グレの歌復活上演

三澤洋史   

夢を見る動物
 浅田真央ちゃんのトリプルアクセル(3回転半)は文句なく素晴らしかったけど、僕は個人的には鈴木明子ののけぞったバランス・ポーズが凄いと思った。かつての荒川静香のイナバウワーに匹敵するような気がした。一方、男子はあまりに凄くてあきれるな。みんな平気で4回転をポンポン飛んでるよ。僕なんか、見ていても速過ぎて何回回ったか分からない。ジャッジは偉いな。よく分かるな。
 フィギュア・スケート四大陸選手権を見ながら思わずため息をつく。なんでこんな熾烈な戦いをするのだろう。床の上で一回転するだけでも目が回るのに4回転もして、着地したらそこはなんと氷の上でしかも一枚刃だよ。転ばない方が不思議だ。転んだら転んだで、スキーと違って硬い氷の上。痛いじゃないか。
 でも、それが超人技であればあるほど、僕達はそこに夢を見ようとするわけだな。誰でも出来ることを誰もが出来るようにやったって、誰も喜ばないのだ。音楽家も一緒だ。人間とは、やはり夢を見る動物なのだ。

 その晩“鈴木明子の眼だけの夢”を見た。目が覚めたら背中が汗でぐっしょりだった・・・というのは嘘だけど、ちょっとだけ恐かった。

服装
 新国立劇場5Fの事務局エリアの廊下。向こうからやってくる女子社員とすれ違う。館内で顔は知っていても、一度も話したことのない女性。いつもの午後のいつもの光景。でも、ちょうど二人がすれ違った瞬間、その女子社員がピタッと足を止めた。
ん?
「あの・・・・」
「はい?」
「三澤さんって・・・」
「・・・・」
「・・・たまにとっても可愛い格好しません?」
「はあ?・・・・ああ、このセーターのことね」
びっくりした。何を言い出すのかと思ったら、服装のことか。
「僕ねえ、自分で洋服って買ったことないんですよ」
「へえ・・・では、どなたが?」
「妻とか娘が買ってくるのを黙って着ているんです」
「このグリーンのセーターは?」
「これは娘が・・・」
「でしょうね・・・いいですよ、お若い感じで」
そして何事もなかったかのようにスーッと去っていった。
 僕はあらためて今自分が着ているセーターを眺めた。パリにいる杏奈が、先日一時帰国した時に、妻と一緒に行って僕のために買ってきてくれた黒い横縞の入ったグリーンのセーター。
 これを初めて着ていった時、新国立劇場アルト団員のMYさんをはじめ何人かの女声団員が反応していたのを思い出した。
「選んだの、きっと娘さんでしょう」
「よく分かるね」
 初老のおじさまが自分で買うわけはないデザインや色。でも着ているとなんだか若返った気がするし、さらにこんな風に褒められると悪い気はしない。その日は1日うきうきしていたぜ!僕ってなんて単純!

 考えてみると僕は本当に服装には関心がない。職業柄タキシードや燕尾服や合唱指揮者用のダークスーツなど着るけれど、普段は裸でなければ別に何でもいいという感じだ。子供の頃から洋服はお袋が買ってきたのをそのまま着ていたし、結婚してからも妻に任せっきり。
 若い頃、たまに自分で服を買ってくると、そのセンスの悪さを妻に思いっきり馬鹿にされた。でも怒る気持ちになったことは一度もないなあ。むしろ、そうなのかなあ、よく分かんないなあ、と、プライドもなく妻のいうことを感心して聞いていた。恐らく、自分は人より何かひとつセンサーが欠如しているに違いない。
 最近では娘達がそんな僕の状態を哀れんで、というか面白がって妻に便乗している。お陰で今の僕は、ほれ、こんなの着てみろ的な着せ替え人形状態となっている。次女の杏奈なんか、妙な使命感をもってわざと若向きの服装を僕に着させる。コンビネーションまで指定されるのだ。

