古事記初演大成功

ある1日
 11月18日金曜日。朝から忙しい。10時にイタリア語のレッスン。谷保駅近くの先生の自宅に自転車で行く。何か特別な事がない限り、毎週金曜日の10時と決めている。別にテキストとか使うわけではなく、全てイタリア語のフリー・カンバセーションきっかり1時間。まあ世間話をして帰ってくるだけだから、特別に予習復習は要らないのであるが、それでも金曜日が近づいてくると、動詞活用表を見たりミラノの語学学校で使っていたテキストの練習問題をやってみたりして、たいていレッスンの最初に、数カ所回答の確信が持てない問題の確認を行ってもらう。
 週1回だけのレッスンでは、進歩というのはなかなか望めない。忘れないようにするだけが精一杯。レッスン開始時は会話の調子を取り戻すまで時間がかかるが、終わる頃にはかなりスムースになっている。これで外がイタリアならば、即成果が試せていいのにと思うが、残念ながら今は劇場でイタリア人歌手とも接していないし、せっかくレッスンで良い感じになっても生かすところがない。残念!

 午後は2時から東京文化会館で「古事記」のゲネプロ(総練習)。1時からダメ出しをするので、イタリア語レッスンが終わると、そのまま家には寄らずに府中駅の自転車置き場まで自転車を走らせる。
 今週はずっと「古事記」の舞台稽古に明け暮れた。ようやくゲネプロまで辿りついたぜ。みんな本当に頑張っている。ソリスト達も、舞台稽古に入ってから一日も休みなくゲネプロまで来たのに、みんな体調を崩さずに絶好調。これがイタリア人だったら、
「こんな風に毎日歌わせられたら死んでしまうわ」
と言って途中で一日くらいボイコットして、カヴァー歌手が歌うハメになるんだろうな。 日本人は本当に真面目だが、これをネガティヴにとってはいけない。その真面目さは音楽に対する熱意や情熱に支えられているのだから。まさにスティーブ・ジョブズ氏の言うstay hunglyの精神なのだ。
 黛敏郎(まゆずみ としろう)氏の管弦楽法は絢爛豪華でありながら少しも危ういところのない堅実なもので、恐らく彼がスコアにしたためた音は全て彼の頭の中で確実に鳴っていて、そしてそれがまさにそのまま響き渡っている。まさにプロの業!

 さて今日の仕事はこれで終わりではない。夜は東大コールアカデミーのOB合唱団であるアカデミカ・コールの練習に行く。イタリア語のレッスンは仕事ではないが、一日3つの別のことをやるのは、歳を取ってくると正直楽ではない。それでもアカデミカのおじさま達の元気な姿を見ると、エネルギーをもらうね。いつも思うんだけど、東大卒業生というのは、ケバケバしくはないんだけれど、独特のオーラがあるんだよ。
 今やっているのは、三好達治作詞、多田武彦作曲の男声合唱組曲「わがふるき日のうた」。あまり有名な曲ではないかも知れないが、僕はこの組曲が大好きだ。でもね、今から10年前だったら今ほどピンとこなかっただろうと思う。12月10日の現役のコールアカデミー演奏会の1ステージで現役OB合同で演奏する。内容に関しては、もう少し近づいてきたら説明しようと思う。
 練習の後はメンバー達と「反省会」に行く。僕はあまり外で飲まないけれど、アカデミカの人達とは時々飲む。何故なら楽しいのだ。いろんな話が聞けるし、彼等みんな知性が高いから話題が興味深いのだ。こうしてビールを飲みながら楽しい語らいがいつまでも続いた。

受難曲~全ての遂げられなかった者達へのレクィエム
 11月19日土曜日は、午前中の東京バロック・スコラーズ練習に続いて、午後は当団が主催する「マタイ受難曲4回講演シリーズ」の中の第2回目が開かれた。このシリーズ全体の講師は礒山雅(いそやま ただし)氏であるが、今回はマタイ受難曲のテキストすなわち聖書の内容に関しての講義であるため、礒山氏は特別に聖書学者の佐藤研(さとう みがく)氏を招聘して、自らもお客様の一人となって聴講された。

