ノアの方舟無事終了

うなぎとEPIの食い道楽
 『ノアの方舟』公演から遡ること約一週間。7月27日月曜日は、13:00より渋谷エレクトーン・シティでNOAHのオーケストラ練習。その前にクラリネットで参加している次女の杏奈を連れて、まずヤマハ渋谷店に行き、それから井の頭線渋谷駅のすぐ近くの元祖うな鐵に鰻を食べに行く。
 久しぶりの鰻だ。食事制限を始めてから、鰻はカロリーが高いので敬遠してきた。でも「ジークフリートの冒険」でエネルギーを使ったから、今日はまあいいだろう。せめて鰻重ではなく、控えめに鰻丼にしましょう。う、うめえ!この店はちょっと薄味の味付けによってかえってうなぎのおいしさを引き立たせている。やっぱし僕は鰻が大好き!

オーケストレーション
 作曲家としても指揮者としても、最も緊張するのは本番ではなく、はじめてのオケ練だ。オーケストレーションというものは、すぐに自分で弾いて確かめられるピアノ曲などは別にして、全て頭の中で想像して書くので、実際に音を出して見るまでは書いた本人も分からないというのが本音だ。和声学や、それぞれの楽器の低音域や高音域の音色や音量といった特性に考慮して心の中で組み合わせる。
 こういう書き方をしたらこういう風に響くという相関関係が分かっていないと、予想した響きと全く違う響きが出てびっくりする。オーケストレーションだけは、実際の経験を通して何度か失敗をしないと学習出来ないので、実地の経験を積み重ねる事の出来た僕の環境は恵まれていると言える。「ナディーヌ」以来の、エレクトーン、ピアノ、クラリネット、パーカッションという編成と「ジークフリートの冒険」の十数人の編成に関しては、筆と響きの相関関係はなんとか手中に収めている。でもフル編成のオーケストラを自由自在に書くことは簡単ではない。
 ラベルやリヒャルト・シュトラウスなどオーケストレーションのスペシャリストのスコアを見ると、その巧みさに目が回りそうだ。なんて楽器の特性を良く知っているんだ!あれだけの大管弦楽をまるで自分の手足のように駆使して、類い希なサウンドを作り出しているんだ。やっぱり天才って違うなあ。
 僕はね、自分のことを職業作曲家とも思わないし、ましてや過去の巨匠達と肩を並べようなんて微塵にも思わないけれど、自分も拙いながらオーケストレーションを行うことによって、彼らの“本当の凄さ”というものを理解出来るようになったという事は言えると思うんだ。

EPIの鴨肉のソテー・オレンジソース
 さて、そんなわけで大体自分の想像した通りにオケの音が鳴って満足した僕は、杏奈と二人で、杏奈のアルバイト先のフランス・レストランのエピ(Le petit restaurant EPI)に行くことにした。月曜日は通常エピに出勤する日なのだが、杏奈はこのオケ練のために今日は休みをとっていた。それが堂々とお客として行くのだ。いいのかなあ。でもシェフは僕が行くと言うと、楽しみに待ってるという。杏奈は、この時とばかりに、いつも自分が給仕していながらうまそうだなあと密かに思っていたものを食べるぞと張り切っている。
 先日杏奈がアルバイトしている時、シェフは失敗作だと言って合鴨のローストを杏奈に食べさせてくれたそうだ。それが凄くおいしかったと言う。僕は、今日はその合鴨のロースト・オレンジ・ソースを食べると決めていた。杏奈はムール貝のサフラン・クリームソースだって。
 いやあ、おいしかった!僕はこれまで鴨のオレンジソースというものはうまいと思ったことがない。鴨肉には鴨肉の臭みがある。それが嫌いという人は仕方ないのだが、せっかく鴨肉を食べるのだから、鴨肉の臭みは弱点ではなくむしろ武器とならなければいけない。
ところが、オレンジソースがお菓子みたいな味になればなるほど、鴨肉の臭みが変に浮き立ってしまい、ちっとも合わないではないかと思っていたのだ。でもね、EPIのオレンジソースの味は不思議と鴨とマッチしているんだ。 
 EPIの料理は、鴨肉とオレンジソースの双方の個性がしっかり立っていながら、よく溶けあっている。「みんな違ってみんないい」という僕の理想がここでも実現されている。
 
