アラベッラもうすぐ初日
 アラベッラが佳境に入ってきている。ブルーで統一された舞台に、今回の呼び物である森英恵(もり はなえ)さんの衣裳が鮮やかに映える。特に天羽明恵(あもう あきえ)さんの演じる舞踏会の華フィアッカミッリの赤い衣裳がブルーのバックから見事に浮かび上がって息を呑む。今回の衣裳は、勿論森英恵さんのオートクチュールだから当然だけれど、本当に高いんだって。
 合唱団の女性達はゴージャスな衣裳に大喜び。特にフィアッカミッリの取り巻きを演じる女性達の衣裳は網タイツでセクシー。助演の階段に花を撒き散らす女性達のミニスカートも可愛い。

 アラベッラ役ミヒャエラ・カウネの、中音域のビロードのような声と、そこはかとない憂愁が魅力。リヒャルト・シュトラウスの女心を描く手腕には、卓越したものがあるなあ。「ヴォツェック」でも安定した歌唱と卓越した演技で好演したマンドリカ役トーマス・ヨハネス・マイヤーの激しい感情表現が素晴らしい。妻屋秀和(つまや ひでかず)さんのイカれたヴァルトナー伯爵の演技は、オペラには珍しいけれど面白くて吹き出してしまう。これは是非一見の価値あり。

 リヒャルト・シュトラウスおたくの人達には、あらかじめお知らせしておきますが、今回の公演は完全ノーカット上演です。リヒャルト・シュトラウスのオペラは、「薔薇の騎士」でも「影のない女」でも、必ずカットがされている。確かにシュトラウスの場合、飽きっぽいのか何だが知らないけれど、第一幕のスキのない緻密さに比べると、どの作品も第三幕あたりには冗長な場面がないわけではない。でも、そんなこといったらワーグナーだって、全ての場面が本当に完璧に緻密というわけではないよ。それなのにシュトラウスだけカットしまくりでは可哀想だ。

 今回初めて完全上演で通してみて感じた。やはり完全ヴァージョンで演奏するべきだ。何故なら、第三幕でのアラベッラやマンドリカなどのモチベーションがきちんと順序立てて表現されており、通常のカット版では得られない、ラスト・シーンの感動が感じられたからだ。
 それに通常だと、第二幕ラストの合唱がカットされて、第二幕の終幕から第三幕前奏曲がノンストップで行くのだけれど、やはり第二幕は合唱で閉めて、上演時間が長くなっても休憩をおいた方がよい。アラベッラが浮気していると勘違いしてやぶれかぶれになったマンドリカが、金に糸目をつけずに舞踏会の一同を招待して、好きなだけ騒ごうと呼びかけるが、それに賛同してハンガリー語で「万歳!」と叫ぶ合唱で幕を閉める本来の不自然に明るい第二幕終景は必要不可欠なのだ。

 それから休憩をおいて、マッテオがアラベッラと勘違いして暗闇でズデンカを抱く愛の歓喜の前奏曲が情熱的に響き渡るわけだ。この音楽は、交響詩「ドン・ファン」や「薔薇の騎士」冒頭の音楽と同じで、シュトラウスの独壇場である愛の賛歌だ。ワーグナーでも書けない音楽なのだよ。これを休憩をはさんで聴いてごらんよ。印象がガラリと変わるよ。
 
 合唱団は、歌う箇所は残念ながら少ないんだけど、みんな頑張っていますよ。演技はめちゃめちゃ目立っているからね。そんなわけで、この「アラベッラ」は、シーズン開幕にふさわしい舞台にだんだん仕上がってきました。初日は10月2日土曜日。10月17日まで6回公演。みんな楽しみにしていて下さいね。

秋祭りに想うこと
 9月26日日曜日未明。夢の中で祭り囃子が聞こえている。だんだん眠りから覚めてくるが、祭り囃子は止まない。いや、これは夢ではない。枕元の時計を見る。5時ちょっと過ぎ。

 僕の家は下谷保(しもやぼ)公会堂の斜め前で、昨晩から近所の人達が集まって太鼓を叩いたり飲み食いしていた。この週末は秋祭りの本番。朝一番に祭り囃子が鳴ることになっているらしい。みんな朝早くからご苦労さんだな。そう思いながら再び心地良いまどろみに入っていく。
 夢ともなんともつかない精神状態の中で、心は少年時代に帰って行った。大工の父親と、鳶職(とびしょく)をしていた祖父は、祭りというと張り切っていた。僕の故郷の群馬県多野郡新町(現在は高崎市新町)では、郵便の区域である番地の他に一区、二区という区切りがあり、僕の住んでいた二区の山車(ダシ)は二階建てでとりわけ立派だった。祖父も父もそれが自慢で、僕もそのことを誇りに思っていた。
 山車の巡行ともなると、二区の山車は高いため電線に引っ掛かるので、特別製の鍵型に曲がったステッキのようなもので電線を上に押し上げながら巡行していた。僕も大人達に混じって押しつぶされそうになりながら山車を引っ張ったが、大人達は大きくてたくましくて、いいなあ、早く大人になりたいなあとあこがれていたものだった。
 今から考えると、祖父も父もお酒が全く飲めないのに、よく大工をやったり祭りをやったりしていたなあ。やりずらかったのではないかなと思うが、きっと飲めないものは飲めないんだと開き直っていたに違いない。

