盛り上がってます古事記!

 11月11日金曜日。黛敏郎作曲歌劇「古事記」の、稽古場における最後の通し稽古が終わった。長い間通った地下鉄半蔵門線水天宮前近くの稽古場「水天宮ピット」も今日が最後。最近では、基本的に本番用の劇場も稽古場も同じ場所の新国立劇場なので、稽古場撤収といっても特別な感情は湧かないのであるが、昔、二期会でオペラの稽古をしていた頃は、毎回、稽古場を離れて劇場入りする時には、なんだか卒業式のように妙に感傷的になったものだった。その感情が今回は蘇ってきた。

 感傷的になっているもうひとつの理由は、この稽古場で本当に充実した実りのある日々が送れたことが挙げられる。現代音楽の簡単でない音処理に加えて、膨大なドイツ語の量に圧倒され、最初は覚えて立つだけでも大変だった合唱団なのに、演出家の岩田達宗(いわた たつじ)さんの合唱団に対する要求は妥協を許さないものであった。でも、合唱団もさすがにプロだね。休み時間になる毎に、みんなあちらこちらで楽譜と首っ引きになって、暗譜の怪しいところを徹底的におさらいしていた。
 それが、だんだん譜面が確実に頭に入ってきて、自分たちの演じている内容が把握できてくると、ある時から合唱団が豹変し始めた。自分たちで演技をふくらませて自主的に演じ始めてきたのだ。そうなると僕も楽しくなってきて、その演技に対応するべくドイツ語の発音や表現のニュアンスに対するサジェスチョンを出す。それにまた岩田氏が演技的味付けをプラスする。こうして合唱と僕と演出家とで三つどもえになって、稽古場は実にクリエイティヴな空間となっていった。
 すでに手本があるヴェルディやプッチーニなどの既存の作品と違って、新作は要するになんでもアリということだから、ここで成立すればそれでいいのだ。要は、どれだけのリアリティのあるドラマをそこに構築するかだ。そんな道なき道を開拓してゆく面白さには格別なものがある。これぞ芸術の原点!

 今回、いつもと違うものが出来た背景には、日本オペラ協会合唱団との共演という要素も挙げられる。日本オペラ協会合唱団とは、要するに藤原歌劇団の合唱団のことだ。でも彼等との共演は初めてではない。
 昔、まだ五十嵐喜芳芸術監督の時代には、新国立劇場は三つの形で公演が行われていた。新国立劇場制作公演、二期会委託公演、そして藤原歌劇団委託公演である。ドイツ・オペラは主として二期会が行い、イタリア・オペラは藤原歌劇団が制作した。藤原歌劇団制作公演になると、新国立劇場合唱団契約メンバーと藤原歌劇団合唱部との合同で合唱団が組まれていたので、僕が新国立劇場合唱団指揮者になったばかりの頃は一緒にやっていた。でもその後、ノヴォラツスキー芸術監督の時代となって、全ての公演が新国立劇場自主制作に変わったので、彼等との共演は2003年を最後になくなったのだ。
 久し振りに共演してみてあらためて感じたのは、日本オペラ協会の人達の演技に対する貪欲さである。彼等は実にたくましく自分たちでドラマを作って行こうとしているのだ。藤原歌劇団はイタリア・オペラの牙城なので、ドイツ語にあまり慣れていない人が多かった。だから最初こそちょっと時間がかかったが、なあに、飲み込んでしまえば同じだ。新国立劇場合唱団だってドイツ人というわけではないからね。適切な指導さえ施していけば、やっていることは変わらない。
 演技力に関して言うと演出家の要求に応える能力は両者とも互角だ。でも、言われる前に自分たちで動くという自主性に関しては、日本オペラ協会合唱団の方が新国立劇場合唱団よりもたくましい気がする。
 とにかくそうやって二つの合唱団が、オーバーに言うと異文化のぶつかり合いを経験し、それがとてもプラスに働いたと思う。そこにプラスして、岩田氏が容赦ない要求を投げかけて彼等のプロ意識を刺激し、今回の異常なるテンションに結集してきたというわけだ。

 加えて、浜田理恵さんの存在感溢れるアマテラスや、高橋淳君の体当たり的スサノヲ、圧倒的な声のパワーを持つ甲斐栄次郎君のイザナギなど(そういえば、甲斐君はウィーン国立歌劇場で僕の『ジークフリートの冒険』のヴォータンを歌ってくれたそうだ)、ソリスト達の充実ぶりも見逃せない。さらに高いテンションをもたらしてくれた、天の岩戸のウズメを始めとするダンサー達など、みんなのエネルギーが結集して、本当に熱い毎日がこの稽古場で展開されていたのだ。

 さあ、水天宮前の稽古場を後にして、これからいよいよ東京文化会館に入ります。「古事記」は、絶対日本のオペラ上演史上に残る名公演となると今から断言しておきます。次の日曜日の11月20日日曜日にはもう初日の幕が開きます!

