カルミナ・ブラーナ無事終了
 「カルミナ・ブラーナ」のお陰で連休が全部つぶれたけれど、この公演はやって良かった。まあ、連休といっても我が家では娘達も大人になってしまったので、
「ねえ、どこかへ連れて行ってよ!」
と言われることもないので、あまり関係ない。それも淋しいものがあるけれど・・・・。
 舞台を見ていて驚いたのは、数年前の初演に比べて、新国立劇場バレエ団のレベルの向上が著しいこと。動きがシャープでピシッときまっており、スピード感もある。群舞のエネルギーが凄い。
 また、次期バレエ部門芸術監督に決まっているデビッド・ビントレーの振り付けの素晴らしさにあらためて感嘆した。「カルミナ・ブラーナ」という作品の本質を内面からうまく表現している。3番「うつくしき春」の“妊婦の踊り”という発想の素晴らしさ。5番「春の訪れ」のはじける若者達のエネルギー。6番管弦楽曲のタップダンスとアイルランドの民族舞踊を取り入れたステップ。12番「焙られた白鳥の歌」の着ぐるみを着たユーモラスな踊りなど、次から次へと目を奪われている間にあっという間に一時間が過ぎてしまう。終曲で男性が逃げるように去り、女性が残って1番と同じ踊りを踊るが、女性が増殖していく。「女は強し!」と女性の勝利を誇っているように映ったが、考えて見ると「運命」はFortunaという女神なので、この場合は女神には誰も逆らえないということか。

 そして手前味噌だけれど、初演時より新国立劇場合唱団の響きのクオリティもかなり上がっているのが客席から感じられた。響きが濃密になっているのだ。まあ、それでも「カルミナ・ブラーナ」にもっと大音量のガツーンという音量の効果を期待する人には、まだ物足りないかも知れない。でも、通常は100人以下ではやらないこの作品をわずか60人で、しかもオケピットの奥で演奏したにしては上出来だったでしょう。
 Nazazaの二重合唱は30人ずつになってしまうし、有名な14番「われら、居酒屋にあっては」の男声合唱だって30人でやらなければならない。オーケストラも合唱団と一緒にオケピットに入るギリギリの数だけれど、コントラバスわずか3人といったら、モーツァルトの編成だ。いや、モーツァルトだってオペラをやる時はもっと大きな編成で行う。
 でも、言っておくけどこれはバレエの公演だ。演奏会形式「踊り付き」ではないのだ。舞台上に堂々とフル編成のオケと180人の合唱団を並べて、バレエをむしろオケピットででもやってもらえば、我々は気持ち良いかも知れないが、それではバレエ公演としては成立しないのだ。
 指揮者のポール・マーフィーは、ビントレーが芸術監督務めるバーミンガム・ロイヤルバレエとそのオーケストラ、ロイヤル・バレエ・シンフォニアの首席指揮者として、ビントレーと共に活躍しているが、彼は最初、
「向こうではいつもマイクを使っていた。ここでも使おうと思う」
と言っていた。でも僕は、
「前回も使っていませんでした。この劇場でマイクを使うと、本当に人工的な音になってしまうからやめた方がいいです」
と反対していた。彼は僕の意見に対し懐疑的だったが、合唱団の響きを聴いて考えが変わった。彼は合唱団に対しマイクを一切使わない事に決めた。
「基本的なサウンドがしっかりしているのだから、この自然な感じを壊してはいけない」と僕に語ってくれた。
 大切な事は音量ではないのだ。今の世の中、音量などマイクがあればいくらでも上げられるし、いたずらに音量の大きい音楽が街に溢れている。でも、僕がこれまで合唱団で築き上げてきたものは、なんといっても音質であり響きの濃密さなのだ。仮に音量が出ていたとしても、各個人の発声に統一感がなく響きがバラけていたなら合唱団としての量感は確保できない。すると聴衆は充実感が感じられない。指揮者マーフィーは、そうしたことをきちんと理解してくれたので、僕は彼の事が大好きになったよ。

