この一週間〜そして「パウロ」へ

11月9日、日曜日
 「蝶々夫人」のオーケストラ練習。過去二度に渡って高校生のための鑑賞教室で「蝶々夫人」を合計12回指揮したことがあるので、この作品は勿論頭の中に入っているのだが、毎回スコアを勉強する度に(まあ、忘れているということもあるけど)新たな発見がある。 ドラマと音楽の融合という意味では、この作品は「トスカ」と並んでプッチーニの最大傑作だ。毎回、新国立劇場でも、クールな今どきの高校生達をワンワン泣かせてしまうのが、なによりも物語っている。

 オーケストラだけの練習は、今日の12:00から19:00までの1回だけ。曲が長いし、拍子もテンポもめまぐるしく変わるので、要領良くやらないとタイム・オーバーしてしまう。しかし、なんだね。東フィルは、さすがにオペラに慣れているだけあって、こちらもポイントを絞って指示を出すけれど、向こうもポイントを絞って棒をよく見ている。いろんな指揮者がそれぞれこだわって異なった指示を出す場所というのがあるのだが、そこは特にみんなの視線が僕に集まっている。
 それに、新国立劇場のライブラリアンの荒木さんが、僕の鑑賞教室で使ったパート譜を、他の本公演とは別に作っていてくれたお陰で、ボーイングや振り数などすでに書き込まれているから、練習は驚くほどスムースに運んだ。
 東フィルはいいな。新国立劇場で毎日顔を合わせているということもあるけれど、基本的にポジティブな雰囲気が漂っている。僕は限られた時間の中だけど、スコアに書いてあるダイナミックスやバランスのことなど、かなりオケに伝えることが出来た。
 
 プッチーニのスコアでは、パート毎に違うダイナミックスが書き込まれている。他のパートがみんなピアノなのに、ホルンだけがメゾ・フォルテだとか、弦楽器がメゾ・フォルテなのに、木管楽器はピアニッシモだとか。
 指揮者は、なるべく棒で示せればいいのだが、こうしたダイナミックスのことは、棒ではなんとも出来ないので、口で説明しないといけない。各奏者には自分のパート譜しかないから、ホルンのメゾ・フォルテに影響されて他のピアノのパートがなんとなく大きくなってしまったり、木管楽器が聞こえてこないので、弦楽器が遠慮して小さくなったりということが起きるのだ。
「あなたはメゾ・フォルテだけれど、他の人はピアノなんですよ。」
と説明すれば、
「ああ、そうか。」
と双方納得して、その結果、プッチーニが意図したサウンドが実現出来るというわけだ。 前回までも勿論そうだったけれど、今回はそうした説明を丁寧にやったので、プッチーニのスコアをかなり忠実に再現できたと思う。そうしてみると、プッチーニは本当にオーケストレーションの天才であったことがあらためて感じられた。ひとつのメロディーが弦楽器からイングリッシュ・ホルンに受け渡されたりして、知らず知らずの内に音色感が変化していく、オーケストラから色彩感を出すためにプッチーニはあらゆることをやっているのだよ。そしてそれが、単に遊びだけではなくて、ドラマに内的に関わっているのだから凄い。

11月10日、月曜日
 歌手達とのオケ合わせ。今日も12:00から17:00まで。でも二組のキャストのために二回通さなければならない。うっかり頻繁に止めて直していたら、B組が最後まで行かなくなってしまう。最初に間奏曲などの一度しかやらない箇所をオケだけで練習してから、初日組から始めた。

 基本テンポは僕が握っているけれど、イタリア・オペラは歌手の歌いたいように任せる箇所が少なからずある。ヴェルディは、プッチーニよりは音楽が古典的なので、基本的にはインテンポで、決まった箇所だけ歌手に任せるから、ある意味楽だ。だがプッチーニは難しい。どこでもテンポ・ルバート出来そうに書かれているので、歌手はどこでも勝手に歌っていい気がしてくるし、指揮者はなるべく歌手を管理したい。では歌手に全部委ねたらというと、そうすると、どこもかしこも伸びきってしまうし、歌手にとっても、ここぞという箇所が来る前に疲れ切ってしまう結果になる。要するに歌手達の要求を満たしながら、一番良いところでテンポを操って、きちんとした楽曲に仕上げるのが、プッチーニ指揮者に求められることなのだ。
 
