無事原稿更新

三澤洋史   

 おい!フォトンベルトはどうなった?アセンションは?五次元への覚醒は?マヤ文明の暦は?3日間の暗闇は?まあ、何も起きなくて良かったんだけど、22日から3日間暗闇になってアセンションが起きると断言して本を書いたりした人達は、これからどうするんだろう?何て言い訳するんだろう?
 ちょっと残念なのは、精妙な魂を持つ者と、荒い魂を持つ者とがより分けられたりしないで、やっぱり不条理で馬鹿馬鹿しい世の中が、これからも永遠に続いていくことだ。バッハは、いろんなコラールなどを使って繰りかえし嘆いていたな。
「この世では辛く報われないけれど、彼の地では主と相まみえて、全てが報われるのだ」
全く同感!

 不条理といえば、先日僕が嘆いていたあるコンサートの批評が音楽雑誌に出ていた。やはり予想していた通り、批評はみんな全面肯定的なものだった。本当に彼らは何も分かっていないのだろうか?それとも、分かっているけれど言えないのか?
 もし前者だったら、そんな判断力のない人は評論家になる資格ないだろうし、もし後者だったら、言うべき時に言うべきものを言えないのだったら、この国には健全なジャーナリズムというものは存在しないということだね。これも、アクティブな音楽家としてこの日本に生きている僕にとっては、時に耐え難い不条理。アセンションが起きて欲しかった。

 今日はクリスマス・イヴ。フォトンベルトを過ぎ越したお祝いをしようと思ったけれど、特に困難を伴いながら過ぎ越した感覚もないから、普通にお祝いしようね。メリー・クリスマス!

ショコラ・ショーの思い出
 地下鉄南北線六本木一丁目駅前にあるPAULポールのchocolat chaudショコラ・ショーにハマっている。要するにココアだけど、厳密に言えば普通のココアとは違う。ポールはフランス風のパン屋でカフェも兼ねているので、ココアもフランス風なのである。
 ホット・チョコレートが大きめのカップにたっぷり入っていて、熱いミルクが添えてある。ホイップ・クリームを乗せるなんて姑息なことはしない。堂々とただの熱々牛乳である。お好みで入れるということだが、このミルクがおいしいので、全部入れてしまう。なので、カロリー的にはヤバいかも知れない。

 読売日本交響楽団の第九で、19日水曜日のサントリー・ホール公演のゲネプロの前にふとポールに入っておいしかったので、21日金曜日の公演の時には、ゲネプロと本番の間にわざわざ六本木一丁目まで駆け足で戻って、クロワッサンとショコラ・ショーで優雅なひとときを過ごした。基本的に硬めのポールのパンについては、いろいろ好みもあるだろうが、ここのクロワッサンは文句なくおいしいので、僕にはベスト・コンビネーション!。

 ショコラ・ショーには思い出がある。2000年9月、長女の志保が留学のために単身パリに渡った時、アイルランドのダブリンの演奏旅行からの帰りに僕はパリに立ち寄った。僕は、志保の語学学校の手続きをしてあげたり、下宿のフランス人のおばさんのところに挨拶に行ったりした。その時はまだ志保よりずっとフランス語をしゃべれていたので、頼りになるパパだったんだけど、その後何年かする内にいつしか逆転してしまった。
 志保をパリに残して日本に帰る前の日、僕は彼女を連れてコンコルド広場の近くのカフェに入り、ショコラ・ショーを教えてあげた。
「ほら、おいしいだろう。何かあったらショコラ・ショーを飲んで元気を出すんだ」
心細そうな志保をひとり置いてパリを発つ僕の後ろ髪を引かれる思いと、ショコラ・ショーが今でも重なる。
 そうして日本の我が家に帰って来てみたら、メチャメチャやんちゃな茶色の子犬がいた。僕がいない間に、妻が志保の不在の淋しさを紛らわせようとミニチュア・ダックスフントを飼い始めたのだ。それがタンタンとの初対面だった。これら一連のあの頃僕を包んでいた空気を、ポールのショコラ・ショーは運んでくれる。それは、たとえばドトールのココアでは絶対に駄目なのだ。630円もするけれどポールのショコラ・ショーでなければ、あの2000年の初秋のパリの街角の雰囲気は漂ってはこないのだ。

