読響の「運命」演奏会

三澤洋史   

 11月26日月曜日。朝、富山から飛んで、そのまま新国立劇場に入り、「セヴィリアの理髪師」の最終稽古に立ち会ってから、ブラームス合唱曲のマエストロ稽古に出る。指揮者のRafael Fruhbeck de Burgosラファエル・フリューベック・デ・ブルゴス氏は、もっと恰幅の良い姿だと記憶していたけれど、しばらく見ないうちにお年を召してしかもかなり痩せられた。でも、お会いするなり全身から発するエネルギーがビンビン感じられる。眼光も生き生きとして鋭い。それだけで並の芸術家ではないと思う。

 デ・ブルゴスde Burgosというのは本名ではないそうで、ブルゴス地方出身のという意味である。ヴィンチ村出身のレオナルド・ダ・ヴィンチや、マグダラのマリアのようなものだな。本名は、ラファエルが名前、フリューベックが姓だそうである。母親はスペイン人、父親はドイツ人で、彼のキャリアも両国にまたがっている。1933年生まれだというから、今年で79歳か。それにしては元気だ!
 彼とは過去2回ほど一緒に仕事している。1度目は1992年、ベルリン・ドイツ歌劇場の日本公演で彼が「マイスタージンガー」を指揮した時、日本人側の男声エキストラの合唱指揮者として共演している。
 同じ時に、その頃まだ日本ではほぼ無名な若きクリスティアン・ティーレマンが「ローエングリン」を振っていて、こちらにも日本人男声合唱を送り込んでいた。ティーレマンへの批評はさんざんだったが、その後彼が有名になると、あの頃酷評を下していた批評家達が、こんどはこぞって絶賛するようになる。その頃から僕は日本の音楽評論家を信用していないんだ。
 それから、何年か忘れたが、ファリャ作曲歌劇「はかなき人生」演奏会形式の合唱指揮者としてデ・ブルゴス氏と共演した。合唱は二期会合唱団で、オケは確かNHK交響楽団だったと思う。

 さて、練習が始まった。コンクール審査員として、沢山の素晴らしい合唱を聴いた後で、あらためて新国立劇場合唱団ってどんな風に聞こえるのだろうと、恐る恐る聴く。すると・・・・ああよかった!僕の価値基準によると、この60人の合唱は、一般部門Bグループでお江戸コラリアーずを抜いて1位を取れる。あまりに嬉しかったので、練習終了後、マエストロが帰った後の最終チェックの時に、
「みなさん!あらためて思いましたけどね。この合唱は全日本合唱コンクール全国大会一般部門で1位を取れますよ!」
と言った。けど誰も喜ばない。
「何言ってんの?プロなんだから当たり前だろ」
って顔をしている。分かってねえな、アマチュアの凄さを。
 それから気が付いたら、みんなに向かって、アマチュア合唱のレベルの高さと、そうしたアマチュアの人達がプロの合唱を聴いて、時にはどんなにガッカリし優越感を覚えながら失望しているか、だからこそプロの合唱団が頑張ってきちんと見本を示さなければならないのだと懇々と説いたので、随分時間がかかってしまった。多分みんなには、最後まで僕の真意は伝わらなかったかも知れない。まあ、どうやら褒められているらしいことは伝わったみたいだけれど・・・。

 11月29日木曜日サントリー・ホール及び、12月1日土曜日池袋東京芸術劇場。ブラームスの合唱曲、「哀歌」Nanie Op.82、「運命の女神の歌」Gesang der Parzen Op.89、「運命の歌」Schicksalslied Op.54の3曲を含む読売日本交響楽団の演奏会は、デ・ブルゴス氏のタクトの元、素晴らしい出来に仕上がった。
 冒頭に、デ・ブルゴス氏自身の作曲による「ブラームス・ファンファーレ」が金管楽器と打楽器だけで演奏された。これは作曲というより、ブラームスの第4交響曲の様々なモチーフを組み合わせて、ちょっと現代的なファンファーレ風にアレンジしたものだ。12拍子の最後の1拍を抜いて11拍子にしてみたり、ティンパニーがメロディーを叩いたり、随所で「ふふふ!」と微笑みが出てしまうような佳作である。
 それから合唱曲。先ほど言ったようにお父さんがドイツ人で、デ・ブルゴス氏にとってドイツ語は半分母国語だけあって、言葉に沿ったきめ細かい音楽を彼は紡ぎ出してゆく。しみじみとした叙情性からパワフルなクライマックスまで、円熟した表現!
 僕は特にシラーの詩による「哀歌」Nanieが大好きだ。この曲はブラームスの友人で画家であるフォイエルバッハが亡くなったのを知って作曲され、フォイエルバッハの母親に捧げられたという。遺族の悲しみを慰めるドイツ・レクィエムの精神に似ている。ブラームスって、本当に優しい人だったんだね。曲間から優しさと慰めがしみじみと伝わってくるのだ。
 それから、次の2曲は、どちらも天上の平安と、それとは裏腹に罪の汚辱と悲惨さの中にいる人間存在の対比が表現されている。「運命の女神の歌」の詩はゲーテ、「運命の歌」の詩はヘルダーリンによるものだが、ドイツ人は基本的に、人間が神に見棄てられ放置されているとペシミスティックに捉える傾向があるようだ。それが人間に与えられた運命だというのである。