「ねえ、今日はもうこれ着ないでよ!」
とよく妻に叱られる。
僕は面倒くさいので、前の日脱いだセーターなどが近くに置いてあると、翌日、ついまた同じ物を着てしまう。妻が指摘しないと何日でも着ている。
「女はね、2日と同じ物は着ないのよ」
どうも女というのはいろいろ大変なものらしい。
 でも、ふと思った。先ほど述べた女子社員のように、僕も実は知らないところで結構みんなに見られているんだなって。というより、僕以外の世の中の人達は、きっと結構着る物に気を遣っているんだな。
 そういえば、長女の志保なんか、出掛ける前に鏡の前で何度も前向いたり後ろ向いたり、着たり脱いだりしている。
「これどう?」
って聞くくせに、
「いいんじゃない」
と答えると、
「パパなんかに聞いてもしょうがないなあ」
などと言いながら、
「やっぱりこのコンビネーション、イケてないなあ」
なんて取り替えている。ほんならわざわざ聞くなっちゅーに!
 一緒に住んでいながらつくづく「変ないきもの」だと思う。いや、それを言うなら、我が家の女性達は3人とも、むしろ僕の方を「変ないきもの」だと思っているに違いないな。以前は、僕にはタンタンという、服装に無頓着な強力な同志がいたのだが、死んでしまったので、今や僕一人で孤立している。

ま、それでも服装に関しては、彼女たちの言うことを聞いておけば間違いはなさそうだ。

口から出まかせ症候群
 こんなどうでもいいことを、「今日この頃」ではさっきから口から出まかせのようにベラベラ書いているくせに、いざきちんとした文章を書こうとすると、どうも意識過剰になってしまっていけない。
 日本ワーグナー協会が発行しているワーグナー・シュンポシオン2013のための原稿を依頼されている。今年の夏に発刊するもので、締め切りは2月いっぱい。文字数は原稿用紙で15枚、すなわち6000字。今書いている「今日この頃」の方が長い。また締め切りまでには、今回の原稿も入れて3回も「今日この頃」が書ける。それなのにどうも難航している。
 難航している原因は書くことがないからではない。その反対だ。あり過ぎるのだ。テーマは何でもいいと言われている。どうせ学者ではないのだから、日頃思っていることや現場で関わっている中で様々に感じたことや思った事をエッセイのように書けばいいのだろう。でも僕の場合、話がワーグナーになると、書きたいことがどんどん湧き出てくる。まず軽く下書きを、と書き始めて、気が付いたらもう指定文字数の倍くらいになっている。あれも書きたい、これも言っておきたい。このことにも触れなきゃ・・・あれれれ・・・・誰か止めてくれえ~!
 だめだこりゃ!「今日この頃」を毎週書いているから、文章を書くことには慣れているとうぬぼれていたが、実はきちんとした文章を書く練習にはちっともなっていない。普段、あまりに垂れ流し的に文章を書いているバツだなあ・・・・と、こんなつぶやきですでに何百字使ってるんだ?

 とにかく、本当に書きたいことを整理して、説得力のある文章を構築しなければならないんだよ。最終的に仕上がるであろう原稿は、恐らくこんな内容になると思う。お正月に京都ヴェルディ協会で「ファルスタッフ」講演会をしたが、その準備の段階でヴェルディ晩年の「オテッロ」「ファルスタッフ」におけるワーグナーの影響を調べていた時に、いろいろ面白いことが分かった。
 ヴェルディがワーグナーから影響を受けて取り入れた要素というのは、とても断片的なものであった。革新的な「オテッロ」は、「アイーダ」までの保守的な作風を期待していた聴衆を驚かせたが、にもかかわらず「オテッロ」に対して聴衆が抵抗感を示すどころか、即座に受け容れることが出来たのは、そこにヴェルディのワールドが歴然とあったからだ。
 そのヴェルディのワールドを守るために、ヴェルディがワーグナーから何を取り入れなかったか?ということを探っていくと、そのことを通してワーグナーのある部分が見えてくる。また、全く性格もアプローチの仕方も違うヴェルディとワーグナーが、劇作家としての核心的な部分で、意外と同じものを見ていたということに気付く。

