「ワイマールのバッハ」講演会無事終了

ガリガリ君の調教
 NHKの連続朝ドラの時間帯が8時15分から8時に変わった関係で、朝のお散歩の時間が15分ほど早くなった。すると、家に帰ってくる頃に、ちょうど小学生の登校時間のピークとぶつかる。近所では小学生を送り出す若い奥さん達が犬を連れて道端でダベっている。その朝は茶色のトイ・プードルがいて、その周りに小学生達が群がっていた。そこにタンタンを連れた僕が通りかかる。ひとりの小学生がタンタンを見て叫んだ。
「うわあ!細っせえ!」
他の子供達も口を揃えて言う。
「ほんとだ!」
僕は心の中で思う。
「そりゃミニチュア・ダックスなんだもの、トイ・プードルよりは細いわさ。同じ茶色だからよけいそう感じるのだろうな・・・・」
急いで通り過ぎたら、後ろからひとりの子供が叫んだ。
「ガリガリ君、バイバーイ!」
ガクッと来た。おい、ガリガリ君はないだろう。
 家に帰って家族に話したら、娘達にめちゃめちゃウケた。それ以来、志保も杏奈も折あるごとに、
「ガリガリくーん!」
と呼んでいる。

 ところでタンタンにはすでにいろいろな名前がある。名前をつけるのはもっぱら次女の杏奈。杏奈は最初、タンタンというれっきとした名前があるのに、勝手に、
「ジャック!」
と呼び始めた。
「ええ?」
と家族はあわてた。ジャックはどちらかというと不評だった。
すると次に杏奈は、
「ツルピン!」
と呼び始めた。タンタンはスムース・ヘヤーで毛並みがツルツルピカピカ。
「まあっ!ツルッツルだわねえ!」
と言っている内に、「ツルピン」となった。家族が、
「まあいいか」
というポジティヴな反応を示して黙認していたら、いつの間にか調子に乗って「ツルピン子ちゃん」になり、さらに、
「あっ、ツルピン子ちゃんだ!」
と言っている内に、「アッツルピン子」になり、それが発音的バリエーションで「アドゥルピンコ」になりさらに全然違う「チビコロピンコッコちゃん」になっている。ここまでくるともう最初のモチベーションはどこかへいってしまって、なんだかわけが分からなくなってくるが、タンタンはいちおう自分が呼ばれていることは分かっている。

 僕という人間の最大の欠点は、自分と一緒に暮らす者を溺愛してしまって、相手を甘やかして育ててしまうこと。そうやって僕は、結婚後まず妻の調教に失敗し(彼女はかなり自由に生きている!)、それから二人の娘のしつけに失敗し、最後に極めつけは愛犬の調教に完全に失敗した。タンタンはどこに出しても恥ずかしくないくらい立派な「お馬鹿犬」に育ってしまったのである。
 ある時、家のすぐ近くにWAN LOVE !!という犬の出張訓練をするお店が出来た(http://www.wanlove.com)。これは好都合とばかり出張訓練をしてもらった。訓練というからには厳しくしつけるのだろうと想像していたが、全く違った。
 このお店の代表である渡辺さんは、こう言ったら失礼にあたるかも知れないけれど、見かけも感じもまるで犬のような人。とてもやさしくて陽気で、犬にストレスを与えることなく楽しんで行う訓練の仕方を教えてくれた。ああ、これなら大丈夫だなと希望を持った。そうしたらタンタンのような救いようのないお馬鹿犬でさえも、なんと!少しずつではあるが「おりこう犬」になってきつつあるではないか!まあ、あまり期待し過ぎると、
「やっぱり失敗しました!」
となっても困るので、もう少しこのまま様子をみてみようと思っている今日この頃である。

