素晴らしき仲間達

8月30日(月)午前6時半
 愛犬タンタンを連れて散歩に出る。昨晩真夜中過ぎに家に帰ってきたので眠いが、体がこの生活に慣れているので、自然と目が覚める。玄関の扉を開けて外に出た瞬間、ハッとする。気温は決して低くはないが、空気の成分の微妙な変化が肌で感じられる。湿度が少し低くなっている。夏がやや撤退し始めているのだ。
 蝉時雨に包まれた散歩道。でもその道端のここかしこに蝉の死骸がころがっている。7年間も地中で過ごした後、一週間ばかりのわずかな地上での生を彼等は充分全うできたのだろうか?

 谷保村の水田の稲の背丈がびっくりするくらい伸びている。永遠に続くかと思われた猛暑の陰で、季節は素知らぬ顔で後任者に引き継ぐための残務整理を始めていたのだ。あと半月もすると曼珠沙華がその毒々しい赤を緑の野に鮮やかに撒き散らすようになる。それから抜けるような青空と実りの秋が来て、人々はウールやコートと仲良しになるのだ。こんな風にしみじみ思うのは、僕の中で昨日をもって今年の夏が終わったから。

 昨日家に着くなり、
「ご苦労さんでした」
と言ってスコアを書庫にしまった。今日は、iTunesからマーラー交響曲第4番と「トリスタンとイゾルデ」の全てのファイルを消し去る。この瞬間がたまらない。ところが、i-Podからは消えても、僕の頭からはそう簡単に抜けていってくれないんだな。特にマーラーは暗譜で指揮したので、目を閉じると勝手に音付きでスコアがそのままのレイアウトで眼前に現れて消えてくれない!
 何故かそれは一番覚えるのが難しかった第一楽章の展開部のフルート、ESクラリネットそしてハープのキャー、キャー、キャーという超高音のAの変な響きの箇所だったり、第二楽章の一音上がったソロ・ヴァイオリンのアブノーマルなソロだったりする。特にそのソロ・ヴァイオリンは、それを演奏しているこれまたアブノーマルなコンサート・マスターTの過剰な動きの映像付きだったりするから、ウザイことこの上ない(笑)。

スイミング
 今年の夏は、スケジュール的にはかなりユルユルで、僕にしてはめずらしくカレンダーに白い部分が多かった。勿論それはただ単に外に仕事しに行かなかっただけで、内容的には決してヒマというものではなかったけれど、忙しい時には出来ない事をする時間は確保できた。昨年は夏の間に随分自転車に乗っていた。でも今年はあまりに暑いから、そんなことしていたら熱中症になって死んでしまう。そこで僕はむしろ水の中に逃れた。つまり水泳に通った。
 8月始めに白馬に行って、親友の角皆優人(つのかい まさひと)君のところで、いくつか泳ぐコツを教わってから面白くなって、時間を見つけては近くのプールに通っている。水泳をしてみて思った事は、歩くにしても自転車に乗るにしても、主として下半身だけの運動なのだが、水泳は全身運動なので腕や胸の筋肉がつくし、なんといっても呼吸器をコントロールする運動であるので、指揮をする僕にはぴったしなのだ。
 そういえばカラヤンも、ベルリンの定宿は、プールが付いているという理由でケンピンスキー・ホテルだった。彼は本番を振り終わってから必ず一泳ぎして、指揮をする腕の筋肉の緊張をほぐしていたのだ。ということで、僕は今日もこの原稿を書き上げてから、すぐ近くの西府プールに1時間くらい泳ぎに行ってくる。それからお昼を食べて新国立劇場合唱団の練習に出掛ける。

 最近、指揮をしていても体が楽だ。昨日あれだけ動きまくって、それから打ち上げに出て夜遅く帰ってきても、6時半前には自然に目が覚めて、一時間のお散歩に出掛ける意欲は消えないし、多少は腕の筋肉痛は残っているものの、体全体は決して重くない。それに運動をしていると頭が冴えている。

角皆君との出遭いの意味
 気がついたのだが、僕は今第二の人生を歩んでいるのだ。かつて夢の中で見た守護霊の「53歳で死ぬ」という預言は当たっていたのだと確信している。つまり、54歳の誕生日の時に妻が強制的に行かせた検診が僕を変えた。そこで血糖値が高いことが判明し、僕はダイエットをし、運動を始めて、腹のふくれた肥満体から筋肉質の自分へと生まれ変わった。そして、それが別の出遭いを導き出し、別の人生を作り出している。別の出遭いの極めつきは、角皆君との新たな出遭いだ。

 もし以前の僕の前に角皆君が現れても、スポーツに特に関心がなかった僕は、彼との音楽談義に花を咲かせてもそれ以上の影響力はなかったかも知れない。でも今の僕は、彼のひとつひとつのさり気ない忠告にとても影響を受けている。彼のようなスポーツマンに近づいていく事はとても無理だけれど、彼を見習って、いくつになっても自分の身体能力の自己ベストを更新していきたいと願うし、自分なりに自分の「身体意識を常に持ち、高めていく」という事をモットーに生きていこうと思っているのだ。そういう意味で、このタイミングで角皆君が僕の前に再び出現したのには、本当に特別な意味があるのだ。

 マーラーの交響曲第4番と「トリスタンとイゾルデ」の抜粋という昨日のプログラムは、ハードなものであったかも知れないが、これを振ってヘトヘトになっているようでは、とても「トリスタンとイゾルデ」全曲なんて指揮できない。でも、今の自分だったら、「トリスタン」でも「マイスタージンガー」でも「神々の黄昏」でも余裕で全曲指揮出来る。そして僕には、そうした未来が待っているような気がする。その為に54歳から後の人生があるのではないかと思う。まずは体を作り直すのだと、神様が僕に命令しているような気がする。なんだ、53歳で死ぬのだと覚悟していたのに、案外長生きしそうじゃないの。

