「ワイマールのバッハ」本番直前~蕎麦屋のカツ丼

 5月22日土曜日は、東京バロック・スコラーズの5月30日「ワイマールのバッハ」演奏会のためのオーケストラ練習及びオケ合わせだった。前回の「ドイツのクリスマス」では、クリスマス・オラトリオ全曲に加えて、ブランデンブルグ協奏曲2曲とモテット2曲というハード・プログラムだったので、曲をこなすだけでも大変だったが、今回は落ち着いて準備にかかることが出来た。
 特にソリスト達のアリアの練習にはたっぷり時間をかけて、歌手もオブリガートの器楽奏者達も、それぞれの持ち味を存分に出せるような状態にまで持っていく事が出来た。オーボエの小林裕(こばやし ゆう)さんや、フルートの岩佐和弘(いわさ かずひろ)さんといった名手達のソロ・オブリガートが、高橋ちはるさんのアルトとからんでくる12番や182番の静かなアリアは楽しみですよ。器楽奏者で今回の掘り出し物は、東京フィルハーモニー交響楽団トランペット首席奏者の辻本憲一(つじもと けんいち)さん。柔らかい音で極上のバッハを奏でる。
 この後、本番前日にもう一度オケ合わせがあり、ゲネプロ、本番へと進んでいくが、もうかなり出来上がってきており、普通の演奏会だったら、もう今日そのままやってもいいようなレベルに達している。でも、これからもう一皮むけるからね。それが東京バロック・スコラーズの奏でる21世紀のバッハ!

 ワイマール期のバッハのカンタータは、後のライプチヒ時代のカンタータと比べると、構造的要素よりも心情的要素の方が勝っており、流れが自然で親しみやすい。勿論バッハだから、他の作曲家よりも構造的要素は強いし、技法的に後年の作品より劣っているということはない。でも、流れが自然だということは、言葉を変えれば歌い易いということでもある。
 今回の演奏会で取り上げたワイマール時代のカンタータは、合唱団の響きを作り上げたり、発声を研ぎ澄まして声の統一感を計るにはとても良い教材となり得た。その成果を皆さんに味わっていただきたい。東京バロック・スコラーズの響きは、まるで生まれ変わったようにクリアーになってきたからね。

 また、近藤薫(こんどう かおる)君をコンサート・マスターにしたストリング・サウンドも、ますます進化している。クリスマス・オラトリオの時に初めてその基礎が築かれたこのサウンドは、僕が以前から目をつけておいたヴァイオリニスト近藤君との共演によって初めて成し得たものだ。
 細かい記述は避けるが、バッハの弦楽器演奏の場合、キーとなるのは弓の運び方だ。しなやかで巧みなボウイングが運動性のある生き生きとしたバッハ演奏を生み出すのだ。ヴィブラートの奏法に関しても、昔ながらの方法では、ブラームスやワーグナーを弾くように弓を重圧をかけて押しつけながら、左手でヒラヒラと嫌らしいヴィブラートをかけていた。極端に言えば、ヴィブラートに頼りさえすれば「表情豊かな」演奏が得られると思われていた。つまり、右手は引き延ばされた大きい音を出すために弓を使い、左手は音程をとりながらヴィブラートで表情をつけるというのが古い考え方だ。それは間違いとも言い切れないが、その方法でモーツァルト以前の音楽をやると聴けたものではない。
 古典派以前の音楽では、弓の表現力を最大限に使わなければいけない。弓のスピード感や圧力のかけ方を一定ではなく自在にし、力を入れるところと抜くところのタイミングを見計らう。これをモダン楽器で正しくやることで、ある意味オリジナル楽器の奏法にも近づいていくが、同時にモダン楽器でないと表現出来ない多様な奏法も取り入れて、僕は両方の長所を最大限に引き出せるバッハ演奏をめざしている。