 この立教大学キリスト教学の教授である佐藤研氏の講演は実に感動的であった。僕は恥ずかしいことに、聖書学や神学というと、なにか暖かい信仰心から離れて重箱の隅をつつくような冷たい研究を想像していたが、講義を進めてゆく佐藤氏の人柄から感じられるものは、誠実さと熱意と愛情そのものであった。そして、その内容は、まさに眼からうろこというものであった!
 終わって、礒山氏が観客に向かって、
「今日は2011年最良の日です!」
と感動を隠さずおっしゃた時、誰もが同じ思いだったに違いない。

 では佐藤氏は一体何を話されたのか?我々は佐藤氏の一体どこにどのように感動したのであろうか?これから僕が述べることは、佐藤氏の講演のレジメのようなものではないことをお断りしておきたい。あくまで佐藤氏のお話を聞いて僕が個人的に理解したことであるので、断片的な記事になります。佐藤氏はもっといろいろなことについて語られていたのだ。
 まず佐藤氏は、イエス・キリストの亡き後、初代キリスト教が成立していくまでの過程について話されたが、その根幹となる福音書を作るに当たって、キリストに関する伝承は、キリストの死、すなわち十字架上の死に関する記述を中心になされていて、それからその前後に広がっていったと話された。その理由として、キリストの死を描くことが、弟子達にとって一種の“喪の行為”であったと佐藤氏は語る。
 人間というのは、自分にとって近い人が亡くなった時、喪という行為を行わないではいられない。そして不思議な事に、必ずなんらかの“悔恨の情”を持つものである。
「ああ、こんなに早く死ぬのが分かっていたら、あんなこと言うのではなかった」
とか、
「こうしてやればよかった。ああしてやればよかった」
とかである。
 特に生前の相手に対して、はっきりと傷つける行為をした場合、その悔恨は当人の心の傷となって一生残るだろう。キリストがつかまった時、弟子達は皆彼を見捨てて逃げてしまった。キリストの死後、残された弟子達は、自らの痛恨の想いをもって何度も何度もキリストの受難の場面に想いを馳せた。だからキリストの伝承物語が生まれた時には、まず“十字架上で亡くなったキリスト”として描かれ始めたのである。それがさらに発展し、“我々の罪のために自らの身を捧げたキリスト”という教義となっていった。それを佐藤氏は、弟子達の喪の繰り返しの追体験、つまり追喪(ついも)であると述べられた。

 福音書の受難の各場面の信憑性に関して、佐藤氏は面白いことを言われた。
「弟子達がイエスを皆裏切って逃げたという記述は、どう見ても彼等にとって具合が悪い格好の悪いことですが、あえてそのことを書いてあるという点から、これは歴史上の事実であると思われます」
なるほどな。そういう思考方法を辿って聖書の記述と歴史上の事実とをすりあわせていくわけか。僕は、佐藤氏の話を聞き進んでいく内に、現在の聖書学というものがとても進化しているのを感じた。
 聖書というものは、一方では「神の霊感によって書かれた書物なのだから、一字一句信じるべし」というファンダメンタルな捉え方があるけれど、もう一方で、各福音書によって言うことに矛盾があったり、時には述べられている事実が真っ向から対立していたりして、どちらが本当なのか、いや、もしかしたらどちらも嘘なのかと悩ましい書物なのである。でも、やはりそうしたことに踏み込んでいくのはアンタッチャブルに思われて、どんなに研究してもこれ以上の領域には踏み込んではいけないだろうと僕は勝手に思っていた。
しかし随所で佐藤氏はあっさりと、
「これは違うと思われます」
とおっしゃるので、胸のつかえがスーッと降りたような気がした。これで、長い間不思議に思っていた謎が解けた。

 さて、佐藤氏は、喪の体験もそうであるが、悲劇的なるものに触れることによって人間は逆に生きる勇気やエネルギーを得るとおっしゃった。受難劇にどうして復活がないのかという疑問に関しては、勿論これが復活祭ではなく受難節に演じられるからというのが現実的な理由であろうが、そういうことではなく、キリストの受難を見つめ、キリストをとりまく人間達の弱さを見つめることによって逆に肯定的に生きていこうと思えるようになるからなのだ。
 バッハの「マタイ受難曲」が、キリスト教国でない日本の聴衆にこれほど受容されている背景に関しても、それがキリスト教という一宗教の枠組みを離れて“悲劇的なるもの”という普遍性を獲得しているからである。さらに言えば、キリストという個人をも離れて、キリストのように事半ばで志を遂げられなかった全ての者達へのレクィエムのようなものになっているからではないだろうか。

ここまで佐藤氏が話された時、僕の胸の中には大きな感動が広がっていった。全ての遂げられなかった者達へのレクィエム!