舞踏と音楽との幸福な結びつき。まさにそんな言葉がぴったりな公演で、僕はとてもしあわせだった。

カロリーと運動のイタチごっこ
 最近は、以前のような極端な食事制限はしない代わりに、カロリーを採り過ぎたり体重が増え過ぎた時には、運動でそれを補うことにしている。その方がずっとストレスが少なく健康的である。
 食べる。オーバーカロリーになる。運動する。で、相殺!ワインの飲み過ぎ。運動する。相殺!この過食と運動のイタチごっこが続く。目安は体重計。毎日計っている。

 自転車で初台まで往復すると、大体300gから400g軽くなる。この即効性は素晴らしい!勿論、その後お腹がすいたといってたっぷり食べてしまうと即座に戻る。それどころか、油断し、勢いがついて食べ過ぎると、かえって増えてしまう。でもとりあえずマイナスの状態から体重をコントロールするのでやりやすい。だから自転車通勤ははずせないが、毎日はさすがに無理。何といっても、往復50kmの道を行って帰ってくるだけではなくて、その間に仕事をするんだからね。

 ゴールデン・ウィーク前の4月26日月曜日と、直後の5月6日木曜日はオフの日。そこで自転車で京王線高尾山口まで行き、登山をして帰ってきた。そんな時は一日で一挙に700gも減った。でも、ヤッターッ!と喜んでしまって、4月26日には晩に自分へのご褒美とワインをガブのみした。すると次の日は普段より300g増えていた。相殺ならず、無念!全く、一日で1kgも増減するんだね。人間の体って・・・・。

新緑の高尾山
 さて、僕はお弁当を持って自転車で高尾山に行った。僕の家は甲州街道から国立インターへ向かうT字路の近くにあるが、ここはもう日野バイパスの始まり。この日野バイパスをまっすぐ行く。日野橋で多摩川を渡ってモノレールの線路を横切ると急な上り坂が見えてくる。自宅から高尾山口までの行程できついのはこの坂のみ。でも登り終わると丘の上から見下ろす多摩地区の眺めは爽やか。
 やがて国道20号に合流し川を渡る。八王子駅を左に見て、果てしなく長い八王子商店街を通り過ぎてから高尾方面に左折する。このあたりに八王子高校があり、次女の杏奈がかつて通っていた。それから高尾山口まで一本道。迷いようがない。あたりの山の新緑がういういしく、咲き始めたハナミズキの白さがハッとするくらい鮮やか。薄紅色の花も街角をあでやかに彩っている。ハナミズキって、こんな素敵な木だと始めて思った。風もすがすがしい。

 高尾山の山頂までの道は、どこを通っても上り坂がきつい。4月26日月曜日は、案内も見ずによく分からないまま、高尾病院わきの荒く切り立った道を自分が犬になったかと思うほどハアハア舌を出して登り、ケーブルカー駅の下あたりから三号路と言われる、すれ違うだけで生命の危険を感じるほど狭くて切り立った平らな山道を通っていった。
 高尾山には会社をすでに定年退職したと思われる世代の登山客が結構いて、しかも元気にひょいひょい登っている。僕のように息を荒立ててなどいたら、
「なんだ若造のくせにだらしない!」
と渇を入れられそうな勢いである。

 山頂であたりの山々を眺めながらお弁当食べる気分は最高!雲に遮られて富士山こそ見えなかったけれど、遠くの景色を眺めているだけで雄大な気分になる。新緑の山頂は新しい命の息吹に溢れていて、僕はあっちからもこっちからも漲る“気”を受けた。周りの登山客達もみんないい顔している。“しあわせ”というものはこんなに簡単に手に入るのかと、ここに来てあらためて思った。
 妻も来ればよかったのに。僕と一緒に自転車に乗って来て、徒歩で山頂をめざすしか選択肢がないように感じられたのだろう。お弁当だけ作ってくれたが自分は家に残ると言って来なかった。電車で来てケーブルカーに登って山頂で待ち合わせしたってよかったのに・・・・。
 でも、それだとお弁当だけ一緒に食べて、
「ほんじゃあ、また家で会おうね、バイバイ!」
となってしまうのか。それもなんかなあ・・・・。