一度試してごらん!ポールのショコラ・ショー。エディット・ピアフの歌う「パリの空の下」が聞こえてくる気がするよ。

東京芸術劇場の第九
 改修工事が済んで新しくなった池袋の東京芸術劇場の表側に出て、エスカレーターを登り降りしたり、あちこち眺めたりした。至る所にある看板の「東京芸術劇場」という字のフォントにとても“和”を感じる。最近いろいろなホールに芸術劇場というタイトルがついている。日本人はこの漢字の並びが好きなのかも知れないね。
 でも、一緒に書かれたアルファベットがTokyo Metropolitan Theatreであるのに気が付いた。直訳すると東京都劇場あるいは東京・首都劇場。なんだ、違うじゃん!タイトルの意味そのものが日本語とアルファベットで違うってどうなんだろう?
 建物の作りで一番違ったのは、あの1階から5階まで一気に伸びたエスカレーターがなくなって、二つのエスカレーターに分かれたこと。あれが恐いし危ないという声が多かったためと聞いている。ところが乗ってみて、改築後でも、ふたつある内の長い方のエスカレーターは、2階くらいの高さから5階まで一気に伸びていて、雰囲気的にあまり変わらないような気がする。

 さて、実際のホール内部の音響だが、はっきり言おう。響きがガラリと変わった。僕は、改修後は文句なしに日本で最高の響きを持つホールのひとつになったと思う。サントリー・ホールにはサントリー・ホールの“独特な空間性”という武器があるけれど、やや響きが散ってしまう傾向がある。それに比べて、こちらの方は響きがより締まっているので、集中して聴ける。各楽器の分離も良いし、それでいて響きの融合度も高いという、ホール音響の宿命である「相反する要求」を満たしている。
 以前は、客席の端で聴いていると横の壁に乱反射して変な響きが聞こえたが、それもなくなった。工事中のオルガンを隠すためとも聞いた反響板が、結果として良いように作用しているようだ。

 と、褒めといて・・・・こうしてホールの音響は良くなったのだが、楽屋エリアに関しては、はっきり言って、プレイヤーにとって使いづらい状況がいくつか出てきた。まず、楽屋口から大ホールのステージ・エリアの7階に登るエレベーターがいけない。以前は小さいのが2台あって、1階と7階のみをつないでいたので、どんどん行き来出来たのだが、搬入搬出も出来るようにという配慮で大型1台だけになってしまった。しかも途中5階6階などに止まる。これがとても不便なのだ。なかなか来ないし、速度も遅いので、時間の余裕がないオーケストラ楽員や合唱団員はあせるのだ。
 改修工事の前、合唱団の楽屋は地下2階のリハーサル室を使っていた。このリハーサル室から本番のホールまでの導線は確かに最悪であった。一般の車がどんどん出入りする駐車場のど真ん中を、ドレスを着たコーラス団員達がゾロゾロと横切って行かなければならないのである。
 それが、今回から、男声楽屋は5階のシンフォニー・スペースという会議室と練習場の両方として仕える大きい部屋、女声楽屋は6階のミーティング・ルームになった。まあ、この点だけに関して言うと、以前よりは良くなった。
 しかし、ここからステージに行くためには、例の大型エレベーターを使って7階まで登らなければならない。ゲネプロの前に、5階で男声団員達がエレベーターを使って登ろうとしたら、入り切らなくて取り残される者が出た。みんなは僕に乗るように勧めてくれたが、実際に歌う人達が優先だと思って、僕は進んで残り組に入った。ドアが閉まってエレベーターは登って行ったが、上の階から、
「あー!」
という大勢の女性達のため息の混じった大声が聞こえた。それを聞いて僕達残り組は笑った。つまり、エレベーターのドアが開いて6階の女性達が乗ろうとしたら、満杯の男声合唱団員達が前面に立ちふさがっていたのである。
 しかし笑っている場合ではなかった。僕達は、即座に悟った。ヤベエ、次は大変な事になる。案の定、次に5階から乗った僕達数人の男子は、6階で乗り込んできた詰め込めるだけ詰め込んだ満員の女性達に取り囲まれ、女性専用車両に誤って乗ってしまった居心地の悪さを覚えたし、化粧の匂いで窒息しそうになったのだ。

 こうしてゲネプロ10分前にエレベーターのところに行ったのにもかかわらず、ステージに辿り着いた時には結構ギリギリになっていた。さらに僕達の後に、取り残された数人の女声団員達がいたわけだ。つまり、80人の合唱団員を楽屋からステージに運ぶためには最低3回エレベーターが行き来しなければならない。
 それで階段を使わせてもらおうとしたら、階段はセキュリティがかかっていて、7階のドアはカードキーを持っている人しか開けることが出来ないという。さらに、以前は使わせてもらえたステージすぐ脇の別のエレベーターも、カードキーを持っている人しか使えないと言う。でも僕達誰もカードキーなど持っていない。ということはどうしてもその大型エレベーターを使うしか方法がないのだ。
 みんなが騒ぎ出す。
「遅刻したらどうするんだ!」
それでマネージャーが動いてくれて、本番の時にだけ階段の7階のドアの施錠をはずして、5階及び6階から7階まで階段で行き来出来るようになってひと安心。