 読響のマネージャーの話によると、当初は、この演奏会全体がブラームス・アーベントとなるはずであって、後半には、まだデ・ブルゴス氏と読響とのコンビネーションでやっていないブラームスの第2番交響曲か第3番交響曲が演奏されるはずであったという。
 ところがデ・ブルゴス氏が突然、
「いや、第1部が運命をテーマにした曲だから、第2部はベートーヴェンの『運命交響曲』でいこう」
と言い出して、今回のプログラムに決まったそうだ。
 でも、後半の第5交響曲を聴いて全てに納得がいった。この演奏会は内容的に全部つながっているのである。運命に押しつぶされている人間が、それを乗り越えていこうとする物語となっているのだ。もともと第5交響曲だけでもそうした内容を持っているが、こうして第1部のブラームスから聴いていくと、その効果が何倍にも倍増されている。
 それより、読響の圧倒的な低弦をはじめとするそれぞれのセクションが素晴らしい!陶酔しうねるようなベートーヴェンが聴かれた。整っただけの演奏とは対極的。むしろそれぞれが臆することなく表出性を全開にして、ギリギリのところでの綱渡り的で、めちゃめちゃエキサイティングなアンサンブル。こんなベートーヴェンが日本のオケから聴くことが出来るなんて!
 最近はベートーヴェンでも当たり前のようにオリジナル楽器で演奏したり、あるいはピリオド演奏風にって、やたらこじんまり冷静にやるけれど、こんな重量感のあるベートーヴェンを聴いちゃうと、何が古楽だと言いたくなるね。ベートーヴェン自身、むしろこのような熱狂的な演奏を指向していたに違いない。だとしたら、あの当時の楽器に満足していたはずはないのだ。だから楽器というものは発展してきたのだ。ベートーヴェンはこうでなくっちゃ!
 驚いたことに、デ・ブルゴス氏は、それぞれの楽章間をアタッカでつなげて、あたかも単一楽章の交響曲のように演奏する。前の曲の最後の和音が終わるやいなや、もう次の楽章の冒頭に入っている。咳をする暇もない。演奏会後にデ・ブルゴス氏に聞くと、
「だって、この曲は全部がつながっているからね」
だって。
 僕はこれまで、第5交響曲の第4楽章にいつも違和感を覚えていた。第1楽章で聴かれたあんなに激しく深い苦悩が、こんなにあっけらかんとした歓びに解決してしまっていいのだろうかと思っていた。ところが今回の演奏は違った。サウンドが深いので歓びも深いのである。 
 恐らくオケの人達もデ・ブルゴス氏自身も、第1部のブラームスの運命の悲劇性を感じていて、それを受ける形で第5交響曲を演奏出来たからなのだ。明日の運命をも知らない人間が、その罪と苦悩と弱さの深遠から、必死で希望をめざして努力し、“歓び”というものに集約された神の祝福の証を勝ち得ていく姿に、僕は大きな勇気と慰めをもらった。
 ベートーヴェンという作曲家の「音楽で人生を変える力」をあらためて感じる。この歳になって聴き慣れた「運命交響曲」からこんな深い感銘を受けるとは思わなかった。なんと偉大なんだろう、ベートーヴェン!

デ・ブルゴス氏よ、読響よ、ありがとう!そして、ベートーヴェンよ、ありがとう!