報道ステーションのI am
 11日の金曜日は、14時から「古事記」の通し稽古をした後、いくつかの場面を返しただけで、午後の時間内に練習が終わった。僕は、帰りがてら東京体育館に寄り、1時間ばかり泳いで家に帰った。最近はいつもカバンに水着が入っているのだ。
 家に帰ると鍋料理だった。あまり飲まずに夕食後ちょっと仕事をしようという気もあったけれど、「古事記」の通し稽古がうまくいった開放感からビールの栓を抜き、芋焼酎のソーダ割りで鍋をつまみ、すっかりほろ酔い加減となってしまった。
 良い気持ちになっているところに、家族の誰かがニュースを見ようとテレビをかけた。すると、報道ステーションのオープニング・ミュージックを弾いているという森田真奈美さんという女の子が登場していた。26歳ということである。志保より若い。それでは生演奏で弾いていただきましょうということで、演奏が始まった。題名はI amというのだそうだ。
 おおっ、いつものオープニング・ミュージックだが、なかなかエネルギッシュな演奏で、テクニックも凄いなあ。すると志保が横から言う、
「パパ、いつも始まってすぐのところで、まるでテープの回転がおかしくなったように聞こえるんだけど、あれどういう音なんだろう?」
「ああ?うーん、ちょろっと転調しているね」
演奏が終わってテレビを消して僕はピアノに向かう。酔っ払っているのでよく分かっていない。
「こんなかな?こんなかな?」
すると志保はただちにスマートフォンで検索して、なんとYou Tubeの中からその音楽を探し当てた。
「ほら、こうだよ」
何度か流す。
「ああ、そうか。こうなっているんだ!」

 ニ短調でファファミレドーと始まるこの曲の第4小節目から5小節目にかけて、ソラシレGAHDと予想されるメロディーを裏切ってGesAsBDesと半音低いメロディーが演奏される。和音もG-Durではなく半音低いGes-Durだから、テープの回転が落ちたように感じるわけだ。その和音を導き出すために前の和音もヘ長調の主和音に行く代わりにDes-Durに行く。なかなかニクい和声進行だ。だが、スマートフォンの小さいスピーカーでは低音が聞こえないので、バスの進行が分からない。
 仕方がない、僕は2階に上がっていく。酔いが少し醒めてきたよ。
「パパ、何処へ行くの?」
「ちょっとパソコンをつけてちゃんとしたスピーカーで聴く。なんとなくこのまま放置していては気持ちが悪いからな」
 それで自分のパソコンをつけてYou Tubeで検索すると・・・・・いやあ、凄いね。すでに何種類もの演奏が出回っているし、中には自分で耳コピーして勝手に弾いて録画している人もいるじゃないの。
 ああ、なるほどね。後半はバスがBAGFと反復進行をするんだ。それよりYou Tubeでは、その音楽だけじゃなくて、いろんな音楽が聴かれる。緊急地震速報のモチーフをピアノで弾いている人もいて笑ってしまった。僕も即座にそれをコピーして、妻の前で、
「ほら、地震速報だよ」
と言いながら弾いて見せたら、
「やだあ、ドキドキしちゃうじゃないの」
と言われた。

 さて、凝り性の僕のこと。気が付いたらI amを採譜し、譜面作成ソフトできれいな譜面にして、僕の分と志保の分プリントアウトしてしまっていた。でもインテンポで弾こうとしたら、後半は右手が速くて弾けない。練習しなければ・・・・・何?譜面が見たい?MIDIで聴きたい?僕の自作だったら喜んでそうしてあげたいんだけど、他人の曲だからこのホームページに掲載するわけにはいかないんだ。
 でも、僕がこうやって著作権を心配して慎重になっているのに、今やYou Tubeって恐るべしだ。まさに情報の無法状態だ。垂れ流しだ。著作権もへったくれもない。こうだもの、政府や公的機関がどんなに機密にしておこうと画策したって、なし崩し的にバレバレになってしまうんだな。うーん、でも複雑だな。こういうのって、どーなんだ一体?