 まあ、その前10日間の練習で、基本的には歌手達とテンポのコンセンサスはとれていたので、オケ合わせもスムースに運んだ。だが、これで安心してはいけませんぞう。僕は長年オペラの世界にいるから分かってるんだ。歌手というものはね、劇場に行って演技に熱中すると豹変するからね。今日、動きもなしにお互い真っ正面から向かい合って合ったからといって、これを信じちゃいけない。
 オペラ指揮者というものはね、この結果を踏まえて、本番でそれぞれの歌手達が、どのくらいの振幅でこのテンポ感や間から逸脱するか、その可能性をシミュレーションしておかなければならないんだ。慣れない指揮者だと、驚いて歌手の非を責めたりするのだけれど、これは野暮というもの。歌手には、その日の喉の調子やペース配分など、歌手の側からの都合というものがあるので、必ずしも歌手の不注意というものではない。
 昔のオペラの巨匠であるセラフィンやパターネなどは、こういうことまで分かっていたから、歌手達から全面の信頼を得ていたのだ。オペラには完璧主義を求めてはいけないんだ。寛容とおおらかさ、それでいてどんな状態の中からでもきちんと音楽を作り上げる構築性がオペラ指揮者に求められる資質。

11月11日、火曜日
 いよいよ尼崎に乗り込んだ。大阪も神戸も来たことがあるけれど、尼崎に降りるのは始めて。アルカイック・ホールがあるのはJR尼崎ではなくて、阪神尼崎駅なので、乗り換えは面倒くさい。新大阪から大阪に行っていったん改札を出て、人混みの中を結構歩いて阪神梅田駅から阪神電車に乗る。その梅田の雑踏に、あきらかに東京と違う関西の空気を感じた。JR大阪駅の前に大きなヨドバシカメラがある。今はどこの駅の前にもヨドバシかビックカメラがあるなあ。

 今日はピアノ舞台稽古。昼夜で二組の通し稽古。でもオケでないのでそんなに疲れない。午後9時過ぎに練習が終わって、合唱マネージャーのTさんを誘って食事に行く。舞台スタッフのお奨めの闇市という焼肉屋。途中にある「みっちゃん」というお好み焼きやを覗いたら、合唱団の連中が20人くらい集まってわいわいやっていた。みんな声楽家なのでうるさいったらない。他のお客の迷惑そうな表情が気の毒だった。僕達の姿をみると、「わあ、おいでよ!」
と歓迎してくれたが、ちょっといきなりこのテンションの中に入るのは躊躇した。Tさんと多少なりとも仕事の話もあったので、
「また来るね。」
と言い残して、本来の目的地である闇市に行く。

 関西といえばやっぱり牛肉だべ。闇市の魅力はなんといっても安いこと。カルビを頼んだらステーキの切れ端のような分厚い肉が出てきたのにはびっくりしたなあ。東京では紙のようだものな。いやあ、尼崎初日の素晴らしいグルメ・デビューを果たした僕は、大満足でホテルに帰って行った。

11月12日、水曜日
 今日が恐らく今回の行程の中で最もしんどい日。つまりオケ付き舞台稽古(実質ゲネプロ)が二組行われる。一度通すのもしんどい「蝶々夫人」全曲をオケ付きで二度通すのだ。そして明日は初日なのだから、ここで全てのエネルギーを使い果たしてしまうわけにもいかない。
 さらに、オケ合わせと違って、歌手達は衣裳をつけて舞台で演技しているわけだから、タイミングがずれたりいろんなことが起きるだろう。でも、逆に言うと、ここで起きるべき事が全部起きてくれないと困るのだ。今日の内に起きてくれた問題は、本番前に対処できたり、少なくとも覚悟を決めることが出来る。

 オケにとってみると、いつものホーム・グランドの新国立劇場のオケ・ピットとの響きの違いに慣れる唯一の機会。大編成の「蝶々夫人」ではタムタム・ジャポネーゼと呼ばれるゴングをはじめとして、大量の打楽器群が活躍するけれど、それらはオケ・ピットに入りきらないので、舞台脇の花道に並ばせられている。これらの打楽器奏者とのタイミング合わせも楽ではないだろう。

 オケ付き舞台稽古が始まった。うっ、オケが微妙にズレている。無理もない。響き方が新国立劇場と随分違う。離れた奏者同士のタイミング合わせに、楽員達は必死に対応しているのだ。
 このオケ・ピット、間口がとても長いので、一番右端のトロンボーンと左端のコントラバスとでは、おーい!と叫んでも聞こえないくらい距離がある。実は、もう一年近く前に図面を見て、そのことは知っていた。それで僕はオケのマネージャーと相談して、オケの配置として尼崎スペシャル・バージョンを作った。第一ヴァイオリンと第二ヴァイオリンは僕をはさんでセパレート。僕からみて斜め右側にヴィオラ。斜め左にチェロ。左端つまり第一ヴァイオリンの後ろにコントラバス。木管楽器は通常のオケのように僕の正面に並んで。右側は、ヴィオラと第二ヴァイオリンの後ろにホルン、トランペットと一列に並び、その後ろにトロンボーン。こうしないと、この間口の広いピットでは、木管と金管がとても離れてしまうのだ。
 そうして配置換えも考えて対処したけれど、遠いものは遠い。でもさすがだな。そうこうしている内に、どの楽器と合わせる時はどう気を付ければいいか、それぞれのプレイヤーがそれぞれの位置から判断し、だんだん合ってくるんだ。