再び合唱コンクールの話題

編成替えと消えゆく職場合唱団
 全日本合唱連盟及び朝日新聞主催の合唱コンクールは、今年65回目を迎えた。今年はひとつの大きな転換期であるという。それは、今年を境にコンクールのカテゴリーの形式が変わる。その中で一番大きな変化は、大学部門及び職場部門というものがなくなるということだ。全体の編成区分は以下の通り。

これまで 来年(2013年度)から
================== ===================================== 
大学部門 大学ユース合唱の部(8名~無制限、28歳以下)
職場部門 室内合唱の部(6名~24名) 
一般部門A・Bグループ 混声合唱の部(25名~無制限) 
同声合唱の部 (25名~無制限)
 大学部門が大学ユース合唱の部に変わることで、大学合唱を中心として大学院生やOBが加わったり、あるいは大学とは全く関係ない若者の合唱が同じ土俵で勝負することとなった。それと、職場部門というのは全くなくなって、全て一般と同じ扱いになる。

 僕は90年代を中心に日本興業銀行合唱団の常任指揮者をしていた。この興銀合唱団は、かつて全日本合唱コンクール全国大会に出ていて、毎年1位を連続して受賞していた華々しい経歴を持っている。でも、それからコンクールに出るのをやめて、リサイタルに力を注ぐようになった。僕がこの合唱団に呼ばれたのは、そんな時期からであった。
 その興銀合唱団が出ていたのが、勿論職場部門である。審査の合間に全日本合唱連盟理事長である浅井敬壹さんがしみじみ語ってくれた。
「戦後の合唱コンクールを支えてくれたのは、なんといっても職場部門だったのです。その頃は、会社自体が自分たちの宣伝を兼ねて、それから従業員達の帰属意識を高めるためにも、こうした活動に援助を惜しまなかったのですね。それからバブルがはじけて、いろいろあって、今回のようになってしまいました。たとえば一般部門Aグループなどは、二百数十団体の中から選ばれて、やっと14団体だけ全国大会に出られるという熾烈な戦いなのですが、今や職場合唱団は、11団体全国大会に出場するのに、全国からわずか22団体しか応募がなかったのです。もうこうなると、受賞の公平性から見ても、再編成せざるを得ないのです」

 確かに、一般部門Aグループを聴いた耳で職場部門を聴くと、はっきり言ってやや聴き劣りがする。これが再編成した場合、来年何団体が地区予選を勝ち残って全国大会に出場出来るのだろう。一方で、職場部門は職場合唱団らしいそれぞれの味わいがあって、緊張したコンクール審査にある種の安らぎを与えてくれていたのも事実だ。社風というものが、それぞれの団体から滲み出てくるのが楽しいのだ。
 興銀合唱団がそうであったように、団体によっては、もうコンクールにはあまりこだわらないで、リサイタルに生きるのもいいのではないかと、僕は個人的には思う。興銀合唱団のリサイタルは、一晩にいろんなジャンルの演目を織り込んで、宗教曲あり日本の歌ありオペラありミュージカルありで、とても楽しかった思い出がある。あのお堅い銀行員達が、ジーパンをはいて怪しげなサングラスをして、僕のジャズピアノをバックに黒人霊歌を歌ったりもしたんだよ。
 職場合唱団はこれから何処へ行くのだろう?僕は、なつかしの興銀合唱団常任指揮者時代を思い出しながら、職場合唱団というものの価値を再認識し、同時に先行きを案じている。

個々の感想
 高校生合唱を聴いていた時は、声の魅力があまりないまま、みんな音程やリズムやハーモニーを合わせることに極端にこだわり、そこだけの熾烈な争いが展開していたために、審査する方も、わずかのミスによって減点方式にならざるを得ない状況に追い込まれていた。
 高校生でも、もっと成熟した発声で合唱が出来るに違いない。でもそれをやり出すと、高校の3年間では発声法の充分な習得は難しいし、表現力は増してもその分アンサンブルが乱れるリスクを負う。だから、発声はそこそこにして表現力よりもノーミスの演奏を目指す。そこに高校合唱の限界を僕は感じていた。

 そこへいくと、さすがに一般部門は、表現力も拡大し、それぞれの特色も色濃く出ていて、聴いていて高校合唱のようなストレスを感じることも少なかった。ただたまに、高校合唱を母体として集まっている合唱団の中には、もう充分に大人になっているのに、まだ高校合唱の発声から抜けきれず、あるいは意図的にこだわり、音程やハーモニーの完璧さにばかりこだわってコンクールに臨んでくる団体があった。
 先週述べたルックス・エテルナが、一般Aグループの上位に入賞出来なかったのも残念であるが、そのAグループ金賞の中に、このような高校合唱を引きずっている団体が入っていた事にも疑問を感じる。
 高校合唱の閉鎖性は高校でもうこりごりだ。高校合唱は、先に述べたように、長期に渡って時間のかかる発声に踏み込むことが困難なことが分かっているので、同情の余地もあるのだが、一般となるとその制約はないわけだ。だからこそ表現力を拡大するために、是非時間がかかっても声を磨いて欲しいと思う。団体によっては、もうオトナなのに高校生の発声と同じように絶叫するものだから、固いサウンドで耳が痛くて聴くに堪えなかったところもあった。
 審査員達にも、表現力のある他の団体をさておいて、こうした高校合唱の延長の団体をあまり積極的に評価して欲しくないと思う。それを見て、他の団体が、
「やはり金賞を取るためにはあのように歌わなければダメか」
と思ったりしたら、コンクール合唱の本末転倒的状況は永久に改善されないのだ。
 とはいえ、大学部門で関西学院グリークラブや、一般Bでお江戸コラリアーずのような表現力のある団体が1位を取っている事実を見ると、コンクールにはまだまだ健全なジャッジ能力があると確信して嬉しくもなっている。だから、問題はそんなに奥深いところにあるわけではないと思う。