 と、4月26日には優雅に思っていたのだよ。ところが5月6日の山頂ときたら、小学生軍団が山頂を占拠しており、とてものんびりお弁当を食べられる状況ではない。そういえば、出発点のケーブルカー清滝駅前で、僕はサイクリングの疲れを癒して、これからの登山に備えようと一休みしていたら、そこに小学生の一群がいて、先生が、
「さあ皆さん、今日登るのは稲荷山コースと言います」
と説明しているのが聞こえた。
「ヤベエ、こいつらと一緒になんかなったら、うるさくてしょうがない」
と僕はあせった。僕も今日は脇の方を通る稲荷山コースを登ろうと計画を立てて来たのだ。
 そこで休憩を切り上げて、いそいそと稲荷山コースに入った。あいつらに追いつかれたら大変とダッシュで坂道を登ったら、最初の10分くらいで死ぬほど疲れてしまった。疲れてダッシュをやめて、あたりを見回して急ぐ必要がなかったことに気がついた。何故なら、下の児童達を恐れる前に、すでに登山道には複数の学校の児童達が登っているのだ。その数や半端じゃない。

 稲荷山コースの道は、先日の三号路よりずっと広いし、展望台もあって景観は良いが、きつさは同じくらい。
「ハアハア、もうすぐ展望台だ。そこで一休み!」
と思っていたら、展望台に着く前に向こうの方から子供達のキャアキャア叫ぶ声が聞こえてきて、嫌な予感がした。案の定、ベンチは全部座られてしまっている。
「ああ、楽ちん楽ちん!景色バツグンだねえ!」
なんて言っている。やい!お前らは若いんだから、ベンチなんかいらねんだよう!お年寄りに席を譲りなさい!

 そして山頂たるや、一体いくつの学校が来ているんだ?みんなゴザを敷いてお弁当を食べている。そういうわけで5月6日は山頂でお弁当を食べるのは断念せざるを得なかった。ああ、4月26日のあの幸福感はどこに・・・・。でも、写真を見比べてもらうと分かるけれど、この10日の間に緑の量が圧倒的に増えている。凄いな、自然の生命力って!
 山頂での昼食を断念した僕は、仕方なく薬王院でお参りし、その下の参道のベンチでお弁当を広げる。この日は妻が朝から出掛けていたので、お弁当は自分で作ったドイツパンにチーズやハムをはさんだサンドイッチだった。山頂だったらまだしも、薬王院の参道には全然似合わないなあ。お弁当をわざわざ持ってくることもなくて、薬王院の精進料理やとろろ蕎麦なんかの方がかえってよかったかも・・・・・。
 
 なんとなくいろいろがハズれた感じだったので、下山ではリフトに乗ってみた。下りのリフトは、はるか下の景色が見えるので、ちょっと怖い感じがするが、オープン・エアーだからケーブルカーよりもずっと楽しかったよ。これはお薦め。

「天地明察」を読みました
 NHKの連続朝ドラ「ゲゲゲの女房」は案外面白い。そのことについてはまたいつか書こうと思う。僕は貸本漫画にどっぷり漬かった世代なので、いろいろ思い出があるのだ。朝ドラを見終わると、新しく始まった「あさイチ」という番組をちょっとだけ見て、僕は二階の仕事場に向かう。この番組に出てくる子ブタが可愛くてたまらない。
 
 ある時、本屋大賞を受賞した小説が「あさイチ」で紹介されていた。これは全国の本屋の店員が推薦する賞だそうで、受賞作品は冲方丁(うぶかた とう)著「天地明察」(角川書店)という歴史小説。興味が湧いて買おうと思ったら、なんと家にあった!長女の志保が買って読み始めたのだが、今二期会の仕事が忙しくなって中断しているとのこと。
 そこで志保から拝借して早速読んでみた。感動した。ものすごく感動した。久々に出会った「熱い」本だ。ただ、ひとこと言っておくが、誰にでも読みやすい小説というのではない。これが村上春樹の本だったならば、読み始めたらすぐ物語があれよあれよという間に展開して、
「ええ?これって一体どうなっちゃうの?」
と思っている内にやめられなくなっちゃって、気がついてみたら読み終わってしまった、という風になるんだけれど、残念ながらそんな展開にはならない。