 嬉しいなあ。シェフの心配り。杏奈が頼んだムール貝も、サフラン・クリームソースの味が絶品。ここのムール貝料理やブイヤベースは、食べた後残ったスープは、頼めばそれを使ってパスタかリゾットを作ってもらえるから、みんな頼んだ方が無駄にならなくていい。僕たちはそれでリゾットを作ってもらった。ヤベエ・・・・こんなにバターが効いていたら、かなりカロリーが・・・・と心配したが、そのリゾットがまたあまりうまいので、と、止まんなくなってしまった。
 
 合鴨のソテー・オレンジソースは、現在ではEPIのメニューには載っていません。なので、もしEPIに行く人がいたら、三澤から聞いたと言って作ってもらって下さい。定番の鴨のコンフィの方はいつでもあるけれど、オレンジソース用の鴨は切らしていることもあるので、出来れば事前に予約して料理名を注文してもらったら完璧だと思うよ。みなさん、一度EPIの料理を食べてみて!他のレストランでは決して食べれない大きなムール貝も名物です。いろいろな種類のソースがあるよ。

ノアの方舟無事終了
 未来に生きる子どもたちに贈る−地球オペラ−NOAH『ノアの方舟』が無事終了した。新町歌劇団のメンバーにしてみると、いつもの3時間近くかかる「おにころ」や「愛はてしなく」から比べると、子供向けの一時間の作品なので、今回は練習の時から何度も通し稽古が出来て全体の流れも把握し、落ち着いて本番に臨むことが出来た。でも短い時間内に内容が詰まっているので、ソリストだけの場面がない分かえって出ずっぱりなので、少しも楽な感じはしない。
 
 終曲では団員達は歌いながら会場に降りて行き、用意したマジック・ライトを取り出し、光を出して振り始める。一方、聴衆には受付であらかじめ小さいマジック・ライトを配っておき、その時に一緒に振ってもらう。会場のライトを全て消し、色とりどりのライトが会場中にゆらめく瞬間は感動的だ。
 この作品では、あまりテーマを広範囲に広げずに、環境問題に的を絞ったので、聴衆にメッセージがはっきり伝わったようだ。加えて、昨今の異常気象がテーマをタイムリーなものにしてくれている。公演の8月2日の日曜日も朝から小雨がちらついていて、真夏だというのに肌寒い天気だった。このままいったら・・・という不安は潜在的に誰しもが持っていると思う。
 聴衆にマジック・ライトで参加してもらったのも、「みんなで力を合わせて」というのを体験してもらいながら、行動を通してCHANGEすることの出来る人間の可能性をみんなに感じてもらいたかったからだ。
 こうした公演を通してのアッピールというものは、政治的活動などと違って即座に行動に結びつくものではないかも知れない。でも、感覚を通して人々の心にインパクトを与える力はある。このことがきっかけとなって、みんなで真剣に環境問題を話し合うような雰囲気が、家庭内で生まれてくれればいいなと願っている。

