天才の証「フィガロの結婚」

 「アラベッラ」初日の幕が開いた。シーズン開幕が10月2日というのは随分遅いので、オペラ・ファンの皆様はお待ちかねでした。公演は大成功で、まずは尾髙忠明(おたか ただあき)芸術監督時代が順調に滑り出したようだ。ウィーンに留学したことのある尾髙さんは、シーズン開幕をウィーンの香りのするこのオペラで飾りたかったのだろう。
 「アラベッラ」は1932年に作られた。20世紀に入ってから随分経っている。周囲を見渡すと無調音楽全盛時代だから(ちなみにアルバン・ベルクの「ヴォツェック」は1925年に初演されている)、前衛的な人達からは馬鹿にされていたらしいが、現代から逆に眺めると、こんな気品のある素敵な作品を残してくれてよかった。特にラスト・シーンは、ちょっとウルッときたよ。

 さて、僕たち音楽スタッフは、すでに次のプロダクションに取りかかっている。「アラベッラ」の合間を縫って「フィガロの結婚」の立ち稽古が進んでいる。かつてのノヴォラツスキー芸術監督の時代が幕を開けた最初の演目。当時は、今「アラベッラ」を指揮しているウルフ・シルマーがチェンバロを自ら弾きながら指揮していたが、今回の指揮者はまだ32歳だというミヒャエル・ギュットラー君。若いのにとても才能ある。音楽的才能に加えて語学に天才的な才能を見せる。
 彼はドレスデン出身のドイツ人だが、少年時代に家族でイタリアに住んでいたという。だからイタリア語がネイティヴのようにしゃべれるし、サンクト・ペテルスブルグのマリインスキー歌劇場の常任客演指揮者として活躍しているので、ロシア語もペラペラ。英語は勿論のこと、副指揮者の飯坂さんがフランス語で話しかけてみたら、ごく当たり前のようにフランス語で答えたというから驚いてしまう。
 つまり英、独、伊、露、仏がペラペラで、伯爵夫人役の歌手とはギリシャ語でも会話している。性格温厚だが、とても頭が良く、音楽には徹底的なこだわりを見せる。彼は今に世界を動かす指揮者に成長する可能性があると予言しておこう。僕の予言は案外当たるんだぜ。それは、占い的な見解ではなく、沢山の音楽家と接してきた経験者の嗅覚からくるものだからだ。ピンとくるんだ。ガランチャというアルト歌手の声を聴いた瞬間。ファビオ・ルイージの指揮を初めて見た最初の10秒間。クンクンと匂うのだ。才能の香りが・・・・。彼の場合も、久し振りに匂った。まあ、断言は出来ないけどね。

 あらためてこのオペラに接すると、モーツァルトの天才がこの作品の中にあますことなくちりばめられているのを発見して嬉しくなる。先日、二期会の「魔笛」を見に行った時には、「魔笛」こそ最高傑作と思ったが、「フィガロの結婚」も勝るとも劣らないくらい素晴らしいね。
 「魔笛」とは全然性格が違い、才能の発揮する観点も違う。「フィガロの結婚」のずば抜けているところは、ダ・ポンテの馬鹿馬鹿しい台本のテンポ感にモーツァルトがさらに拍車をかけ、めまぐるしいテンポでドラマが進行していく点にある。登場人物はみんなカリカチュアされた変な人間。それらが織りなしていくあり得ない人間模様。様々な事件が起こり、次々と登場人物が危機にさらされていく。それが驚くような方法で解決されるが、ほっと一息つく暇もなく、一難去ってまた一難。どんどん混乱に陥っていく。