 ということでI amが我が家のプチ・マイブームです。志保も自分の練習の合間に時々弾いてます。

ケンプのベートーヴェン(続き)
 ケンプのベートーヴェンを聴き続けている。思いの外ハマッている。なんでもないフレーズが心に染みて、時々なんだか泣きたくなってくる。こんな繊細なベートーヴェンを弾く人はもう現れないと思う。
 悲愴ソナタ第3楽章のテーマは、わざと少し大きめに入る。そしてフレーズの終わりをやや弱く弾く。そのことによってそこはかとない雰囲気を醸し出すことに成功している。さりげないので気が付かないが、実はこんな風にいろいろな処理が施されている。それらは全てケンプの感性から出ている。もっとオーバーに言えば、ケンプの人生観や哲学から導き出されている。

 あらためて聴くと、いろいろケンプの癖も分かってくる。前打音などの装飾音をビートの上ではなく前に出すことが多く、それによって他の演奏家と随分イメージが変わることがある。今となっては、「ああ、ケンプってこうだったな」となつかしい。
 それと、たとえばテンペスト・ソナタの第1楽章でも見られるが、4分音符などを思い切って短くカッという感じで切ることが多い。時々、そこまで短くしなくてもと思うが、フレーズをサッパリと切り上げるところは、ある意味オリジナル楽器によるピリオド奏法にも通じるところがある。
 そういうこともあって、ケンプの演奏は、どんなにロマンチックになっても、重厚過ぎたり、脂ぎった濃厚さに陥ることは決してなく、清楚で軽やかな感じを失うことがないのだ。

 ベートーヴェンはもっと強く骨太な音楽だという意見があってもいいと思う。でも、こうした演奏を可能にしているのだから、ベートーヴェンの音楽の中にも、傷つきやすさやもろさや弱さがあるのだ。ケンプのベートーヴェンを聴いていると、音楽を鑑賞するということの意味が、単に楽しみのひとときを持つということから飛翔して、人生の中でかけがえのない体験を深めていく行為となっていくのを感じる。

 第7番(Op.10 No.3)ニ長調ソナタの第2楽章ラルゴ・エ・メストで、僕達はベートーヴェンの心の奥の慟哭と深い孤独に出遭う。聴いているこちらまで身が硬くなるほどの戦慄を覚えるが、僕が本当に涙するのは、むしろ第3楽章メヌエットに入った瞬間だ。なんというやさしい音!なんという慰めに満ちた音楽をケンプは奏でてくれるのだろう!
 テンポは思い切ってゆっくりで、古典的形式感を最優先するならば、メヌエットにしてはロマンチック過ぎるのではという意見もあろう。でもケンプの第2楽章の演奏の後には、この音でこのテンポ以外にはないんだなあ。
 こんな風に前の音楽のあり方が次の楽章のテンポやフレージングなどの方向性を決めるのは、今日となっては当たり前のようだけれど、そこにこのソナタの革新性がある。
 
 もうちょっと分かり易く説明しよう。古典派のソナタというものは、いくつかの独立した楽章から成り立っている。それぞれはそれぞれ別の主題を持ち、別の速さや性格を持っていながら、ゆるやかにつながっており、ソナタ全体を形成している。
 ベートーヴェンは、初期のソナタでは基本的に各楽章の独立性を重視していた。第1番ヘ短調ソナタなどは、両端楽章のソナタ形式による速い楽章にはさまれて、緩叙楽章とメヌエットがそれぞれ配置され、見事な均衡を保っている。でも、作品が進む内に、楽章間のつながりのあり方に様々な変化が見られるようになってくるのである。 
 第7番では、前の楽章が終わって次の楽章が始まるまでの間に、沈黙という音楽が流れていて、次の楽章が始まった瞬間、その音楽がもたらすところの対比が感動を呼ぶのである。このソナタの前には、このように始まった途端に始まったことでウルウルとくるということはなかった。でも、こう説明してしまうとなんて味気なくなってしまうのだ。こんな僕の説明より、ケンプ自身の言葉に耳を傾けてみよう。

ベートーヴェンは、「ただひとり、すべての喜びから引き離されて」いる。われわれは震撼しつつ、不幸なる人のこの告白の前に立つ。黎明にさえずりを送る鳥のようにおずおずと、繊細なメヌエットがはじまるが、トリオに至って、肯定的な生の喜びが決定的に取り戻される。     [ポリドール株式会社、ケンプ・ベートーヴェン・ピアノソナタ全集付属のパンフレットより、ケンプのコメント、礒山雅訳]
 僕がこの文章を読むのは、演奏を聴いてから随分後だったけれど、やっぱりこう思って弾いていたんだ。ケンプのこうした気持ちが演奏にいみじくも現れるのだ。ベートーヴェンを弾くということはこういうことなのだ。ベートーヴェンの作品にこめた想いや、独創性を真に理解し、音に乗せて弾くところまでいかなければ不充分であり、ピアノが上手いだけではだめなのだ。だからベートーヴェンを本当に聴かせることの出来る人は少ないんだな。

