名演の予感「ローエングリン」

 膨大な量の合唱部分を覚えるのは大変だったろう。ましてや、ドイツ語に普段親しんでいない団員にとっては、ウムラウトや重なり合う子音や母音の色や鳴らし方など、僕からの様々な注意にも留意しなければならない。でも、新国立劇場合唱団のメンバーは、本当に真摯に音楽に向かい合っている。もはやそれは「プロだから仕事として」取り組むという次元をはるかに超えている。
 一方、「さまよえるオランダ人」や「魔弾の射手」で合唱団の実力と取り組み姿勢に熟知している演出家マティアス・フォン・シュテークマンは、「ローエングリン」では、さらにハードルを上げて、合唱へ様々な要求を容赦なくする。でも、その方がいい。今や新国立劇場合唱団は、要求を突きつけられれば突きつけられるほど、モチベーションが上がり、全力を持って答えようとする。もの凄いエネルギーだ!最強、最良の状態であると自負している。
 第1幕。ローエングリンが初めて登場した後のゆっくりで静かな合唱曲の場面。マティアスが僕に近づいてきた。マティアスと僕とは、子供オペラ「ジークフリートの冒険」を一緒に作り上げた仲で、お互い何でもズケズケと言い合う。僕は、ある歌詞の子音がはっきりしないのを気にかけていたので、きっとマティアスにそれを指摘されるのだろうと身構えた。すると、マティアスがしみじみ言う。
「この響き・・・・かつてバラッチが作り上げた響きだ。今はバイロイトでも失われてしまって、世界の何処でも聴くことは出来ないと残念に思っていたけど、こうして蘇っているじゃないか。ヒロ、よくやってくれた!ブラボー!」
「お前にそう言ってもらうと、頑張った甲斐あるよ。マティアス、ありがとう!」
なんだか感動してしまって涙が溢れそうになった。同時に、かつてバイロイトで経験したあの夢のような日々が鮮やかに蘇ってきた。バラッチの元でピアノを弾きながら、彼から盗めるだけのものを盗んだかけがえのない日々。祝祭合唱団のサウンド。ドイツ語のニュアンスに富んだ発音と表現!

 「ローエングリン」は、ワーグナーの中でも特別な作品だ。ルートヴィヒⅡ世があれだけ熱狂して、公費をつぎ込んでしまったのも分かる気がする。特に第2幕聖堂の場面など、何カ所か本当に我を忘れるくらい美しく神聖なサウンドが聴かれる。物語自体は何のカタルシスも達成感も得られない非情なる悲劇なのだが、それはとりもなおさずローエングリンという主人公の、この世と決して相容れない気高さをあらわしているのだ。それだけに崇高さ、気高さの表現が、他の作品と比べて抜きんでているのである。

 さて、合唱団はペーター・シュナイダーとの音楽練習も済み(シュナイダーもとても気に入ってくれた)、いよいよ今週から、一番最後に来日したタイトル・ロールであるフローリアン・フォークトとの立ち稽古に突入する。すでに来日しているキャストたちも、みんな粒が揃っていて素晴らしい。

 これは間違いなく、新国立劇場の歴史に残る記念碑的公演になると同時に、1997年の開場以来、劇場内でどの部分がどのくらい育ってきたかということを如実に示す公演になると思う。

タンタンを想う日々
 タンタンの死から一週間が過ぎた。タンタンに逢いたくてたまらない。たかが犬一匹のためにこんなに苦しむとは思ってもみなかった。あまりにも可愛がりすぎ、あまりにも心が通じすぎ、タンタンはあまりにも僕たちの生活に溶け込みすぎた。
 妻は、僕や志保が仕事に行っている間に独りでいる時間が長いため、家の中の見るもの見るものがタンタンとつながっているのが辛すぎて、水飲みの器やハウスなど、タンタン関係のものを日ごとに処分する。それがかえって辛い。仕事から帰ってくると、家の中が妙にすっきりとしているのだ。そ、そんなあ・・・まるでタンタンなんか元々いなかったかのようになってしまうじゃないか。まあ、どっちにしても辛いんだ。要するに辛いんだ。