カルミナ・ブラーナ
 アイスランドの火山の噴火で、新国立劇場の「影のない女」やバレエ公演「カルミナ・ブラーナ」のスタッフ・キャストの到着が危ぶまれたが、その後空港が次々と再開し、なんとか滞りなくいろいろが進みそうだ。僕たちはホッと胸をなでおろした。
 4月24日の午後、バレエ公演「カルミナ・ブラーナ」の指揮者ポール・マーフィー氏が練習場に現れた。新国立劇場合唱団は、ここのところ「愛の妙薬」公演の間を縫って「カルミナ・ブラーナ」の練習をしていたのだ。
 マーフィー氏は、きびきびしたリズムで「カルミナ・ブラーナ」の躍動感溢れる音楽を紡ぎ出していく。今週はオケ合わせに続いて舞台稽古へと進み、5月1日の土曜日から5日の水曜日まで、すなわちゴールデン・ウィークを全て使って6回公演をこなす。2日の日曜日は、なんと14:00と18:30の二回公演だ。デビッド・ビントレーの斬新な振り付けと新国立劇場合唱団のコラボレーションは必見です。

 「カルミナ・ブラーナ」のことについて少しだけ説明しておこう。ドイツ・バイエルン州にあるベネディクト派ボイレン修道院(Benediktbeuernベネディクト・ボイエルン)から19世紀初めに沢山の詩歌集が発見された。その内容は修道院にあるまじき自由奔放な恋歌や酒の歌などの世俗的な内容を含んでいた。これに20世紀前半のドイツの作曲家カール・オルフが目をつけ、大規模なカンタータに仕立て上げた。ちなみに「カルミナ・ブラーナ」とは「ボイレンの歌」という意味である。
 修道院の中ではラテン語が読まれ、話されていた。これは修道院だけではなくかつては大学の中でもそうであり、パリのカルチェ・ラタン(ラテン語界隈)などもソルボンヌの学生達がラテン語で会話していたことに由来する。「カルミナ・ブラーナ」の中の大部分がラテン語の歌詞を持っているのも、こうした理由からだ。

ウンチク
 このラテン語の読み方であるが、日本人のよく犯す過ちに、ラテン語をなんでもかんでもカトリック・ラテンで読んでしまう事にある。カトリック・ラテンとは、すでに言語としては死語となって久しいラテン語の読み方がヨーロッパ各国においてそれぞれバラバラに読まれていた事に対し、20世紀初頭にローマ教皇ピオ10世によって統一された読み方である。
 ところがこれが拘束力を持つのは、ミサなどのカトリックの正式な礼拝曲においてのみである。たとえば、プロテスタントであるバッハのロ短調ミサ曲をカトリック・ラテンで読む事は、まあ間違いとまでは言うつもりはないが、適切とは言い難い。
 ドイツでは現在でも高校の授業においてはジャーマン式で教えられているし、大学でキケロなどの古典を勉強する時は、今度は古典的な読み方が常識となる。つまりCaesarはカトリック式にチェーザルと読まれるのではなく、カエサルと読まれるのだ。
 「カルミナ・ブラーナ」も世俗作品であるし、カール・オルフがドイツ人であることから、ジャーマン式で読まれるのが最もふさわしい。semper crescisは、センペル・クレシスではなくゼンペル・クレスツィスである(センペルでもよい。ちなみに僕はボイレン修道院がバイエルン州にあることから語頭はわざとにごらずにセンペルと合唱団に発音させている)。egestatemはエジェスターテムではなくエゲスターテム。ecceはエッチェではなくエクツェ。
 さらに「カルミナ・ブラーナ」には俗語の古ドイツ語が用いられているが、これをドイツ人に発音させると皆一様に笑う。つまり僕たちが活字にされた方言を発音させられるようなものなのだろうな。たとえばSwaz hie gat umbeとはDas, was hier geht umher(ここで輪を描いて回るもの)のことで、めっちゃめっちゃナマっちょるわけですなあ。あっはっはっは!
 とまあ、いろいろウンチクを語りたいのですが、皆さんも読んでいて嫌になるといけないのでこのくらいにしますが、いつか時間があったらまとめてホーム・ページにでも載せようかとも思います。まあ、いつになるか分からないけれどね。

