名残惜しい千秋楽と目白押しの秋

三澤洋史   

   「ピーター・グライムズ」も10月14日日曜日の公演で終わった。8月前半、「アイーダ」北京公演のすぐ後から音楽稽古が始まり、お盆休みをはさんで8月後半からずっと音楽稽古及び立ち稽古に明け暮れた。すでに「今日この頃」に書いたように、9月はまさに「ピーター・グライムズな9月」だった。
 極端な傾斜舞台、激しい動き。ストップモーションやおびただしい動き出しのキッカケが少しでもハズれると成立しない濃密な舞台空間。僕にとっても合唱団員達にとっても、これまで関わった全てのオペラの中で最もしんどい部類に属するプロダクションだったが、それだけに途中からみんなクラブ活動のようになってきて、内部で異常な盛り上がりをみせた。
 10月14日の千秋楽のカーテンコールが終了した瞬間、緞帳の裏で、僕達はキャストは、みんなで大きな山を登り切った達成感を味わった。僕は指揮者のアームストロング氏と抱き合い、みんなと熱い視線を交わしながら握手した。久し振りでひとつのプロダクションが終わってしまう悲しみを味わった。

 でもプロの音楽家の宿命。明日からまた先に行かなければならない。新国立劇場としても個人的にも、同時進行でいろんな準備が進行しているし、どんどん本番もやってくる。10月18日木曜日は、サントリーホールで読売日本交響楽団演奏会。新国立劇場合唱団は、読響常任指揮者シルヴァン・カンブルランと共に「ダフニスとクロエ」全曲をやる。
 それから、僕は個人的には20日土曜日に浜松アクト・シティ中ホールでバッハのロ短調ミサ曲演奏会を指揮する。今、僕の頭の中ではロ短調ミサ曲がエンドレスでぐるぐる回っている。
 本番後、僕は東京に帰らず、そのまま関西に行く。尼崎で「愛の妙薬」公演の合唱指揮に携わるためだ。これは、新国立劇場の「高校生のための鑑賞教室」の関西引っ越し公演。2年前の「蝶々夫人」までは、僕が3年間本番の指揮をしていた。今年の指揮者は城谷正博(じょうや まさひろ)君だ。公演は24日水曜日、25日木曜日。だから来週の「今日この頃」は尼崎で書くことになる。
 25日は一度東京に帰るのだが、翌日26日金曜日午後に新国立劇場で「トスカ」の立ち稽古前の最後の音楽稽古をつけた後、僕は羽田から最終便で鹿児島に飛ぶ。27日土曜日、28日日曜日は、鹿児島で、全日本合唱連盟主催合唱コンクール、中学高校部門全国大会の審査員をする。

 ふうっ、なんか息つく暇もないぞう!とにかく、健康にだけは気をつけて、この秋を乗りきろう!

村上春樹にノーベル賞取らせたかった
 村上春樹にノーベル文学賞取らせたかったな。でも、「村上春樹ノーベル賞なるか?」
と煽るマスコミもいかがなものか。事前にあまり騒ぎ過ぎた場合、そうならないことの方が世の中多いだろう。もしかしてマスコミも「取れなかった村上春樹」を強調するためにわざと報道したのではと勘ぐりたくなる。
 勿論、ノーベル賞だけが全てではない。でも、大江健三郎のような面白くも何ともない作家が受賞する一方で、あれだけ沢山の言語に訳されて世界中で読まれている村上春樹が未だに受賞出来ないということに釈然としない思いを抱いているのは僕だけであろうか?

 とはいいながら、村上文学がノーベル賞向きでないというのも分かる。かつて我が国でも、村上文学は、文学界の上層部になかなか受け入れられなかったが、それは、村上文学は純文学の持つ格調高い体裁を持っていないという理由からだ。作曲でいうと12音技法で厳格に作られた音楽よりも、ジャズやポップスのイディオムを取り入れた音楽の方が、なにかふざけて安っぽく感じられて評価されないのと一緒だ。
 村上文学を読み出すと、いつも「息をもつけず」という感じになって止まらなくなる。それは、そこにエンターテイメント小説の高度な技法が使われているからだ。その割には、アクション小説の結末のような安堵感や、推理小説の最後のような解決感がない。それに、
「こんなんで読者サービスしたつもりかな?」
と思わせる安っぽいエロ・シーンもあったりして、読者の失笑を買う。
 要するに、純文学はこうだという先入観を持っている人にとっては、出来損ないの大衆小説のようにしか映らないのだ。でもそんなことで村上文学が世界の文壇においても評価されないのだとしたら、ノーベル賞選考委員も見る眼がないなあ。