 特に第二幕後半、ケルビーノが伯爵夫人に迫り、伯爵夫人もその誘惑に屈しそうになる瞬間に夫がドアを叩く場面のあたりからテンションが上がり始め、伯爵の怒りの三重唱やケルビーノの飛び込みの二重唱を通ってフィナーレに突入するところなどは、まさに息も出来ない。
 先日、合唱団は二幕の後半は音楽も芝居もないので、立ち稽古が早く解散になったが、僕は残って少し観てから帰ろうと思っていた。ところが、あまりに音楽もドラマも面白いものだから結局最後まで観てしまった。その時あらためて気がついたのだが、伯爵夫人にモーツァルトは相当気持ちを入れ込んでいると見えて、すごく丁寧に描いてある。
 ケルビーノの誘惑にとまどう夫人。夫の乱入に動揺する夫人。開き直って尊大になってみたり、夫の前に小さくなってケルビーノがいたことを告白したり、と思うと思いもかけずにスザンナが出てきたのに驚いたり、スザンナと一緒に夫が疑惑を持ったことをなじってみたり。その全ての行動が、モーツァルトの音楽で彩られると、実にチャーミングなのだ。
 第二幕冒頭の「愛の神よ」と第三幕の「あの美しい日々はどこへいったの?」の両方のアリアが、優美さの中にそこはかとない哀しみを表現する、モーツァルトの書いた全てのアリアの中でもトップクラスのものであることは言うまでもないことだが、モーツァルトは伯爵夫人のような女性が大好きだったんだね。この二つのアリアを聴いている瞬間だけは、ナンセンスなドタバタ喜劇の空気が変わってシリアスになる。
 今回伯爵夫人を演じているのは、ギリシャ人のミルト・パパタナシュ。気品に溢れ、モーツァルトの意図を見事に再現していると思う。

 アンドレアス・ホモキの演出は、フランス革命前夜の不穏な雰囲気を舞台で表現して見せた。「フィガロの結婚」演出史の中でも特筆すべきものだと思う。当時はダンボール・フィガロと言われたけどね。形骸化した封建制度という価値観の中で、無能で体裁ばかり整えて権威を守ろうとする伯爵側の人間と、有能だが育ちが悪いせいで貴族に虐げられて生きなければならないフィガロ側の人間の社会的立場が、もうすぐ逆転するのだ。
 ここでフィガロが無事結婚できて、伯爵の浮気な悪巧みが明るみに出て、伯爵が公衆の面前で「ごめんなさい」とあやまることが、当時の世界観でどれほどの重みを持っていたか、ホモキは訴えたかったのだと思う。

 この革命的な「フィガロの結婚」は10月10日から19日までの間に「アラベッラ」と交代で4回公演。今までに何度も再演したけれど、まだ一度も観ていない方は、是非一度は観て欲しいと思います。特に今回は女性陣がチャーミング。
 スザンナ役にはロシア人のエレナ・ゴルシュノヴァ。知的で凜としたスザンナが魅力。ケルビーノ役にはオーストリー出身のミヒャエラ・ゼーリンガー。彼女はちょっと不器用なんだけど、そこが逆にドジなケルビーノという面白いキャラクターを醸し出している。本人は大真面目なんだけどそのバタバタ感が笑える。とにかく、これまでにないケルビーノは一見の価値あり。

 

マイルスと人種差別
 マイルス・デイビスから遠ざかっていた。というかここのところジャズという音楽をあまり聴こうという気になれなかった。ある時ふと中古CD屋さんで見つけた「ジャック・ジョンソン」というアルバムに久し振りに興奮した。