 今回、次女の杏奈はクラリネット奏者としても参加したが、現在一生懸命メイクアップの学校に通っていて、将来舞台を中心としたメイクアップ・アーティストになりたいと思っている。そこで実地訓練として、鳩の役の島野誉子(しまの たかこ)ちゃんと宇宙人の役の初谷敬史(はつがい たかし)君の二人のメイクを担当してみた。そのために、オーケストラ付きの練習の合間にはメイクをするという、全く休憩時間がとれない状態で練習参加。でも若いからエネルギーがあまっている。
 振り付けの佐藤ひろみさんが調達してくれたバレエ用の衣裳をつけた初谷君の宇宙人のインパクトは最高!こんな役を演じることが出来るのは、世界広しといえども、僕の知っている限りでは初谷君しかいない。これに杏奈がメイクをする。あまりおかしいので子供達が喜んでいる。これって、あまりインパクトが強過ぎるんでねえかい?これまでずっとノア中心で作ってきたドラマは、終曲での宇宙人の乱入によって、全てひっくり返り、終わった時に子供達の心の中には宇宙人しか残らないのではないか?と我々は本気で心配した。

 鳩の役は、脚本構成時には男役とも女役とも考えていなかったのだが、演じている美人顔の誉子ちゃんを見ている内に、ある程度エレガンスのある衣裳の方がいいかなと思い、気がついてみるとキュートな衣裳に仕上がっていた。これに杏奈が誉子ちゃんにマッチしたメイクをほどこしてみたら、チョー可愛くなった。でもひとつ困ったことが起きた。セリフに「僕」なんていう言葉が入っていたのだ。それで、本番2日前に急遽変えてもらった。
 でも歌の「へーい、ガッテンだい!」という歌詞だけはもう変えるわけにはいかなかった。まあ、観ている人には抵抗感はなかったというから、ま、いっか。

手作り演出とイマジネーション
 演出のことだけれど、舞台上にでっかい方舟でも作れればカッコいいのだけれど、そんなわけにはいかない。そこでいろいろ考えた。要するに船に見えればいいのだ。結果的には船の舳先だけ造って、場面に応じて角度を変えたりして、後は聴衆の想像力に任せた。
 僕は思うんだ。舞台というものの面白さはむしろこういうところにあるのだと。きっちり舞台セットを作る映画などと違って、舞台ではむしろ見えていない部分を作って、あとは観客のイマジネーションで補うようにさせた方がクリエイティブな舞台になるのだ。
 布を水に見立てて、嵐や洪水を表現する手法だってそう。「おにころ」や新国立劇場の「ジークフリートの冒険」でお馴染みの手法だが、使い方が違うとその度に新鮮だ。冒頭のタイム・トラベルの場面も、客席中央通路をゆっくり横切っていく合唱団を、反対方向からやって来た優太と鳩が通り抜けて行く。これだけで合唱団の行進が時間の流れを表現するようになり、優太達がその時間の流れに逆行してタイム・トラベルしていく様が表現される。こういうことを考えるのは本当に楽しい。これこそが舞台の醍醐味なのだ。

 現代の子供達は、舞台よりも「ハリー・ポッター」などの映画に慣れているだろう。でもね、CG(コンピューター・グラフィックス)などを駆使して、いかにリアルにするかという事に命を賭けている映画界は凄いと思うけれど、一見安っぽく見えても、ヒラヒラとはためく布を見て波をイメージする面白さに目覚めて欲しいんだ。
 それは、美しく仕上がった冷凍食品や外食産業の商品の味よりも、おかあさんの愛のこもった手作りの料理のうまさに目覚めることと一緒だし、素晴らしいゲームに夢中になるよりも、苦労して造った手作りのラジオが聞こえてくる喜びに目覚めるのと一緒だ。

 昔、僕たちは何もない土手に行って日が暮れるまで夢中になって遊んだ。「何も遊ぶものがない新町の土手だ。」と大人的には思うだろう。でもこうした大人的発想が、子供の想像力を圧迫し殺してしまった。ゲーム機がないと遊べない子供を作ってしまった大人の罪はとても大きい。何も遊ぶものがないどころじゃない。遊ぶものは無限にあるのだ。
 子供は本来“飽きず”に遊べるものなのだ。百メートルの道を行くのに、大人は目的地しか見ていない。でも子供は本来、その途中にある全てのものが神秘的で物珍しいのだ。茂木健一郎氏も言っていたなあ。大人は、目的以外の興味をそぎ落としてしまった分だけ、脳を使わなくなってしまっている。それが脳の老化を招いているのだと。でも、今の子供は幼い内にすでに脳の老化が始まっている。目がきらきらと輝いていない子供はみんなそうだよ。
 大人よ、目覚めよ!子供から想像力を奪うな!たとえばね、ディズニー・ランドにあまり連れて行き過ぎない方がいい。完璧なプログラムを持つゲームに夢中にさせない方がいい。それ自体はいけないわけではないが、それがないと楽しめない子供にさせたら、それは大人の罪だ。