ベートーヴェンの作品は後にいくほどいいか?
 さて、僕のケンプ鑑賞は、初期ソナタから始まって、後期にまで辿り着いた。作風の変遷を辿って行くと、ベートーヴェンの音楽家としての歩みがわかる。でも、今回僕が強く感じたのは、それは変遷ではあっても、必ずしも進歩とか成長とかいうものとは限らないということだ。勿論、一人の人間が人生を送りながら長年に渡って音楽活動をしているのだから、その間に新しく会得した手法や新しい心情や境地というものはある。でも、一方で、初期の作品が中期や後期に比べて“未熟”かというと、断じてそうではない。
 バッハやモーツァルトのような「早くから作風を確立している」作曲家に比べて、ベートーヴェンは、一作ごとに「進歩」していった作曲家であると一般的に認識されている。それに僕は疑問を投げかけたいのだ。第1番のヘ短調ソナタは、先ほどの楽章構成でも触れたが、逆に言えば、ハイドン風古典主義ソナタとして一分の隙もないほど「完成して」いる。ベートーヴェンも、作曲家としての基本的な資質としては、若くして充分成熟していたと僕は主張したい。
 一方、中期になると、月光ソナタをはじめとして幻想曲風ソナタなどをいくつか試みるようになるが、それらは前期の強固な楽章構成を持つソナタを全ての面において凌駕しているかというと、そういう問題ではない。現にその一方で、ワルトシュタイン・ソナタのような構成的にもしっかりした作品を書き続けているからである。ただ、第1楽章は必ずアレグロでソナタ形式で、その後にゆっくりな楽章が続いて・・・・というソナタの固定概念を打ち破って、自らの心の指針に従って楽曲を構成してみたかったのだと思う。
 その傾向は、後期ソナタになるともっと顕著になってくる。同時にソナタ形式だけでなく、ベートーヴェンお得意の変奏形式やフーガなどのアイテムが随所に顔を出す。ベートーヴェンは、それらの要素を上手にソナタ形式の中に取り込んで、まさにベートーヴェンならではのユニークな楽曲構成に仕立て上げているのだ。確かに作曲家の個性が色濃く出ているという意味では、中期から後期ソナタは興味深い。でも、逆に言えば、ベートーヴェンはそれ故に古典派の完成者ではない。むしろ古典派の解体者である。
 古典派の完成者を見たいならば、何といっても前期のきら星のごとく輝く作品群を味わうべし。僕は前期ソナタが大好きなのだ。どのソナタも一分の隙もなく仕上がっているし、楽想の新鮮さやモチーフの展開の仕方など充分に独創的だ。

 たとえば悲愴ソナタの若々しい情熱は、その後のどの作品にもない独特の魅力を持っている。第2楽章の甘酸っぱい感傷は、晩年のベートーヴェンの寂寥たる心情とは異にするが、だからといって老人が若者の真剣な苦悩を軽んじて良いという証拠にはならないであろう。自分のことを思い出しても分かるが、若者は若者なりに、どうしても得たいと思っても得られない望みがあり、辛い挫折があり耐え難い絶望があるのだ。
 悲愴ソナタを聴いて涙する僕の心は自分の青春時代に戻っている。若い日には、もっと太陽はギラギラと輝いていたし、自分は数え切れないほどの若気の至りを行い、戦わなくてもいい無益な戦いを行って、他人をも自分自身をも傷つけてしまった。でも、それが若さというものだ。今から考えると赤面せずにはいられない数々の愚かさを、だからといって僕は自分の人生において否定しようとは思わない。何故なら、その時その時には本当に真剣だったし、そうとしか生きられなかったのだ。そして、そう生きたから現在の自分があるとも言える。傷つけた人達には本当に申し訳ないけれど・・・・・。
 そんな僕が、もう一度若気の至りに戻ることが出来ないように、晩年のベートーヴェンにはもはや悲愴ソナタは書けないし、書く必要もないのだ。しかし悲愴ソナタは、ある時期のベートーヴェンの偽らざる心情として永遠に存在するべきなのである。

 ベートーヴェンのピアノ・ソナタは、まるで彼の日記のようだ。人生の長きに渡って同じジャンルの作品を書き続けるということは、そういうことなのだ。その時その時にマイブームがあり、関心の向く方向が違い、仕上がりの肌触りが違う。ずっとソナタを書いていれば、自分の中でワンパターンに陥ってくる部分もあり、いろいろ試みてもみたくなるだろうし、どうしてもやむにやまれぬ欲求から夢中で作っている内に、既成の形式を飛び出してしまったということもあるだろう。それで次の作品ではまた戻ってみたということもあるであろう。そうして出来上がったのが32の異なった顔を持つピアノ・ソナタという魂の軌跡なのである。

 不思議だなあ。ベートーヴェンだけなのだ。こうしてハマッて、全作品をくまなく聴きたくなるのは。特にピアノ・ソナタと弦楽四重奏は、時々ブーム襲来となる。今回はケンプのお陰でこのブームがまだまだ長引きそうだな。

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