実り豊かな今年の演奏会

三澤洋史   

蘇る昔の思い出
 釧路の泉史夫(いずみ ふみお)君は、高校生の頃、国立音楽大学作曲科を受験するにあたって、和声と対位法をきちんと教えてくれる先生が釧路にはいないため、わざわざ札幌までレッスンに通っていたという・・・・と聞いても、以前の僕だったら、
「へえ・・・」
で終わってしまうだけだったろう。
 だが、今回札幌釧路間を移動してみて初めて分かった。これは大変なことなのである。北海道はでっかいのである。札幌釧路間はめちゃめちゃ遠いのである。だから、泉君のような人が釧路にいる事で、後輩達が札幌までわざわざフーガを習いに行かなくてもいいとしたら、彼はとても貴重な存在なのである。

 さて、釧路から爆弾低気圧の中帰京してから、泉君とは何度かメールのやり取りをした。そうしている内に、記憶の底に沈んでいたあんなことやこんなことがどんどん思い出されてきた。ここに、泉君の許可を得て、彼からのメールを紹介しようと思う。

三澤さん
先日は、とっても温かいそして楽しい時間を過ごせてとても良かったです。本当に31年ぶりでした。三澤さんの、全く変わらない音楽に対しての「熱い」感じが、私にとってとても励みになったし、すごくうれしかったです。

手渡した三界君と私のCD、お時間ある時に聴いてみてください。
三澤さんに会った時CDを渡そうと思い、31年前の国立の卒業試験のテープを見つけてパソコンに音を取り込んでCDに入れてみました。
それを聴いて、次々と学生時代のことがよみがえって来ました。
曲は結構真面目に書いていたし、三澤さんの真剣に指揮している姿を思い出したり・・・
これを演奏してくれたメンバーはみんな元気だろうか・・等々

ホームページ見ました。
全く、その通りでして「いつ僕に師事したの?」状態でこちらからの一方的思いこみ師事でもあるわけでして・・・

ひとつ言い訳ですが・・・

三澤さんの指揮・音楽に対する想いや姿勢は私にとってとても印象深かったです。先日、釧路食堂でも話しましたが、「兵士の物語」のスコアを手書きでスケッチブックに書いていた姿は強烈に覚えています。「竹さん」の所に遊びに行って、隣の三澤さんの所をのぞくと、ある時期いつもスコアを書いていました。
そして小金井の会館で「兵士の物語」を上演した時、私は完全なる裏方(今ではスタッフと言うのでしょうか)で参加していました。練習で、兵士が悪魔と交換 した高価なヴァイオリンを弾いて「これじゃない!」と怒って投げつけたことろで「ガシャン!」という効果音をテープデッキを操作して出すのを遅れて、前田さんに何度もおこられました。
効果音はすべて、三澤さんのアパートで録音したのを覚えています。トイレのドアの開く音を録音したり・・・

そして兵士が困っているところに悪魔が表れる所で、本番の時ドライアイスをバケツにいれて煙を出していたのですがその後、煙が止まらず処置に困り、小金井の会場の駐車場に適当に放置して来てしまい、後で見た人は随分不審に思ったのではないだろうか・・
とか。 
この裏方は全部、三界君と二人でやっていました。

「兵士の物語」は、高崎でも演奏しましたね。私も声をかけていただいて、いっしょに行ってピアノを弾いたのを覚えています。その時に、泉良平君のお父さんお母さんが聴きに来てくれたのも思い出しました。
その時の合奏団の名前が「ルザンテ合奏団」と言うのも覚えています。
「これドイツ語ですか? どういう意味ですか?」
という問いに三澤さんが、
「オレ<てんざる>が好きで、その反対読みだよ!」
ということで、音楽に対する真剣な想いと、ジョークをうまく行ったり来たりして「さすが 三澤さん!」と今でもしっかり覚えています。