マーラープロジェクト名古屋演奏会無事終了
 先週の「今日この頃」で予告した通り、角皆君(写真で僕の右隣)がクラシックジャーナル「マーラーを究める」に投稿された土井尊博氏(一番左)と前島良雄氏(左から二番目)を連れて愛知県芸術劇場コンサートホールに現れた。マーラーおたく集結しかもゲネプロから見学したいというので、僕は大いに緊張した。ゲネプロ終了後、あるいは本番終了後の打ち上げまでの時間で、いろんなことについて語り合い、とても有意義な時間を過ごさせていただいたが、皆さん、
「来て良かった!」
と喜んでくれたので、まずはホッとした次第である。なんたって605のマーラー交響曲CDを聴いたなんていう人が目の前にいるんだからね。

 僕たち演奏家というのは、自分の音楽を突き詰めていかなければならないので、逆にそんなにCDを聴く時間がない。だから、お薦めCDなどという話になると僕が聞き役になる。第6番交響曲のお薦め版を聞いたら、土井さんはクラシックジャーナルに書かれていたようにカラヤンを薦めてくれたし、角皆君はテンシュテットを推した。でも、
「テンシュテットのは死にたくなっちゃうかも知れないよ」
だって。

素晴らしき仲間達
 さて、演奏会であるが、マーラープロジェクト名古屋管弦楽団というものは、どこにも存在しないような特殊なオケだ。このオケのメンバーの内、かなりの人達が、以前からなんらかの形で僕の指揮に付き合っている。ムジーク・フェライン管弦楽団のメンバーだったり、あるいはブラームスの交響曲第一番をやった名古屋市民管弦楽団のメンバーだったり、あるいはもっと以前からバッハ・アンサンブルでバッハを一緒にやったりで、僕が「話が長い」指揮者であることも知っていれば、ウンチクを聞いた後でサウンドが変わる体験もしている人達(と僕は勝手に解釈している)なのだ。
 そういう意味では、基本的に僕に対して他のオケよりもシンパシーを持ってくれていて、僕のやりたい音楽を全力をつくしてやろうという熱意に溢れている。その熱意がゲネプロ本番と進んでいく内に、尋常でないテンションを生み出し、会場に伝播していくのを感じた。

 マーラーの第4交響曲終楽章のコントラバスが消えていく瞬間、あるいは「イゾルデの愛の死」の最後のロ長調の和音が消えていく瞬間、僕の心の中にあった想いは、
「ああ、もう終わってしまうのか・・・・・」
というものだった。それほど音楽が奏でられているひとつひとつの瞬間が尊く、感動に満ち、輝いていた。
 演奏している本人が「感動に満ち」と言ってしまうのは、プロとして良くないのは分かっているよ。でも、本当に名曲を演奏するというのはこういうことなのだ。もうプロもアマもねえや。僕は音楽が大好きであり、指揮するのが大好きであり、そしてマーラーもワーグナーも、信じられないくらいの天才で、こういう人達と同じ地上に生を受けたことを本当に誇りに思う。人類ってなんて素晴らしいんだと思う。

 オケは、ところどころで小さいミスなどはあったかも知れない。でも、もし僕がプロのオーケストラと一緒にこのプログラムを演奏したら確実にこれを超える演奏を出来る保証があるかと言われたら、全く自信がない。だって、第一にここまで時間をかけさせてくれないだろう。そうすると、練習中におしゃべりなんて出来ないから、僕の曲に対する想いや、マーラーやワーグナーがこの曲にどんな想いを込めたかったかを説明することが十分に出来ないだろう。
 ワーグナーの演奏にしても、バイロイト祝祭管弦楽団みたいに、みんながその歌詞の意味からライトモチーフの意味をネイティブ・レベルで理解しているオケならばよいけれど、そうでないのにただ指揮して、
「はい、合いましたね。では次に行きましょう!」
なんてやっていたら、誓って言うけれど、絶対、絶対、昨日のような演奏は生まれないんだよ。そういう意味では、手前味噌で申し訳ないけれど、本当にどこに出しても恥ずかしくないレベルの素晴らしい演奏だったと思う。こんな演奏は、プロだって滅多にあるものではない。
 加えて、「愛の死」で圧倒的な歌唱を披露してくれた並河寿美(なみかわ ひさみ)さん、二階のオルガンの前で、エコーの効いた音響効果の中、夢見るようなブランゲーネの「忠告の歌」を聴かせてくれた三輪陽子(みわ ようこ)さん、それと日本で唯一トリスタンを歌いきることの出来る豊かな声量に恵まれた成田勝美(なりた かつみ)さん、いつも変わらぬ安定した歌唱を聴かせてくれた初鹿野剛(はつかの たけし)さん。本当にお疲れ様!
 合唱を歌ってくれたモーツァルト200の皆さんもね、今回は男声合唱だけだし、あっという間に終わってしまったので、あまり交流も出来なかったけれど、二週間後にバッハの「ロ短調ミサ曲」の練習に行くからね。そこでまたじっくり作りましょうね。

 演奏してくれたひとりひとりに言いたい。皆さんは全員、僕の人生においてかけがえのない仲間達!誰よりも僕の魂に近い、本当に同じ世界を共有しているソウル・メイトです。また名古屋に通って、ワーグナーでもマーラーでも何でもやろうぜ!なあ、みんな!

素晴らしき仲間達
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