 ということで、みなさん!今度の演奏会は、「ドイツのクリスマス」ほど派手ではないけれど、東京バロック・スコラーズにとっては、新たな出発点とも言える大きな意味を持つ演奏会だ。この団体が演奏するのは、このような美学に支えられたひとつの確固たるバッハ演奏の典型だと、世界に向けて発信する。

オーソドックスであることの凄さ
 演奏はもの凄くオーソドックスだ。むしろオーソドックス過ぎるくらいだ。当たり前のテンポに当たり前の解釈。でも、僕はここに至るまでにあらゆる可能性を突き詰め、もうこれしかないという確信を得るまで追求することをやめなかった。
「この曲って、結局ここに落ち着くのでしょう」
という落とし処というのは、実はどの曲にもあるのだ。だから、この当たり前さには、オーバーに言えば僕の音楽家としての生命がかかっている。
 要するに、
「わたしたちこだわってます!」
とことさらに強調するような押しつけがましい演奏とは一線を画す。そういう演奏は真のオーソドックスからは遠く、所詮飽きられる運命にあるから。

 どこかの雑誌にあったなあ。
「わたしたち“こだわり”のではなく、ただの蕎麦屋のカツ丼です」
こういうのがいい。インパクトはあるかも知れないけれど、多分この店には二度と来ないだろうなあと思う味ではなくて、3日経ったら「また行ってみたいなあ」あるいは「時々行ってみたいなあ」と思わせる自然な味。でもそういう味を作り出し、維持することこそ最も難しいことなのだ。本当は誰にも負けないこだわりを持たないと達成できないのだ。

 いつも行けば味わえるあのカツ丼の味。目新しさはないけれど、あるべきところにあるべきものが全て揃っていて決して不満を感じる事のない、しかしこの世の中になくてはならない味。それが東京バロック・スコラーズの目指すバッハ。
 それにしても、バッハはいいぞう!特に若きバッハのエネルギーには、人を癒すだけでなく、明日への活力を導き出す力がある。

人生に疲れた人よ。このバッハを聴け!

パンフレット~プライドとの戦い
 新国立劇場では「影のない女」初日の幕が開いた。指揮者のエーリッヒ・ヴェヒターの作る音楽は、さすがベテランだけあって揺るがない。こういう真の職人がうようよいるところがヨーロッパの懐の広さだなと、僕はあらためて思った。
 ここでのリヒャルト・シュトラウスの管弦楽法は、ハープやチェレスタを効果的に使って精緻きわまりない。最後の「生まれざる子供達の合唱」も、主人公達の愛の陶酔に溶け合って感動的だ。
 
 でも今回、合唱団は全て舞台裏で歌うしコスチュームはないしカーテンコールにも出ないしで、なんとなく影が薄い。立ち稽古にも全く参加しなくて、オケ合わせの日にキャスト達に、
「初めまして!」
と挨拶したくらいだし、僕も自分のことを、
「今回は影のない合唱指揮者です」
と半ば自嘲的に呼んでいる。
 残念ながら、アシスタントに陰コーラスを振らせ、客席で全体の響きを聴きながらバランスを計るといった余裕が全くなかったため、今回は最初からずっと合唱団につきっきりで舞台袖にいるので、舞台を落ち着いて見る事が出来ずに本番を迎えてしまった。だから音楽的な事はともかく、全体に関してうんちくを語れる立場ではない。

チラシエッセイ
 初日の帰りに初台駅で僕に話しかけてきた女性のお客さんがいた。
「三澤さんのパンフレットのエッセイがなかったら、チンプンカンプンの状態でオペラを観るところでした。いつも素晴らしいガイドをありがとうございます。友達もみんなそう言っています。あたしも隠れたファンでしたが、ちょうどお会いした機会に一言いいたくて・・・・。これからも頑張ってくださいね。」
 うーん、やっぱり人に褒められると嬉しい。特に、立場的に僕にお世辞を言う必要もない赤の他人の言葉だからことのほか嬉しい。