 合唱を伴うような大規模なコンサートの時に楽屋の確保は難しい。そのための大きな部屋は、通常どこの劇場でもリハーサル・ルームとして確保しているが、リハーサル・ルームを公演で使用されない時に遊ばせておくのももったいないので、使用料を取って一般開放したい気持ちは分かる。
 ただ、これを一般開放してしまうと、公演を行っている時にセキュリティーの点で問題が起きるというのはホールの常識である。この相反する二つの問題で、いつもホールは悩んでいるわけだ。機密性を最優先するサントリー・ホールは、楽屋口のチェックの厳しさと相まって、基本的にリハーサル・ルームを一般開放していない。一方、オペラ・シティでは、一般開放はしているけれど、入館証がないとリハーサル・ルームのエリアに入れないようになっている。そのチェックも厳しい。
 では、新しくなった東京芸術劇場はというと、この問題に対しカードキーを使って対処しているという事だが、誰にもカードキーが渡されていない。一体誰がカードキーを持っているのだ?

 今回我々が楽屋として使用しているシンフォニー・スペースやミーティング・ルームは、ホールから独立した施設として日常的に使わせているため、このエリアには普通の人もノーチェックでどんどん入って来れる。隣では全然違う団体が会議などで使っている。
 また、すぐ近くにトイレがあって、第九を観に来たお客様達がトイレに入ったついでに飲み物の自動販売機などがあるのを発見して、楽屋のすぐ隣にある椅子に座って休みながら自動販売機のコーヒーなどを飲んでいる。
 そんな状態なのに、楽屋としても使えるように、わざわざ大型エレベーターを5階6階に止めるようにしたのである。その結果、かつては受付のある1階から7階まで直通のエレベーターだったからこそ守られていたステージ・エリアの機密性が、今やザルのように甘くなってしまった。だって、この大型エレベータを使用するにはカードキーも何もいらないのだから。
 それでいて「階段の7階入り口にはカードキーを使ってしか出入り出来ない」という状態になっている。これは、考えて見ると恐ろしいことだ。もし、7階に居る時に大地震や火災が起こった時、カードキーを持っていない我々は、階段が使えないので、1階に降りるためには大型エレベーターを使うしか方法がないのである。もし停電になってしまったら、その大型エレベーターも使えないので、取り残されて死ぬしかないのだ。
 うーん、なんとも不思議だ。楽屋自体には本番中鍵をかけるから問題ないが、セキュリティー面、安全面の両方から、この改修工事は問題があると感じるのは僕だけであろうか?

 さて、シルヴァン・カンブルラン氏が読売日本交響楽団を指揮した第九は、素晴らしく個性的な演奏となった。全体的に速い印象を受けるのだが、上演時間を見るとそんなに短くもない。実は、いくつかの際だった箇所が速いので、そう感じるだけだ。たとえば、第2楽章スケルツォの中間部を、カンブルランは主部と全く同じテンポで演奏するので、中間部は確かにとても速いけど、主部自体はとりたてて速いわけではない。
 バランス感覚は秀逸。合唱団に要求する最弱音の指示には半端ないものがあるが、合唱を際立たせたいところでは、オケをきちんと抑えてくれるのでありがたい。第3楽章の互いに呼び交わす弦楽器と管楽器のバランスなど絶妙で、普段そんなに色彩的という風には感じない、「ベートーヴェンの管弦楽法に隠された色彩感」を再発見させてくれる。その他にも、随所で聴き慣れた第九から様々な発見をもたらしてくれるカンブルラン氏のスコアの読みの深さは、賞賛に値する。

 読響は本当にうまい!僕は今や日本一のオケだと確信する。10月の「ダフニスとクロエ」の木管奏者達に舌を巻き、フランス近代ものこそその力を発揮すると思ったが、先日の運命交響曲といい今回の第九といい、ベートーヴェンを支える低弦の機動力など、ドイツものも素晴らしい。木管楽器の音色も、ドイツものをやる時にはジャーマンっぽくなるのが嬉しい。
 この第九は26日まであり、BS日本テレビでは、12月29日の深夜2時から放映するというが、この時間だとみんなに宣伝するのも遠慮してしまうんだ。さらに今回の演奏会はCDも制作すると言っている。この演奏会がその辺のタワー・レコードなどでさり気なく売っていたらいいなあ。

 さて、年末は白馬に行っていることもあるし、一週間お休みします。次の更新は1月7日になります。みなさん、よいお年を!

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