 おっと、話がどんどん横道にそれてしまった。僕が言いたいのは、地球の危機は、物質的な危機ではなく、要するにイマジネーションの危機から発しているということだ。他人の痛みに対するイマジネーションの欠如。環境の未来に対するイマジネーションの欠如。今の自分の利益という短絡的思考しか出来ない人達が政治を動かし、経済界を動かし、国を動かしているこの世界。その危機を救うのはイマジネーションだ。そして、イマジネーションとは言葉を変えると全てのものに対する関心。すなわち全てのものに対する愛だ。要するに「愛こそすべて」なんだよ。おお、再びここに辿り着いたか。あっはっはっ!

大切なものがある新町歌劇団
 手前味噌になるけれど、新町歌劇団は、今やいろんな人がここに心のふるさとを求めてくる憩いの場となっている。この団体に関わってくれた人達がみんな口を揃えて、「こんなに暖かい場はない。」と言ってくれる。他の所では生きていくのに難しい人も、ここでは受け入れてもらえる。小さな子供からかなり高齢の人達まで年齢層も実に幅広い。それでいて創り出すものに関しては妥協なく、いいものをめざして努力を怠らない。
 まさに僕が生涯を賭けて作りたかったものが、今やこの団体に美しく結晶を結んでいるような気がする。僕自身も、二十数年も続いているこの団体を通して、自分が音楽生活の中で何をめざして生きてきたのか、自分で確認することが出来る。
 事務局長のSさん夫婦を初めとして、無償の愛や奉仕といった一見浮世離れした概念を何の苦もなく実践している人達が、この新町歌劇団という「愛の磁場」を形成しているのだ。

みんな、ありがとう!そして、これからもよろしく!

ミサワな夏の締めくくりはBACH
 さて、今週末はいよいよBACH TAGEだ。これから急ピッチで8日夜の講演会の準備にかかる。この講演会では、冒頭にいきなりインヴェンションの第一番のアナリーゼから入る。堅苦しいと思わないでね。バッハという作曲家が何を考えながら作曲をしたのかというモチベーションから入り、最終的に導き出したい結論としては、かつて平均率クラヴィーア曲集を録音したジャズ・ピアニストのキース・ジャレットが言ったように、バッハは、一般的に言われているように論理的に曲を作ったというよりは、むしろ即興的にあるいはとても感覚的に作曲したのだというところに持っていきたいのだ。それと、バッハを聴く場合には、そのままを聴くだけでなく、さっきNOAHの項で述べていたように、その音楽の聞こえないところに隠されているものをイマジネーションを持って聴くことによって、鑑賞に無限の広がりを与えるという点を強調しておきたい。

 9日のBACH FESTのことだけれど、先日、司会を一緒にしてくれる加藤浩子さんと打ち合わせをした。話の半分以上は雑談だったけれど、加藤さんといろいろ話している内に、きっととても楽しい催しになるに違いないと確信が持てた。
 みなさん、8日のバロック・ダンスや講演会、そして9日のBACH FESTには、まだチケットを購入していない人も、当日券でいいですからだまされたと思って来てみてください。初めての試みなので誰もどうなるか分からないけれど、絶対来てよかったと思えるものになっていると思いますから。

さあ、ミサワな夏の締めくくりに向かって頑張るぞ!

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