そんなこんなで、まさしく「三澤洋史氏に師事」という一方的想いを抱くにいたりました。
今度、「第九」や大きな曲をやる時に、本当に指揮のレッスンをそちらで受けたい!
そして名実ともに「三澤洋史氏に師事」と書けるように・・
ぜひ実現させたいと勝手に思っております。
(中略)
それでは、お体に気をつけて、ばりばり活躍してください!
又お会いできる日を楽しみにしております。
                 泉 史夫
 ここに登場する三界君というのは、泉君の同級生で、国立音大の創作オペラのサークル「まるめろ座」で泉君と競って作品を発表していた三界正美(みかい まさみ)氏である。三界氏は、学校法人尚美学園の作曲部門部長などを務めていたが、2008年、脳幹出血により急逝してしまった。僕は卒業以来会っていなかったし、在学中も泉君ほど親しく交流していたわけではないけれど、亡くなったと聞いて大変残念な気持ちでいる。

 泉君のメールを見て思い出した。僕はあの頃、確かにスコアを写譜していた。それにはふたつ理由がある。僕は人よりずっと遅れている自分を感じていた。国立音大声楽科3年生の時に、声楽科から指揮者に方向転換しようと決心して、和声学や対位法などを勉強し始め、スコアリーディングも本格的にやり始めた。僕よりずっと若いうちからそうした勉強をして、すでに作曲科や指揮科に入っている学生達と比べて、僕が遅れていることは一目瞭然であった。
 僕の心の中にはとても大きなコンプレックスがあったし、自分が遅れている分、人の倍は努力しなければダメなのだと思っていた。それで、スコアをより良く理解する為に、作曲家がスコアにひとつひとつの音符を書き入れていく気持ちになって自分も書いてみようと、ある時思い立った。そうして、今勉強している曲を片っ端から写譜し始めたのがひとつ目の理由。
 もうひとつの理由は、そうやって写譜し始めてみたら、ただスコアを眺めたりするのと違って、アナリーゼも暗譜もとてもやり易くなったことが挙げられる。僕は現在、自分の演奏会を暗譜で指揮することが多い。でも当初は、暗譜で指揮しようとも特に思っていなかった。ところが、写譜しながらスコアを頭にたたき込んでいると、自然に暗譜が出来ているではないか。
「なんだ、これでは譜面を置いても置かなくても同じじゃないか」
ということで、自然の成り行きで暗譜で指揮するようになった。現在では、いちいち写譜することはしないけれど、スコアに向かうアプローチは、写譜していた時の微細な視点をもって行っている。
 実際、写譜していると、いろんな細かいことに気付く。たとえば、ベートーヴェンは彼のシンフォニーで、他の作曲家よりもずっと3度の音を重ねている。ドとミだけでソがない時も少なくない。それによって、よくいえば重厚、悪くいえば重い響きになっているのだが、こうしたことも、写譜しないでスコアを表面だけ読んでいたら気付かないで通り過ぎてしまうかも知れない。
 このような理由から、僕はあの頃しょっちゅうスコアを写譜していた。それを泉君が見ていたわけだ。ただ、「兵士の物語」を写譜していたのには、別のとっても実質的な理由もあった。つまりこうだ。僕は、手元にあった小さいミニチュア・スコアでオケ練習をするのがなんとなく恥ずかしかった。でも指揮者用の何万円もするような大型スコアを買うお金はなかった。だから大型のスケッチブックで写譜したのだ。うふふ。泉君、あんまり僕を買いかぶらない方がいいよ。

フォトンベルト&アセンション?!
 僕はかなり宗教的な人間である。それは、「キリスト教的人間である」というのと重なってはいるけれどもイコールではない。僕の宗教観はもっと広い・・・というと聞こえは良いが、たとえば若い頃などは、キリストも仏陀もUFOも宇宙人も赤城の埋蔵金も何でも不思議そうなものはみんな信じていた。ルルドの聖母の出現などに代表される様々な奇蹟や超常現象の類は、現在でも結構信じている。
 音楽家として作曲したり演奏したりする時には、天から降ってくる、いわゆる“インスピレーション”を信じているし、実際、それらのものの助けを借りているという実感を持っている。

