通奏低音とジャズ

 バッハを勉強していると、決まって気分転換にジャズを聴きたくなってくる。「マタイ受難曲」の勉強が佳境に入ってきて、合唱曲の対位法や、通奏低音のラインを頭で辿っている。それに疲れると気分転換が欲しくなってくる。でも、体が対位法音楽に慣れているためか、普通の和声音楽はあまり聴きたくない。

 バッハの音楽では、通奏低音といってジャズのようなベース・ラインが基本をなしている。音楽史では、バロック音楽は「通奏低音の時代」という概念で捉えられていて、ルネサンス期のパレストリーナの音楽のような、それぞれの声部が同等の価値を持って拮抗しているのに反して、バロック期にはバスの支配力が強大になり、その上に構築される和声とメロディもその支配下に組み込まれるようになる。
 通奏低音を使うのはバッハだけではなく、ヘンデルもヴィヴァルディも使っているのだが、バッハの場合、和音の変化が急激で、八分音符ごとに和音が変わることも珍しくない。だからベース・ラインもめまぐるしいのだが、なによりその流れが美しい。ひとつの和音の中でも、和声を支える音だけではなく、経過音を伴ったメロディックな動きとなるのだ。これがジャズのランニング・ベースと共通する。
 先日演奏会で演奏したカンタータ131番の第二曲目、コラールを伴ったバスのアリアのベース・ラインなどは、ジャズ的に見ても理想的な動きだ。「マタイ受難曲」でもイエスの「この杯から飲みなさい」という最後の晩餐の弦楽合奏のバスや、その直後のソプラノ・アリア、それからヴィオラ・ダ・ガンバを伴ったバス・アリアの「来たれ、甘き十字架よ」などのベース・ラインには惚れ惚れする。

ベースが大事
 一方、そんな風にバッハの通奏低音にハマっている時は、気分転換に聴くジャズも、ついベースを聴いてしまう。ポール・チェンバースというベーシストは、バッハ的に見ても理想的な進行をする。小節の頭の音は和音の基本的な音を必ず押さえているし、和音構成音から次の構成音に移行するラインがあまりに美しいので、ついその上でプレイしているトランペットやサックスを忘れてベースに聴き入ってしまう。まあ、何度でも聴けるので、今度はベースに集中して聴こう、といった聴き方が出来るのもジャズの特徴。ジャズとは究極的なポリフォニー音楽だからね。

 僕は運転免許証を持っていないので、仕事に行く時、妻が忙しくない時は、彼女の車で府中駅まで送ってもらう。その時いつもいさかいとなるのは、カーステレオのボリュームだ。妻だけでなく一般の人は、音楽を聴く時、メロディが聴ければそれでいいらしいのだが、僕は違う。その昔、高崎高校合唱部でベースを歌っていた僕は、その時以来、音楽におけるベースの役割に目覚めてしまったとみえて、ベースのラインが聴けなければ、その音楽を聴いたことにならないのだ。だからベースのラインがはっきり聞き取れる状態になるまでボリュームを上げる。それが妻には大きすぎるというわけだ。
「そんなに一生懸命聴いていたら疲れてしまうじゃないの。」
「一生懸命聴くわけじゃないんだけど、ベースが聴けないと気持ち悪くて仕方ないんだ。BGMのようにテキトーに聴くわけにはいかない。自分にとっては聴くか聴かないか二つにひとつだ。」

 いっとくけど、みなさん!バロック音楽とジャズは、ベースを聴くことが基本だからね。これをはずしてはいけません。ベースを良く聴いていると、その上に構築されている和声の流れが見えてくる。すると音楽を、気分や雰囲気ではなく、もっと構造的に捉えられるようになってくるんだ。いや、バロックやジャズだけでなく、これは全ての音楽の基本だな。ブラームスも同じ事を言っているよ。バスの進行を大切にしなさいってね。