 パンフレットのエッセイは2006年から書いている。最初は一年間だけのつもりで営業部から全公演のエッセイをお願いされたが、評判がよいというので次の年も引き続きやっていただけませんかと言われた。僕は最初断った。
「たぶんマンネリになると思うので、やめた方がいいと思います」
でも、
「三澤さんの文章は、学者の書く文章とはひと味違うんです。オペラを内部から良く知っている人でなければ書けないような内容で、しかも難しすぎないのでいいのです」
とおだてられ、
「それほどでも・・・・」
といい気になっているところに、
「では演目を選んでならどうですか?」
と食い下がられ、まっ、いっかと承諾して今日に至っている。

 こういう事が出来る背景には、2004年から続けているこの「今日この頃」の力が大きいと思う。週に一度ずつ原稿を仕上げるという事がどれだけ文章を書く練習になっているか。別にこれは仕事でもないし、ギャラがもらえるわけでもないので、無理して毎週欠かさず原稿を書き上げる義務もないのだが、考えてみると今や自分の生活の中で最も一生懸命やっていることが「今日この頃」なのかも知れない。

 パンフレットのエッセイ用の原稿は、ワードにして1ページ強の分量だ。「今日この頃」よりもずっと短いので楽な部分もあるけれど、書き始めるとたいていは、もっと長くなってしまった初稿をこの分量の中に収めて最終稿としてまとめるのに苦労する。つまり、削って削って必要最小限のものだけを残すのだ。これが最も難しい。
 その際に何を一番大事にするかというと、これを読んで
「へえ、面白そうだな、行ってみたいな」
とお客様が思ってくれること。これには割り切ることが必要だ。つまり、自分がよく知っているオペラほど、あれもこれも書きたいのだが、
「今回はこの点だけを強く訴えてお客様に興味を持ってもらう」
という限られたコンセプトに絞り込むために、捨てなければならないものを捨てる勇気が要求される。

 以前、「ワイマールのバッハ」講演会の話の中で、自分がホストとなる時の自己のプライドとの戦いについて書いたが、ここでも僕は自分の「このオペラを知っている」というプライドと戦っている。そのプライドに打ち勝ち、「自分がこれだけのことを知っている」という奢りが原稿から全く感じられなくなり、「この点を味わってもらいたいために劇場に来ていただく」という無私なる想いのみに純化された原稿に仕上がった時、初めて有用なものとなり得るのだ。

何を求められているか?有能と有用の違い
 まあ、だから何を言いたいのかというと、これだけ書くのも楽ではないのだ。よく言われることに「有能」な人が社会の中で常に「有用」とは限らないということがある。それどころか、有用でない有能な人は、かえって社会にとっては邪魔であり迷惑になることもあり得るということだ。
 その理由はやはりプライドなのだ。有能な人はどうしても自己顕示欲が強いから、自分が有能であることをアピールしたくなる。でも社会が必要としているのは、ある求められた仕事に対して「有用」であるか否かだけであり、それ以外の知識の披瀝や自己顕示は不必要なのだ。
 ところが優秀な人に限って、自分の有能さに目がくらんで、自分がここで何を求められているのかを見極めることを怠る傾向がある。そして結局、自分より才能としては劣っている人に、その座を奪われてしまうことになる。実は、世の中何をするのにも、最大の敵は自己のプライドなのだ。僕のチラシのエッセイ作りは、自分のプライドとの戦いのエチュードなのだ。

悩み多き「トリスタン」
 5月の第一週、来シーズン開幕の「アラベッラ」原稿を仕上げて営業部に提出した。これは結構うまくいったと自分では思っている。6月初めには「アンドレア・シェニエ」と「トリスタンとイゾルデ」を提出しなければならない。「アンドレア・シェニエ」は、フランス革命とからめて書けば興味深いものに仕上がると思う。でも一番悩んでいるのは「トリスタンとイゾルデ」。
 「トリスタン」は今年の夏に自分も演奏会で抜粋を演奏するし、ワグネリアンである自分としては、このまぎれもなくワーグナーの最大傑作に関して、ゆうに一冊の本が書けてしまえるほど語りたい事柄に事欠かない。
 あれも書きたいしこれも書きたい。それをひとつの切り口だけに絞り込んで、ワードの一ページにまとめる事なんて不可能に近い。どうしよう・・・・。ということで、これから苦渋の日々が待っているのだが、みなさん、仕上がってパンフレットになったら読んでね。
 そして、それを読みながら、僕の最終稿に至るまでの葛藤の軌跡を想像してみるのも、みなさんの新しい楽しみ方かも知れませんよ。