 そんな僕が、若い頃、一世を風靡した「ノストラダムスの大予言」を信じていなかったはずがないだろう。僕は、1999年には44歳になるのだから、自分の人生は44歳までと割り切っていた。その運命の1999年の8月には、ドイツで皆既日食があった。僕はその時、バイロイト音楽祭で働いていて、ちょうど公演が休みだったので、わざわざバイロイトから電車でアウグスブルクまで行って皆既日食を見た。
 その時に世の中が終わるならばそれでもいいと思っていた。アウグスブルクは、僕の終焉の地になるかも知れなかった。ひとりでドイツにいたので家族とは離れていたけれど、どうせ全世界が一度に終わるならば、妻にも娘達にもあの世ですぐ会えるさと楽観的だった。でも、世界は滅亡しなかった。

 今また新たに終末論がわき起こっている。マヤ文明の暦が2012年の12月までしかないことに端を発したこの終末論では、フォトンベルトやアセンションといった「ノストラダムスの大予言」では聞いたことのない新しい単語があちらこちらで語られている。いろんな本を読みかじりしてそれらを総合すると、どうやらこういうことらしい。

 銀河系内に、フォトンベルトPhotonbeltと呼ばれるドーナツ状の光の帯が存在している。これは、ハレー彗星を発見したエドムンド・ハレーによって発見されたといわれる。Photonとは光の粒子という意味で、波動としては電磁波である。そもそも太陽系は、プレアデス星団の一番明るい星アルシオーネを中心に約26,000年周期で銀河を回っているが、11,000年ごとにフォトンベルトを通過するとされている。
 ちなみに、このフォトンベルトというものの存在自体は、僕が調べた結果では、天文学的あるいは純粋科学的事実のようであり、宗教的あるいは霊的な認識とかイメージとかではないらしい。ただ、それが一体どんな性質のもので、何を引き起こすかということについては、様々な宗教的見解が錯綜しているようだ。純粋科学的には分からないといってよい。

 さて、ここから述べることは、その多少眉唾的部分もある宗教者的見解である。フォトンベルトを現在太陽系が通過しつつある。その中でもヌルと呼ばれる電磁波が極端に強い部分を、我々地球が通過するのが、日本時間で12月22日からの3日間だそうだ。その3日間は電気が全く使えなくなり、さらに太陽も月も星も全く見えずに、地球全体が暗闇に包まれるそうだ。人類はそれによってパニックになるが、その3日間を過ぎると、また世界は元通りに明るくなり、電気も使えるようになるという。
 ただし、その間にアセンションと呼ばれる現象がこの地上に起こり始めるという。どうやら、フォトンベルトの光子のエネルギーが人間の遺伝子に作用し、アセンションを引き起こすようだ。この3次元の世界は、なんと5次元に引き上げられるのだそうだ(そこんとこが、どーも、もうひとつよく分かんねんだけどな)。
 それ以後人類は、そのアセンションに耐えられる精妙な魂を持つ人間と、そうでない荒い魂の人間とにしだいに分けられてくるそうである。荒い魂を持つ人間は、何らかの形で淘汰されていく。一方、5次元の意識を持てる人間はどういう人間かというと、無償の愛に目覚めた人間で、地球は、この新人類達によってしだいに愛と希望に満ちた夢の星になっていくのだそうである。チャンチャン!

 あっ、笑っている人がいるね。まあ気持ちは分かる。って、ゆーか、こう説明している僕も100パーセント信じているわけではない。でも、もしかしてひょっとして、3日間の暗闇だけは本当にやってきたら困るので、ろうそくやランプや水などは用意しておこうと思う・・・・というより、もう家にあるし。
 ただね、僕は心情的にはアセンションって起こって欲しいんだ。だって、この世の中あまりにも不条理だろう。中丸薫女史が言うように、世界にはあからさまな「闇の勢力」なるものがはびこっているし、周りを見渡したって、あまりにも神を忘れたエゴイスティックな人達が、なんとも殺伐とした世の中を作り上げているではないか。
 神様はなんて忍耐強いのだろう?忍耐強過ぎねーか?もし僕が神様だったら、もうとっくに堪忍袋の緒が切れて、
「お前らいい加減にしろ!こんな世の中もう強制終了!リセット!初期化!」
と人類を罵倒しながら、終末を到来させてるに違いない。ま、神様は、少なくとも僕よりは人間が出来ているだろうから、そんな乱暴なことはしないのだ。
だから、せめてアセンションが本当に起こって、この地上に愛と平和が満ちたら、こんな良いことはないじゃないか。