 僕は、目覚まし時計など使わなくても必ず六時半ちょっと前に目覚める。祭り囃子は止んでいる。ベッドから起き上がり、着替えて外に出る。最近愛犬タンタンにちょっとした変化が起きた。僕は健康のために朝の一時間約6キロの散歩は欠かさないが、この夏の終わりくらいからタンタンがその全行程に同行することに同意しなくなった。
 最初は散歩の途中で、たまにもう行きたくないやというそぶりをするようになった。今日は疲れているんだなと、あまり気にしなかったが、その頻度が多くなり、その内、朝僕が行こうとしても喜んでついて来なくなった。そこで、僕が最初一人で45分から50分くらい散歩して一度家に戻り、最後の15分くらいをタンタン連れて散歩するようになって今日まで続いている。
 僕自身の健康のためには、最初の10分くらいでオシッコやらうんちやらで中断されることがないため、ベターなウォーキングが出来るのだが、やっぱりひとりでは淋しいので、かつてタンタンと一緒に行ったのとは違うコースを散歩する。

 風は爽やかで空は抜けるように青い。雲は少なく、遠くに富士山がほとんど薄いシルエットのように見える。東側の空には低く、夏の輝きを失った太陽が穏やかに登り。西側には、まるで魂を抜かれたように白い残骸のような月が、身の置き所がないような落ち着きのなさで浮かんでいる。昨晩、ハッと思うほど青白くエロチックな姿態で、夜空に挑戦的な光を投げかけていた月のなれの果ての姿。

 道端のあちこちで見かける曼珠沙華。でも、今年はどこか貧弱で不完全燃焼しているよう。暑い夏の余波で咲き始めるタイミングを見誤り、お彼岸を逃してしまった後ろめたさが、彼等の後ろ姿に漂っている。人間だったら背中が丸まっている感じ。気の毒だな。いつもだと彼等がお彼岸が近い事を知らせてくれ、この世とあの世との境界線を曖昧なものにしてくれるのに、今年の彼等には何も霊的なものを感じない。これって気のせいかなと、僕は何度も自問自答してみる。いや、そうではない。やはり、今年の曼珠沙華には明らかにマジカルなパワーが欠けているのだ。

 こう書いている間に、また誰かが太鼓を叩き始めた。祭りはいいな。でも世の中の人々が休日の時に稼ぎ時になる僕の職業では、町内会にも参加できないし、祭りの時にだけノコノコ出掛けていって厚かましく飲み食いだけするというわけにいかないので、なんとなく部外者という感じが抜けない。少なくとも親父達のように「俺たちの祭りだい!」という風にはなれないなあ。こうして窓を通して聞こえてくる祭り囃子を心地良いと感じているのはいいのだが、ちょっとタイミングをのがした曼珠沙華の気持ちに近いねえ。

 さらに、今は僕は自分の家にひとりだけ。妻は教会に行っている。彼女は日曜日のミサは欠かさないし、というか順番でオルガンも弾いているからね。僕はというと、信者とはいっても、教会には本当にたまにしか行かない。行きたくないわけではないが、日曜日には東京にいないことも多いし、いてもやらなければならないことに追われている。
 でもなあ、やらなければならないことが教会より先にあるってことが、熱心な信者ではない証しだとも思う。要するに僕は、祭りに象徴される土着の宗教に密着した地域社会とも馴染みが薄いし、クリスチャンとしても中途半端だし、そういう状態で自分のアイデンティティーをどこに求めるのか?

 とはいえ、僕は精神的不毛は感じてはいない。自分は神を信じているし、ある種の霊的な力というものを日々感じて生きてはいる。つまりは、僕は自分の内面と向き合うために、あまり共同体というものを欲しないのだな。僕は、すべて大切なことは自己の内部で行い、考え、作り出していく人間なのだ。そして僕が共同体に入っていく時は、今度はその共同体の指導者やヘッドとして、あるいはそれを統治する立場になってしまう人間なのだ。こういう人間って、たとえば歳をとるとやっかいだぞ。みんなと一緒にゲート・ボールをやるなんて、とてもとても考えられない。

自分の体との対話
 こうした僕のような人間には、先週でも書いた通り、スポーツをやるにしてもひとりでやるものが向いている。血糖値が高いことが発覚して以来、ウォーキングから始まり、自転車、スキー、水泳など、やったことといえば全てひとりでやることのみ。そういえば、最初は妻も、
「ねえ、国立の体育館に卓球でもしに行こうか?」
なんて言っていたが、そういうものも妻以外とはあまりやる気が起きないから、結局妻のスケジュール次第ということになるので一度も行かなかった。

 一方、ひとりでやるスポーツには結構ハマる。水泳などは、夏が終わった時、
「とりあえず屋内プールに行こう。でも、いつまで続くのかなあ?」
と思っていたけれど、案外続いて、今日までなんだかんだで週5回くらいは行っている。これって僕の多忙さからすれば驚異的ではないですか?