「ワイマールのバッハ」講演会無事終了
 実に知的好奇心を掻き立てる楽しい講演会であった。4月24日土曜日は、5月30日に杉並公会堂で開かれる東京バロック・スコラーズ「ワイマールのバッハ」演奏会に先立って行われた、同タイトルによるカップリング講演会。講師は礒山雅(いそやま ただし)氏。

 礒山氏は、東京書籍から出ている名著「バッハ=魂のエヴァンゲリスト」という単行本を講談社学術文庫から文庫本として出したばかりだ。しかしそれは単なる再版ではなく、むしろほとんど全面改訂ともいえるものだそうである。何故なら単行本初版からすでに30年という年月が経っていて、その間に、世界のバッハ研究は大幅に進歩し、本人の心境も年齢や経験に伴っていろいろ変化したからだそうだ。
 僕も単行本の方はかなり前に買っていて、時々本棚からひっぱり出してきては読んでいた。でも、礒山氏に言わせると、
「あれはもう読まないで下さい。最近の研究でひっくり返った定説が沢山あるので、今となっては嘘ばかり書いてあるのです。ですから新しいのを読み直してください」
だって。そしてサイン入りの真新しい本を一冊もらった。

 さて、この日の講演の礒山氏は実に冴えていた。それもそのはず、文庫本の出版の為の作業を最近まで集中的に行っていた礒山氏の頭の中には、様々な資料やバッハの全生涯をあらためて俯瞰した事による様々な想いがまだフレッシュに残っているのだ。加えて最近の礒山氏は体調もとても良いとのことだ。
 
 前半のワイマール時代のバッハのカンタータをめぐるお話しも内容が深かったが、なんと言っても素晴らしかったのは、後半の僕との「爆弾対談」から質疑応答までの一連の流れであった。
 僕が「爆弾対談」で礒山氏に最初にけしかけたのは、再就職するごとに確実に給料はアップし、より良い条件を求めて時には二股かけるバッハのしたたかさについてであった。

 ワイマール時代のバッハには二つの際だった逸話がある。ひとつは、ヘンデルの生地であるハレの教会にオルガニストとして就職しようとしたが、ワイマールを去られては困ると判断したワイマール教会は、バッハの大幅な待遇改善を提案した。バッハは、
「そんならやっぱり残るわ」
と、ワイマールに留まったという。
 もうひとつはワイマール時代の末期。バッハはケーテンの宮廷楽長になろうとしてワイマールに辞職を願い出ていたが、それを認めない君主ヴィルヘルム・エルンストによって、なんと四週間もの間「牢屋に入れられて!」しまった。そこに至るまでの間に双方の関係は随分こじれていたようである。
 バッハが、ワイマールとケーテンを天秤にかけながら、乗り換えようかどうしようかなと二股かけていた時期は確実に存在するわけで、男女の仲にたとえれば、その時期は“浮気”にあたるわけだ。だからそれに領主が激怒するのは当然だ。
 こうした事から、一般に考えられているような楽聖や聖人のイメージとはかなり違ったバッハの真実の像が浮かび上がってくる。僕は、その点を礒山氏に投げかけたわけである。

 それに礒山氏が答える。
「でもバッハがいつも選んでいたのは、より良い『音楽』を奏でる環境を作る事。確かに職場が変わるごとに条件は良くはなっていったが、例えば給料は良いが『音楽』の環境は劣悪という選択肢は、バッハには生涯に渡って決してなかった」
僕は訊く。
「では喧嘩っ早いところは?」
「バッハが我慢できない時はきまっていた。いつも自分の音楽が最良の状態で出来ない時。音楽こそが神の造り給うた最も素晴らしいものと信じて疑わなかったバッハにとっては、何を犠牲にしてでもより良い音楽を最優先した。その意味でバッハは純粋だった。また、バッハにとって世俗音楽、教会音楽の区別はない。彼にとっては全ての音楽が神聖なのだから」
なあるほど・・・・いろんな資料をくまなく調べている礒山氏だからこそ出る言葉だ。それにしても、ここまで確信に満ちて堂々と言い切る礒山氏に、僕はいつにない凄みというか迫力を感じた。