 一方、僕は舞台上の歌手とも探り合い。でもアルカイック・ホールがオペラを数やっているのは、オペラがやりやすいという理由もあるのだろうな。舞台とのコンタクトはかなり取りやすい。

 いろんな情報を今日1日で掴みながら、二組のオケ付き舞台稽古は終わった。体力的には思ったよりも疲れていなかった。花道の打楽器群は僕からはほとんど聞こえないが、こんな時には信頼する副指揮者に頼るしかない。
「大丈夫、聞こえていますよ。」
「本当?」
こんな風に、ピット内での指揮者は万能ではない。それどころか、客席にどういうバランスでどのように届いているのかについては、自力では判断できない。ピット内では、オケの音が溢れかえり、舞台上の歌手はみなとても小さく聞こえる。蝶々さん登場直前の裏歌なども全く聞こえないに等しい。でも、では当てずっぽうで振っているかというと、そうでもない。そこは長年の勘がものを言うのだ。

 もしオケ付き舞台稽古の後でとても疲れていたら、みんなと離れて一人でどこかでさっさと食べて寝てしまおうと思っていたが、元気なので、またTさんを誘って、昨晩通り過ぎた「みっちゃん」に行った。ここのお好み焼きはめっちゃうまかった。入った時は合唱団員は二人しかいなかったが、後でまたぞろぞろと次から次へとやって来た。
「昨晩もいたじゃないか。」
「毎日来てもいいんです。明日もきっと来ると思う。」
という団員が何人もいた。まあ、気持ちは分からないでもない。でも僕には、三日しかない尼崎の晩をお好み焼きだけで過ごすのはもったいなさ過ぎる。

11月14日、金曜日
 二日間の本番を終えて、新幹線に乗り、今は名古屋のホテル。初日が終わった時、広報のKさんが僕の処に来て、
「高校生達が泣いて泣いて、席を立てないんですよ。いやあ、嬉しいなあ、関西まで来た甲斐がありましたね。」
と喜んでいた。

 ヨーロッパ各地の劇場で「蝶々夫人」を歌って大活躍中の岡崎他加子(おかざき たかこ)さんは、昨年の本公演でジャコミーニと一緒にこの役を歌ったが、あれから発声も演技も存在感も進化している。それを本人に話したら、先生を変え、発声も変えて努力をしているそうだ。やっぱりなあ、素晴らしい歌を歌う人は、人知れず努力しているのだ。
 一方、かつて芸大で僕も教えたことのある新人、大山亜紀子(おおやま あきこ)さんは、体当たりの演技で聴衆の心を掴んで離さなかった。

 オペラ指揮者はやはりやめられないなあ。コンサートと違うのは、一種のゲーム感覚なのだ。自分のコンセプトは持って指揮するのだけれど、細かいことは常に起こっている。歌手達は、暗譜で演技つけながら歌い、いつもこちらを見ているわけではないので無理もないのだ。
「おっ、そう来たか。ではこう行くぞ。」
というあのエキサイティングな感覚は、オペラ指揮者でなければ味わえないなあ。
 それに「蝶々夫人」を振っていると、いつも後半でウッと胸に感動が押し寄せる所があるけれど、それが毎回違うのだ。そこにまともに向かい合ってしまうと、独りよがりになってしまうので、努めてクールに指揮をする。それの方がお客の側により大きな感動を与えられるようだと最近気がついた。

 さあ、明日はメンデルゾーンの「パウロ」のオケ練習。あさっては合唱とソリスト達が入ってオケ合わせだ。気を抜かないで頑張ろう。

11月15日、土曜日
 「パウロ」のオケ練習。名古屋ムジーク・フェライン管弦楽団はアマチュアだけれど、二週間ぶりに振ったらとても進歩していた。みんな本番に向けて気合いが入ってきている。ここのところずっと「蝶々夫人」にかかりっきりだったので、久し振りに接した「パウロ」はまた新鮮で、来週に向けてまた意欲が湧いてきた。

 「パウロ」という作品、どんどん好きになってくる。もっともっといろんな所で演奏したい。みなさーん!「パウロ」をやりましょうよ。日本全国どこでも行きますよー!
 おっとっと、その前にモーツアルト200合唱団のこの演奏会を成功させなければ。今からでも遅くはありません。この演奏会に是非来て下さい!

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