 でも、なんだね。闇の3日間が終わって、パッと光が戻ってみたら、みんな宇宙人の格好していたら笑えるね。
「おおっ、お前なんだその格好!ギャハハハハ!」
「お前こそ、ギャハハハハハ!」
「シュワッチ!うひひひひひひ!」
「五次元!あっはっはっはっはっは!」

 さて、真面目になって。来週の「今日この頃」が無事に更新されたら、無事フォトンベルトのヌルを通り過ぎた、いわゆる“過ぎ越しの祭り”をしましょう。って、ゆーか、そもそもフォトンベルトってあったの?という検証をしましょうか・・・・。

実り豊かな今年の演奏会
 12月15日土曜日は東京バロック・スコラーズによる、インマヌエル高津教会でのクリスマス・オラトリオ演奏会。これは、僕が自分の音楽観及び人生観に基づいて、演奏会というものから内面的な贅肉をそぎ落としてそぎ落としていった先に何が見えるかという、ある種とても精神的な音楽へのアプローチであった。
 無料演奏会なので、団の運営の中には一銭のお金も入ってこない。それどころか完全に持ち出しである。かといってチャリティをするわけでもない。チャリティをすることによって、「現実的にお金で役に立っている」という思い込みをもそぎ落として、音楽の本質だけに向かい合いたいからである。それで、街の教会に勝手に押しかけて無料演奏会をする。それだけのことである。
 だが、そこで僕は、どんな社会的な意味で立派な演奏会よりも過酷な要求を団員達に突きつける。
「ここでは普通の演奏会のような整った演奏をしなくてもいい。ただ、こうしたいという想いを自分の中から存分に表現せよ。出てきたものについて僕はその出来不出来は決して問わない。演奏のあり方には正解というものはないのだ。ただ1回こっきりのかけがえのない演奏をせよ」
 そしてまさに東京バロック・スコラーズのメンバーは、そうした僕の要求に応える演奏をしてくれた。エネルギッシュでパワフルで、それでいて暖かく、やさしい波動が教会堂の中に響き渡っていった。

 やっと出来てきた。僕が長年望んでいた合唱団。これぞまさに21世紀のバッハ。アセンションにも耐えられるだろう。

 16日日曜日は、東京大学音楽部、男声合唱団のコール・アカデミー定期演奏会。僕はコール・アカデミーのOB団体であるアカデミカ・コールと現役との合同ステージで、ケルビーニ作曲「レクィエム」の中から3曲指揮した。
 こちらの方は、また別の意味での面白さ満載の演奏。この曲は東大コール・アカデミーの十八番で、昔から繰り返し繰り返しやっている。だからOBでもほとんど暗譜で歌える人が少なくない。

 そこで僕は、本番で彼等に“仕掛けた”のだ。自分としては珍しく、かなり意図的にゲネプロとは全然違う演奏をした。すると、彼等が案外ついて来るので、僕は調子に乗ってもっと自由に指揮をする。すると彼等がまたついて来る。もともと暗譜で振っている僕は、ますます解放され自由になって指揮をする。そうしてめちゃめちゃ楽しい演奏になった。
 一方、合唱団の方も、そのインターラクティヴなやり取りをエンジョイしていた。まるでジャムセッションのような演奏。それでいてケルビーニの精神の神髄からは決してはずれてはいない。

 この二つの演奏会が、僕が自分で指揮する今年最後の演奏会となったのは、実に象徴的だ。僕がこれまで追求してきたもの。あるいは最近になってますます自分の方向がはっきりしてきたもの。それをここで再確認する事が出来た。
 僕は声を大にして言いたい。僕の長い人生の中で、今年ほど自分のやりたいことがはっきり出せた年もなかったし、それに対し、僕を取り巻く人達が理解を示してくれた年もなかった。今年は、音楽家の僕にとって最高の年であった!
特に印象に残っている公演は、
タンタンの波動を感じながらAve Verum Corpusを演奏した「モーツァルト200演奏会」
悲しみの中に癒しを見出した「志木第九の会ヴェルディ・レクィエム演奏会」
東京バロック・スコラーズの「マタイ受難曲演奏会」
「愛をとりもどせ」というメッセージをみんなと共有出来た新町歌劇団「おにころ」公演
表出性全開の「浜松バッハ研究会ロ短調ミサ曲演奏会」
みんなで一丸となって頑張って、プロとしての意地を見せた、新国立劇場の「ローエングリン」「ピーターグライムス」合唱の圧倒的な公演
そして、この二つの演奏会
みんな、みんな、ありがとう!