 質疑応答ではこんな質問が出た。
「バッハを聴くためには信仰を持っていないといけないのでしょうか?」
礒山氏は言う。
「私もクリスチャンではありません。もしキリスト教の信仰を持っていないとバッハに近づいてはいけないというのならば、私こそこんなことをしていてはいけない。でもバッハの音楽の中に表現された宗教心は『キリスト教』という狭い枠の中に人々を閉じ込めるためのものではない。もっと大きい意味で悩み苦しむ人々と共にあり、人々の中に宗教心を育むための音楽です。だからこそバッハの音楽は、宗派を超えて全ての人々に訴えかけるのです。」

 礒山氏の著作を読んでいても感じることだが、礒山氏のバッハ研究は、基本的にバッハに対する熱い愛情に支えられている。キリスト教という狭い枠を超えているのは、むしろ礒山氏のバッハにアプローチする態度。そこには学者という冷たい響きとは相容れない、ほとばしるような信仰心が見られる。
 バッハの作曲が常に神に向かって行われていたように、礒山氏のバッハ研究への態度も、人知を超えた永遠なるものに向かって行われているように僕には感じられる。いいなあ。こういう結論で締めくくった講演会は後味がとてもすがすがしい。

「21世紀のバッハ」の本当の意味
 こうした講演会のホストを務めることは、僕という人間にとって“もうひとつの挑戦”なのだ。よく、テレビの番組でアナウンサーが、
「これって、どういうことなんですか?」
と訪ねる時、そのアナウンサーはすでにその答えを知っている。知っているのにとぼけてみせる。
「へえー、そうなんですかあ?ちっとも知りませんでしたあ!」
 アナウンサーはそれが仕事だから別に問題はないのであるが、僕のような音楽監督だの指揮者だのという職業の者はね、なかなかプライドがあって、通常は、そうとぼけることも出来ないのだ。
「なんだあんな事を訊いて、三澤さんて何にも知らないんだなあ」
と思われては恥ずかしいという気持ちがどこかにある。僕がわざとバッハのしたたかな部分を強調し、それに対して礒山氏がバッハの音楽に対する純粋な心を強調することだって、「三澤さんはあんなバッハの面ばかり言って、バッハの本当の気持ちが分かってないな。それにひきかえ礒山さんの答えはバッハに対する愛情が感じられていいなあ」
と思われたら残念だなあという気持ちはないわけではない。
 でも、ここで僕に求められている事は、僕が賞賛を浴びる事ではないのだ。むしろ、せっかく礒山氏を招いているのだから、礒山氏から最大のものを引き出し、この講演会を出来るだけ価値のあるものに仕上げる事なのだ。そのために僕は、自分のつまらないプライドを捨てなければならない。それが僕の挑戦なのだ。言っておくけど、僕も本当は礒山氏とほぼ同じ気持ちなのだ。
 礒山氏は、さすがにそこのところを読んでいて、講演が終わって打ち上げ会場に行くまでの道すがら、
「私と三澤さんの考えている事は、かなり近いですよね」
と言ってくれた。

 それは昨年のバッハ・ターゲのような他団体との共同イベントでもそうだった。指揮者や指導者というものは「お山の大将」になり易いから、みんながお山の大将でいる限り、協調とか協力とかという気持ちになかなかなりにくい。でもその一方で、本当は誰かと交流を求めている。本当に孤独のままでいいなんていう人は世の中にはいない。
 だから、誰かがへりくだってきっかけを作りさえすれば、優秀な人達でも仲良くなる事が出来る。いや、優秀な人間ほど、分かり合いさえすれば互いを尊敬し、尊重し、誰よりも仲良くなれるものだ。 
 これまでこうしたコラボレーションが“高い次元で”なかなか出来なかったのは、音楽家自身の中からその突破口を開く人がいなかったからなのだ。事務所や呼び屋には、人と人とを結びつける事自体は出来るかも知れないが、本当に質の良いものは、それに携わっている当事者でないと出来ない。
 たとえば今回の「爆弾対談」を、全く音楽のことを分かっていないアナウンサーがやったらどういう結果になるかということを考えて見れば一目瞭然なのだ。礒山氏のような名実共に一流の人を受けとめるためには、やはりそれなりの素養が必要なのだ。
 
これが実は僕が「21世紀のバッハ」というプロジェクト名を作り出した本当の理由なのだ!