まだ声が出ない!
 まだ声が出ない。体はほとんど何でもないのに、声だけがガラガラのままもう随分経つ。これは中国から来る黄砂のせいだという人もいるし、今流行の風邪だと断言する人もいる。先週も書いたが、僕は風邪を引くとアレルギーを併発しやすい体質なので、声に影響があることも少なくないのだが、こんなにめちゃめちゃに声がつぶれ、しかもこんなに長引くのは初めてだ。
 土曜日の東京バロック・スコラーズのオーケストラ練習までにはなんとか治したかったけれど、残念ながらガラガラ声のまま練習をした。さらにこの週末はフル稼働だった。オケ練終了後、僕はお台場に向かって急いだ。実はこの日は六本木男声合唱団倶楽部が朝から合宿をやっていた。僕は土曜日の練習には参加出来なかったが、練習後の懇親会に出て宿泊し、日曜日の9時から12時半までの練習を行った。その後急いで都心に戻ってきて2時から「影のない女」公演の合唱指揮を舞台袖でモニターを見ながら行い、さらにその晩は来日しているノヴォラツスキー元新国立劇場芸術監督と一緒に食事をした。
 どうしてこんな無茶なスケジュールを組んだのかとも思うが、健康な時はこれくらい何でもないので、今週末も「健康であるだろう」ことを予測して組んだスケジューリングだ。自分で組んだのだから文句をぶつける相手がいない。

ゴージャスなロクダンの合宿
 六本木男声合唱団倶楽部のことだから、合宿といったって、たとえば青少年の家なんかでするわけはない。今回合宿している所は、ゆりかもめの国際展示場正門駅の近くの「東京ベイコート倶楽部ホテル&スパリゾート」という長ったらしい名前の会員制ホテル。なんでも団員に会員の人がいて、ロクダンのために融通してくれたということだ。
 いやはや、「都会の隠れ家」というふれこみで、プールやジム、スパなどなんでも完備の超豪華ホテル。こ、こんなところで合宿かよ?練習場は結婚式をするような豪華なバンケット・ルーム。
 僕の泊まった11階の部屋からは、フジテレビや観覧車やレインボーブリッジなどお台場一帯の景色が、まるで自分の家の庭のように一望出来る。室内はブラウン系のシックな色調がかえって高級感を煽る。超でかいダブルベッドがゆったりとした部屋に位置を占めるが、ソファやデスクの空間もたっぷりとってある。これはひとりではもったいないな。誰か連れてくればよかったかなと思うくらい。バス・ルームに入ってびっくり。ここだけでも3人くらいはたっぷり泊まれる。湯船に浸かってスイッチを入れると勢いよく泡が出てきた。すなわちジャグジー状態。
 いいなあ。まさに都会の隠れ家!でも残念ながら僕の場合、夜遅く着いて午前中はずっと練習なので、プールやスパがあるといっても味わう時間的余裕なんかないではないの。チェッ、午前中の練習なくなんねえかな。なくなるわけないよね。そのために僕が呼ばれたのだから。

ところで肝心のロクダンの練習はどうだったかって?

 そうねえ・・・・朝食バイキングはおいしかったよ。恒例の朝の一時間のお散歩の後だっただけに余計おいしく感じられた!お散歩はフジテレビのあたりをくまなく回ってみた。お台場って、初めて行ってみたんだよ。成田空港の行き帰りとか、しょっちゅう通ってはいたのだけれどね。これはデート・スポットになるわな。
 
それでロクダンの練習はどうだったかって?