マラソン・セッション
 今僕が息抜きにとっかえひっかえ聴いているのは、マイルス・デイビスの4枚のアルバムだ。「スティーミン」「クッキン」「ワーキン」「リラクシン」という4枚に分けて収められている演奏は、全て1956年の5月11日と10月26日のわずか二日間で、それぞれの曲をほとんどワン・テイクで録音したものだ。俗に言うマラソン・セッションだ。1956年っていえば、1955年3月3日に生まれた僕が、ようやく言葉をしゃべってよちよち歩き出した頃だ。
 マイルスは、それまでずっと録音してきたプレスティッジ社から、もっと大手のコロンビア社に移籍しようとしていた。しかしプレスティッジとはまだ契約が残っていた。あと4枚分のレコードを録音しないとプレスティッジを離れられないという。そこで、
「ようし、一気にやっつけちゃおうぜ!」
という感じで、ほとんどナイト・クラブでのジャム・セッションのようなノリで演奏し、どんどん録音していって出来たのがこの4枚だ。しかし、この投げやりとも思えるエピソードとは裏腹に、これらの演奏はどれも素晴らしいの一言につきる。
 僕は、マイルスの全ての演奏史において、二つの時代の演奏を特に気に入っている。ひとつが、これらのアルバムが録音された時期。もうひとつは1960年代のトニー・ウィリアムスのドラムを中心としたプログレッシブ・ジャズだ。それで、この1956年あたりのバンドについてマイルスが自分で語っている言葉を聞いてみよう。
  グループは、トレーン(ジョン・コルトレーン)のテナー、レッド・ガーランドのピアノ、ポール・チェンバースのベース、フィリー・ジョー・ジョーンズのドラムス、それにオレのトランペットだった。予想していたよりもずっと速く、オレ達の音楽は、信じられないほどすごいものになっていった。あまりにすごいんで、夜な夜な背筋が凍る思いをするほどだったが、それは客のほうも同じだった。
 この頃のコルトレーンは、まだ未熟だと言われている。僕もそう思っていたが、今回よく聴いてみると、そうではないことが分かった。コルトレーンはちゃんと吹いている。ただ、物凄く下手に聞こえるのだ。
 何故か?それは彼のタンギングが恐ろしく下手だからだ。その頃の大部分のプレイヤーが演奏していたようなチャーリー・パーカー風プレイをする時、タンギングは欠かせないのだが、コルトレーンは、指は追いついているものの、舌が全然間に合っていないので、音がうまくはまらない。
 でもこうした欠点を長所に変えてしまうのがジャズの面白さなんだろうな。彼はタンギングは下手なのだが、一度タンギングをやめて指にまかせて吹くと、今度は誰にも真似が出来ないほど速く音符を演奏することが出来るのだ。ある意味、特異体質だ。
 もう少し後になると、コルトレーンはパーカーから脱皮し、タンギングの呪縛から逃れて、信じられないほど速く音符を吹き切るあのシーツ・オブ・サウンド(音の敷物)を売り物にしながら独自のスタイルを確立していくのだが、未だそこに到達していない彼は、まだパーカー風アドリブにこだわっている。でもタンギングの未熟さを除外して良く聴いてみると、驚くべき事に、タンギングの向こう側にもう成熟されつつあるコルトレーンを感じる。潔いのは、決して守りに入って自分の舌の動く範囲で安全運転などしていないこと。破綻が生まれようが、下手とののしられようが、彼は全力で音楽に立ち向かう。そんなコルトレーンをマイルスは早くから評価していたのだな。マイルスはこう言っている。
  批評家のホイットニー・バリエットは、トレーンとオレが一緒にやりはじめて間もない頃、
「コルトレーンは、乾いていて荒削りで、マイルスを際立たせるトーンを持っている。ざらざらした宝石台のようだ。」
と書いた。
やがてトレーンはそれ以上のミュージシャンになった。奴自身が、ダイヤモンドそのものになったんだ。だが、奴がそうなることは、オレも、奴の演奏を聴いた人間なら誰でも、とっくにわかっていたことだった。
 おお!気がつくとまたもやマイルスとコルトレーンの話になってしまう。ジャズにあまり興味のない人にはゴメンネ。退屈させて・・・・。でもひとつだけ、意外なことが最近起こっているよ。
 僕と一緒じゃないとジャズなんか聴かない妻が、ここのところ一人でも車に乗りながらマイルスを聴いているという。特に「スティーミン」と「リラクシン」を好んで聴いている。マイルスのミュート・プレイのリリシズムと、洗練されたサウンドが心地よいらしい。泥臭い感じがなくて、特にバラードなんか聴いていると、
「粋(いき)だねえ〜!」
と思うものね。だから女性に特にお奨めです。