 この講演で、礒山氏こそ我が国最高のバッハ研究家であると、一人でも多くの人に納得していただいたら、僕としてはもう何も言う事はない。でも、次の5月30日の演奏会は僕の番。僕は、今度は演奏で勝負をかける。ここでは逃げる事もとぼけることも許されない。演奏家として、指揮者として、僕は自分のバッハへの想いを音楽で語る。結果を出していくことがプロだから、みなさんもその結果で僕を判断して下さい。

「1Q84」VS「ロスト・シンボル」
 「1Q84」のBOOK3を読み終わって、「ダヴィンチ・コード」の著者であるダン・ブラウンの新作「ロスト・シンボル」に移り、これを読み終わった。「ロスト・シンボル」を読んでいる内に面白い事に気がついた。文体が似ている。いや、文体ではないな。文の運び方だ。
 「ロスト・シンボル」の原書を読んだわけではないけれど、それを越前敏弥が訳した日本語の文章と村上春樹の文章とが同じ流れを持っている。つまり村上春樹の文章は訳文的なのだ。村上氏自身も翻訳者としていくつかの英語の文学を訳しているが、自作もまるで翻訳文のよう。ということは村上氏の文章は英語的・・・・あるいは感性がそもそも西洋人的なのだ。特にユーモアの感性においてその特徴は顕著だ。

ユーモア
 西洋人と付き合っていると、会話の中にしょっちゅうユーモアが出てくる。特に知的な人間のユーモアは高度で、中には日本人がそれを聞いてもユーモアと感じないものも少なくないが、これに受け答えできるようになると彼らと対等に付き合えるようになる。
 彼らはユーモアをとても大事にしている。おそらく欧米の首脳同士の会談でも、随所にユーモアを忍び込ませていることだろう。ところがこうした会話を楽しめる日本人が極端に少ない。言っておくが、これは語学力の問題ではない。日本人は知性が高くなるにつれて真面目で偏屈になる傾向があるようで、ますますユーモアから離れていくような気がする。各界のトップの世界でも、外国人の間にあって日本人だけがいつも蚊帳の外に置かれているのは、案外日本人がユーモアを解さないところに原因があるかも知れない。