ね、ヴェルディ=ワーグナー・イヤーにふさわしい内容でしょう。こんな風に、ベラベラとしゃべるように書けば、論文だって1時間で仕上がるのに・・・・。

グレの歌復活上演
 オケ合わせ直前まで練習して、3.11のお陰でボツになった演奏会。それが東京フィルハーモニー交響楽団創立100周年特別演奏会のシェーンベルク作曲「グレの歌」だった。あの当時、イタリア研修を直前に控えていた僕は、この演奏会がなくなり、新国立劇場での「マノンレスコー」全公演がなくなり、なんと意気消沈していたことか。
 指揮者の尾髙忠明氏も無念だったようで、「必ずこのメンバーでもう一度やりましょう」と言い残している。それが2年越しに実現する。すでに先週から練習に入っている。「必ずこのメンバーで」とはいっても、スケジュールその他の関係で、120人の合唱団全員が同じというわけにもいかず、未経験者も少なくない。
 男声合唱にとっては難曲中の難曲である。シェーンベルクといっても若き日の後期ロマン派的作風なので、音が極端に取りにくいというわけでもないが、3つに分かれた合唱がそれぞれ4声に分かれていて、曲が進むにつれてもっと枝分かれしてくる。ひとパート3人という時もある。しかもテノールなどは極端に高い音が長く続く。一方、バスなどは下のC音やD音が出てくる。
 しかしながら、ラストの混声合唱「太陽を見よ」を練習していると、その奔流のようなロマンチシズムと作曲家の若き熱情がひしひしと感じられて胸が熱くなる。先日の「今日この頃」でも、病気から癒えて朝の散歩を再開した時に、朝陽を浴びながらこの曲を思い出したと書いたが、破滅、死からの再生という意味で、復活公演のプログラムが「グレの歌」であるというのは意味があるように思える。

 演奏会は2月23日土曜日オーチャード・ホールなので、まだ時間があるけれど、僕達はこれから数日間北海道に行くので練習は一週間お休み。その後すぐにマエストロ稽古になる。きめ細かく練習して、亡霊の男声合唱なども思いっきり不気味に作り込みたいと意欲に燃えている。

今頃北海道にいます
 みなさんがこの「今日この頃」をお読みになる頃、僕は札幌にいる。11日月曜日に札幌に向けて発つので、ちょうど更新日なのだけど、その日はバタバタしているだろうから、旅行のことは来週に記載する。

 僕はスクール・コンサートが大好きである。子どもたちのキラキラした瞳を見るのが好きだし、音楽というものの持つ力と素晴らしさをあらためて確認出来るのがいい。特に愛唱歌のBelieveなんかを新国立劇場合唱団相手に練習しているだけでウルウルとなってきてしまう。それが、本番になって小学生達と共に、

世界中の 希望乗せて
この地球は 回ってる
今 未来の扉を開ける時
悲しみや 苦しみが 
いつの日か 喜びに変わるだろう
と大声で歌っていると、オーバーではなく本当に生きていてよかったと思えるのだ。

 最終日の釧路の白糠養護学校の子ども達にもう一度会えるのが楽しみだ。彼等は僕たちの演奏を聴きながら、体を揺すり大声を出すが、音楽に触発されて魂が昂揚しているのが分かるのだ。それに彼等は本当に素直で心が澄み切っている。それを肌で感じるのだ。
 彼等の前で演奏するということは、僕にとって、東京バロック・スコラーズで教会におけるクリスマス・オラトリオの演奏会を行うのと同じだ。人前で演奏するという事とは何かという、音楽家としての原点に触れる行為であり、自らの精神状態の試金石でもあるのだ。