 タンタンは、僕の最も忙しい時に亡くなった。本当は、5月5日土曜日の名古屋モーツァルト200合唱団演奏会の後、打ち上げに出てからそのまま東京を通り越して群馬宅に深夜過ぎに着くわけだった。翌日の5月6日日曜日は、朝9時半から新町歌劇団でミュージカル「おにころ」の練習。新町歌劇団は、この日の練習のためにわざわざ本番会場である新町文化ホールを借りていたのである。朝から集中稽古をして午後4時過ぎまで。それから僕は高崎線に飛び乗り、和光市へと向かう。午後6時からは、これも本番会場である和光市文化会館サン・アゼリアのホールでヴェルディ「レクィエム」の練習。
 名古屋の演奏会はモーツァルトなので、ワーグナーやマーラーほどは体力を使わないけれど、それでも本番は本番である。本番の体力の消耗は、練習とは比べものにならない。だから、この強行軍は、通常でも体力が持つかなあと心配であった。そこにタンタンの死が割り込んできたわけだ。先週書いたようにモーツァルト200の打ち上げを失礼して国立の家に帰ってタンタンと対面したが、悲しみに沈んでいる場合ではなかった。次の早朝に自宅を離れ、一日フル稼働しなければならない。
 結果的にみると、かえってそれが良かったような気がする。一番辛い日に一番忙しい日が当たり、崩れ落ちそうになる心を支えていたのだ。心の傷がパックリと口を開けていたが、なんとか乗り切らなくちゃと一生懸命思い出さないようにした。タンタンの件は、新町歌劇団でも志木第九の会でも誰にも言わずに、いつも以上に明るくポジティヴに振る舞っていた。

 その反動が次の日に来た。絶対に疲れているはずなのに眠れないし、タンタンの思い出はぐるぐる心の中で回るし、朝は早くから目が覚めてしまった。僕は最近封印していたタンタンとの散歩コースをひとりで散歩してみた。ある時からタンタンは、自分の足腰が弱ってきたので遠出を拒否するようになってしまった。それで僕はひとりで散歩してから、タンタンを連れて近所を回るコースを散歩するようになった。でも、それ以前のコースをひとりで行くと、タンタンと一緒でないのが淋しく感じられるので、そのコースは封印していたわけである。
 だから久し振りなのだが、そのコースでのタンタンはいつも若々しく元気だったので、不思議と悲しさは感じられなかった。途中ずっとタンタンに話しかけている。人が見たらかなり「変なおじさん」だったと思う。
 それから午前中は、留守中に届いていたメールを読んだり、ヴェルディ「レクィエム」などのスコアの勉強をしなければならないのに、ボーッとしていて何も手に付かない。お昼近くになったら電話が鳴った。東京バロック・スコラーズの楽事(音楽担当)のSさんからだった。実は今日新国立劇場近くの喫茶店で大事な会合があったのだ。いけねえ、すっぽかしてしまった!あまりに虚脱状態で手帳を見ることも忘れてしまっていたのだ。こんなこと初めてだ。

いいおじさんの号泣
 午後から新国立劇場に行く。仕事している間はやや忘れているが、心の中にぽっかり穴が開いている。仕事が終わって帰途につき、家が近づいてくると、出迎えてくれるはずのタンタンがもういないんだと思って悲しくて仕方がない。家に着いてから、夕飯の支度をしている妻に言う。
「女の人は泣くことが出来ていいな」
「あら、泣けばいいじゃない」
「いいおじさんが街角で泣いていたら変だろう。男の子は人前で泣いちゃいけないっていうのが何となく植え付けられているんだなあ」
 そこへ志保が帰ってきた。彼女は二期会のオペラで今日は通し稽古の日。やはり昨日の僕のように、こんな時でも気をしっかり持って頑張らなくちゃと出掛けていったのだ。相当無理して気丈に振る舞っていたのだろう。彼女は、帰るなり、
「もう無理!我慢の限界!」
と言いながらビャーッと激しく泣き出した。それに誘発されて、気が付くと僕も泣いていた。しかも大声を上げて、タンタンのハウスに首を突っ込んで、毛布の匂いをかぎながら、いいおじさんが思いっきり泣いて泣いて泣きまくったのだ。まるで小さい子供のように何の遠慮もなく心の赴くままに・・・・・大人になってから初めてだな。こんなに号泣したの。妻も一緒に泣いていたから、その瞬間家の前の道を通りかかった人は何事が起こったかと思っただろうな。

それでやっと眠れるようになった。

遺影
 タンタンは火葬場に行ってお骨になって帰ってきた。骨壺の近くにタンタンがよく遊んだおもちゃを置き、お花を飾る。だが、何かが足りない。そうだ、写真だ。妻が言う、
「そういえば、被災地の人達と話していて、遺影がないのが一番辛いと言っていた気持ちが良く分かるわ。津波で何もかも流されてしまったので、その人を思い出す写真ひとつ残されていないんだって」
なるほど、そうしたひとつひとつの事も、当事者にならないとなかなか分からないものだなあ。それにしても、こっちはたかが犬一匹なので比べものにもならないけれど、被災地に生き残った人達の喪失感には想像を絶するものがあるだろうなあ。