 一般部門Aグループでは、ルックス・エテルナと同じように「指揮者を置かないで」演奏した「合唱団まい」という団体の課題曲「鳥のように栗鼠のように」の素晴らしさが心に残った。ただこの団体は、自由曲では指揮者を置いた。
 指揮を置く置かないはともかくとして、僕が指揮者でありながら強調したいのは、指揮者には所詮4拍子を4つに振ることしか出来ないのだということ。音楽の一番の旨味、すなわちニュアンスと味わい及び色彩感は、演奏者の自発性からくるものでなければ決して作れない。指揮者の僕が言っているのだから間違いない。指揮者なんて所詮一番デリケートなものを四捨五入してしまう存在でしかないのだ。音楽はもっと自由なもの。この合唱団まいという団体にも、今後是非頑張ってもらいたい。
 職場部門では、辻志朗氏率いる日立コール・システム・プラザの音楽作りが素晴らしいと思ったが、まあ3位だったので特に不満はない。でも、ここで僕は1位に押したことだけは強調しておきたい。指揮者の音楽的方向性がはっきりしていて、団員は、真っ直ぐそこに向かって真摯に取り組んでいたのがまぶしかった。あとの新日鐵住金混声合唱団とパナソニック合唱団は、文句なく良かった。

 僕がよく行っている名古屋及び愛知県の合唱のレベルも高いのだね。一般部門Bグループにおいて、岡崎混声合唱団が第3位に、ノース・エコーが第4位に入っている。岡崎は、同じ近藤惠子さんという方の指導による高校部門の岡崎高校も優秀だった。岡崎高校は、僕の審査では金賞の範囲に入っていたけれど残念ながら銀賞であった。この学校も丁寧に声を作っていた。でも、男声の音程にやや問題があったのだ。高校合唱は、変声期後、女性よりも成熟の遅い男性の声がかなり審査に作用する。その男女の声が共に成熟しきちんと混じり合うなど、まだ年齢的に不可能に近い。
 岡崎高校の場合も、
「こんなのいいじゃない、音楽がきちんと作られているのだからまけてよ」
と思うような微細なミスだったけど、それだけ高校合唱は厳しいのだ。
 でも大人の岡崎混声合唱団が一般部門できちんと評価されているということは、近藤さんの声の表現力への追求姿勢と方向性が間違っていないという証だから、自信を持って両方の合唱の指導を続けて欲しいと思う。
 ノース・エコーも、清冽なるハーモニーで美しいサウンドを聴かせてくれた。ソプラノの声が一般部門としてはちょっと幼い感じがするのが難点。だから全体がおとなしく感じられ、点数が伸びない。清楚な声は好感がもてるが、そのままでもう少しオトナっぽい音色を追求して、アンサンブルのクォリティを変えないで表現力を拡大することは出来ると信じる。
 Bグループでは、大人数の合唱団に、ともすると大合唱の奢りと甘えが感じられ、僕の点は辛い。人数の多さは七難隠すと先週も書いたが、きちんとした響きの統一性や表現の方向性を持たないと、素人の目はごまかせても、審査員の目はごまかせない。それに、大所帯になればなるほど、ボリュームは増してもニュアンスは大味になり、個性的な演奏が難しくなる。そこを突き抜けないとなあ・・・・。
 また、一般団体に特有の現象だが、せっかく良い発声を持ちながら、それが充分に表現に生かし切れない団体が見られ、驚いた。なんともったいない!言っておくが、美しい声は、それだけでは3分で飽きる。何故発声に磨きをかけ、良い声を追求するかといったら、表現のキャパシティ(許容量)を広げるために他ならない。なんといっても、声こそは人間にとって、自分の想いを最もダイレクトに表現出来る武器なのだから、せっかく獲得した声は全て表現に奉仕させましょう!

 こうして、いろんな合唱団を短期間のうちにこれだけ聴くと、合唱音楽って本当に奥が深いんだなあって思うと同時に、僕の人生ってここまで合唱にハマッているんだとあらためて思う。

Viva合唱人生!


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