 さて、札幌のコンサートは、毎日午前中で終わるので、午後からは自由時間となる。そこで、やっぱりあれでしょう。せっかく冬の北海道に来たのだから、スキーくらいしなくっちゃと思いません?みなさん?
 そこでいろいろ調べた。午後1時過ぎにホテルに帰ってきてから昼食を食べて行けるところというと、結構限られてしまう。札幌国際スキー場やキロロなどは、素晴らしそうだが残念ながら論外。なるべく近い方が良いし、ナイター・ゲレンデが充実しているところがいい。そこでほとんど市内に直結しているばんけいスキー場に行く事に決めて、数日前に宅配便で板と靴をスキー場宛てに送った。
 ここはほとんど全てのコースで22時までナイター・スキーが可能だという。しかもナイターだからといって高いわけではない。というより、全体的に料金体系が安い!こんな風に街からすぐ近くにスキー場があって、こんな風に安いなんて、う、うらやましーい!こんなんだったら、普通のサラリーマンが会社帰りにちょっと寄って・・・なんて出来るんだ。あ、だからナイターが発達しているのか。
 僕は思ったね。これから毎年冬の間は札幌で仕事出来ないかな・・・無理かなあ・・・やっぱり・・・。こんな風に、飛行機が遅れなかったら、着いたその日からナイターに行って、次の日もその次の日も夜まで滑っていると思うので、食事はみんなと離れてひとりでチャチャッと済ませるつもり。だから今回はグルメ記事は期待出来ません!

 釧路でも楽しみがある。国立音楽大学時代の後輩の作曲家泉史夫君に再び会うのだ。以前「今日この頃」でも書いたけれど(【事務局注】2012121020121217)、彼は僕に正式にレッスンを受けていないのに「指揮を三澤洋史に師事」と自分の経歴に書いていただろう。昨年12月、釧路から東京に帰ってきて僕は考えたのだ。それならば、実際にレッスンをして既成事実を作ってしまえばいいんじゃないか、と。それで泉君にメールを書いた。
「今度釧路に行った時にレッスンしてやろうか。そうすれば、今後僕に師事と書いても誰も文句は言えなくなるよ」
 それで彼の家に行って指揮のレッスンすることになった。12月には彼にご馳走になったし、年末には彼から鮭やいくらやかずのこなどが届いたので、レッスン代はすでにそれで支払い済みということにした。
 さて、レッスンの曲は何にしようかという話になった。彼が出してきたのはシベリウスの第2交響曲。今度釧路交響楽団で指揮するらしい。おっとっとっと、しばらく聴いていないな。ということでスコアとCDを棚から引っ張り出してきた。
 あらためて聴いてみると良い曲だなあ。シベリウスの交響曲は、後になるに従ってその傾向は顕著になるのだが、ドイツの作曲家のように「主題が論理的に発展していって展開して楽章が完結」というのではなくて、断片のまま次の楽章に持ち越し、最後まできちんと整理されて解決という感じにはならない。それでいて、全曲聴き終わってみると、聴く者に鮮烈なる印象を残す。ということは、別の意味で論理的に作られているということだ。
 それに、れっきとした調性音楽でありながら、感覚的にとても新しいものを内包している。何よりもいいなあと思ったのは、北欧的な雰囲気が随所に溢れていて、それが北海道ととても合うのだ。
 演奏は、パーヴォ・ベルグルンド指揮ヘルシンキ・フィルハーモニックなんかが本家本元なのだろうが、僕はやっぱりカラヤンのがいいなあ。古いフィルハーモニー管弦楽団のCD。何が良いかって、カンタービレの感覚が抜きんでているのだ。ちょっとしたところのサウンドにハッとするような艶やかさがある。うーん、シベリウス通には、その艶やかさは過剰かも知れないけれどね。僕がカラヤンの紡ぎ出すサウンドに傾倒しているからかも知れない。

ともかく、そんな感じで、今、僕の中ではシベリウスがプチ・ブーム。

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