 大切なのは外見ではなく中身だろうが。背広を着て一流大学を出ている人を信用して、ジーンズをはいて定職についていない人を排除する時代は、もうとっくに終わっているのだ。村上文学が純文学らしい外見を持っていないことが、まさに村上文学の新しさであり、未来の文学のあり方を指し示しているのである。
 音楽を見てみるがいい。いわゆる権威付けられた現代音楽は、もうとっくに終わっているではないか。厳格な12音技法の中に僕たちは輝かしい未来を見るか?これ以上ラディカルでアヴァンギャルドなものを僕たちは求めているか?答えは否だ。もうコップの中の嵐はこりごりだ。むしろ、これまで僕たちがサブカルチャーと呼んで馬鹿にしていたものの中に、より人々を惹きつけるものがあったのではないか。

 村上文学は軽い。軽くて荒唐無稽だ。でもその軽さは、モーツァルトの軽さと共通するものがある。真実を伝えるのに、いつも重々しくやらなければいけないということはないだろう。モーツァルトが微笑みの中に憂愁を隠したように、村上春樹は、馬鹿馬鹿しい展開の中に非日常を忍ばせる。その垣間見せる非日常は、時に宗教的悟りよりも深く、人間存在の真実をあぶり出す。

 国際コンクールで1位を取っても、その後埋もれてしまう演奏家がいくらでもいる一方で、賞は取れなくても長年第一線で活躍し続ける演奏家もいる。ノーベル賞など取れなくても、村上文学が世界中でこれだけ読まれているというのは、ある意味快挙であり、痛快ですらある。

でも、それでも、僕は村上春樹にノーベル賞を取らせたい!

ピナが教えてくれたこと~魂の解放
 NHK・BSでたまたま観た番組。ちょっとだけ観て2階の仕事場に行くつもりが最後まで観てしまった。その間、僕の眼はテレビに釘付け!それは女優の夏木マリがピナ・バウシュという舞踏家を求めてドイツに行く話だった。
 ピナ・バウシュは、ドイツのヴッパタール舞踊団を率いていたカリスマ的振付師。舞踏と演劇との融合とも言われる表現主義的な舞台で熱狂的なファンを獲得していたが、2009年に急逝してしまった。
 夏木マリは、生前のピナの振り付けする舞踏を観て感激し、ピナに会いに行った。ピナは夏木に対し、自分の舞踊団に入るよう誘ったが、夏木が仕事のスケジュールを理由にぐずぐずしている内にピナが亡くなってしまった。
 その後悔もあって、今回のドキュメント番組では、モノレールの走る山間の街ヴッパタールに行き、ピナの後を継いでいる舞踏家の元で、ピナが行っていた様々な舞踏のエクササイズを体験する。それは想像を絶するものであった。

 ウォーミング・アップから始めるというので、軽い気持ちで参加した夏木は、そのステップの複雑さに眼を丸くする。その動きは、意外にクラシック・バレエを基本にしたものであり、複雑な体重移動とそれによるバランス調整の驚くべきエクササイズであった。
 ピナの提唱したダンス・レッスンは、ただ自分の振り付けを押しつけてやらせるものではない。むしろ個々のフォームやステップを各自で考えて作らせることが多い。そのために振り付け師と踊り手は沢山対話をする。また、あるテーマが与えられ、それについてそれぞれが自分で感じたままに動きを決めていく。たとえば「静かな祈りの境地」とか「何かがひらめいた瞬間」とかという風に。
 正解はない。ただ、各自が本当にそれを内面から感じているか、そして感じたものを本当に適切な身体表現に生かしているかは厳しく問われる。さらに、それぞれの動きを今度はつなげる作業をする。なるべくギャップがなくなめらかに・・・・・これがなかなか難しい。

 夏木マリの番組を見終わった時、オーバーに言うと僕は別の人間になっていた。ピナの舞踏は内面的で激しく圧倒的だ。ひとことで言うと、ピナは舞踏を通して「感情を解き放ち魂を解放」しているのだ。僕は表現者のひとりとして、ピナをもっと知るべきだと思った。そのためには、もっとピナの作った舞踏の映像を見なければいけない。
 そこで、早速パソコンを起動し、AMAZONで検索してみた。いくつかのDVDが出ていた。その中の「夢の教室」というのを注文したら、なんとその日の内に自宅に宅配便で届いた。びっくりしたなあ、もう!


「夢の教室」をその晩の内に観たのが木曜日。次の日、すなわち金曜日に、今度は「PINA~踊り続けるいのち」というDVDを注文した。当日ではなかったけれど、土曜日に届いた。なんて便利な世の中なんでしょう!