 東京バロック・スコラーズは21世紀のバッハという標語を掲げ、演奏するだけではなく、あらゆる角度からバッハに近づいていく活動をしているが、今日ほど自分のやってきたことが間違っていなかったと思った時はなかった。
 我々は何のためにバッハを演奏しているのか?イマに生きる我々に、バッハの受難曲はどのような意味を投げかけているのか?こうしたことを考え続けていかなければ、このシビアな現代の中で音楽はリアリティを失い、存在価値を喪失してしまう。
 もう我が国の音楽界において、追いつけ追い越せの時代はとっくに終わっているのだ。そもそも演奏するという意味の見直しから始めなければならない。21世紀は平穏な時代ではないからこそ、我々はその存在を問うところから再出発しなければならないのだ。

 今度のマタイ受難曲のチラシを見ていただきたい。僕は担当者にお願いして、下の方を暗く淋しく、そして上方に光とキリストとを描いてもらった。あまり言葉ではっきり言うのは好きではないのだが、暗い方を見て大震災を連想していただいてもいいように描いたのだ。つまり、全ての遂げられなかった者達の中には、被災された人達も当然入っているのである。その方達の魂にも届くような音楽を奏でたいと強く想いながら、僕は講演会場を後にした。

 「俺が俺が」という人ばかりで満ちているような世間にあって、わざわざ自分の身を引いて佐藤研氏という素晴らしい方を紹介して下さった礒山氏の謙虚さにあらためて尊敬の念を覚える。これぞ学究の徒の鏡。豊かな人はもっと豊かな人から豊かさを得たいと思うのだ。それはある意味貪欲とも言えるが、そのためには「自分がお山の大将になって自分だけが賞賛を浴びたい」という煩悩から解脱していなければならない。これは出来そうで出来ない。礒山氏も佐藤氏も、一流の人達のそばにいるだけで得ることが少なくない。その知識も、そして生き方も。

古事記初演大成功
 黛敏郎作曲歌劇「古事記」のラスト・シーン。選ばれたニニギノミコトを先頭に、地上に降り立ってゆく日本人の先祖達を見ていると、不思議な感動が僕を包む。このようにして「日本的魂」が地上に“降臨した”のだと妙に納得してしまうのだ。

 「古事記」で表現されている事柄が事実として本当に起こったと信じるわけにはいかないけれども、ここには日本や日本人にまつわる様々な事実が隠されているのではないか。たとえば、天の岩戸の神話は皆既日食ではないかとか、八岐大蛇(やまたのおろち)は、日本という国土をしばしば容赦なく襲う天変地異の象徴かも知れないとか、スサノヲの戦いは、それを克服していこうと努力奮闘する我々日本人の姿であるとか・・・・。

 日本の自然は本当に美しいと思う。毎朝散歩の時に家のそばの高台から眺める富士山の気高い姿とそのまわりの山々。春には桜があでやかに咲き誇り、秋には葉が赤や黄色に色を染めながら木々から離れて北風に舞う。でもその自然がひとたび怒ると、それがもたらす災害には果てがない。地震、津波、火山の噴火、台風、洪水、日照り、飢饉・・・これほど自然災害に満ちた国も珍しい。日本民族の歴史は、そのまま自然との闘いの歴史であった。そうやってここまで来たんだなあ。日本民族!
 歌劇「古事記」の大成功は、もう練習の段階から予想されていたが、本番というものはやはり違う。魔物が降りてくるんだ。いや、日本の神々が東京文化会館に降臨したのだ。僕は普段全然日本的な人間ではない。にもかかわらず、今強く思う。日本っていいなあ。自分が日本人に生まれて本当によかったなあ!
がんばろう、ニッポン!

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