 1Q84にこんな表現がある。ふかえりのゴーストライターとして『空気さなぎ』をベストセラー作品に仕上げた天吾が朝刊を読んでいるシーン。

『空気さなぎ』はとっくの昔にベストセラー・リストから姿を消していた。一位になっているのは『食べたいものを食べたいだけ食べて痩せる』というダイエット本だった。素晴らしいタイトルだ。中身がまったくの白紙でも売れるかもしれない。
「ロスト・シンボル」の冒頭の方でこんなやり取りがある。ハーヴァード大学でロバート・ラングドンは「オカルトの象徴」という講義をしている。ワシントンDCには城、地下聖堂、ピラミッド、神殿といった象徴的な建造物がみんな揃っているのに、学生達はワシントンなどには興味を示さずに、入学前の夏休みにヨーロッパ旅行をするという。
ラングドンは学生達に訊く。
「自国の首都よりもヨーロッパを訪れる者のほうがはるかに多いようだ。なぜだと思う?」
「ヨーロッパには飲酒年齢制限がないからです!」後ろの席のひとりが大声で言った。
ラングドンは笑った。「この国では飲酒年齢を守っている者があるとでも?」
全員が笑い声をあげた。
 またこういう表現もある。ラングドンは講義の中でフリーメーソンを秘密結社として不気味がる学生に向かってこう切り出す。
「いいかい、フリーメーソンは秘密結社ではなく・・・・秘密を備えた結社にすぎない」
「同じですよ」ひとりが言う。
「ほう?」ラングドンは反撃した。「きみはコカ・コーラが秘密結社だと思うか?」
「思うわけがありません」
「では、もしきみがコカ・コーラ本社のドアをノックして、クラシック・コークのレシピを教えてくれと言ったら?」
「ぜったい教えてくれないでしょうね」
 ユーモアとは何か?それは現実から一歩しりぞいて、自分を客観的に見るところから始まる。ユーモアは心に余裕がないと出て来ない。また、チャップリンやモーツァルトがそうであるように、ユーモアと反骨精神とは表裏一体となっている。
 ユーモアが客観性から生まれるものならば、ユーモアを解するということは、世の中の不条理に対して敏感である証であり、同時にその不条理に対して面と向かって反抗できない場合、真実をユーモアというオブラートに包んで表現するすべを心得ているということでもある。
 チャップリンの「独裁者」やモーツァルトの「フィガロの結婚」は、まさに告発されるギリギリのところでの、彼らを支配する絶対的な体制に対する挑戦だったのだ。ユーモアも時には命がけだ。

不自然さとのせめぎ合い
 「ロスト・シンボル」も「1Q84」も、ある意味、不自然さとのせめぎ合いの中で生まれた作品だ。ダン・ブラウンの場合、これまでの作品もみんな、本来そんなに危機を伴うような題材ではないものに無理矢理犯罪性やハードボイルド的タッチを投入し、切迫するストーリーに仕上げていったことがウリだった。
 「ダヴィンチ・コード」はそれで大当たりしたわけだし、「天使と悪魔」に至っては、ちょうどヨハネ・パウロ二世の死去と、それに伴う本当のコンクレーヴ(新教皇選挙)とが重なって大きな話題性を呼んだ。
 今回の「ロスト・シンボル」は、フリーメーソンを扱った小説だ。面白いけれど、先の作品群に比べるとちょっと苦しいところがある。犯人のモチベーションの作り方にちょっと無理があるし、フリーメーソンの内部に潜む謎といったところで、所詮全世界を揺り動かすようなセンセーショナルなものではないのに、思わせぶりな文章表現によって不自然な謎解きに付き合わされ、挙げ句の果てに、
「なあんだ」
という軽い失望で本を閉じることになる。
 でもね、最後の方で、ダン・ブラウンの科学と宗教に対する熱い想いが見られ、結構胸を打たれた。科学は発展する事で宗教を影に追いやっていたが、それは人間の知能がまだ「宗教を科学する」水準に達していなかったからであり、今こそ宗教は科学と手を携えていくべきであると純粋知性科学者キャサリン・ソロモンは力説する。これはアクション小説として読むよりも、もう少し宗教的なものとして読んだ方がいいのかも知れない。

 一方、村上作品は、そもそも扱う題材が荒唐無稽だから、そのリスクたるや通常の小説の比ではない。その危険性を誰よりも知っているのは勿論著者本人であり、あえて確信犯的に挑戦しているのだ。話がトンでいる分、もの凄く綿密にストーリーが組み立てられている。それはあたかも、誰も知らない新しい「ゲーム」や「試合」を作り出し、しかもその作られたルールが完璧なのと似ている。その周到さには驚くべきものがある。
 そうしたシュールな世界の中で、テーマはとても古くてある意味常識的なところに戻ってくる。女主人公青豆は、あれほど毛嫌いしていた神というものに再び向かい合う。そして確信する。神はいる・・・・と。

 両者とも告げているメッセージは、次の時代のキーワードは宗教性にあると言っているような気がする。今はそういう時代なのだと僕も強く思うのだ。

 さてゴールデン・ウィーク中は一週間お休みします。次の更新は5月9日の日曜日か10日の月曜日になります。みなさん、良い休日をお過ごし下さい!暇だったら「カルミナ・ブラーナ」にも来てね!

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