年末と充電
 これで、年内の自分が指揮する演奏会は全て終わった。あとは、新国立劇場合唱団の合唱指揮者として、シルヴァン・カンブルラン指揮の読売日本交響楽団第九演奏会に出演。その間を縫って、「タンホイザー」や「愛の妙薬」の練習をつける。

   そして、そして、その後は、また今年も白馬に行く。12月27日から30日まで白馬でスキー三昧。今年は家族揃って車で行く。僕は、28日に親友の角皆優人(つのかい まさひと)君を独占して一日コブ攻略のコーチングを受ける。もう正式に予約を入れてある。29日には、もうひとりの親友で、高崎で税理士の事務所を開いている高橋正光君も来て、一緒に滑る。30日には、そのまま車で群馬の実家に帰って、神棚の掃除をして年末年始を過ごす。

 今年はひとつ大きな楽しみがある。それは、新しいスキー板を買ったのだ。角皆君のところで他のインストラクターや選手などと共に、新シーズンのニューモデルの予約をすると特別価格で譲ってもらえるとのこと。ただし3月20日までに申し込まないといけないということで、3月にもう予約注文をした。それが最近届いた。
 それは、ロッカー・スキーという、今一番新しいタイプのスキー。カーヴィング・スキーのもっと進化したものだ。僕がこれまで使っていたのは、三浦雄一郎が開発したミウラ・クラシックというモデルで、中高年にやさしい安定性抜群の板なのだが、カーヴィングのキレを追求しようとすると、逆にズレてしまって、やや攻撃性に欠けるのだ。そこで角皆君に、
「もっとキレがあってギュンギュン飛ばせるもので、コブも滑れるなんていう、あれもこれもの欲張りな要求を満たせるものない?」
と訊いたらば、
「あるよ、あるよ、三澤君にピッタリなものがあるからね」
というので紹介してもらったのだ。
 それはK2のVelocityというモデル。角皆君本人が、メーカーの提供する試乗会で試しているからね。それで、スキー板は到着したんだけど、どうせ白馬に行くからと、白馬に預かってもらっている。北海道のナイターが出来なかったので、今年は初乗りイコールそのロッカー・スキー初体験となる。

 僕の指揮は、最近随分変わった。その原因として、水泳やスキーなどスポーツを通して、自分のフォームを常に矯正している癖がついて、指揮をする時にも、自分のフォームに対してとても批判的になっている事が挙げられる。
 自分の音楽的要求を伝えるための最良の動きをしているか?無駄はないか?今よりもっと能率的な動きはあるのではないか?もっと、みんなに分かり易く振る方法はあるのではないか?
 こうしたことを通して、おそらく僕の棒がより分かり易くなったと思う人は少なくないのではないだろうか。もうひとつは、自分の中で、ひとつのこと割り切ったこともある。世の中には、わざと分かりにくく指揮する人もいるし、「曰く言い難し」という美学を指揮に反映しようとする人達もいる。そうしたことに対して、僕の中でも迷いがあった。自分もそうした方がいいのではないか?そうした方が、より精神的な音楽が出来るのではないか?
 でも、もうやめた。スポーツの世界では、もっとシビアに結果が出るのだ。美しい運動は一点に集約されてくる。それは結果として、より能率的であり、より速くより安定性があり、そしてより疲れない。その事実に気付いたのだ。これは指揮の運動も全く一緒なのだ。
 だから人は人。僕はもう決して迷わない。徹底してクリアーなアイデアと、それを実現するためのクリアーな運動性を追求する。そうして指揮法を徹底的に見直していったら、どうしてみんなこういう風に振らないのだろうかと思うほど、全ての疑問が解けて、もう自分の中に何の困難も見いだせないのである。

その運動性を極める充電のためにも、暮れの白馬行きは僕には欠かせないのだ。けけけ、ロッカー・スキー、ロッカー・スキー!

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