「ビッチェズ・ブリュー」で終わったマイルス
 僕はマイルスが大好きなどころか、はっきし言ってバリバリのマイルスおたくだ。ある時代までのCDに限っていうと、市販されているものは全て持っているし、海賊版もそれなりに集めている。でも実を言うと(多くのマイルス・ファンから見れば意外に思われるかも知れないが)「ビッチェズ・ブリュー」以降のロック・マイルスはあまり好きではない。だからCDもあまり持っていないのだ。反対に「ビッチェズ・ブリュー」直前の一作ごとに作風の全く異なる試行錯誤の時代のはとても好きなのだけれどね。「ビッチェズ・ブリュー」で「落ち着いちゃった」のがつまらない。
 つまらない理由は、本当は「落ち着いちゃった」ことにあるのではない。簡単に言うと、ロックという硬直した柔軟性に欠けるリズムの上に、全曲ワン・コードしか使わないという単調さに耐えられないということだ。全曲ワン・コードというのはね、和声学的には、何も事件が起きない物語のようで、
「昔々あるところにおじいさんとおばあさんがいました、おしまい。昔々あるところにおじいさんとおばあさんがいました、おしまい。昔々あるところに・・・・・・」
と延々と繰り返されるのと同じだ。
 その延々と続くワン・コードに乗って演奏されるソロが楽しければよいのだけれど、この単調さから飛翔して、自分で起承転結をつけて説得力のある演奏を行えるのは、とどのつまりはマイルスだけであり、サイドメンの演奏を面白いと思う瞬間が少なすぎるというのが致命的だ。ベーシストなんか、かつての4ビートの超絶技巧プレイから比べると、同じフレーズの繰り返しで、真面目に練習する気にもならないんじゃないか。僕にだって弾けそうだもの。
 確かに「ビッチェズ・ブリュー」が傑作であることは明白だけれど(これについては、いつか時間のある時にじっくり語りたい)、ここにおいてマイルスのアイデアは全て出し切っているので、僕としてはこれひとつあればいい。これ以降の全てのアルバムは、形を変え品を変えていても、結局は全て「ビッチェズ・ブリュー」のアイデアの練り直しであり延長に過ぎないのだ。

 それにしてもだよ、あれだけ進歩的だったマイルスが、これ以降死ぬまで「ビッチェズ・ブリュー」の域から出なかったというのが、僕が彼に感じる唯一で最大の失望なのだ。バラードの美しさもなくなり、プログレッシヴ・ジャズのスリルもなくなって、気が抜けた演奏を繰り返したまま彼は死んでしまった。マイルスよ、お前は本当にそれで満足だったのかい?え?
 マイルスの死は、すでに長い間危篤状態であったジャズの死と重なっている。ビ・バップ、クール、モード、フリーを通って辿り着いてしまったエレクトリック・ロックという袋小路で、マイルスはこの音楽と心中したのかも知れない。ジャズを愛していたから。

「ジャック・ジョンソン」のいきさつと内容
 さて「ジャック・ジョンソン」の話に戻ろう。ジャック・ジョンソンとは、1908年にヘビーウェイト級世界チャンピオンになった黒人ボクサーの名前だ。20世紀初頭だから、当時はまだ人種差別が激しく、ジャック・ジョンソン自身も様々な妨害や脅しの中でチャンピオンの座を守り続けたという。そのジャック・ジョンソンをテーマに1970年に作られた2本の映画にマイルスの音楽が使われており、そのサウンド・トラックがこのアルバムである。
 とはいえ、このアルバムで聴かれる音楽は、いわゆる「映画用に演奏」されたものではない。たとえば「死刑台のエレベーター」では、マイルスはフィルムを見ながら、それに合った音楽を演奏していったが、「ジャック・ジョンソン」においては、マイルス本人からの映画への関与は全くない。ここではスタジオ内におけるジャム・セッション的状態で自由に演奏された音素材を、プロデューサーであるテオ・マセロが勝手に編集して映画用に使ったのである。さらにサウンド・トラック・アルバムの制作に関しては、テオ・マセロが単独で再編集したのである。

 このアルバムの前半の「ライト・オフ」Right Offという曲にはいきさつがある。録音の日、マイルスがスタジオに入ると、すでにギタリストのジョン・マクラフリンを初めとするバンド・メンバー達はウォーミングアップ演奏を始めていたという。当然これは、キーもモードもモチーフもマイルスからの指示のない完全なジャム・セッションであった。
 最初マイルスはそれに関心を示さず、コントロール・ルームでダベっていたというが、演奏が白熱してきたのを感じるといきなりトランペットを持ってスタジオに入り、そのまま演奏に加わって、なんと20分間も吹き続けたというのだ。
 そのウォーミングアップから続いていた演奏を、どのようにテオ・マセロが録音及び編集したのか分からないが、そんなわけでここでは普段なかなか聴けないような、めちゃめちゃ挑戦的でアグレッシブな演奏が聴かれるってわけだ。それが結果的にジャック・ジョンソンというボクサーのキャラクターとつながり、映画に採用されたということだな。