ピナの方法論は、即座に僕自身の「指揮という身体表現」を見直す手引きになった。僕は浜松のロ短調ミサ曲の演奏会を今週末にひかえているので、ロ短調ミサ曲での自分の動きを批判的に見つめる。僕という肉体は、僕が感じているロ短調ミサ曲を表現するために、何をしなければならないか、自分に問うてみる。
 僕の動きの中から全てのムダを切り詰め、僕の感性はギリギリにまで研ぎ澄まされなければならない。それ自体が、完璧な舞踏でなければならない。僕の演奏したいフレーズのひとつひとつ、あるいは和音、音のひとつひとつに至るまでと、僕の一挙一動が一体化していなければならない。しかもそれは、設計図に従って行っているのではなく、その瞬間その瞬間新たに生まれ出るものでなければならない。

 また僕が、自分の関係している合唱団などと共に何かを作り上げていく際、ピナの舞踏エクササイズが僕に教えてくれたものは計り知れない。僕がこれまで彼等に何を求めていたのかを、僕はピナによって明確に認識したのである。

 4声の混声合唱は最低4人でも出来る。それをどうして80人でやる必要があるのか?大管弦楽に負けない音量が要求されるマーラーならまだしも、バッハではジョシュア・リフキンのアンサンブルのように4人で演奏することも出来る。いや、むしろ現代では、コレギウム・ジャパンをはじめとして少人数アンサンブルでバッハを演奏するのが主流ではないか。それに逆らって、何故僕は、自分の率いる東京バロック・スコラーズで大合唱をやるのか?
 その答えがピナの中にあった。つまり僕は80人の「魂の解放」と、その解放された魂の表現を見たかったのである。そこに、4人では決して成し得ない精神の圧倒的なパワーを感じるからこそ、僕は80人でバッハをやる。4人の20倍の音量が欲しいのではない。欲しいのは20倍の個別な魂の叫びなのである。

 ただ僕は、ピナの舞踏を観て初めてそれを思ったわけではない。むしろ、僕もずっと同じことを考えていたのである。だからピナに出遭って激しく共鳴したのだ。たとえば、東京バロック・スコラーズの「マタイ受難曲」の練習で、僕は常に彼等に問いかけていた。
「指揮者の僕はこう感じる、そしてあなたは何を感じる?」
「あなたはこれをどう表現したい?」
 僕はいつも見たかったのだ。受難劇のそれぞれの場面に対し、それぞれの合唱団員が“個別的”にどう感じているのかを、あるいは、今自分が演じている群衆合唱の感情に、自分の個人的な感情をどう重ね合わせて表現につなげていくのかを。

 大事なのはIndividuality「個別的であること」。これが日本人には最も難しい事なのかも知れない。僕達は社会で自分の個人的な感情を隠すように教育されている。それが大人になる事だと教えられてもいる。だから日本人はアンサンブルが得意だ。すぐにまとまる。まとまって落ち着いてしまう。その中でindividualityを発揮することはむしろ罪悪のように思われてしまう。だから感情はいつも抑圧されている。あまりに抑圧されているため、健康に成熟していない。ほとんど発育していないため、あたかも感情そのものがないかのように見える人すらいる。
 でも、一方で、人間はやはり「表現する動物」なのである。言語を持っているし、芸術を生み出し、他者と関わろうとする強い意欲を有している。それを持っていない人間はいない。だから僕達はどこかで自分の感情を解放し、豊かにそれを育む場を持たなければならないのだ。

 僕の合唱団では、みんなひとりひとりが自由であると感じていなければならない。そして、ほとばしるモチベーションを持って自主的に積極的に表現に関わっていかなければならない。コーラスだから正しい音を歌い、合わせる事は必要だが、それは表現への出発点に過ぎず、目的になってはいけない。合わせる事と、それを打ち破って表現していこうとする両方のエネルギーのせめぎ合いが熾烈であればあるほど、緊張感は高まるのであって、間違っても、ほとばしるものを止めてはいけない。これがピナから教わった僕の挑戦!これこそが21世紀の芸術のあり方である。

 ダンス経験を持たない40人のティーンエイジャーが共同でひとつの舞台を作り上げていく素晴らしいドキュメンタリー「夢の教室」の合い言葉は、
「怖がらないで、踊ってごらん」
であった。
ピナはこうも言っている。
「踊りなさい。自らを見失わないように」

僕も、プロアマを問わず、自分が関わる全ての演奏者達にこう言いたい。
「怖がらないで、自分の感情を解き放ってごらん!歌いなさい。自らを見失わないように」


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