 で、僕も「マタイ受難曲」をi-Podで聴いていると、いつの間にかマイルスに変わっているのはあまり感心しないな。もっと「マタイ受難曲」一筋になるべきだ。今回、福音史家のレシタティーヴォやいくつかのアリアは、自分でチャンバロを弾きながら指揮するのだが、気がついてみるとジャズ的な“テンション”と言われる付加音を和音に忍び込ませたりして、おっとっとこれはバロックだ、もっと真面目に弾かなければ、と直したりしている。
 ちなみにチェンバリストとかオルガニストとかの譜面は、左手のバスの音符の上に和音を示す数字が付いているだけで、本来右手はその数字を見ながら即興で弾いていいのだ。とはいっても、通常は誰かが作ったアレンジ譜を見て弾くのだけれど、僕の場合は完全に即興演奏だからね。まさにコード・ネームを見ながらアドリブってノリだ。それが通奏低音の精神だい!だからバロックはやめられねえ・・・・とかいって、アドリブが迷路に迷い込んでつじつま合わなくなったら大変だけどね。そしたら、受難劇の真っ最中にブルースでも弾いてごまかします・・・・ウソです。

夏に向かって助走状態
 例年のごとく忙しい夏が始まりつつある。自作ミュージカル「愛はてしなく」は、群馬県高崎市新町文化ホールと国立芸術小ホールとの二カ所で上演するが、合唱団は新町歌劇団と国立のミュージカル・ワークショップという二つの異なった団体が出演するため、稽古が二倍必要だ。
 この原稿を書いている15日の日曜日は、午後から夜にかけて新町歌劇団の集中稽古。夜にはイエス役の初谷敬史君が足利の本番を終えて駆けつけてくれる。明日16日は、国立の方で午後から主役ソリスト達が全員集合して立ち稽古。ここで、今回の公演の出来上がりが予想されるので、僕としてはひとつの正念場となる。
 夜にはミュージカル・ワークショップのみなさんと合同でフィナーレの立ち稽古。国立ではキャスト全員集合となり、初顔合わせと、全体稽古となる。僕と振り付けの佐藤ひろみさんは、新町と国立の両方にしっかり関わるため、今日から明日にかけてはべったり「愛はてしなく」漬けだ。

 オーケストレーションも間を縫って粛々と進めている。今回は内容が内容なので、ナディーヌのように、たとえばフル・バンドのカラフル・サウンドをあからさまに出すというような方法はとらないが、フル編成のオーケストラに、エスニック・サウンドが混じり合う、やはりエレクトーンなしでは達成できない音の世界が展開されている。
 ヤマハのエレクトーン・シティの方では、オペラでオーケストラの代理を務めるのではなく、エレクトーンならではの独自のサウンドを追求してドラマとの接点を持つ僕のミュージカルに以前から注目していたが、今回、是非「愛はてしなく」のメイキング・ビデオを撮らせて欲しいと言ってきた。エレクトーン奏者の塚瀬万起子さんや長谷川幹人さんとの打ち合わせや、実際のサウンド作りの場面、国立での舞台稽古などを撮って、本番までの道のりを辿っていくらしい。

 一方、新国立劇場での子供オペラ「ジークフリートの冒険」は、一度ウィーンで上演しているバージョンでの公演となるが、ウィーンに僕が行くことが出来なかったので、知らないところで何小節かカットされたり、自分がいたらこういう風に直したのになと思うところがなくはなかった。今回演出のマティアス・フォン・シュテークマンも来日するので、この際、しっかり僕が介入して、必要なら譜面を書き換え、永久保存版となる納得のいくものを作ろうと思っている。今秋のチューリッヒ歌劇場での公演も、出来ればこの新国立劇場バージョンを反映させたい。

 本当に忙しい夏は、「マタイ受難曲」公演の後から始まるが、もうすでに助走状態に入っている。さあ、今年も頑張るぞ!

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