段一緒に仕事している人達を審査するのであるから、客観的になろうとするのに努力を要する。情も移りそうになる。でも、この合唱団は、日本において最高の場所であり、みんながめざすべきあこがれの地でなければならない。大切なことは、最高の人材が集まる合唱団として決してブレないこと。そのためには私情を捨て、冷静になって人選しなければならない。
 そして問われるのは結果だ。サッカーのように勝ち負けがあるわけではないけれど、結果は明らかな形で出る。僕はこのような場所で重大な責任を預かっている。大それたことだ。でも誠心誠意をもって歩んでいかなければならない。

 全員を聴き終わって劇場の外に出ると、聖土曜日の夜に満月がかかっていた。僕は大きくため息をついた。
キリストは苦しめられ、葬られ、そして・・・・三日目に甦った。

僕の判断に誤りはなかったのだろうか?
いたずらに人の運命を弄んではいないだろうか?
人を審査し、偉そうに一段上から裁くこの僕の上にも、復活祭は来るのだろうか?
僕は今、自分の弱さを神の前に投げ出すことしか出来ない。

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