 写真をパソコンからプリント・アウトして額に入れて骨壺の前に置く。在りし日の勇壮なるタンタン!ああ、やっぱり遺影って必要だなあ。

光~愛
 夜寝る前にいつもタンタンの夢を見ますようにとお祈りするのに、ちっともタンタンが夢に現れて来てくれない。でも、ある夜、眠っていながら僕の魂が大きな光に包まれて、心の中がなんともいえない慈愛に満たされているのを感じながら目が覚めた。その陶酔感は起きてからしばらく続いていた。とても大きな霊的体験。
 勿論それでタンタンがいない淋しさが消えたわけではないが、この辛さに耐える力を天からいただいたような気がした。ふと、かつて自分が作ったミュージカル「ナディーヌ」で、魔法使いのオリーが歌うアリアの一節が思い浮かんだ。

でも わたしは思う
つらくても 報われなくても
それでも それでも
愛する人生は 素晴らしい

愛するために
愛するために
人生はある

苦しみも なみだも
生きている あかし
 そうだ!愛することがなければ辛い思いをすることも苦しむこともないけれど、だからといって愛したことを悔やんだりする理由は決してないのだ。愛することを加減したり、出し惜しみしたりしてはいけない。傷つくことが分かっていたって、愛することを止めてはいけない。とめどなく限りなく無制限にどこまでもどこまでも愛するべきなんだ。だって僕達は、愛するために生きているんだろう。だったら苦しむことだって喜んで引き受けなくっちゃ!愛しているんだから・・・・愛さずにはいられないんだから!

杏奈の束の間の帰国
 パリにいる次女の杏奈は、タンタンの知らせを聞いて、淋しくて仕方がないので日本に帰ると言っている。でも、メイクの学校をその為に休むのもなんだし、帰ってももうタンタンに会えるわけでもないので、僕はやめなさいと言っておいた。
 ところが数日前、僕とスカイプをしている時、僕がうっかり、
「杏奈の淋しさ分かるよ。パパも昨年ミラノでいつもタンタンに会いたくて話しかけていたもの。パパがもし今ミラノにいたら、もしかしたら帰っていたかも知れないな」
と口を滑らしたら、即座に、
「あのね・・・パパ怒ると思うけど・・・杏奈ねえ、どうしても帰らないと気が済まないので、内緒でチケット取っちゃった・・・・おねえちゃん(志保)にだけは言っておいたのだけど・・・」
「なにい?」
びっくりした。親に内緒で帰国を決めていたなんて・・・・。少し間を置いて僕はたずねる。
「いつ帰るんだ?」
「14日の月曜日にパリを発つ。火曜日の1時に成田に着いてね、木曜日の夜の便で帰る」
「なんだって?火曜日に着いて木曜日に発つ?ということは、まるまる居るのは水曜日だけじゃないか!」
「うん、それならいろいろに差し支えなく来られるんだ」
「直行便か?」
「ううん・・・・一番安い便。アブダビ経由のエティハド航空。全部で五百何ユーロ(6万円くらい)」
「なんだって?アブダビ?どこだ?随分安いな。ちゃんと飛ぶんか?」
「大丈夫だよ。墜ちたというのは聞いたことないよ」
「経由便だと時間かかるんだろう。それでこれしか滞在しないのか?それでもいいのか?」
「タンタンのためならそのくらい何でもない・・・って、ゆーか、せめてタンタンのためにそのくらいしてあげたい。そうしないと、杏奈これ以上前に進めないんだよ・・・もう限界なんだよ!」
悲痛な叫びだった。
「杏奈の気持ち分かるよ。好きにしなさい」
「怒らないの?」
「怒ったって、どうせ無理矢理にでも帰ってくるんだろう。それに、他ならぬタンタンのことだからな・・・・」
志保が横から突っ込む。
「そんならどうして最初から帰っていいよって言ってあげなかったのさ?」
「親っていうのはね、最初はそう言うものだよ。さしたる覚悟もなしに帰ってきてみろよ。パリに戻るのがもっと辛くなって帰りたくなくなってしまうだろう」
「ふーん・・・・」

 駄目と言って子供の覚悟を計るなんて、なかなか良い親みたいだけど、白状すると、実はそこまでも考えていなかった。勉強中の身なのに無駄なお金を遣わせたくなかっただけだ。でも、まあいい。実はもう杏奈が帰ってくるのを楽しみにしている自分がいるよ。みんなでタンタンの話をいっぱいしよう。しあわせだったタンタンの人生を(じんせい?犬生)、もっともっとしあわせにしてあげよう。

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