 なにが面白いのかというと、先週も書いたけれど、自分の肉体に負荷を与えて、それをきっかけに自分の肉体と対話することが面白いのだ。それって戦争で言うならば先制攻撃を自分から仕掛けていって、対話ならぬ戦闘状態にけしかけるような行為だ。肉体って、とても怠け者で腰が重くて、しかも対話など好まない厄介者だから、この方法が最も効果的なのだ。その点に関して村上春樹氏は「走ることについて語るときに僕の語ること」(文春文庫)でこう述べている。

筋肉は覚えの良い使役動物に似ている。注意深く段階的に負荷をかけていけば、筋肉はそれに耐えられるように自然に適応していく。「これだけの仕事をやってもらわなくては困るんだよ」と実例を示しながら繰り返して説得すれば、相手も「ようがす」とその要求に合わせて徐々に力をつけていく。(中略)しかし負荷が何日か続けてかからないでいると、「あれ、もうあそこまでがんばる必要はなくなったんだな。あーよかった」と自動的に筋肉は判断して、限界値を落としていく。筋肉だって生身の動物と同じで、できれば楽して暮らしたいと思っているから、負荷が与えられなくなれば、安心して記憶を解除していく。
 スポーツ選手のようにこうした筋肉とのシビアな関係とは違うかも知れないが、僕もかつては別の意味で、自分の肉体と正面から向かい合う日々を持っていた。つまりフォームを考えながら声楽のレッスンを受けていた時期、あるいはピアノを必死で練習していた時期だ。体はなかなか思う通りには動いてくれない。でも何度も何度も繰り返し練習し、すこしずつ体を自分のイメージ通りに動かしていく。
 あの頃の日々と現在とでは、得たものも大きいが、失われたものも大きい。まず人から何かを直されるということが少なくなってきている。なんといっても今は、人の上げ足取りばかりする指揮者という職業が板についてきているからね。家で勉強のために歌を歌ったりピアノは弾くが、以前ほどシビアに自分の肉体と向かい合っていない。指揮者に要求されるのは、それ以上に正しい音楽への理解と、練習の間の正しい判断力なのだ。
 そうした僕が、再び自分の肉体と向かい合うことは必要なことなのだ。自分の一挙一動を吟味しながらね。

 それをしながら、自分の中に再び蘇ってきた感覚としては、人間は自分の中にもうひとつの動物を持っているという感覚だ。これを制御し、自分の意図した通りに動かしていくという行為を日常的に行っていくということは、自分を宗教的人間にするためにも必要不可欠なことだと今では信じている。
 さらに、それがスポーツとなると、もっと自分の肉体との関係は、ある種の緊張関係を持ったシビアなものとなる。村上春樹氏は先に引用した本の前書きで、このようなマントラを掲げている。
Pain is inevitable. Suffering is optional.
「痛みは避けがたいが、苦しみはオプショナル(こちら次第)」
たとえば走っていて「ああ、きつい、もう駄目だ」と思ったとして、「きつい」というのは避けようのない事実だが、「もう駄目」かどうかはあくまで本人の裁量に委ねられていることである。
 歳を取ってきて、自分の肉体の衰えを感じていた自分だったが、逆に自分が何かを具体的に行って肉体に挑戦し、自分の限界値を探ろうとすると、案外その限界値自体が上がって、結果的に老化を防ぐことにもなるらしい。僕なんか、クロールの形にもなにもなっていなかったものが、今ではどんどん泳げるようになって面白くてしかたがない。角皆君も五十代になってから自己ベスト更新を成し遂げたなんて言っているけど、僕なんか、それまでの自己ベストなんて何もないも同然だから、日々自己ベスト更新だ!それが楽しいんだ。
 ということで、まだまだこの多忙なスケジュールの中で、ウォーキングも自転車もスイミングも続くのだ。そして冬になったら、またスキーに行くのだ。楽しみ楽しみ。

追伸
 今、この文章は、「アラベッラ」の衣裳付き舞台稽古が終わった日曜日の夜の22時40分頃に書いている。今日は自転車で初台まで出掛けた。途中、水道道路沿いのアジアン・パームでランチ・バイキングを食べたが、これはね、みなさんお薦めです。千円でドリンクまで含めてナンやカレーや野菜炒めやエスニック・フードが食べ放題。特に今日発見したんだけど、チャーハンが絶品!長いお米を使っている。
 まあ、そんなことはどうでもいいんだけど、舞台稽古が6時過ぎに終わったので、東京体育館に自転車で行って、一泳ぎして帰って来ようかと思ったら、なんと雨が降ってやんの。それで自転車を新国立劇場に置きっぱなしにして、電車で東京体育館に行って泳いできた。だから何だっていいたいの?そうねえ、まあ泳ぐのは気持ちが良いんだよ。それだけ。ほんじゃバイバイ・・・・・と言っていたら・・・杏奈がまたスカイプしようと言ってきた。ではまたね。

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