 僕も今回初めてきちんと「ジャック・ジョンソン」を聴いて、「ビッチェズ・ブリュー」と並んで「ジャック・ジョンソン」を愛聴版に加えてもいいなと思った。このアルバムの最大の魅力は、ギタリストのジョン・マクラフリン。彼のギター、本当にヤバイぜ!また「ライト・オフ」の中程で聴かれるディレイの効いたリリカルなマイルスのプレイは、50年代のバラードを彷彿とさせてとても美しい。ディレイによって響く残響音とメロディーが組み合わさって、たゆたうような和音を作り出す。なるほど、こうすれば伴奏なんかいらないじゃないの。ただ背景の騒音ははっきり言って邪魔以外の何物でもない。取ってくれ、こんなもの!
 続く「イエスターナウ」Yesternowのベースラインとマイルスのソロも独創的。でも途中でモンタージュされる別のCD「イン・ア・サイレント・ウェイ」のそんまんまの音楽は蛇足ではねえかい?ここで一気に興ざめしてしまった。
 人は、マスター・テープを自由に切り貼りするテオ・マセロを天才とあがめるが、うーん、紙一重だね。冒涜に一歩足を踏み入れているようにも思える。要は、さっき言ったように、ワンコードの単調さをテオ・マセロも感じていて、モンタージュによってごまかそうとしたのではないか? モンタージュは善意で行った処置であるだろうが、そのテクニックは演奏のクォリティの高さに比べて実に稚拙。まあ、その時代ではその程度でもごまかせたのだろうね。まあ、それらのことは、初めての人にはあまり気にならないことかも知れない。僕は「ビッチェズ・ブリュー」直前の最大の愛聴版が「イン・ア・サイレント・ウェイ」で、いつも聴いているので、かえってそれが中途半端にモンタージュされていることに我慢がならないのだけれどね。

マイルスの生き方と被差別意識
 マイルスは、自分自身が映画に直接関与しなかったとはいえ、この音楽がジャック・ジョンソンのために使われたことについてはとても喜んでいる。彼はもとよりジャック・ジョンソンという人物をとても尊敬していた。というより、むしろマイルス自身がジャック・ジョンソンを意識して、彼と同じように生きたともいえる。
 すなわち、彼の行動のモチベーションに黒人としての被差別意識があり、それの裏返しとして白人への挑発的行動がある。嫉妬する白人を横目で見ながら、人気実力共に頂点にまで登りつめ、派手な車に乗り、沢山のとびきり美人な白人女達と付き合い、高いワインやシャンパンを飲み(マイルスはあまり酒は飲めなかったそうだが)、黒人でもここまで出来るんだということを、(白人にはざまあ見ろという気持ちで、黒人には俺に続けという気持ちで)見せつけて生きたのだ。

 ジャズがあの時代にアメリカで生まれたということは、一種の奇蹟のような出来事だと思える。アメリカにとってはそれはいわば時代の生み出したあだ花のようなものなのだ。ジャズは、白人が同じ人間とは認めていなかった者達、つまり自分たちの家畜や奴隷だと思っていた者達が、人間であることを主張し始めた手段であった。
 しかも彼等は、クラシック音楽のための楽器を、とんでもない奏法で扱い始めた。コントラバスはピッツィカートでしか弾かないし、ノンビブラートで吹くべき上品なクラリネットにあんなに嫌らしいビブラートをつける。トロンボーンはポルタメントを乱用するし、ピアノは調律をしないまま、まるで打楽器のようにぶっ叩く。しかも最初から最後まで下品なタイコが止まることなく伴奏する。「ああ、テリブル!」と眉をしかめた白人達の顔が目に見えるようだ。
 でも気がついてみたら、その独創的な新しい音楽に黒人だけでなく白人も惹きつけられ、急速に世界に広まっていった。なんといまいましいことかと白人達は思っただろう。