 本屋大賞を取ったお陰で、いろんな人がこの本を手に取るのだろうが、ちょっと覚悟して読み始めた方がいいと忠告しておく。途中までは我慢が要る。現代ではなく江戸時代の物語という時代劇なのに剣豪やチャンバラは全く出て来ない。扱っているテーマは地味。とっつきにくいと言えなくもない。
 でも、物語の流れがだんだん飲み込めてきたあたりから面白くなってくる。そして一度惹きつけたら今度は離さない。何故か?それは、僕たちの中に眠っている「知への好奇心」を刺激するのだ。
 だから・・・・こういう言い方をしていいかどうか分からないが、「知への好奇心」をあまり持っていない人は、もしかしたら最後まで我慢して読んでもつまらないと感じるかも知れない。ちなみに僕は最後まで読み切った時、この本が何故(たとえば1Q84も抜いて)本屋大賞を取ったのか合点がいった。
 要するにこの小説は、「本屋の店員になろうとするような種類の人」が読んで、うーんと唸るようなものなのだ。言葉を変えて言うと、やや知的オタク向けかも知れない。

関孝和が出てきた!

和算の大家、関孝和(この場合は、せきこうわと読む)
 この言葉を聞いてピンとくる人は群馬県人だ。これは群馬県人だったら誰でも知っている一方で、群馬県人以外は間違いなく誰も知らない、まさに群馬県人の群馬県人による群馬県人のための「上毛カルタ」と言われるものの最後の「わ」の札の文句だ。
ちなみに「あ」は、
       浅間のいたずら鬼の押し出し
「い」は、
       伊香保温泉、日本の名湯
「う」は、
       碓氷峠の関所跡
と、この歳になってもどんどん口をついて出てくる。このカルタは、小学校の時に学校の授業でもやったし、折あるごとに家でもやって、僕は結構強くて得意だったけれど、大人になってからそれが群馬県以外では何の役にもたたない無用の長物であることが判明した。悲しい。

 まあ上毛カルタのことはどうでもよい。その関孝和(せき たかかず)のことであるが、江戸時代に活躍した有名な数学者である。僕はこれまでカルタの文句としては知っていても、その人物には特に興味もなく、第一、数学は西洋のものと決まっているので、和算の大家と言われてもねえ、という感じであった。
 その名前がいきなりこの小説の中に出てきたのでびっくりした。しかも物語の最も重要なところで、挫折し、生きる希望を失った主人公の渋谷春海の前に姿を現し、物語を大きく転換させていくキーパーソンとなる。
 おお、群馬県人!と不思議な感動が身を包んだ。ところが調べてみたら、関孝和は現在の群馬県藤岡市(僕の故郷の新町の隣)に生まれたか、それとも東京に生まれたかさだかではないということだ。おまけに、仮に藤岡に生まれたとしても、生後ただちに東京に引っ越してしまったので、群馬県には何の思い入れもなさそうなのだ。それなのに上毛カルタに勝手に組み込んでしまって、群馬の偉人として讃えていいのでしょうか?
 関孝和については、この小説中で春海が研究していた授時歴を、春海とは別に独自に研究していたことは史実として知られているが、小説で表現されているような春海との内面的関係については何も伝えられていない。ましてや、小説中最も感動的な場面、すなわち初対面での罵倒のシーンなどは、作者のファンタジーのたまもの以外の何物でもなさそうだ。
 このように歴史小説家といういうのは大変だな。史実があるので、インスピレーションだけで勝手に書いてしまうなら、事実とのギャップが生まれ、「嘘が書かれている」と専門家から一蹴されてしまうリスクを負っている。さりとて史実のみを追っていたら、いっこうに独創的で血の通うドラマが構築されてはこない。
 要は資料を手前に引き寄せておいて、それら全てを鳥瞰出来る立場に自らを置き、歴史と歴史の狭間のどちらともとれる曖昧な所をねらって一気にファンタジーを膨らませ創作をねじ込ませるわけだ。時間と手間が膨大にかかるが、時間と手間さえかければ必ず良いものが書けるという保証はない。特にこの小説では話題が囲碁だの暦だのという地味なものだからね。この題材を使いながら、これだけ面白い読み物に仕立て上げた作者の手腕たるや相当なものだ。