 そうねえ・・・・・あっ、そうそう、経費はみんなロクダン持ちだろうから、前の晩、冷蔵庫の赤ワインでも飲もうかなと思って取り出してよく見たらGevrey-Chambertinじゃないの。嫌な予感がして料金表を見たら、な、なんとハーフボトルのくせに六千円だって!僕がもっと図々しい奴だったら、ええい、構うものか!俺は指揮者だい!と堂々と飲んじゃうんだろうけれど、気後れがしてボトルをそうっと冷蔵庫の中に戻しておいた。
 って、ゆーか、もったいないっていうのもあるのだけれど、安ワインならともかく、“赤ワインなのに冷蔵庫に入っている!”というのがそもそもイケてないし、高級ワインのChambertinといえども、Chambertinの中でも最高級品というものでもないこのハーフボトルがフランスでだいたいいくらくらいしているか知っている僕としては、自分であれ誰であれ、この値段を払ったり払わせたりするのは許し難かった。こういうこと言ってるから、貧乏性でセレブからほど遠いのだな・・・僕は・・・・。

それでロクダンの練習は・・・・・?

 そうそう、僕が懇親会に着いた時に、団長の三枝成彰さんがマイクを持ってみんなの前でお話ししていた。それは今やっているLettersという男声合唱とオーケストラのための組曲を作曲した想いを語っていたのだ。
 Lettersというタイトルは文字通り「手紙の複数」で、戦争に参加したいろいろな国の兵士達が、死をを予感しながら自分の肉親や恋人などに綴った手紙の文章を、亡くなったコピーライターでロクダンの団員でもあった眞木準(まき じゅん)さんが編纂したものに三枝さんが曲をつけた。
 三枝さんは話の中で、自分が徹頭徹尾反戦主義者であることを訴えていた。その論調には時として「戦ってどうせ負けるのが分かっていたら、最初からあきらめて相手の支配下に入ってしまえばいい」といった極端なものもあり、団長あるいは作曲者といえども、この考え方に全面的に同調してしまっていいのだろうかという戸惑いが団員の中に見られた場面もあったが、「無駄な戦いをして無駄な死を導いてはいけない」という三枝さんの想いの強さだけは全員に誤ることなく伝わったと信じている。
 避けられない死を目前にした兵士達が、書かずにはいられない思いの丈を手紙にぶつけている文章が三枝さんの音楽に乗せて歌われる時、練習をつけている僕も胸に込み上げる瞬間が何度もある。

それでえ?ロクダンの歌はあ?????

 はははははは!いつまでもとぼけてはいられないね。うん、合宿の成果は現れていたよ。朝一番で、アシスタントの初谷敬史(はつがい たかし)君に、一度これまでやっていた部分を振ってもらって聴いた時は、どうしようかと思ったけれど・・・・・練習最後には結構上手になった。次にこのレベルから練習を始められれば夢のようなのだけれどな・・・・・・。
 彼等、音楽に向かう姿勢に関してはとても素直だし真摯で、練習の集中度もあるので、練習している間にメキメキ良くなるのだ。ただね、それで喜んでいると大変な目に遭う。

「忘却とは忘れ去る事なり」

 ロクダンの数ある欠点の内、最大の欠点は、彼らは次に同じ曲を練習するとね、また振り出しに戻ってしまったかと思うくらいとても良く忘れてくれちゃう事。もう“忘却力の偉大さ”にかけては間違いなく世界一の合唱団かも知れない。
 まあ、いいや。なんでもいいから世界一というものを持っていることは素晴らしいことだ。東京バロック・スコラーズの演奏会にも団員が多数来てくれるし、今度は団長の三枝成彰氏も「ワイマールのバッハ」に来てくれるんだよ。僕も気が長いし、彼らに対して怒ってみても仕方がない。だって、みんなとっても楽しそうなんだもん。

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