 マイルス自身もさまざまないわれなき差別に出遭ったが、「黒人が南部で綿花を摘んでいたからああいう音楽が生まれた」というステレオ・タイプの言い方には大きな抵抗を示す。でも彼は、ラジオを聴いていても、黒人の演奏か白人の演奏かはすぐ分かるとよく言っていた。それは僕にも分かる。特にマイルス自身のトランペットには独特の憂愁が宿っていて、街角や喫茶店などで彼の音楽が流れると、1秒後には認識する。
「あっ、マイルスだ!」
と。マイルス以外の誰にも、あんなブルーな音楽は出来ない。そのブルーという概念が、まさに黒人的フィーリング以外の何物でもないのだ。

 中学生の頃からジャズを聴き始めて今日に至っている僕だが、あの頃からすでに僕は差別を受けている黒人に対し、頑張れとエールを送っている自分を感じていた。特に黒人の演奏に感じる独特のリズム感は、白人がどう追いつこうとやっきになっても決して到達できないものであることを感じていた。
 僕も他の人にないリズム感を持っている。こう言うと生意気なようだけれど、自分のリズム感は特別で、世界をリズムで感じることが出来る。僕のリズム感は黒人のそれに近いと思う。だから、クラシックでも白人のリズム感を常日頃物足りなく思っている。その僕がどう逆立ちしたってかなわないなあと匙を投げているのが、マイルスの持つリズム感だ。当時、マイルスを聴きながら僕は、黒人の立場に自分を置いて、白人のリズム感を揶揄していたものだ。そして、
「悔しかったらマイルスのように演奏してみな」
と痛快な気持ちでいたものだった。その感情は、若者らしい粗野で未熟なものだったけれど、少なくともマイノリティに対するシンパシーという点では、今の自分と全く変わっていないのだ。だから僕にとってジャズというのは大切な音楽だし、その中でもマイルスは一種の崇拝の対象で別格なのだ。

僕は差別を憎悪する
 僕は、人間が人間に対して抱くあらゆる差別感情を激しく憎悪する。特にそれが行動に現れ、いわれなき差別行為が公然と行われることは、どんな時代のどんな地域で、どんな価値観が横行しようとも決して許されることではないと思っている。人間は常にその存在の根底において平等でなければならないと思うし、全ての行動において自由でなければならないと信じている。
 それを否定するあらゆる理論を信じない。もしそれが一見正しいような宗教であっても、差別を促すか容認するとしたら、それは教義が間違っているか、あるいは最初の教えが著しく曲げられてしまったからだと思う。

 一方、それに反するようだが、だからこそ人間は各自の個別性において違っていて当然であり、その違いは良くも悪くも正当に評価されなければならないとも思う。徒競走で順位をつけないなどというのは、反対の意味で差別だ。才能のある者はそれを発揮できるステージに上げられるべきであり、人格者は人格者として尊敬を受けるべきであり、エキスパートはその分野で最高の業績を上げるべく持ち分を任されるべきである。
 こうしたフェアーな世の中こそ、真のユートピアにつながると僕は信じている。ユートピアでも競争は存在するし、試験に落ちることもある。だからこそ勝者が尊いのだ。勿論、勝つことだけが尊いのではない。でも、評価の過程において純粋にフェアーであるならば、負けた者も勝者を純粋に讃えることが出来る。
 差別を乗り越えてチャンピオンにのし上がったジャック・ジョンソンは、虐げられていた人達に勇気を与えたし、マイルスが誰にも出来ない音楽を作り上げたことは、世界に希望を与えたのだ。

 「ジャック・ジョンソン」を聴きながら思う。世界のどこかにまだ差別を受けている人がいる限り、僕自身も真に幸福にはなれない。でも、僕はその為におとなしく聖堂の中で祈るだけではない。その代わり「ジャック・ジョンソン」を聴く。そして心の中で叫ぶのだ。
「頑張れ!負けるな、立ち上がれ!そして未来を自らの手でつかみ取れ!ジャック・ジョンソンやマイルスに続け!」