学究の徒
 「天地明察」を読みながら強く思ったことは、日本人も凄いなあということ。あの時代に独力であれだけのレベルのことをやっていたんだからね。暦といっても要するに天文学なのだ。星の運行に精通することであり、数学的にももの凄く高度な計算が要求されるわけだ。
 それと、何かをきわめるということはこういうことなのだとあらためて考えさせられた。感動は、主人公渋皮春海の生き方そのものの中にある。才能と情熱。このふたつの内、どちらが欠けても大事は成し得ない。その不屈の精神にとても勇気づけられた。叩かれてもあざけられてもめげてはいけない。自分の信じる道を邁進するのみ。人間、こうでなくっちゃね!
 それと、僕は学究の徒というものにとてもあこがれる。今は芸術の世界に身を置いているけれど、大学にこもって研究に明け暮れるような人生を送ってもよかったと思っている。だから春海のように、こんな報われないようなものにこれだけの情熱を傾ける生き方にもまぶしさを感じる。
 また、春海が関孝和を必要以上に意識する気持ちって、とても分かるのだ。関孝和の方から春海を眺める気持ちも同じである。それはエキスパートの人間同士が持つ独特の感情。互いを正当に評価するリスペクトは持ちながら、同じくらい警戒心や嫉妬心や反発心や競争心に支配された感情。でも凡人の卑屈なねたみ心とは確実な一線を画す。とどのつまりは、これだけの才能を持つ人間が同じ時代に生を受けている事への素直な驚きの念から発している。その感情は、宗教を超えた宗教心に支えられている。

小説「天地明察」の素晴らしさ
 「天地明察」は、小説としてのエンターテイメント性にも欠けていない。女主人公のえんとの関係の描き方も秀逸。確かアサイチでは、草食系の主人公としっかりものの女主人公として紹介していたように記憶している。

 やっと結婚というゴールインを果たした二人の初夜。ぐずぐずしている春海をえんがじれったがっている。

「あの・・・・私も、お頼みしたいのですが」
「な、なんだい。なんでも言ってくれ」
すると、えんは、ちょっと目を逸らして、その頼みごとを口にした。
「早く、この帯を解いていただけますか」
春海は真顔のまま、こっくんと大きくうなずいた。
 この小説は熱い!
たちまち目頭が熱くなり、涙が噴きこぼれ・・・・・

気がつけば頬を涙が濡らしていた・・・・・
 この小説ではとにかく泣くシーンが多い。最近の小説には珍しい。特に若い世代の作家が書く小説には・・・・・一般的には、泣くシーンなどを下手に多用すると、独りよがりな「感動の押し売り」となりやすく読者がヒイてしまうので、なるべくサラリと描くのが作家の常識だ。名役者が舞台上で自分では決して泣かず、かえって客席を泣かしてしまうように。コメディアンが自分で笑ってしまったらおしまいだと言われるように。それがプロなのだと言わんばかりに・・・・。
 でも作者は、そんな懸念には全く無頓着のように見える。主人公達の内面のリアリティに従って、泣こうがわめこうが物語の中で好きに動かせているようだ。それがまた読者の心の中に自然に伝わってくる。
 春海が、
「必至!」
と叫ぶごとに僕たちの胸の中にジワッと熱いものが広がる。春海の、何のてらいもなくものごとにまっすぐ向かい合っている姿勢が胸を打つのである。
 先にも述べたように、春海が大きな挫折を味わう瞬間では、僕自身も激しい衝撃を受け、
「なんで・・・・・・?」
と心の中で絶句した。それほどまでに主人公の心と一体となっていたのである。

 こんな風にこの小説は、ドラマの展開の仕方や文章の運び方が適切で、隅々までそつなく仕上がっているが、その完成度を作り出しているのが冷たい理性ではなく、作者の熱気であるところに、この作品の真の価値があると僕は思う。
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