ちょっと体調崩しました
 猛暑から一転して秋の長雨。気温も急激に下がった。その変化に僕の体がついていけなかったようだ。体調のバランスが崩れているのに無理して水泳をし続けたら、まず声が鼻声になり、それから鼻水が出て止まらなくなった。でも風邪かといったらそうでもない。他の症状は何も出なかったので、アレルギーかも知れない。子供の頃、よくこの季節にジンマシンが出て、お医者さんは寒冷アレルギーだと言っていたからだ。ところが日を追う毎にだんだん境界線が曖昧になってきた。いずれにしても体が冷えているらしいことは明白だ。そこで様子を見るためにちょっと水泳はひかえてみようということになった。

 確かにここのところ、ちょっと夢中になり過ぎた。フォームを確認しながら泳いでいた最初の頃は、のんびり休みながらやっていたが、フォームが決まってくると、あとはひたすら泳ぐだけになる。最初に集中して四、五百メートルくらい泳いで、ハアハアと時間を見ると、あれ?まだ15分くらいしか経ってねえぞ。もうこれで帰ってもいいんだけど、プールって大体どこも2時間の権利があるものだから、持ち前の貧乏根性が顔を出し、もったいないと思う。そこでバタ足の練習したり、ストロークを確認したりして、ゆるゆるモードになるんだけど、また帰る前に、
「もう少し」
と言って貧乏根性丸出しにして集中して泳ぐものだから、水から上がる頃にはフラフラって感じ。
 そうなると、水泳というのは恐ろしいのだ。ウォーキングや自転車と違って、かなり短期間に体力を消耗する激しい全身スポーツなのだ。それに水泳した後は、体が激しく肉などのタンパク質を欲する。筋肉の損傷を補充し、さらなる筋肉を作り出そうとするからだ。なので、かえって極度の空腹が食べ過ぎを誘発し、ちっとも痩せない。まあ、筋肉質であれば痩せなくてもいいんだけど、そういうことより、空腹を制していた自制心がなくなってしまうことに不安を覚えるのだ。

 そんなわけでプールはしばらく封印。そうなると肉体というものは怠惰なもので、すぐに横着をきめこもうとする。まわりが暑くて、早くあの冷たい水に入った時の爽快感を味わいたいなあと思える季節は良いのだが、こう寒くなってくると、常識的に考えてむしろ想像するのはホッカホカの温泉の方だろう。ただでさえ寒いのに、プールに入る瞬間の自分を想像するのが楽しくない。だから一度中断してしまうと、
「もう寒いからやめたら?」
とささやく声が体の中からする。うんにゃ、そういうわけにはいかないんだよう!

水、この不思議な物体
 僕は凝り性で、何でもとことん突き詰めてやってしまう。でもその結果、必ずその関わっているものから何かを教わり、悟りのようなものを得る。今回は「水」というものの実体に迫ることが出来たように思う。

 水というものは不思議な物体だ。あんなに柔軟でどうにでも形を変えられるのに、いざそれをかき分けようとするととても抵抗が強い。存在を感じないようで、実はもの凄く存在感がある。実はどの物体よりも強引で厚かましいのかも知れない。一方、泳ぐという行為は、ある意味この水に逆らい水と戦う行為である。すると水はますますその存在を主張してくるのだ。
 人間は、水の中では息が出来ないから、水の中にいる時は動物的本能がこれを生命の脅威を与える“敵”という風に分類し、体は意識の方に「水が恐い」という恐怖感を与えて自らを守ろうとする。でも、水の中に長くいて戯れている内に、意識は水をだんだん敵とは認識しなくなってくる。それどころかだんだんシンパシーを感じるようになってくる。母親の胎内にいた頃の記憶とか、遠く進化の過程で水の中に住んでいた時の記憶とか、そうしたものとなんとなくつながってきて、水になつかしさを覚えるようになってくる。
 泳いでいる間にふと思うことがある。いっそのこと魚になれたらいいだろうな。えら呼吸が出来たらどんなにいいだろう・・・・と。人間は水面すれすれで息継ぎをしながら泳がなければならない。でも魚だったら、水にずっと囲まれていても苦しくも恐くもないわけだ。

 魚の泳ぎ方を見ていると、身のくねらせ方が完璧で尊敬してしまう。人間でも、前世は絶対魚だったに違いないと思うような見事なドルフィン・キックをする人を見かけるけれど、魚はあの泳ぎ方を誰から教わったのだろう?カーリングの理論なんて、最近になってみんなが騒ぎ出したけれど、そんな理論も全くない太古の昔から、魚はあの流線型の体であのようなくねらせかたで、水の特性を我がものにして泳いでいたんだ。
 あの泳ぎ方は、絶対に誰かから教わらないと出来ないような複雑なものなんだ。さあ、これで生物が単なる偶然の集合でたまたま進化してきたわけではないことが分かっただろう。創造主は存在し、全てのプログラミングを造りたもうた。水という物体のメカニズムを作り、その中で泳ぐものたちの形状と泳法を創造したのだ!
 あーあ、人間も水の中で呼吸できるように進化しないかな。あっ、それって退化か。人間は進化によって水から上がったのか。とすると、人間が泳ぐというのは、退行現象かい?あれえ、なんだかわけがわからなくなってきたぞ!

人類の叡智の結晶クロール
 クロールという泳法は、体の全てを使ってどうしたら最も速く泳ぐことが出来るかということを突き詰めて研究された芸術的泳法だ。これを作ったのは神なのか人間なのか?恐らく人間だろう。何故なら、人間の体は、元来あまり泳ぐのには適していないからだ。って、ゆーか、退化したのだからな。せめて手足にヒレでもついていればいいのに・・・・。
 とにかくクロールは、僕の好きな「機能美」の結晶した姿。だからこそ、人から教わらないときれいな形にはならない。人として生まれて、初めて水に入って、誰にも教わらないて泳いでみたら美しいクロールになったということは恐らく不可能だ。平泳ぎだったらカエルを見ていたら似たような泳ぎになるが、クロールは無理だ。他のどの動物も決してあの形では泳がないので、自然界に手本がない。まさに人間の人間による人間のための泳法なのだ。なんといっても体が左右にローリングするというのが独創的で美しい。そのローリングを息継ぎと結びつけたのは天才的な業。誰が完成させたのだ、現在のクロールの理想的フォームは?これを最初に作った人に僕はノーベル賞をあげたい!
 
 ストロークのコツがちょっと分かってきた。かき始める時に、ひじを落としてしまわずに腕全体で水をガバッとつかんで寄せる。水に挑む意識で臨まないといけない。それから今度は水を押す。以前はここにあまり意識が集中していなかったのだ。それがね、押す方に集中するとね、面白いくらい進むのだな。水が抵抗すればするほど進む。水の抵抗を逆手に取り、これを推進力に変える。ざまあみろ、水め!

 ところが、水の抵抗に逆らう分だけ疲れるんだな。そりゃあそうだよ。それだけ筋肉を使うってことだもの。バタ足もね、これまでストロークの補助くらいに考えていたんだが、ストロークや息継ぎに少し余裕が出てきたので、意識をバタ足に向けてみた。すると、あらあら不思議。案外進むじゃないの。ということでまたまた水に勝利して爽快なんだけど、これがまた疲れるんだな。
 そんなわけで、進むようになってきた分だけ、疲れるようになってきたんだ。これこそ水の逆襲。音楽と違うのは、声楽でもなんでも、フォームが良くなってくるとその分だけ楽になってくるのだけれど、水泳は、速くなることはあっても、楽にはならない。むしろ、もっと筋肉をつけて、もっと速く長くと、自分をますます辛い方に追い立てていく。そうなると、音楽の仕事の片手間にという感じではなくなってくる。うーん、どこかで見切りをつけて、音楽家の生活に戻らなければ・・・・・。

 と思っている内に体調が思わしくなくなってしまった。まあ、ちょっと一休み。落ち着いてきたら、また無理しないように復活したい。そうこう言っている内に、今度は冬が来て雪が降り、スキーの季節がやってくる。これもまた楽しみ楽しみ!

 さて、都合により来週の更新はお休みさせて下さい。次の更新は18日月曜日となります。みなさん、寒くなりますので体調を崩さないようお過ごし下さいね。

Cafe MDR HOME  

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